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修了式:ありきたりな日常の幸福

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……僕はとある教室で親友の亡骸を抱えていた。

「……なんで、こうなったんだよ?なぁ」

教室の皆の机の上には瑞々しい菊の花が飾られている。春馬の席を除いて33輪の菊の花の匂いが充満していた。そんな中に息を引き取った藍斗と原田さん、佐野の亡骸が教室の後ろで横たわっていた。

教壇には1人の男が手をついて、ただ一人残された生徒の動向を見つめている。

『囚人達のジレンマ』

上杉藍斗……大上と書き込むが、後から塗りつぶし春馬の途中まで書くも無効票、白紙扱い。
原田悠里……最後の最後までペンを持つことすらせず全員の無事を祈っていた、白紙。
佐野拓哉……開始数秒で乱暴に2文字を書き殴りその後ペンを持つことは無かった。「死ね」と書かれていたが名前ではないので無効票、白紙扱い。
笹木春馬……「大上」と書き正答。

これにより、上杉藍斗と原田悠里、佐野拓哉の部屋には致死率100%の毒ガスが散布され死亡。正答を導き出した笹木春馬1人が見事ケンショウ学級を修了した。

「藍斗……なんで、なんでオレの名前を書かなかったんだよ?馬鹿野郎」

春馬の流した涙は頬をするりとこぼれ落ちて、抱えていた僕の亡骸の頬を伝った。やっぱり、春馬には恨まれることをしてしまったな。

謝ることなどできないのどけれど。

「君は見事にケンショウ学級を修了した。今の気分はどうかな?笹木くん」

教壇では電気ショックによって死んだはずの大上先生の姿があった。春馬は大上先生を睨みつける。

「怖いなぁ。君と僕の仲じゃないか、2人で過ごした時間もそう短くはないというのに。残り少しの時間くらいお喋りに付き合ってくれても良いじゃないか」

「……お前と話すことなんてない。さっさと死ね」

春馬はそう言い捨てる。大上先生は肩を竦めて笑っていた。

「残念だったね、あと少しで君の目論見通り僕と君は死んで上杉藍斗くんだけが生き残ることができたのに、君は彼を守りたいが為に彼との信頼を深め過ぎてしまった。

結果、彼は君がアイツの一味であると確信しながらも君の名前を書くことはなかった。君が彼を守りたかったように、彼もまた君を守りたかったのだろうね」

大上先生は残された時間というものの中で、一方的に春馬に喋り続けていく。

「まぁ、でも良いじゃないか。君は当初の予定通り僕を殺すことができる。あと数刻もすれば、僕は君に名前を当てられた罰によってこの教室で毒ガスに包まれ息を引き取る。

君は机の中にあるマスクを被って生き残る」

春馬の机の中にはたった1つだけマスクが入っていた。春馬はそのマスクをじっと見つめている。その様子を見た大上先生は続けて言う。

「それを被らずに一緒に死のうとか思ってないよね?そんなことは『彼ら』が許さないよ。

もしそんなことをしても、また前回の様に君は病院の一室で目を覚ますことになるだろう」

……僕には結局、『アイツ』の呪いから逃れる術はないということか。

「どうやら毒ガスの散布が始まったようだね、さぁマスクを被りなさい」

春馬は乱暴にマスクを取り出して、そのゴツゴツとした特殊なマスクを被った。

「これで1ヶ月に渡ったケンショウ学級を修了します。それでは、下校の時間です。さようなら」

ガスが満ちる頃にドサッと大上先生が倒れたのを、白い煙越しに春馬は見届けていた。

「……菊の花」

いつの間にか教壇の上にも菊の花が1輪飾られていた。春馬は自分の机の上にあった、白い仮面を持った。しばらくしてガチャっと前の扉の鍵が開く音がした。

「……おやすみ藍斗。みんな」

春馬はそっと僕の亡骸を床に寝かせて、そして煙の向こう、扉の先へと消えていったのだった。






僕らは知るのが遅すぎる。


シャボン玉は球状に形成された瞬間から消えいくことが確かに決まっているのに、いつまでも続くのではなんて


そんな幻想を抱く様に。



平凡でありふれていて、ちょっとつまんないななんて思うことのある日常が。


実はこれ以上なく

「幸福でありきたりな日常」だったのだということに。





