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第五話 今の想いを言葉に
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ケーキを一口食べた瞬間、自然と頬がゆるむ。
「……美味しい」
「うむ。甘ったるくなくて何個でも入りそうだ……」
他愛ない感想を交わしながら、ケーキと紅茶を味わう。さっきまで胸にあった緊張が、少しずつ溶けていくのを感じた。――今なら、言えるかもしれない。
私は、カップをそっと置き、もう一度深呼吸をした。
(……よし)
「先ほどの話なんですけど……」
そう切り出すと、アルベルト様もカップを置き、いつもの穏やかな表情を引っ込めて、真剣な眼差しでこちらに向き合ってくれた。
「誤魔化しても仕方がないので、直球で言いますね。アルベルト様は、今は彼女……のことを、どう思っていますか」
周りにはまだ人がいる。声を潜めてはいるが、公爵令嬢、と特定されるような言葉は避け、あえて曖昧に伝えた。
アルベルト様は、私の意図をすぐに察したように小さく頷き、安心させるように微笑む。
「なるほど。理解したよ」
そう言ってから、少しだけ間を置いた。
「つまり君は、少し前まで彼女に恋をしていた僕が、今はどんな気持ちを抱いているのか。それが知りたい、ということだね」
顎に手を当て、言葉を探すような仕草をしてから、アルベルト様ははっきりと続けた。
「まず、はっきり言えることが一つある。僕はもう、彼女に対して恋愛感情は一切抱いていない」
その声音には、迷いも、ためらいもなかった。
「これは本心だ。だから、何も心配しなくていい。僕は今、君のことが百パーセント好きだと、声高らかに言えるぐらいだからな」
あまりにも堂々と言われて、思わず頬が熱くなるのを感じた。
「それから……そうだな。君からすれば“ちょっと前”の話なのだろうが」
アルベルト様は、どこか懐かしむように笑う。
「僕からすれば、彼女に恋心を抱いていたのは、もう三十年以上も前のことだ。さすがにそんな昔の感情は、僕ですらほとんど覚えていないのだよ」
アルベルト様の言葉を聞き終えて、胸の奥に溜まっていたものが、すうっとほどけていくのを感じた。
「……ありがとうございます」
それだけ言うのが精一杯で、視線を落とす。
「正直に話してくれて、嬉しいです。私、今日の歴史学のとき……ちょっとだけ、不安になってしまって」
ティーカップの中に広がる琥珀色の水面を見つめながら、言葉を絞り出す。
「原作のアルベルト様なら、ああいう場面で、きっと彼女の隣に座ったり、声をかけたりするんだろうなって。だから……今のアルベルト様を見ていても、つい、勝手に重ねて考えてしまって……」
「でも、それってだめだなって思ったんです。人の気持ちを、私の想像で決めつけるみたいで……ここはもう物語の世界じゃないのに」
小さく息を吸って、続けた。
「だから、ちゃんと聞こうって。アルベルト様に、直接聞こうと思ったんです」
言い終えた途端、遅れて猛烈な恥ずかしさが込み上げてきた。アルベルト様の目を直視できず、手元のカップを意味もなく見つめる。彼は私の言葉を遮らず、最後まで静かに聞いてくれていた。
「ちゃんと聞いてくれて、ありがとう。うむ……不思議なことだが、本当に以前の僕に引っ張られる部分が、口調以外ほとんどなくてな」
アルベルト様はそう言って、少しだけ肩の力を抜いたように微笑む。
「彼女に関しては、本当に何の未練もないのだよ。まぁ……三十数年も生きれば、以前より落ち着きも出るというものさ」
そして、ふっと表情を和らげて、こちらを見る。
「それよりも――君が、やきもちを焼いてくれたことのほうが、僕は嬉しいのさ」
「……え」
心臓が、跳ねるように音を立てた。
「ほんとだ……私、やきもち、焼いてたんですね」
自分の言葉に、今さら気づいて、頬が熱くなる。
「今、気づいたのかい?」
くすっと楽しそうに笑われる。
「可愛らしいではないか」
「……からかわないでください」
そう言い返しながらも、口元が緩んでしまうのを、どうしても止められなかった。
私は照れたのを隠すように紅茶を一口飲んだ。けれど、そのつもりもお見通しだったのだろう。アルベルト様は、にこにこと楽しそうにこちらを見ている。
「他に、まだ心配事や気になることはないかい?」
「はい、おかげさまで……あ、ひとつだけあります。アルベルト様……」
わざと少し間を置いてから、私は口元を緩めた。
「今、関西弁ですか?」
