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二時間目:ブアメードの血【中編】

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「…………藍斗。藍斗」

    あ、春馬の声。そうか、やっぱり目覚めてしまったのか。僕はまだ何処かで、今のこの状況が夢や勘違いであって欲しかったのだ。

    しかし、現実は甘くない。手をついた床は冷たく、今日もまた「ケンショウ学級」  なんてものに参加しなくてはならないんだ。僕は、その言葉を言うことで、この非現実的な状況を少しでも日常に似せたかったのかもしれない。

「春馬、おはよ」
「この緊迫した状況でおはよってお前。ぷはっ」

    当たり前の朝の挨拶。それが思わず口に出ていて、春馬が面をくらった様な顔をしてからぷっと吹き出して笑った。でも、春馬はすぐに真剣な表情になる。

「また変な部屋に連れてこられたみたいなんだけど、ちょっと可笑しいんだ」 

    春馬のその言葉に、僕はゆっくりと部屋を見渡した。前回と同じくモニターが取り付けられた壁。窓や出入り口はなく、わざと圧迫感を与えるような低いコンクリートの天井。変わらない密室だった。

「…………紗由理!紗由理!!」

    ん?あれは寺井くんの声。眞木さんがどうしたって…………

「…………え?」

    眞木さんが居ない!?いや、待てよ。違う。眞木さんだけが居ないんじゃない。今ここにいるのは28人。

「気づいたか?三人姿が見えないんだ」
「いったいどうなって?」    そう言って動揺する僕に春馬は言う。

「分かんない。でも、またくだらない実験が始まるんだろう」

    こんなに怒りを露にする春馬を見るのは久しぶりだな。1年生の頃に僕がいじめにあって、そのいじめっ子達を凝らしめてくれた時以来かもしれない。

    本人には言っていないけれど、その時から春馬は僕の憧れで、ヒーローになった。恥ずかしいから伝えてないし、本人もそんなこと思われているなんて思ってもみないだろうけれど。

「居ないのは…………眞木さんと、堀田くん、中村さんだね」
「ああ…………」

    多くのクラスメイトが取り乱す中で、この部屋の隅っこで原田さんが体操座りで顔を隠していた。小野さんを失ったことは1日2日で飲み込めるものではない。それも、自分の目の前で親友が命を奪われたのだ、僕は原田さんまで命を絶ってしまわないか心配になる。

「原田さん…………」

    小野さんが殺されてから原田さんは誰とも口をきかなくなっていた。当たり前だよな。理不尽に命が奪われるとは、そういうことなのだろう。

    親友が電気を流し込まれて絶命するまでの、その一部始終を目の当たりにしてしまったのだから。自責の念もあるのかもしれないし、僕への恨みもあるのかもしれない。

「やぁ、皆おはよう」

    設置されたモニターが光を放ち、アイツが僕らの目の前に現れた。モニターの灯りで部屋の端が朧気に見えた。……おかしい。昨日の実験では暗幕で実験室と区切られていたのに、今いる部屋には暗幕はなく、正方形の密室だ。

「みんな昨日はよく眠れたみたいだね。

さぁ、ではケンショウ学級二時間目を始める前に出席を取りましょう。元気に返事をするように」

    また今日もアイツの先生ごっこが始まるのか。それにしても、どうしてアイツは眞木さん達のことについて触れないんだろうか?

「では、赤坂さん」
「はい!!」

    昨日の出席確認での警告が如実に効果を表していた。こんな意味の分からない空間で、皆ははきはきとした返事を強いられる。違和感だけが僕らの心を満たしていく。

「雨宮さん」
「はい!」

「井上くん」
「はい!」

「入江さん」
「はい!」

「上杉くん」
「…………はい!」

    本当だったら返事なんてしている余裕はない。だけど、返事をしなければ殺されてしまう。そんな極限状態の心理状態では、この違和感だらけの空間で出席の点呼に対して返事をする、という違和感だらけの答えを導きだす他ないんだ。

「小野さん」
「え?」

    読み間違いだろ……?

