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四時間目:ゲシュタルト崩壊【前編】
しおりを挟む『ゲシュタルトの崩壊』
ゲシュタルト崩壊とは人間の認知における現象の1つである。
ある、全体性を持ったまとまりのある構造(例えば「漢字」、「記号」、「顔」、「模様」など、ゲシュタルト)を見つめ続けると次第に、まとまっていた構造が崩れていき個々の構成部位に別れて認知をしてしまうこと。
試しに、以下の文字列をじっと見つめて欲しい。
ぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬ
これは平仮名の「ぬ」が並んでいるだけであるが、見つめていると嫌悪感の様な、目眩のような感覚を覚えたかもしれない。
それは、この「ぬ」を1つの文字としてのまとまった構造ではなく。
「ぬ」というたった2本の曲線で描かれた様々な図形の集合体を、脳が勝手にバラバラに構造を分けてしまい「ぬ」という全体性を認識することが一時的に困難になってしまったことによるショック状態といえる。
身近な所では漢字の学習で同じ文字を書き続けた時などに起こることがあるが、もし、自分の顔を見つづけゲシュタルトが崩壊したら。
その鏡に写る構造が分解された人物は、いや、物はいったい何になるのだろうか?
モニターにアイツが写る。
実験後の腹具合からして恐らく。
「さぁ、随分と寂しい教室になってしまったね。でも、元気だしてね!
さぁ、おまちかねの夕食だよ」
すると、教室の前のドアの向こうでいつもの多きな物音がした。
「実験も長くなってきて疲れてるだろうから、消化の良いものを選んでみたんだ。
だから今日も残さず食べてね」
それは、たまたまだった。
特に理由もなく僕はその人のことを見ていただけだった。
その、何かを腹に決めた表情を。
「じゃあ、今日は友澤くんと原田さん、雨宮さん配膳をお願いします」
そう言われて、佐野くんが雨宮さんを睨んでいた。
さっきの騒動でクラスは二つに分かれていた。
単純にアイヒマン実験の実施組と見学組ではなく、先生役となった人とそれを擁護する人の組、そして人を殺めた先生役を軽蔑することにした組とだ。
まぁ、本当のことを言うと3つなんだけどね。
そのどちらにも入れない、アイツの共犯者として疑われる僕がいるから。
「配るよ。スープリゾットだ、熱いから溢さないように運ぼう」
ドアを開けてカートを入れた友澤くんが、スープリゾットが乗ったトレイを取り出す。
それを見て雨宮さんが続き、そして確かな足取りで原田さんも配膳を始めた。
その姿が妙に嬉しかった。
ここへきて三回目の食事か。
スープリゾットのコンソメの香りに、菊の花の香りが自然に混ざる。
小池っちの死を受け入れることができない。
いったいだれが小池っちを殺したのだろう?
分かった所で復讐したり、責める気はないよ。
だって、その人も心を痛めたはずなのだから。
「小池っち、原田さんちゃんと歩けるようになった。声も聞けたよ。
恋は実ってなかったみたいだけど、お前のおかげだよ」
隣の席に寂しく咲く白い菊の花に向けて、僕は小さくそう呟いた。
食事を終えてトレイをカートに戻しにいく。
「えっ…………?」
そこには全く手のつけられていないスープリゾットが乗ったトレイが1つあった。
「配膳は皆にされてた。余り?そんなことあるのか?」
教室を見渡す。
そして僕は、このトレイの主が分かってしまった。
その人は最初から決めていたんだ。
今回の食事に手をつけないことを、だからあんな表情で画面越しのアイツを見つめていたのだろう。
そして、今も黒くなった画面の向こうのアイツだけを見つめ続けている。
「……………………」
僕はゆっくりとその人の席へと向かうのだった。
僕はゆっくりと、その人の机の前へと歩いていった。
その人は目だけで僕を見た。
「食事残したの君だよね?