ただ、僕らがそのことに気付いたな時にはもう何もかもが遅かったんだ。




「おはよー」

「おはようございまーす」

校門に立つ生活指導の先生に挨拶をして登校をする。

ありふれた毎日の始まり始まり。

「ふあー」

私は大あくびをしながら通学路を歩いていく。

すると50メートルほど先に恋人の姿を発見した。

気づかれないように慎重に慎重に。

ゆっくりと背後へと忍び寄る。

そして、手を伸ばせば届く距離までつめて、ゆっくりと息を吸った。

周りの生徒は私の行動を見てすぐさま耳をふさいだ。

「わぁーーーー!!!!」

私はめいっぱいに大きな声で叫んだ。

「ひっ!

ぎゃーーーーーっ!」

周りには他学年の生徒もいたけれど、登校の時間なんてものは似かよるもので、私とこいつとの毎朝のやり取りは周知されているようなものだった。

私が叫んで恋人がリアクションをする。

そんな、ちょっと退屈でありふれた日々。


「ちょっ、毎日やめろよ茜(あかね)」

「てか毎日、同じドッキリでここまでのリアクション取れるの凄いよね。慎二」

僕は鏑木 慎二(かぶらぎ しんじ)。

容姿はまぁ平凡?勉強は嫌いじゃあないから成績は学校では良い方。

苦手教科は机でしない授業。つまり音痴で運痴。

社会科クラブ所属の中学二年生。

最近はよくテレビで心理学が話題になるから、心理学にも興味を持ち始めた。

「あれ?茜、今日はラケット持ってないんだな」

「うん、なんか分からないけど昨日コーチに二年は部活なしって聞いたのよ」

「二年だけ?なんだそれ」

榎本 茜(えのもと あかね)は小学校からの幼馴染みで恋人。

バドミントン部の期待のエースってやつで、先月の県大会では三年生に一人混ざって団体戦のメンバーに選ばれていた。

いつも気さくで、僕のおふざけにも笑って付き合ってくれる凄い良いやつ。

容姿も勿論可愛いと思うけれど、何より笑顔が好きだった。

「おー、榎本この時間は珍しいな。

朝練どうした?」

校門の前で立つ生活指導と社会の先生が僕は正直少し苦手だ。

茜はその先生を見つけると走って寄って行った。女子ウケがよく、男子からも人気なのになんでだろう?

僕はこの先生が苦手だ、生理的に何か受け付けてはいけないような危険みたいなものを感じている気がした。

「笹木先生おはようございます。

なんか今日は二年は部活なしって聞きましたよ?」

単発で身長が高く、容姿も整っている。なんでも学生時代にはテニスで全国大会で活躍したこともあるとか。なんで、そんな先生が体育じゃなく社会なんて教えているのか不思議だった。

「春馬先生はいつになったらバド部の顧問になってくれるんですかー?」

茜とのそんなやり取りもよく見るけれど、笹木春馬先生は社会科クラブの顧問をしている。

「……先生も色々と忙しいんだよ。な?慎二くん」

そう言ってなんだか笹木先生は悲しげに笑っていた様な気がした。

その、ほんの少しの違和感にもしも気づくことができていたのなら僕は、僕らはこれから始まる陰惨な殺戮ゲームに巻き込まれることはなかったのかもしれない。

そう、僕らは後悔するのが遅すぎる。社会の授業で笹木先生がビデオを観るように言った。

そこには暗い教室が映し出され、顔も見えない人がカメラの脇から映り込んできて座った。

変声機の奇妙な声は、不気味に僕らの耳に鳴り響いていく。


「えー。協栄中学二年四組の皆さん初めまして。

君たちはこの国のよりよい未来のためにある研究に参加して頂くことになりました」

こうしてありきたりな日常を送っていた僕達は
そのありきたりな日常の中ほんの少しの違和感を感じたその日。

僕達は陰惨で残酷な『ケンショウ学級』へと誘われたのだった。

様々な心理実験の正確性を確かめる為に僕らは謎の人物『アイツ』のモルモットになる。

次々とクラスメイトが殺され、次第に正気を保つことができなくなっていく仲間達。

ケンショウ学級の期限30日を生き抜き、解放される時がくるのか、そしてこの陰惨な心理実験を行う『アイツ』の正体とは?




「それでは『ケンショウ学級』の開講です----」


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