「小野さん。おや?欠席ですかね?小野さん」
「あ?」

    アイツの声を聞く余裕のある人の中で、数人が気づき、佐野くんが思わずそう口にしていた。小野さんの出欠など分かっているくせに、敢えて僕らに確認をしているんだ。大上先生の生死を僕らに敢えて告げた時のように。

「あれ?小野さんは欠席の様ですね。だれか小野さんがお休みの理由をしっていますか?」

    変声機で変えられた声だけど、それでも今アイツがどんな顔をしていて、どんな気持ちなのかが容易に想像できてしまう。アイツは楽しんでいるんだ。クラスメイトの死をわざとらしく思い出させて、なまじ僕らにクラスメイトの死を言葉にさせようとまでしている。

    腐ってる。それが僕の率直な意見だった。

「あれ?皆知らないのかな?じゃあ、誰かに聞いてみようかなー。」

    嬉々とした口調に嫌気がさす。

「誰が知っているかなー。あ、じゃあ原田さ」
「小野は死んだよ!!てめぇが殺したんだろうが!!!」

    名指しをされて原田さんの身体がビクッと反応した。その声をかき消すように佐野くんの怒号の様な答えが響き渡った。

    なんで?なんで原田さんを指名できるんだ?よりによって他の誰でもなく彼女を。

「佐野くん…………」

    その陰湿な嫌がらせでしかない指名を遮ってくれたのは佐野くん。僕は彼にされたことを忘れたりはしないけれど、それでもこの瞬間彼に憧れを抱いていたのかもしれない。

「そうでした小野さんは亡くなったんでしたね。とても残念です」
「…………こいつ」

    わざとらしい言葉を満腹以上に受け止めて、胸やけがしそうなほどの嫌悪感を抱いた。原田さんはすすり泣き始めていた。でも、佐野くんが遮ってくれていなかったら原田さんは今取り乱すほどに失意に飲まれていたかもしれない。

「では、出欠の続きをしましょう。加藤くん」
「はい」

    僕らはアイツの愉悦の為の駒なのか?命すらもその為に捧げなければならない、そんなのはモルモット以下でしかないじゃないか。こんなのおかしいよ。

「はい、では以上31名ですね。それでは二時間目の授業を開講しましょう」

「紗由理は…………眞木さん達はどうしてここにいないんだ!?」

    寺井くんの声が密室で響いた。

「寺井くん大きな声はびっくりします。質問があるときは手をあげてしてくださいね」
「…………ちっ」

    寺井くんはしぶしぶと手をあげる。

「はい、寺井くん。なんでしょうか?」
「眞木さん達はどこにいるのですか?生きているんですか!?」

     こんな茶番じみたことをさせられて気持ち良いわけがない。寺井くんと眞木さんは付き合っていた。心配になるのは当たり前だ。その心中を察することなどできないけれど、僕らよりも明確に彼女の安否を心配しているのだろう。

「よい質問です寺井くん。
眞木さん、堀田くん、中村さんの三人には今回のケンショウの彼検体となって頂きます。なので別室にいます」
「紗由理が彼検体…………?」
「今回は皆さんには一時間目同様に見学検証を。三人には実施検証をしていただきます」

    見学検証と実施検証の2グループに分けられた?だとしたら何でその三人だったのだろうか。ランダム?それとも…………

「おや、友澤くん質問ですね。なんでしょうか?」

    どうせ何もせずに発言をしていれば挙手を求められるのだから、そんなのはクラスの誰もが分かっていた。だから、委員長はしっかりと手をあげていた。

「どうしてその三人が選ばれたのでしょうか?」

    そう……きっと今このクラスの皆が思っている疑問だ。委員長はそれを代表して尋ねているのだ。

「良い質問です。……………………」
「…………?」

    ……わざとらしい間。

    なにを勿体振っているのか分からないけど、不快だ。アイツの言動の全てが不快に感じる。


「僕は昨日君たちに言ったね。『貴重な食事を残すなんてことのないように』と」
「……やっぱり!だから残すなって言ったじゃねぇかよ…………」

    寺井くんが膝をついてそうこぼした。

「眞木さんと堀田くん、中村さんは昨日の給食を食べずに残しました。勿体ないよね。生命をなんだと思ってるのだろうか?僕には理解が追い付かない蛮行だ」

    アイツの口から生命について聞くことになるだなんて思わなかった。

「待って、そうだとしたらなんで三田はここにいるの!?」

    確かにそうだ。

「何を言っているんだい?僕は『貴重な食事を残すな』と言ったんだよ。人に与えてはいけない。だなどとは一言も言ってない」

    三田くんは門井くんにコールスローをあげていた。残したのではなく、友だちに与えたから助かって、カートにそのまま戻してしまった三人が選ばれた。って……そういうことなのか?