…………寺井くん」
寺井くんは少しだけ僕の目を見てそして、笑った気がした。
佐野くんが跳び跳ねるように椅子から立ち上がり、後ろから強引に寺井くんの右肩を掴んだ。
「寺井てめぇ!何考えてんだ!?」
寺井くんは左手で佐野くんの手に自分の手を置いた。
そして落ち着いた声で言う。
「大丈夫だよ、たっちん。
オレ思い出したんだ」
「思い出した?」
佐野くんは掴んでいた手を離した。
寺井くんはどうしてこんなに落ち着いているのだろうか?
「たっちんだろ?『練り消し』持ってきたの」
練り消し?
練り消しってあの、消ゴムのカスをまとめて練った様なあの消ゴムのこと?
「でも、机は」
「しっ」
机の中は基本的に没収されている。
僕の本は例外だろう。
もしかして、寺井くんも何かを持っている?
「それに1つ気付いたことがある」
寺井くんはそう言って続ける。
「アイツについては分からないことだらけだ、でも白仮面の方は実施実験の時に必ず側にいる。
それはきっと罰則の実験でもかわらない」
そうか。
寺井くんの狙いは白仮面と対峙すること。
だから、わざと食事を残したんだ。
でも。
「止めろ、わざわざそんな危険な目にあう必要ねぇだろ!」
「そうだよ!それになんでお前がそんなことしなくちゃならないんだ!?」
田口くんも声をあげた。
大切な仲間が自分を犠牲にしようとしているのだから当然だ。
当然のことだったのに、今のこのクラスではこんな当然が凄く輝いてみえた。
本当はまだ口に出すつもりはなかった。
でも、この人たちとなら、そして友澤くんや春馬と一緒ならできる気がしたから。
つい、口に出ていたんだ。
「皆に聞いて欲しいことがある!」
クラスの視線が僕に集まった。
「…………これを言うことで僕への疑いが強くなるかもしれない。でも!
僕も本当のことを知りたいから。皆と無事にここを抜け出したいから」
…………そうだ、勇気を。
勇気を振り絞れ。
「落ち着いて聞いて欲しい」
大上先生から借りた心理学の本。
その背表紙に書かれていた10文字を告げる時がきた。
さぁ、勝負だ。
「犯人はこの教室にいる」
教室の空気が凍ったように静まり返る。
「上杉くん何を急に言い出したんだ?」
友澤くんの声も震えていた。
「僕の机の中にある本が入っていた。僕は昨日の夜のトイレでそれを見ていた」
「なっ、根暗てめぇ、やっぱりトイレでなにかしてたんじゃねぇか!」
佐野くんががっと僕の襟を掴んだ。
衝撃で一瞬息が止まった。
「けほっ、ごほ。
話を最後まで聞いてよ」
「昨日の夜って、なんのことだよたっちん」
佐野くんが手を離し、そして実施実験に参加していた人達にトイレのことを話した。
「上杉くん、何故君は本のことを言わなかったんだい?」
友澤くんの言葉に僕は正解を見つけることはできなかった。
だから、正直に話す。
「あの時点では僕も半信半疑だったし、っていうか今も半信半疑ではあるんだけど。
昨日の夜の時点で言っていたら僕への疑いが強まるだけだと思ったから言い出せなかった。ごめん」
僕は深く皆に頭を下げた。
「なぁその本見せてくれよ」
そう言ったのは春馬だった。
声色はいつもとは違う。
だけど、僕向けられた言葉に安心してしまう。
「うん、皆で見よう。そして何か対策を考えよう」
僕は自分の机からその本を取り出した。
『心理学実験の概要と効果』
「それって大上先生から借りた本か!」
「そう、そして中身、目次を見て欲しいんだけど」
僕は目次を開いて皆に見えるようにした。
「第三実験の名称は違うけれど『アイヒマン実験』と『ミルグラムの実験』は同一だ。つまり、この実験はこの本に則して進められている可能性が高い」
友澤くんは僕の手から本を取り、パラパラとページをめくっていく。
確認作業においてこの教室で友澤くんに優る人は居ない。
それを誰もが分かっているから、皆なにも言わずにその様子を見ていた。
「『パブロフの犬』、『ブアメードの血』、『アイヒマン実験』確かに順番通りだそれに、斜め読みだから確かなことではないんだけど…………
心理学実験の概要と効果における考察という章が各実験の論文の最後にあるんだけど、その内容が被験体を人体へ置き換えることへの重要性を解いていたり、特定の被験者ではなく不特定多数から実験体を選ばなければ効果の有用性は確立できない。といったことに触れている」
「いや、委員長なに言ってるのかさっぱりなんだけど?」
田口くんがそう言うのも無理はない。
いったいこの情報の中に友澤くんは何を見ているのだろうか?
