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上・立夏の大陸

神々の遺産ーオーパーツー

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「アスタロト……『月の恵』」

光り輝くアスタロト。

その姿は次第に真っ白な衣を羽織る女性の天使へと変わっていく。

『月よ、傷付きし者を癒せ。』

天井に恍惚に光る月が輝き、光が降り注ぐ。

その光に当たると、フィニの傷がみるみる内に治癒していった。

「どういうことだ……まさか精霊を2つ操るのか!?」

アスタロトのもつ異質な力にワイズは気付いていない。

傷がほとんど塞がったフィニが立ち上がる。

困惑した表情のワイズを見て、フィニはまた不敵に笑い話し始める。

「ふふ。無知なワイズ王。アスタロトの特質は女性天使と男性堕天使の両面性にある。」

驚愕の事実にワイズですら驚きを隠せずにいる。

「……なっ。天使と堕天使の両面性だと!?」

「そう、つまり闇の力と光の力。相反する力をアスタロトは私に与えてくれる。」

フィニから発せられる更に異質な魔力。

ワイズは言い得ぬ危険を感知し身構えた。


「アスタロト『月下の鎧』」

月の光が形を成し、フィニはその輝く鎧を身に纏う。

そして高々と挙げた手に握られるのは。

「――『血涙の鎌』」

濁った血の様なまがまがしい鎌。

光の鎧と闇の刃。

相反する2つの武具を身に纏うその姿は正に異質。

「まったく……厄介な敵にあたったものだな。」

ワイズのぼやき。

しかし彼は笑っていた。


フィニはその黒き血の鎌を構える。

「いくぞワイズ王!!」

勢いをつけて飛び出したフィニ。

一直線にワイズへと向かい、その凶刃を振り抜く。

「速いな……『風障壁』」

自力で回避は不可能と判断したワイズ。

シルフィードの力で目の前に風の防壁をはった。

「はぁぁぁぁぁぁあっ!!」

気合いでそれを難なく振り切ったフィニに目的の手応えは無かった。

フィニは辺りを見舞わす。

「残念、下だよ。」

真下から現れたワイズにフィニの反応が遅れる。

「シルフィード『烈風刃』」

フルートに風を纏わせ、剣を生み出す。

ワイズの刄がフィニの光の鎧を捕えた瞬間。

「……アスタロト『月食』」

風は光に呑み込まれてしまった。

「散れ『紅雨』」

思いがけぬ実態にワイズはわずかに集中が散漫となる。

そんな時、赤い雫が降り注ぎ、左肩に一滴それが当たってしまった。

「……くっ、がっ。ぐぁぁぁぁあっ!!」

焼ける様な痛みが肩にはしり、ワイズは声をあげた。

フィニの下の地面を見ると、赤い雫に触れた場所に穴が開いていた。

石すらをも溶かすほどの溶解液、ワイズの左肩もまたその雫でえぐり取られていた。


痛みに声をあげるワイズを見下し、フィニは笑っていた。

「ふははは。確信したぞ、ワイズ王。私のギフトは貴様のギフトを凌駕する。」

服の袖を破り、ワイズは左肩に巻き付け止血をした。

その際の痛みに顔を歪める。

「私の与えられた異質は、貴様の持つ風を無効化し腐食させる。」

フィニは誇らしげに月下の鎧と血涙の鎌を撫でる。

そしてまた視線を元に戻すと、言う。

「さぁワイズ王。貴様の持つ本物の『早春の指輪』を私に渡せ。」

ワイズを見下し、フィニが手を伸ばす。

大陸王のまさかの苦戦。

しかしワイズは笑っていたのだった。


その様子にフィニも気付く。

「……何が可笑しい?」

ワイズはゆっくりとフィニを見据える。

そして、なんとも言い難い複雑な表情で微笑む。

「フィニ、君のギフトは確かに僕のギフトの上を行く様だ。」

「……なんだ?諦めたのか?」

諦めたわけではない。フィニもそれは感じ取っていた。

拭えぬ恐怖にも似た違和感と共に。

「しかし、大陸王を舐めてもらってはこまる。君たちが未だ持たぬ力を我らは持っているのだから。」

ぞくっ。と背筋すら凍る様な恐怖に、フィニは間合いを空ける。

それはフィニの攻撃範囲の先の先。

これから何が目の前で起ころうとも、防御できるであろう。という全ての意識を防御に当てた距離であった。

「さぁ、シルフィード出ておいで。」

洗練された魔力を放ちながらワイズはフルートを奏でる。

その音は光の粒になり、幾多のそれが重なりあって、シルフィードを具象化した。


この世に降り立ったシルフィードがワイズの右肩に座る。

「さぁフィニ、見るが良い。これがギフトの先の力、神々の遺産『オーパーツ』だ。」

莫大な魔力がシルフィードに注がれ、シルフィードが変形していく。

「神々の遺産……『オーパーツ』だと!?」

形を変えたシルフィードがワイズの肩に巻き付く。

それはまるで天使の様に美しく、鷹の様に勇ましい翡翠色をした翼だった。

「これが僕の真の力だ。『オーパーツ・憂の碧翼』」

フィニは悟った。

「こ、これが大陸王の真の力。これが……」

ワイズの翼が光を放ち、縦横無尽に辺りを舞いながらフィニへと向かっていく。

「アスタロト『月食』!!」

月下の鎧が輝いたその瞬間、フィニの視界にはもう翡翠色の光しか見えてはいなかった。

食らうなど不可能。

回避すらも出来ないその光の波はただ呑み込まれる以外になく。

「そうか、これが……王になる者とならざる者との差か……」
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