「さ、質問はこのくらいにしておいてケンショウを始めますよ。
皆さんは引き続きこちらのモニターに注目していてください」

    すると暗かったモニターのスイッチが切り替わる。

「…………なっ」
「さ、紗由理!紗由理!!」

    三等分にされた画面の奥では、今ここにいない三人が手術台に横たわる姿が写し出された。寺井くんがモニターに向かって叫ぶけれど、モニターの奥の眞木さんには届いていないようだ。

    手術台では革製のベルトで手と足を拘束されている。目にはアイマスクがされていて被験者は聴覚だけを頼りにしなければならないようになっている。

「いったい何をする気なんだよ…………」

    何の病気も怪我もない中学生が手術台の上で拘束されている。この状態でまともな実験をするはずなどなかった。僕らに不安と恐怖とが広がっていく。

    すると、またモニターが切り替わりアイツの部屋を写し出した。

「今回は「思い込みの力」を検証する為の実験になります」
「…………思い込み?」
「そう。皆さんは呪いを知っていますね」

    呪い?また非科学的なものを出してきたものだな。科学的な検証がこのケンショウ学級の意義じゃなかったのか?

     そんな僕らの真っ当な疑問も脇に置いて、アイツはいつものように淡々と続ける。

「藁人形しかり、呪術しかり、それらは思い込みのなせるものであるという研究もある。

ある武将は、その命を狙われ有名な呪術師を雇った者に呪いにより病にかけられたと言う。が、その過程には「自らが呪われている」という事実と、有名な呪術師の功績による呪術への信頼、そして呪われ「病にかかるという思い込み」をしてしまったが為に実際に病に落ちたのではないか……?」

    自らが呪われているという思い込み?それと今回の手術台で行われる実験とどんな関係があるというのだろう?いったいアイツはこれから何をしようというんだ?

「さ、今回のケンショウの目的をお伝えしましょう--今回の目的は
思い込みによって人は死ぬのか…………だ」

    は?今ら明確に「死ぬのか」と言ったよな?つまり、これから始まる実験には死のリスクがあるということを明言したということだ。

「てめぇ!紗由理になにする気だ!!」

    寺井くんの叫びが、密閉された空間でまた虚しく反響した。

「ふぅ、また価値のない質問ですね。だから、眞木さん達には思い込みによって死ぬかどうかの実験台になってもらうんですよ」

    前回の実験とはあまりにも違う。前回は僕らには直接的な命の危険性はなかった。目の前で起こった目を背けたくなる出来事によって、失神してしまった小野さんは理不尽に殺されてしまったけれど。

「今回の実験はこの「人は思い込みで死ぬのか?」という目的以外は皆には伝えずに、見学をしてもらいます。

映像の中で説明もしますから楽しみにしていてくださいね。それでは準備もあるので一旦失礼します」

    クラスメイトが命にかかわるかもしれない実験をされるのに、楽しみにしていてくださいねだと?

「なんでだよ。たかが飯食わなかったからってこんな…………紗由理」

    寺井くんの悲痛な呟きに、誰もが言葉を発することができなかった。準備といい、アイツが画面から消えて、モニターが眞木さんと堀田くん中村さんを写し出してから時間が過ぎていく。

    モニターの中の三人は眠らされているのか、拘束された手足を動かすこともなく、叫び声をあげることもしない。

「藍斗、今回の実験どう思う?」
「どうって?」

     沈黙がこの空間を包むなかで、春馬が僕にだけ聞こえるような声でそう言った。

「思い込みでなんか死ぬわけないだろ?でも、アイツが「検証結果は効果がありませんでした」なんて結論で喜ぶわけがないと思うんだ」

     春馬の考えも確かにそうだけど、まだアイツの目的も分からないからなんとも言えない所もある。僕は自分なりの考えを春馬に伝える。

「んー。今のところ二つのパターンがあるのかなって感じるかな」
「二つのパターン?」

「そう。アイツの狙いが僕らを殺して楽しむことにあるのなら、これから行われる実験は人の命を奪うためのものになる。
でももし、アイツが本当に過去の心理実験を検証することにあるのなら、「検証の結果は効果がありませんでした」っていうのも、アイツにとっては十分な成果だと思うんだよね」

    この二つのパターンというのは、どちらが正解かで僕たちの運命が大きく分かれるものだ。後者であれば、僕らはこの監禁状態から一ヶ月の間を耐えることで救われる可能性がある。

「……なるほど、二つのパターンそういうことか」

    しかし、前者の場合には僕らは例えどれだけの苦痛に耐えても最終的に待っているのは死だ。こんなおかしな実験、せめて後者であって欲しいと思うけれど。

「アイツはいったい何者で、何が目的なんだろうな?」
「うん。こんな大がかりなことができるんだから、政府から依頼された心理学者の可能性もなくはないかもしれないけど…………」

    仮にアイツが心理学者で、政府や学会からの依頼で今回の実験を行っている場合、それには疑問が残る。もし政府などが公認しているのなら何故事前に通達がなかったのか?どうして大上先生は殺されなければならなくて、あんなに怯えていたのか?

