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第二話 アルベルト・レイブン
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そして午後――
使用人にアルベルト様の来訪を告げられ、私は玄関まで急いだ。
広々とした玄関ホールには、前世の記憶とも今世の記憶ともぴったり重なる、アルベルト様が立っていた。
漆黒の髪はさらりと艶やかで、前髪はセンターで分けられていて顎のラインまで伸びる長さ。後ろで軽く結ばれたポニーテールが、動くたびに揺れる。何を考えているのか分かりにくい糸目の奥には普段は見えない、深く澄んだエメラルド色の瞳が隠されている――
こちらに気づくと、彼は片手をあげてにっこり微笑んだ。
「やあやあやあ! 今日は時間をとらせてしまってすまないね。ありがとう」
芝居がかった口調でそう言うと、彼はオレンジ色や黄色の花でつくられた花束を差し出した。
オレンジのダリアがメインの、あたたかい色合いの花束から、ふんわりといい香りが漂う。くん、と鼻を近づけて匂いをかぐと、思わず顔がほころんでしまった。
ふと、アルベルト様から視線を感じる。
(……少し開眼してらっしゃる……!?え、レア……!)
いきなりのレアな開眼に戸惑いつつ、動揺を悟られまいとアルベルト様に声をかけた。
「すみません、さっそく参りましょうか」
「うむ、そうしよう!」
そう言って書斎の方へ案内すると、アルベルト様がいつもの掴みどころのない笑顔を浮かべて付いてきた。
(うーむ、イケメンだ……)
それから私たちは書斎に移動し、アルベルト様に簡単なヒルント商会内での会計の仕組みを説明する。
ざっくりとした説明ではあったけれど、彼は真剣な顔をしてうなずきながらメモを取る。
時折意見を交わしながらも、ほどなくして勉強会はひと段落。アルベルト様が背中を伸ばすようにぐぐっと伸びをする。
「お疲れ様です。テラスでお茶とお菓子を準備させてるので、行きましょう」
「ふむ、君の説明は分かりやすいな!簡潔でありながら要点を押さえてある。学ぶ側としても、とても助かったぞ」
「えへへ……ありがとうございます」
そう言って微笑むと、アルベルト様もにっこり笑い返してくれる。軽やかな足取りで書斎を後にし、二人でテラスへと向かった。
テラスには秋の心地よい空気と、柔らかい光が広がっている。テーブルの上には、季節のフルーツを使ったケーキや、最近流行っているお菓子が並べられていた。ふんわり漂う甘い香りに、思わず胸が高鳴る。
さっそく二人ともテーブルに着き、お茶やお菓子を楽しむことにした。
アルベルト様は以前いらしたときも甘いものをよく召し上がっていた気がするけれど、今日のもお口に合うかな……と、ドキドキしながらちらりと視線を送る。するとちょうど彼もこちらを見ていて、視線が交わった。
「これほどのお菓子を用意してくれるとは、ありがたいことだな。前から気になっていたものだ、さっそくいただくよ」
「最近流行っておりますね。私もまだ口にしたことがないので、早速。……!おいしい……!」
「さすが流行っているだけあって美味しいな。最近……つい甘いものが恋しくなって、ついつい手を伸ばしてしまうのだ」
「ふふ、私も毎日チョコレートをつい食べてしまって」
「チョコレートは……うむ、やはりやめられぬな……」
そう言って二人で笑い合いながらお茶を楽しんでいると、ふいにアルベルト様が思い出したように言った。
「そうだ、これを渡すのを失念していたよ。君に似合うと思ったのだが、よかったら受け取ってくれないかい」
そう言って、可愛らしいリボンでラッピングされた小さな袋を差し出してくる。
「わぁ……今、開けてもよろしいですか?」
「うむ。気に入ってもらえたら嬉しいのだが……」
中を開けると、上品で可愛らしいベージュの手袋が入っていた。手首にはふわふわの飾りがついていて、指を通すと柔らかく包み込まれるようで、とても暖かい。
「手袋……! 嬉しいです!」
そう言うと、アルベルト様はほっとしたように微笑み、糸目をさらに細めた。
「よかった。もうすぐ休暇も明けるだろう。学園へ通う頃には、朝夕も冷えるしな。そんな時に使ってもらえたら嬉しい」
アルベルト様はそう言って、紅茶を一口口にした。
……やはり、以前とは違う。
前から丁寧で優しい人ではあったけれど、ここまでこちらのことを考えてくれている様子ではなかった気がする。どこか、もっと義務的な付き合い――そんな印象があったのだ。