「つまり、ここでの考察で述べられたことを『ケンショウ学級』で実践しているんだ!!」
「じゃあ…………やっぱりこの本が影響しているってことで間違いないのか?」
おそらくそれは間違いない。
すると、春馬がポツリと呟いた。
それを聞いた皆の視線は射ぬくように本に再び目を戻させたのだった。
「著者は?」
なんで僕はそんなことにすら頭が回らなかったのだろうか?
僕は友澤くんの様に斜め読みでも論文を概ね理解して、その考察にまで考えを巡らせることはできなかった。
それは、昨日の夜のトイレの時間が限られていたからではなく、単純に僕の頭脳がその答えを導きだすのに足りないことを示す。
でも、この本が『ケンショウ学級』に影響していることは本能的にも確かに感じたんだ。
だったら自ずと、この本を作成した人物が深く関わっていることも気づけたはずだったのに。
「著者の欄は…………だいぶ日焼けしてるな」
友澤くんは背表紙の前ページに書かれている著者の欄に目を向けた。
それは日焼けがひどく、恐らくは著者の写真が貼られていたであろう四角の枠の中は見ることができなかった。
「なんだ?日本人なのにローマ字表記になってる?「A」、「t」、「u」、「s」、「i」…………「アツシ」?」
アツシ?それがこの著者の名前なのか?
でも、何かが引っかかる。
「つづり…………」
いち早くその違和感の正体に迫ったのは秀才の中澤さんだった。
本当にこの成績優秀男女は便りになる。
「『あつし』だったら「s」と「h」が1つずつ足りない。可笑しいよ」
ローマ字表記をするなら「つ」は「tu」ではなく「tsu」、そして「し」は「si」ではなくて「shi」だ。
違和感の正体はこれだ!
だとしたら、この違和感から推測できることがある。
ドラマや漫画の受け売りに過ぎないけど、検証の余地はある。
「アナグラムかもしれない」
僕の声に数人が反応して、すぐさま解読に取りかかった。
大多数はぱかんとしているけど。
「アナグラムってなんだよ?勉強オタ」
亮二の質問に簡潔に答えようにも、そこはドラマや漫画でのことを伝えることしかできないのだけれど。
「ドラマや漫画の犯人がわざと名前のつづりとか文章の順番を組み換えて作る暗号みたいなものだよ。
まぁ、これがアナグラムであるか表記ミスかは分からないけれど」
そう言っている時だった。
原田さんがはっと口を手でおおった。
そして、小さい声で言う。
「『アイツ』…………「a,t,u,s,i」ではなく「aitsu」でアイツ。
これならローマ字でも表記ミスはないよね」
発見であると同時に僕らは無意識に落胆した。
「これはアイツ…………あの画面越しのアイツが作った著者で、それをケンショウする為の実験」
「これで、政府がよりよい未来の為に…………なんて言っていたことが嘘で、全てはアイツの自己満足の為の実験だということが分かったな。
いや、分かってしまったと言うべきなのかもしれない」
「待って、もしもその本の著者があのモニター越しのアイツだったとしたら、大上先生はアイツにとって何だったの?