「分かんないことだらけだ……」

    そんな話をしている内にモニターの中に動きが現れ始めた。

「なぁ、おい見ろよ」
「あ!あいつら生きてる。生きてるぞ!」

    手術台に寝そべっていた三人が目覚めたようだ。三人は拘束された身体をどうにか動かそうともがいている。

「紗由理!生きてた…………よかった」

     この寺井くんの安堵の言葉はすぐにかき消されることになる。

「え?なにこれ見えない!動けないどうなってるのよおおぉおっ!!?」

     目隠しと手足の拘束に気付いた三人が叫び声をあげながら暴れ始めたのだ。三人の悲鳴がモニターから流しだされる。

「なんだよこれ!助けてだれか!だれか!」
「離してよぉ!いやあああああああ」

    起きたら身体の自由を奪われ、視界も塞がれている。想像なんてできないけれど、その状況はこの上ない恐怖で満ちたものであることは疑いようもなかった。

「くそ!紗由理!紗由理ぃ!」

    暴れる三人を見つめる僕らの感情も濁り始めている。

「いやあああああああ!…………え?だれ?」

    眞木さんがふいに肩をびくっと揺らした後、首を少し左に傾けてそう言った。その方向にある扉が一斉に開き、人影がゆっくりと現れた。

「あれって…………前の時に居た」

    そのことに真っ先に気付いたのは赤坂さんだった。 手術台に横たわる三人の左から現れたのは、白い仮面をつけた黒装束の人物だった。赤坂さんは前回の実験の時に悪態をついて睨まれていたから印象が強く残っていたんだな。その人物が三つのモニターに同時に入り込んできた。

「中村さん…………堀田くん…………眞木さん」

    三人の無事を願う委員長の気持ちがこぼれた。

「「「さぁ、皆様。お待たせいたしました。

二回目の実験…………『ブアメードの血』の検証を開始致します」」」

    三つのモニターの音声から、全く同時に変声器の無機質な声が流れる。

「『ブアメードの血』…………?」

    心理実験なんて聞きなれるようなものではないから仕方ないけれど、名前だけでは何も分からない。ただ、『血』なんて生々しい言葉が入るくらいだ、良い実験ではないのだろう。

「「「我々人間の、動物の体内には血液が流れています。だれか血液の量を知っている人はいますか?」」」

    保健の授業を真面目に聞いている生徒なんてみたことないのだけれど、血液量なんて知るわけない。と、思っていたら委員長が手をあげた。

「「「では、友澤くん」」」
「血液はおおよそ体重の8%。僕は平均的な体重で50キロほどになるから、僕の血液量は4キロ…………つまり4リットルです」
「「「素晴らしい。その通りです」」」

     奇妙なほどにシンクロしている三人の声が耳障りだと思うが、やっぱり委員長は凄いな。なんでそんなことまで中学生で知っているのか。

「では眞木さん」
「では中村さん」
「では堀田くん」

「「「口に出して言わなくて結構です、自分の体重に0.08をかけて、自分の血液の量を計算してみましょう」」」

     僕もなんだか気になって計算をしてみる。僕は平均体重より少ない43キロだから、それに0.08をかけると3.42キロ。3.42リットルの血が僕のなかで循環しているのか…………でも、なんかペットボトル約二本にも満たないって考えると少ない気持ちもするような。

「「「動物に流れる血には生命の維持にとても必要な役割があることは皆でも知っていると思います。

身体中に酸素を運び、栄養を運び、ウイルスや細菌から身を守る。そんな血液がある一定の量を失うと動物は死んでしまいます。血液を多量に失って亡くなることを「出血死」と呼びます」」」