けれど、休暇に入ってからだろうか。こうして向き合って話をしていると、アルベルト様がきちんと「私」を見てくれているように感じる。
そしてそれは、私が前世の記憶を思い出す前からだ。私自身もまた、アルベルト様に対する気持ちが、以前とは少しずつ変わり始めていることに気づいていた。
「あと三日で、休暇も終わりますね」
私がそう切り出すと、アルベルト様は手にしていたカップをそっとソーサーに置いた。
「うむ……卒業も近いからな。将来のことを考えると、気が引き締まるよ」
「また忙しくなりますね。商会の方も、どうやら次は隣国にも手を広げるようで……しばらくは慌ただしくなりそうです」
そう告げると、アルベルト様は小さく目をやわらげた。
「ヒルント商会も、ずいぶんと遠くへ進むのだな」
感心するように、どこか誇らしげにそう言う。
「君も忙しくなるだろう。無理はするなよ」
「はい、ありがとうございます!」
そういえば数日前、隣国に商会を広げる件で、そちらに進出するにあたって留学や視察に行かないかと提案されたのだった。長期になることは明白で――その間、婚約の関係がどうなるかは正直わからなかった。
以前のアルベルト様だったら、たぶん「まぁ、別に破棄になってもいいか」と思っただろう。けれど最近の――私をきちんと見てくれるアルベルト様を思うと、婚約を破棄することを考えるのは少し嫌だな、と思い、結局断ったのだ。
でも――今更ながら、アルベルト様は私で、商会を継ぐという未来で本当に良かったのだろうか?原作では、私という婚約者はいないし、アルベルト様は公爵令嬢に片思いをしている。
今、目の前にいるアルベルト様は、一体どうなんだろう……。
そう考えていると、表情に出ていたのか、アルベルト様が不思議そうに顔を傾けて聞いてきた。
「どうしたのだ?何か、心配事でも?」
「いえ……」
いきなりこんなことを聞いて、アルベルト様は困ってしまうだろうか。でももし本当はアルベルト様がこの未来に不安を感じているのなら、これは彼にとってのチャンスなのかもしれない。一度、ちゃんと気持ちを聞いてみようと思った。
「あの、アルベルト様――将来、ヒルント大商会を継ぐことについて、後悔はないですか?」
私がそう尋ねると、アルベルト様はびっくりして目をまんまるにした。あ、珍しい表情。糸目の奥のエメラルドの瞳が、ぱっと美しく見える。
「い、いきなり何を……? 後悔なんてあるわけないではないか!何かあったのなら、言ってくれないかい?」
「いえ、実は……」
そう言って私は、父から聞いた隣国進出のための留学話のこと、それを受けると婚約継続がどうなるか分からないことを話した。
「でも……断ったんです。私は、アルベルト様との婚約を破棄したくなくて」
そう告げると、アルベルト様はまた驚いたような表情を見せた。
「でも、これって私の自分勝手だなって……。もしアルベルト様が本当は婚約を破棄して別の道を歩みたいのなら、私はそれを応援したいと思っています」
私の話を聞き終えると、アルベルト様はいつもの穏やかな表情に戻った。顎に手をやり、少し考え込むように目を伏せたあと、ゆっくりと口を開く。
「ふむ、なるほど……まずは、結論から言おう。フェリシア嬢、君と婚約を破棄するつもりは、僕にはない。商会を継がせてもらえることも、心からありがたく思っている。最近はね、君と一緒に勉強するのがとても楽しいのだよ。君と将来、商会をどう盛り上げていくかを考えるだけで、僕は胸が躍る。だから、別の道を応援したいなんて言わないでほしい」
そこで一度、アルベルト様は言葉を切った。さらりと垂れていた前髪を指先で耳にかけ、紅茶の入ったカップに視線を落としながら言葉を探している。
「僕が君以外の道を進むなんて、不要な心配はする必要がないさ。……よかった、君がここで言ってくれて。そして、僕との婚約を破棄したくないと思ってくれていることも、とても嬉しい。だから……」
アルベルト様は顔を上げ、いつもの掴みどころのない笑顔ではなく、少しだけ困ったような、それでいて柔らかな眼差しを私に向けた。
「これからも、僕の隣を歩くのは君であってほしい。……ずっと、一緒にいてくれるかい?」
私は自然と笑みを返し、小さく「はい」と答えた。アルベルト様の未来に自分が居る――そのことを思うだけで、胸がいっぱいになった。
私たちは残り少ないお茶の時間を楽しんだ。
帰る時間になりアルベルト様が立ち上ると、私に目を向ける。
「フェリシア嬢、休暇が明けた初日、よかったら一緒に行かないかい?歩いて一緒に行くのも悪くないと思うのだが」
私は少し驚いて目をぱちぱちさせる。休暇前までは別々に馬車で行くか、一緒にいったとしても馬車だったのに、歩く提案……!
