聖霊の宴

小鉢 龍(こばち りゅう)

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上・立夏の大陸

波乱を呼ぶ者

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澄み切った青空がどこまでも続いているそんな日。

シルクはベッドの傍らから水平線を覆い尽くす山々を眺めていた。

「ん、んん……」

時折マリアのうめくような声が聞こえる。

シルクはそっとマリアの額に光る汗を拭き取る。

「マリアさん……」

シルクをかばいシムの弾丸をその身に受けたマリア。

シルクはマリアを抱えながら神に祈る。

「お願いだ、マリアさんを助けて!」

聞き届けるは神にあらず、シルクの後ろで見つめる天使。

『これはまだあなたには教えたくはなかったのですが、仕方ありませんね。』

「何か方法があるんだね、ミカエル?」

ミカエルは静かに頷いた。

『自己の治癒力を他者に与える反骨の力です。名を『呪浄』と言います。』

「……呪い?」

ミカエルは哀しげに微笑むだけで何も言わなかった。

「たとえ呪われた力でも良い僕はマリアさんを助けたいんだ!」

ミカエルは数秒、空を仰ぎ頷いた。

『わかりました。ではシルク、全神経をマリアの傷口に集中して……』



ほのぐらい光がマリアを照らしだした時、シルクは自らの右脇腹に違和感を覚える。

マリアに同調したかの様に息を切らし、いつの間にかシルクは激痛の波に飲まれていた。

「くっ、あぁっ……」

わずかにマリアの血が止まり始める。

『シルク耐えるのです。これは相手と同じ痛みに絶えながらでなければ出来ない呪い。魔力が強靱であれば痛みは少なくなりますが、今のシルクではその効果は期待できません。』