大上先生明らかにアイツのことを知ってた。だからあんなに怯えてたんでしょう?」
そうだ。
確かに僕らの目の前で亡くなる前の大上先生は顔色が悪くなるとはどに怯えていた。
いや、正確にはあの日僕らの目の前に現れる前からだ。
「アイツの手下とか?佐野くんが逃げようとした時に殺されたのは監督できないことへの罰だったとか?」
確かにその線は否定できないな。
でもどこか引っかかる。
「私は逆だと思うな。大上先生はいい人で、私達のことを守ろうとした。
だからこそこの本を上杉くんに渡したんじゃないの?」
「手下なのにわざわざ渡すわけはない…………か」
本当にそうなのだろうか?
僕らは根本的な間違えをおかしているような気がしてならない。
勿論、今の僕に正解を導きだすことはできないのだけれど。
何か違和感があるんだよな。
「なあ、オレずっと疑問に思ってたことがあるんだけどさ」
「亮二?」
亮二は申し訳なさそうに口を開く。
僕ら以外とのコミュニケーションが苦手で、他の人と話すときはいつもこんな感じだ。
「皆って本当に死んだのかな?」
……………………え?
「…………え?だって死んだって言ってたじゃん」
どういうことだ?
確かにアイツはそう言っていたじゃないか。
わざわざ、僕らに友だちの死をアナウンスしてまで。
「……………………亮二、そういうことか!」
可能性は低いでも、僅かながら皆が生きているかもしれない可能性が出てきた。
「上杉くんどういうこと?説明してよ」
中澤さんでもぴんとこない。
いや、もしかしたら勉強が出来る人ほど落ちてしまうわななのかもしれない。
「アナウンスだよ」
「は?」
「僕らはアイツにアナウンス(告知)されたことを素直に受け取ってしまっていた。これまでの誰かが死んだと確認したのはだれ?」
ここまで言えば皆が気づいたようだった。
「アイツだけだ。いや、正確にはアイツと白仮面以外は確認してない…………」
佐野くんの言葉に皆がこれまでの回想をしたことだろう。
大上先生、小野さんは目の前だったけど、わざわざ死亡を確認した人なんて居ない。
当たり前だよ。
もしかしたら死人であるそれに近付いてまで確認することができる中学生などいないだろう。
そして、それ以降は全てモニター越しだ。
アイヒマン実験の先生役からしたら壁越しになるけれども。
「もしアイツが僕らを貶めるために誤情報をアナウンスしていたとしたら?」
友澤くんはしばらく一点を見つめていたけれど、首を振って口を開く。
「いや、でももしそうだとするなら理由は?
俺たちには皆が死んだと伝える理由、被験者になった彼らが選ばれた理由、そしてケンショウ教室の本当の存在理由が分からないじゃないか」
確かにそうだ。
僕らの推理は、いや想像はどの方向に行っても穴だらけでちんぷなものになる。
「悔しいけど、まだまだ情報が足りないね。
けど、一刻も早く多くの情報を手にいれてアイツと対峙しないと僕らはこのまま殺されるのを待つだけになる」
僕らは今、分裂しかけているけれど団結しなくてはアイツの正体には迫れないだろう。
そして、そのチャンスは後一回だけだと僕は知っていた。
でも、そのことを皆に伝えることはなかった。
「情報の整理はもう十分だろう?オレは明日に備えてもう寝るよ」
そう言ったのは寺井くんだった。
僕らは目を背けていたその背中に強引に視線を戻された。
寺井くんは給食を残した。
それは明日の実験で罰として寺井くんが彼検体になることを意味している。
僕は寺井くんにだけは言うべきだったのだろうか?
そしたら三日後の惨劇は起こらなかったのだろうか?