「いいんですか?でも無理はなさらなくても……」
つい遠慮がちに答えてしまう。
「いや、もちろん君が嫌なら馬車でもいいぞ。ただ、ゆっくり喋りながら……」
一息置いて、アルベルト様はふっと笑みを浮かべ、少し照れくさそうに続けた。
「――フェリシア、君と一緒に歩くのも少し楽しそうではないか?」
軽やかに笑いながら手を差し出す。
糸目の奥で、普段は見えない穏やかな緑の瞳がふっとやわらいでいるのを感じた。
(……名前。今、呼び捨てにされた……!?)
距離が少し縮まった名前の呼び方に、胸がはねるのを抑えつつ小さく頷き、その手を取った。
「ぜひ、一緒に行きたいです」
アルベルト様の表情が、ほんの少し安心したように緩む。
その柔らかな笑みを見て、私の胸も自然に温かくなるのだった。
使用人にアルベルト様の来訪を告げられ、私は玄関まで急いだ。
広々とした玄関ホールには、前世の記憶とも今世の記憶ともぴったり重なる、アルベルト様が立っていた。
漆黒の髪はさらりと艶やかで、前髪はセンターで分けられていて顎のラインまで伸びる長さ。後ろで軽く結ばれたポニーテールが、動くたびに揺れる。何を考えているのか分かりにくい糸目の奥には普段は見えない、深く澄んだエメラルド色の瞳が隠されている――
こちらに気づくと、彼は片手をあげてにっこり微笑んだ。
「やあやあやあ! 今日は時間をとらせてしまってすまないね。ありがとう」
芝居がかった口調でそう言うと、彼はオレンジ色や黄色の花でつくられた花束を差し出した。
オレンジのダリアがメインの、あたたかい色合いの花束から、ふんわりといい香りが漂う。くん、と鼻を近づけて匂いをかぐと、思わず顔がほころんでしまった。
ふと、アルベルト様から視線を感じる。
(……少し開眼してらっしゃる……!?え、レア……!)