「くっ、ぐぁっ……」

長い長い時間。

永遠にも思える激痛に耐えながらシルクはマリアを思っていた。

「マリアさんはこんな痛みを負いながら僕をかばってくれた。僕だってマリアさんを治す為ならこんな痛みくらい……」

徐々に徐々にマリアの傷口が塞がっていく。

ミカエルはそんなシルクの横顔を見ながらぼそりと呟いた。

「シルク。私はあなたの力となれて嬉しい。でも、だからこそ私の真の力はあなたに授けることはできない……」



シルクは外へと出て歩く。

「…………。」

何を考えているのか聞かずともミカエルには分かっていた。

『……シルク。』

心配そうなミカエルの声。

「……ぷっ。」

『シルク?』

「ぷはははは。」

シルクは急に笑いだす。

これにはミカエルも困惑した表情だ。

「はは。ごめんミカエル。キミがあまりにも心配そうな声だったから。……大丈夫だよ。」

『……ふっ。ええ、分かっていますよシルク。』

決意の瞳。

ミカエルは時折驚く。

まだまだ未熟で魔力も弱い少年が時に見せる、その強い眼差しに。

『マリアのことはフレア王に任せて、私達はここを経ちましょう。』

「うん、そうだね。僕はもっと強くならなければならない。1人でも戦えるだけの強さを……」

そして2人が旅立つ。

次の戦いに備え、力を付ける為に。


シルクがマリアを炎王の城に運んでから1週間が過ぎた。

シルクは鏡のように美しい湖の前で精神を統一していた。

『まずは魔力を練るという感覚を身体に刻み付けることです。』

禅を組みゆっくりと息を吐く。

血が温かく体中を巡るのを感じ、穏やかな呼吸が続く。

『これを意識せずとも出来る様になった時。あなたは強い魔力を得ていることでしょう。』

次第に手足の先々が温かくなり、心の臓にそれを感じた頃。

詮をしていた水が零れるかの様に魔力が湧きだす。

微量なそれが溜まっていく、その感覚に支配された頃。

シルクはゆっくりと目蓋を開けた。

「…………。ふぅ。」

ゆっくりと身体を伸ばし、手をぐっと握る。

『お疲れさまですシルク。少し休みましょう。』

「うん、そうだね。」


シルクがマリアを炎王の城に運んでから1週間が過ぎた。

シルクは鏡のように美しい湖の前で精神を統一していた。

『まずは魔力を練るという感覚を身体に刻み付けることです。』

禅を組みゆっくりと息を吐く。

血が温かく体中を巡るのを感じ、穏やかな呼吸が続く。

『これを意識せずとも出来る様になった時。あなたは強い魔力を得ていることでしょう。』

次第に手足の先々が温かくなり、心の臓にそれを感じた頃。

詮をしていた水が零れるかの様に魔力が湧きだす。

微量なそれが溜まっていく、その感覚に支配された頃。

シルクはゆっくりと目蓋を開けた。

「…………。ふぅ。」

ゆっくりと身体を伸ばし、手をぐっと握る。

『お疲れさまですシルク。少し休みましょう。』

「うん、そうだね。」


ミカエルがそれに気付いた瞬間、そいつは姿を現した。

『よぉミカエル。久しぶりだなぁ。』

『お前は――』

ミカエルと瓜二つの顔。

でも全てが違う。

放たれる魔力は憎悪に満ち満ちていて、野獣の様な瞳はただ恐怖だけを感じさせる。

『まさか宴に呼ばれていたとは……ルシフェル。』

ルシフェルはにやりと笑う。

「お前は弱過ぎるシルク・スカーレット。まぁ弱い原因はお前だけにあるわけじゃないけどさ。そうだろ?ミカエル。」

ソフィアの言葉にミカエルの顔色が変わった。

「ミカエル?」

シルクの瞳を真っ直ぐ見つめるミカエル。

その目はいつもと違っていた。

「何を恐れているんだい?大天使よ。紛い物のギフトでこの戦いを勝ち抜けるとでも思っているのか?」

その言葉にシルクは息を呑んだ。

シルクはミカエルの瞳を強く見つめる。

「ミカエル、紛い物のギフトってどういうこと?」


ミカエルは口をつぐんでいた。

ソフィアはため息を吐く。

「何も言わないか。なら見せてやるよ。ルシフェル――『大天使の羽衣』!!」

「――なっ!?」

カッと光が散って、ソフィアの左腕に羽衣が巻き付く。

それはシルクとはまた別物の漆黒の羽衣。

「大天使の羽衣だと?」

「そう、これは天界の住人なら誰もが持っている雑魚アイテム。オレのは正確には『堕天使の羽衣』ってところかな。」

漆黒の羽衣が優雅に舞う。

それを見たシルクの血の気が引いていった。

『シルク……私は。』

ミカエルを見つめ続けるシルク。

『私の力はあなたには相応しくない。』

「相応しくないってどういうこと?」


ミカエルは重たい口をひらく。

『私の真のギフト『裁きの天秤』は確実に人を死に追いやる力です。』

「裁きの天秤……?」

ソフィアは2人をただじっと見つめていた。

『自らと相手の善行と悪業とを天秤に掛け、罪の思い方に死の裁きを与える。これが私の真のギフトの力なのです。』

大天使が持っていたのは、殺さずの誓いをたてるシルクには相応しくない力だった。

「……何故、そのことを黙ってたの?」

シルクの瞳には微塵の怒りも恨みも見えなかった。

そこにあるのはただ純粋な疑問。

『死の力などあなたは知る必要がないと思いました。あなたの重荷になるのでは、と。』

ミカエルの低い声。

シルクはふんと鼻で息を吐く。

「ミカエルは何でも難しく考えすぎだよ。死の力だって言ってくれてたら良いのに。もちろん使う気はないけどさ。」

真っすぐな言葉にミカエルは深く後悔をした。

自らが信じると決めた少年への、裏切りとも言える不信心に。


『さて……もう良いかなミカエル?何で俺様がここに来たのか分かっているよな?』

ミカエルの目付きが変わる。

『……あなたが私の元に現れる理由など決まっている。』

シルクに魔力が溢れだす。

ミカエルの士気がシルクにも影響を及ぼしているのだろう。

『いくぜソフィア。』

「ああ、ルシフェル。『ギフト・――」

ソフィアから溢れだす狂気にシルクは全身が震えた。

煙の様にもんもんと立ち込める魔力。

「――『妖煙』」

真っ黒な煙が煙草からあがる。

それは大気中に留まり一つ目に大きな口、二本のツノに小さい二本の腕が生えた奇妙な怪物となる。

「ミカエル『ギフト・大天使の羽衣』」

シルクの左腕に巻き付く光の羽衣。

「さぁ、楽しい殺し合いの始まりだ。」


「ミカエルいくよ。『光撃』!!」

左腕から放たれる光線。

ソフィアは微塵も動く気配がない。

「…………。『暗幕』」

ふぅっと吐き出された真っ黒な煙がソフィアの壁となる。

シルクの光がそれに当たった瞬間、飲み込まれる。

「『付光』の力で槍を錬成する。はぁぁぁあっ。」

光り輝く白い槍を錬成したシルク。

ソフィアへと向かっていき、その切っ先を突き立てる。

「――『暗縛』」

闇がシルクを覆い尽くす。

絡め取られた腕から力が抜け、シルクは白い槍を落とした。

「なっ……なんだ、これは?」

闇が徐々にシルクの身体を這いつくばっていく。

全身を汚される言い表せない様な不快。

力が抜け、シルクはその場に膝まづいた。

「……弱すぎる。退屈しのぎにもならないな。」

ソフィアは始めに立っていた場所から一歩も動かないで、シルクを見下ろしていた。

「……くっ、そ。」

ばたり。とシルクが前のめりに地面に倒れた。

目の前に突き付けられた圧倒的な実力差。

ミカエルはルシフェルを睨むように見入っていた。



『弱すぎる。弱すぎるぞミカエルよ。貴様のパートナーはこんなものか?』

ルシフェルが見下すように言う。

『こんな程度では来客に勝つことは不可能だ。やつは強いぞ。』

もう1人の残った来客ゲセニア・アルボルト。

冥界の王ベルゼブブを操る凶悪な使い手。

現時点でシルクとゲセニアが戦ったとして、シルクが勝つ可能性は皆無だ。

『悪いことは言わねぇ。この戦いから降りるか……アレを開けるか。』

アレにミカエルが反応した。

その瞳はひどく動揺している。

『ルシフェル貴様……アレを開けたのか?』

ルシフェルはにっと笑う。

それがミカエルの問いに対する答えだった。

『ま、その餓鬼を殺したくねぇなら、選ぶことだ。まぁ、戦い降りるなんてぬかしたらオレ達が殺すけどな。』

「それじゃあ選択の余地がないじゃないかルシフェル。」

『ん?そうだな。くははははははは。』

黒い煙がソフィアとルシフェルを覆っていく。

『次会う時には貴様を殺す時だミカエル。それじゃあな。』

そう言い残してソフィアとルシフェルは煙の様に消えていった。

残されたシルクを見つめるミカエル。

彼は選択を迫られていた。
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