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04. グレゴール王子の罠
しおりを挟む夢には珍しく、においを感じる。
甘ったるくてあまり好きにはなれない、でも頭がふわふわする不思議な香り。
そして、妙に体が熱い。
眉をひそめて身をよじるけれど、体の中にどんどん熱が溜まっていき、下腹部がきゅんと疼いた。
初めての感覚に戸惑い、もじもじと太ももを擦り合わせる。すると、喉の奥で笑うような声がすぐ近くに聞こえた。
うっすら目を開けると、人影が見える。
「ん……アンナ? もう時間…………っきゃ、んっんんぅ!!」
突然、誰かが覆い被さってきて、咄嗟に叫ぼうとするも、それよりわずかに早く口を塞がれる。
汗ばんだ手のひらが唇にあたる感覚があまりに気持ち悪くて、全身の毛が逆立った。
「公爵令嬢ちゃん起きたぁ? 香がちょっと効いてきたかなぁ。もじもじしちゃってかーわい」
「んんぅー!!」
(どうしてここにグレゴール王子が!?)
嗜虐的な色をのせて私を覗き込む、濁った黄色の瞳。
頭の中にガンガンと警鐘が響く。
(どうなっているの!? この男はともかく、他の人間はイシルディアの令嬢に危害を加えたらどうなるか、わかっていないはずはないのに!)
「入口やら窓やら一生懸命見張ってご苦労なことだけど、ここ王宮と隠し通路で繋がってんだよねぇ。親父が気に入った女を犯すために、わざわざ掘ったやつでさぁ」
グレゴール王子は、何が面白いのかクツクツ笑うと、もがく私の腕を素早く片手で抑え込んで顔を近づけた。そして生ぬるい息を吐きながら、耳元で囁く。
「しーっ。もし騒ぎになったら、お隣の侍女ちゃんを連れ出して輪姦すように言ってあるから、静かにね」
「っ!」
(アンナ……!)
暴れるのをやめて精一杯睨みつけると、グレゴール王子はニヤニヤしながら、私の口を塞いでいた手を離した。
「はぁっ、はぁ……な、んでこんな」
「はは、まさか国賓には手ぇ出さないって思った? でも令嬢ってのはさぁ、高位であればあるほど『アタシ強姦されましたぁ』って言えない生き物なわけ。そうだろ?」
「……最低」
でも、悔しいことにそれは事実だ。
未婚の令嬢は、どんな理由であれ純潔を失った時点で、まともな結婚は望めなくなる。
なにより、現場を押さえない限りグレゴール王子が犯人だと証明できない。
(この口ぶりだと、今までも被害に遭った令嬢が大勢いそうね……)
「娘が純潔じゃないって知ったとき、あんたの父親どんな反応すんのかなぁ。ははは、見てぇ~」
グレゴール王子は、笑い声を抑えるのが大変だとでも言いたげな表情で私を見下ろすと、太ももを撫で上げるようにしながらシュミーズの裾をずらし始めた。
「ひっ……やぁ……ぁ!」
「はは、もう香が完全に効いたっぽいな。おっぱいピンピンじゃん。俺ももうガチガチで痛ぇわ」
嫌なのに、体が熱くて頭が働かない。
汗ばんだ太ももを撫でられる感覚に腰がわなないて、手が自由になっても身動きひとつとれなかった。
グレゴール王子の顔が近づいてくる。
(やだやだ、絶対に嫌!)
「ははは、心配すんなって。この香は避妊効果もあ……グゥッ!」
せめてもの抵抗と顔を必死に背けていると、グレゴール王子が突然吹き飛ぶように私の上から消えた。
何が起こったかわからず混乱する私の前に現れたのは、全身黒ずくめの、男性?
薄暗くてよく見えないけれど、彼は床に倒れているらしいグレゴール王子をじっと見下ろすと、全力だろう蹴りを三発ほど入れた。
「こいつ、殺してもいいよな?」
「いやぁ、気持ちはわかるけど今はマズイでしょ~。時期的に?」
黒ずくめの男性がもう一人いることに気づいて、びくりと体が跳ねる。
しかし、お腹の奥が切なくて、次の瞬間には太ももを擦り合わせて生まれる、わずかな快感を追いかけていた。
「あっ、んぅ……はぁっ……」
「ん、お嬢さん? って、ちょ、このにおい! フェルマリスの香だよ!」
「……クソッ」
最初に現れた男性は、雑に香炉を開けて水差しに残った水をすべてかけると、くるりと私に向き直った。
彼がこの体の疼きを止めてくれるのだろうか。
気持ちよくなりたい。ぐちゃぐちゃにして欲しい。
純潔を守らなければならないといった考えは、もう完全に消え去っていた。
「えーと、俺やろか?」
「俺がやる」
「え! 女嫌いじゃなかった? てかズルくない!?」
「うるせぇ、早くゴミを回収して出ていけ」
「ひどいっ!」
二人が何か話しているけれど、その内容がまったく入ってこない。
ただ、あとから来た男性が、グレゴール王子を荷物のように抱えて立ち去ったのはわかった。
部屋に残った男性が、私の寝ているベッドに腰掛けてこちらを見る。
するとベッドサイドのランプに照らされて、彼の顔がぼんやりと浮かび上がった。
絹のように艶やかな黒髪が首元まで流れるように落ち、右目には黒い眼帯を着けている。左目の色はよく見えないけれど、きっと鮮やかなサファイアブルー。
――細かな違いはあれど、それはたしかに幾度となく夢に見た青年の顔だった。
「……セル、ヴィオ?」
熱に浮かされながら震える声で呼びかける。
すると、彼は目を見開いて息をのんだ。
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