いきなりのレアな開眼に戸惑いつつ、動揺を悟られまいとアルベルト様に声をかけた。
「すみません、さっそく参りましょうか」
「うむ、そうしよう!」
そう言って書斎の方へ案内すると、アルベルト様がいつもの掴みどころのない笑顔を浮かべて付いてきた。
(うーむ、イケメンだ……)
それから私たちは書斎に移動し、アルベルト様に簡単なヒルント商会内での会計の仕組みを説明する。
ざっくりとした説明ではあったけれど、彼は真剣な顔をしてうなずきながらメモを取る。
時折意見を交わしながらも、ほどなくして勉強会はひと段落。アルベルト様が背中を伸ばすようにぐぐっと伸びをする。
「お疲れ様です。テラスでお茶とお菓子を準備させてるので、行きましょう」
「ふむ、君の説明は分かりやすいな!簡潔でありながら要点を押さえてある。学ぶ側としても、とても助かったぞ」
「えへへ……ありがとうございます」
そう言って微笑むと、アルベルト様もにっこり笑い返してくれる。軽やかな足取りで書斎を後にし、二人でテラスへと向かった。
テラスには秋の心地よい空気と、柔らかい光が広がっている。テーブルの上には、季節のフルーツを使ったケーキや、最近流行っているお菓子が並べられていた。ふんわり漂う甘い香りに、思わず胸が高鳴る。
さっそく二人ともテーブルに着き、お茶やお菓子を楽しむことにした。
アルベルト様は以前いらしたときも甘いものをよく召し上がっていた気がするけれど、今日のもお口に合うかな……と、ドキドキしながらちらりと視線を送る。するとちょうど彼もこちらを見ていて、視線が交わった。
「これほどのお菓子を用意してくれるとは、ありがたいことだな。前から気になっていたものだ、さっそくいただくよ」
「最近流行っておりますね。私もまだ口にしたことがないので、早速。……!おいしい……!」
「さすが流行っているだけあって美味しいな。最近……つい甘いものが恋しくなって、ついつい手を伸ばしてしまうのだ」
「ふふ、私も毎日チョコレートをつい食べてしまって」
「チョコレートは……うむ、やはりやめられぬな……」
そう言って二人で笑い合いながらお茶を楽しんでいると、ふいにアルベルト様が思い出したように言った。
「そうだ、これを渡すのを失念していたよ。君に似合うと思ったのだが、よかったら受け取ってくれないかい」
そう言って、可愛らしいリボンでラッピングされた小さな袋を差し出してくる。
「わぁ……今、開けてもよろしいですか?」
「うむ。気に入ってもらえたら嬉しいのだが……」
中を開けると、上品で可愛らしいベージュの手袋が入っていた。手首にはふわふわの飾りがついていて、指を通すと柔らかく包み込まれるようで、とても暖かい。
「手袋……! 嬉しいです!」
そう言うと、アルベルト様はほっとしたように微笑み、糸目をさらに細めた。
「よかった。もうすぐ休暇も明けるだろう。学園へ通う頃には、朝夕も冷えるしな。そんな時に使ってもらえたら嬉しい」
アルベルト様はそう言って、紅茶を一口口にした。
……やはり、以前とは違う。
前から丁寧で優しい人ではあったけれど、ここまでこちらのことを考えてくれている様子ではなかった気がする。どこか、もっと義務的な付き合い――そんな印象があったのだ。
けれど、休暇に入ってからだろうか。こうして向き合って話をしていると、アルベルト様がきちんと「私」を見てくれているように感じる。
そしてそれは、私が前世の記憶を思い出す前からだ。私自身もまた、アルベルト様に対する気持ちが、以前とは少しずつ変わり始めていることに気づいていた。
「あと三日で、休暇も終わりますね」
私がそう切り出すと、アルベルト様は手にしていたカップをそっとソーサーに置いた。
「うむ……卒業も近いからな。将来のことを考えると、気が引き締まるよ」
「また忙しくなりますね。商会の方も、どうやら次は隣国にも手を広げるようで……しばらくは慌ただしくなりそうです」
そう告げると、アルベルト様は小さく目をやわらげた。
「ヒルント商会も、ずいぶんと遠くへ進むのだな」
感心するように、どこか誇らしげにそう言う。
「君も忙しくなるだろう。無理はするなよ」
「はい、ありがとうございます!」
そういえば数日前、隣国に商会を広げる件で、そちらに進出するにあたって留学や視察に行かないかと提案されたのだった。長期になることは明白で――その間、婚約の関係がどうなるかは正直わからなかった。