僕らは知るのが遅すぎるんだ。いつも。
…………そう、いつも。
強引に眠らされて、知らない間に違う部屋へ運ばれて目を覚ます。
ここへ来て、初めてだろう。
起きなくてはいけないと思いながら起きたのは。
「…………っ」
それは他の皆も同じだったのかもしれない。
僕が目を覚ましたのは早くはなかったけれど、ほとんどの人がほぼ同時に目を覚まして辺りを確認した。
佐野くんは地面に拳を叩きつけたのだろう、痛々しい血が拳を伝っていた。
「やっぱり寺井だけ居ないな」
春馬が近くでそう言った。
「うん、だね」
ここに居ないのは寺井くんだけ。
今回のケンショウは寺井くんを彼検体にして行うのだと、誰もに分かっていた。
だから佐野くんは怒りに満ちていたし、田口くんは悔しそうな顔をしていた。
「無事で居て欲しいね…………」
「…………」
「春馬?」
呟きが聞こえなかったのかと思って、見た春馬の顔は明らかにそうではなかった。
「え?ああ、そうだな」
何かを思い出して憤る。そんな顔をしていたんだ。
「やぁ、みんなお早う」
突然にモニターが点いて、アイツが例の部屋からこちらを見ている。
部屋の中も見渡すけれど、何も変化はなさそうだ。
アイツはこの実験の間、ずっとあの部屋の中にいるのだろうか?
「昨日の君たちのホームルームは実に有意義だったね。だからこそ、僕から二つ君たちにご褒美をあげよう」
「ご褒美だと…………?」
誰よりも早くその言葉に反応したのは、僕の隣にいた春馬だった。
春馬なんで。
なんでそんな顔をしているんだ?
「一つ目のご褒美は、君達が議題としていたあの著書の真相。そして、もう一つは新たな提案とでも言っておこうかな」
「著書の真相と新たな提案!?」
「友澤くん、疑問をしっかりと復唱して問い直す。君は本当に勤勉で頭が良い。
その通り、つまり"あの著書を書いた人物"を君たちに教えようと言っているのだ。そして、"このケンショウ学級を終わらせる新しい方法を与える"ということだよ」
「えっ…………!?」
「このケンショウ学級を」
僕たちが耳を疑ったのは後者だ。
このケンショウ学級を、この陰惨な心理実験を
「終わらせる方法だって?」
「ふふふ…………」
なんだ?
「くっくっく。はははははは」
なんでアイツは笑い出したんだよ。
「いや、すまないね。君たちが、全て想像通りのリアクションをくれたから可笑しくなってしまってね」
リアクション?
全て?
皆の「希望」を見つけたと同時に、その言葉を疑う神妙な面持ちは想像がつくだろう。
アイツは、アイツにはこの春馬の怒りに満ちた顔も想像できていたっていうのか?
「春馬…………?」
「…………え、あ、ああ、どうした?藍斗」
取り繕う表情。
でも、目はまだ怒りに満ちているのが分かった。
何を考えているんだ?
そして、春馬お前は何を知っているんだ?
「では、ご褒美の一つ目だが。
『心理実験の概要と考察』その著書を書いたのは、君たちの推察通り…………僕だ」
「やっぱり…………」
「じゃあ、やはりこの実験はあの本を元に行われているのか」
田口くんの言葉を聞いたアイツは手を向けて、言葉を静止した。
「田口くんそれは少し安易に考えすぎだな。
著者は確かに僕だ」
「…………え?」
どういうことだ?
僕以外のみんなも同じ疑問を抱いているだろう。
それを察して、アイツは小さな溜め息を吐いた。
「仕様がないね、もう少しだけ噛み砕いてあげよう。
つまり、その本に載る言葉を、文章を、構成を手掛けたのは僕だ。と言っただけに過ぎないのだよ」
「…………!!」
数人が気づく。
「つまり、その理論を考えた人間は他にいる。ってことか…………」
「著者は目の前のアイツ。それを支える監修としての役割を果たした人間がいて、その人物こそが黒幕?」
僕の考えを聞いて皆もようやく理解した様だった。
そして、それに続いた友澤くんの言葉で更なる恐怖を抱いた。
「んー友澤くん。それは少し妄想に寄ってしまったなぁ。残念ながら、教授はすでに亡くなっているよ」
「じゃあ、結局アイツが黒幕だっていうことか?」
「さぁて、どうだろうか?