    白仮面はたんたんと説明をしだした。説明は僕達の理解が追いついているのかなど度外視して、より深くまで進み続いていく。

「「「出血死までの過程を説明しましょう。つまり、これから君達の身にどんなことが起こり、死に至るのか…………ということです」」」

    『死』というワードと共に肩を叩かれた三人が身体を大きくビクッと反応させた。「いやっ」  と呟いた中村さん。

「はっ、嘘でしょ?そんな殺すなんて、さ」     震える声で願うようにそう言った堀田くん。眞木さんはただ震えながら涙を流していた。アイマスクの両淵からつぅっと透明な滴が伝った。

「「「先程、皆の身体に流れる血液の量を計算してもらいました。結論から教えます。

人間における出血の致死量はおおよそ半分から1/3と言われています。つまり2リットル近い血液が体外に流れ出すと人間は死に至るということです」」」

    2リットルって…………お茶のペットボトル1本分じゃないか。たったあれだけ?たったそれだけで人間が死んでしまうと言うことに僕は驚きと共に、信じられない気持ちが大きかった。

「「「今から君達にはこのナイフを使って足の甲にある静脈を切り、微量な出血をさせます」」」
「……………………え?」

    モニターの外側にいた僕らには、白仮面が言っている意味がわからなかった。

 「「「君たちの左手にある点滴には血液が凝固しないようにする成分が入っています。

本来静脈を浅く傷つけただけでは体内にある治癒力によって傷口は簡単に塞がれてしまいます。それを阻害して血液が少しずつ少しずつ、確実に体外に出ていくようにするのです」」」

    眞木さん、中村さん、堀田くんはアイマスクで視界が遮られていて目の前で起こることが理解できていなかった。三人はどうにかして脱出しようとしきりに身体を動かしている。

    しかし、彼らの身体の自由を奪う強固な拘束はビクともせず、ただ三人の恐怖心、不安が膨れ上がっていくだけだった。

「「「流れ出した血液はこの計量線の入った容器に滴る様にし、一時間毎に出血量を皆さんにお知らせします」」」

    コトッとわざと音を立ててバケツのような容器を置いた白仮面。そのバケツの上、手術台の側面から伸びた何かの管が容器に向けて垂れされている。

「「「血液の一滴の量は0.3cc。今回は1秒毎に1滴の血液が容器に垂れるように、傷を調整します。

1分で18cc、1時間で1080cc、1時間と30分で1620cc…………この時点で致死量の閾値に到達しています」」」

    淡々と深く深く説明を続けていく白仮面。人の死を、出血によってもたらされる死を淡々と淡々と。

「「「そして友澤くんの言っていた中学生の平均体重から推察される致死量である2リットルの血液を失うまでの時間は111.111……分。

つまりこの実験における君達が確実に死に至る時間はおおよそ1時間42分ということになります」」」

    これは残酷な陰湿な余命宣告だった。僕ら中学生に残された時間は日本人の平均寿命から考えれば女子は約87歳、男子は約80歳と保健の授業で聞いた。

    つまり、中村さんと眞木さんには本来後73年もの未来があり、堀田くんには66年もの長い未来が続いているはずだったんだ。それなのに、こんな実験に参加したが為に三人の残りの命は1時間42分と宣告された。これを残酷と言わずに何と言うっていうんだ。

「やめろぉおおおおお!」
「嫌ぁ!助けて!お母さんお母さん!!」
「うぅ、もう嫌なの」

    こちらの声は届かないのにモニターの向こうの叫びだけが耳に届く。もうクラスの何人かがそうしている様に、僕も耳を塞いでしまいたくなる。でも、そうして逃げ出すことだけはしてはいけないと自分の中で何かがそう告げている。

「紗由理!紗由理落ち着け!紗由理ぃ」

    寺井くんの叫びは届かない。届かないとは分かっていても黙って見ていることなんてできるはずがない。寺井くんは佐野くんのグループだからよく生活指導を受けたりしていたが、眞木さんには本当に優しかった。眞木さんもそんな優しい寺井くんが本当に好きなのが見ているだけで伝わってきた。

    うちのクラスで唯一のカップルである二人は皆が認めざるをえないほどに仲が良かったのだから。それなのにこんな形で引き離されるなんて、誰が予想できたっていうんだろう。

「「「さぁ、まだ説明は続きます」」」

    白仮面は変声器で声を変えているから、声色から感情を知ることはできない。それなのに嬉々としてこの実験の説明をしていることだけは察せずとも伝わってくる。

……胃の中の物が逆流してくるような不快感。

    僕は無意識にみぞおちの辺りを手で押さえていた。
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