以前のアルベルト様だったら、たぶん「まぁ、別に破棄になってもいいか」と思っただろう。けれど最近の――私をきちんと見てくれるアルベルト様を思うと、婚約を破棄することを考えるのは少し嫌だな、と思い、結局断ったのだ。
でも――今更ながら、アルベルト様は私で、商会を継ぐという未来で本当に良かったのだろうか?原作では、私という婚約者はいないし、アルベルト様は公爵令嬢に片思いをしている。
今、目の前にいるアルベルト様は、一体どうなんだろう……。
そう考えていると、表情に出ていたのか、アルベルト様が不思議そうに顔を傾けて聞いてきた。
「どうしたのだ?何か、心配事でも?」
「いえ……」
いきなりこんなことを聞いて、アルベルト様は困ってしまうだろうか。でももし本当はアルベルト様がこの未来に不安を感じているのなら、これは彼にとってのチャンスなのかもしれない。一度、ちゃんと気持ちを聞いてみようと思った。
「あの、アルベルト様――将来、ヒルント大商会を継ぐことについて、後悔はないですか?」
私がそう尋ねると、アルベルト様はびっくりして目をまんまるにした。あ、珍しい表情。糸目の奥のエメラルドの瞳が、ぱっと美しく見える。
「い、いきなり何を……? 後悔なんてあるわけないではないか!何かあったのなら、言ってくれないかい?」
「いえ、実は……」
そう言って私は、父から聞いた隣国進出のための留学話のこと、それを受けると婚約継続がどうなるか分からないことを話した。
「でも……断ったんです。私は、アルベルト様との婚約を破棄したくなくて」
そう告げると、アルベルト様はまた驚いたような表情を見せた。
「でも、これって私の自分勝手だなって……。もしアルベルト様が本当は婚約を破棄して別の道を歩みたいのなら、私はそれを応援したいと思っています」
私の話を聞き終えると、アルベルト様はいつもの穏やかな表情に戻った。顎に手をやり、少し考え込むように目を伏せたあと、ゆっくりと口を開く。
「ふむ、なるほど……まずは、結論から言おう。フェリシア嬢、君と婚約を破棄するつもりは、僕にはない。商会を継がせてもらえることも、心からありがたく思っている。最近はね、君と一緒に勉強するのがとても楽しいのだよ。君と将来、商会をどう盛り上げていくかを考えるだけで、僕は胸が躍る。だから、別の道を応援したいなんて言わないでほしい」
そこで一度、アルベルト様は言葉を切った。さらりと垂れていた前髪を指先で耳にかけ、紅茶の入ったカップに視線を落としながら言葉を探している。
「僕が君以外の道を進むなんて、不要な心配はする必要がないさ。……よかった、君がここで言ってくれて。そして、僕との婚約を破棄したくないと思ってくれていることも、とても嬉しい。だから……」
アルベルト様は顔を上げ、いつもの掴みどころのない笑顔ではなく、少しだけ困ったような、それでいて柔らかな眼差しを私に向けた。
「これからも、僕の隣を歩くのは君であってほしい。……ずっと、一緒にいてくれるかい?」
私は自然と笑みを返し、小さく「はい」と答えた。アルベルト様の未来に自分が居る――そのことを思うだけで、胸がいっぱいになった。
私たちは残り少ないお茶の時間を楽しんだ。
帰る時間になりアルベルト様が立ち上ると、私に目を向ける。
「フェリシア嬢、休暇が明けた初日、よかったら一緒に行かないかい?歩いて一緒に行くのも悪くないと思うのだが」
私は少し驚いて目をぱちぱちさせる。休暇前までは別々に馬車で行くか、一緒にいったとしても馬車だったのに、歩く提案……!
「いいんですか?でも無理はなさらなくても……」
つい遠慮がちに答えてしまう。
「いや、もちろん君が嫌なら馬車でもいいぞ。ただ、ゆっくり喋りながら……」
一息置いて、アルベルト様はふっと笑みを浮かべ、少し照れくさそうに続けた。
「――フェリシア、君と一緒に歩くのも少し楽しそうではないか?」
軽やかに笑いながら手を差し出す。
糸目の奥で、普段は見えない穏やかな緑の瞳がふっとやわらいでいるのを感じた。
(……名前。今、呼び捨てにされた……!?)
距離が少し縮まった名前の呼び方に、胸がはねるのを抑えつつ小さく頷き、その手を取った。
「ぜひ、一緒に行きたいです」
アルベルト様の表情が、ほんの少し安心したように緩む。
その柔らかな笑みを見て、私の胸も自然に温かくなるのだった。
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