さぁ、ご褒美の二つ目だが。この教室から出る方法は最初に言った通り、一月の間このケンショウ学級で生き残ることと伝えたね。
だが、君たちは若干名だが僕の望んでいた以上のフィードバックを与えてくれている。その功績に免じて、もう1つルールを追加しよう」
結局、この陰惨な実験の黒幕についてはうやむやにされたか。
当たり前と言えば当たり前だが。
「大上先生が上杉くんに貸した、その本には彼からのメッセージがあったはずだ」
大上先生からのメッセージ。
つまりは、背表紙に書かれたあの十文字を指しているのだろう。
「改めて言おう。『犯人はこの教室にいる』。その犯人を実験の終了後に皆で指名しなさい。
もし大多数が犯人を見事当てた場合にはケンショウ学級を中止し、速やかに君たちを解放しよう」
一瞬にして教室の熱が冷めたのが分かった。
いや、正確に表現するのであれば凍りついたのだ。
「ただし…………
大多数に指名された生徒が、犯人でなかった場合には、その生徒には罰を受けてもらう」
バラバラになり、寺井くんの勇気で、拙くもまとまりかけていた教室の雰囲気が変わった。
お互いに向けられるのは、疑念。
そして、もしも自分が指名された場合に待つ罰への恐怖が心を蝕んでいく。
…………相変わらず、性根の腐った連中だ。
「さぁでは、今回のケンショウを始めようではないか」
モニターが点き小さな部屋が写し出された。
何も無い部屋。
扉や窓はなく、心許ない灯りだけが点いている。
三畳ほどの空間だろうか、その真ん中には特殊な椅子が固定され、その前方に鏡が貼り付けられている。
たったそれだけが「ある」部屋だ。
「寺井!!」
小部屋の中心に固定された椅子には、一人の生徒が拘束されていた。
佐野くんの悲痛な叫び。
多くの人は、その寺井くんの姿から目をそらさずにはいられなかった。
特殊な椅子は恐らくは元々は拷問の為につくられたのであろう、強固そうな鉄製の椅子になっている。
その手すりには肘と手首を拘束する為の革製のベルトが備え付けられ、寺井くんの腕の自由を奪っている。
普遍的な四脚の椅子ではなく、脚といえる部分はない。言うなれば、頑強な箱に背もたれと手すりが備え付けられているような状態だ。
寺井くんの足は太もも、膝下、そして足首で、やはり革製のベルトによって固定されている。
「何よこれ。こんなの人間に対する仕打ちじゃないわ」
身体を動かすこともできないように、下腹部当たりで、最も太く丈夫そうなベルトがしめられており、首輪にも似た細いベルトが寺井くんの首に巻き付き顔を動かすことさえできない状態になっている。
寺井くんに許されたのは目と口の自由だけ。いったい何が始まろうとしているのか想像もできなかった。
「やはり、白仮面がいるんだな」
部屋の隅、寺井くんの左後方にあたる角に白仮面が立っているのが確認できた。
やはり、白仮面は罰であってもケンショウの最中は、被験者の側にいるようになっているのだろう。
「やぁ、寺井くん。どんな目覚めかな?
わざわざ自分から罰則を受ける為に食事を残すなんて、いけない子だね。お望み通り君には罰を用意した」
放送に寺井くんが反応したことからも、ここからの放送は寺井くんの部屋と、僕らがいる部屋に流れていることが分かる。
「君に行ってもらう実験は『自我におけるゲシュタルト崩壊』だ」
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