私がそう尋ねると、アルベルト様は一瞬きょとんとしたあと、大きく笑った。
「いや、もしかしたら九州弁かもしれないよ」
「……それはもう、別人ですね」
思わずそう口にすると、アルベルト様は堪えきれなかったように肩を揺らして笑った。
「ははは、そうかもしれないな」
指先で目尻を軽く押さえながら、楽しそうに息を整える。
「だが、まあ……別人というか、ちょっと人より人生経験が豊富な、ただのアルベルト・レイヴンさ」
その言い方があまりに自然で、肩の力が抜けていて、私は思わず微笑んでしまう。
「なるほど……では私も、ちょっと人より人生経験が豊富なフェリシア・ヒルントですね」
冗談めかしてそう言うと、アルベルト様は一瞬驚いたように目を瞬かせ、それからふっと優しく笑った。
「ふふ。お揃いだな」
そう言いながら、テーブルの上に置かれた私のカップの方へ、ちらりと視線をやる。
「……嬉しく思ってくれるかい?」
「えぇ。お揃い、嬉しいです」
そう答えると、アルベルト様は満足そうに小さく頷いた。
紅茶を一口飲みながら、カップの縁越しに向けられるその穏やかな視線が、なんだか少しだけ照れくさくて、でも――心地よかった。
紅茶を一口飲みながら、他愛ない話から少し踏み込んだ話まで、ゆっくりと言葉を交わしていく。ひとつ話すたび、ひとつ頷き合うたびに、互いの距離がほんの少しずつ近づいていくのが分かった。
ただ一緒にいて、同じ時間を過ごしているだけで心地いい。これからも、アルベルト様とそういう未来を歩んでいけるのだろう、そんな安心感が、胸の奥に静かに広がっていた。
ケーキ屋を出る頃には、空はすっかり夕暮れ色に染まっていた。
名残惜しさはあったけれど、不思議と寂しさはない。また明日も、その次の日も、こうして言葉を交わせるのだから。
「……美味しい」
「うむ。甘ったるくなくて何個でも入りそうだ……」
他愛ない感想を交わしながら、ケーキと紅茶を味わう。さっきまで胸にあった緊張が、少しずつ溶けていくのを感じた。――今なら、言えるかもしれない。
私は、カップをそっと置き、もう一度深呼吸をした。
(……よし)
「先ほどの話なんですけど……」
そう切り出すと、アルベルト様もカップを置き、いつもの穏やかな表情を引っ込めて、真剣な眼差しでこちらに向き合ってくれた。
「誤魔化しても仕方がないので、直球で言いますね。アルベルト様は、今は彼女……のことを、どう思っていますか」
周りにはまだ人がいる。声を潜めてはいるが、公爵令嬢、と特定されるような言葉は避け、あえて曖昧に伝えた。
アルベルト様は、私の意図をすぐに察したように小さく頷き、安心させるように微笑む。
「なるほど。理解したよ」
そう言ってから、少しだけ間を置いた。
「つまり君は、少し前まで彼女に恋をしていた僕が、今はどんな気持ちを抱いているのか。それが知りたい、ということだね」
顎に手を当て、言葉を探すような仕草をしてから、アルベルト様ははっきりと続けた。
「まず、はっきり言えることが一つある。僕はもう、彼女に対して恋愛感情は一切抱いていない」
その声音には、迷いも、ためらいもなかった。
「これは本心だ。だから、何も心配しなくていい。僕は今、君のことが百パーセント好きだと、声高らかに言えるぐらいだからな」
あまりにも堂々と言われて、思わず頬が熱くなるのを感じた。
「それから……そうだな。君からすれば“ちょっと前”の話なのだろうが」
アルベルト様は、どこか懐かしむように笑う。
「僕からすれば、彼女に恋心を抱いていたのは、もう三十年以上も前のことだ。さすがにそんな昔の感情は、僕ですらほとんど覚えていないのだよ」
アルベルト様の言葉を聞き終えて、胸の奥に溜まっていたものが、すうっとほどけていくのを感じた。
「……ありがとうございます」
それだけ言うのが精一杯で、視線を落とす。
「正直に話してくれて、嬉しいです。私、今日の歴史学のとき……ちょっとだけ、不安になってしまって」
ティーカップの中に広がる琥珀色の水面を見つめながら、言葉を絞り出す。
「原作のアルベルト様なら、ああいう場面で、きっと彼女の隣に座ったり、声をかけたりするんだろうなって。だから……今のアルベルト様を見ていても、つい、勝手に重ねて考えてしまって……」
「でも、それってだめだなって思ったんです。人の気持ちを、私の想像で決めつけるみたいで……ここはもう物語の世界じゃないのに」
小さく息を吸って、続けた。
「だから、ちゃんと聞こうって。アルベルト様に、直接聞こうと思ったんです」
言い終えた途端、遅れて猛烈な恥ずかしさが込み上げてきた。アルベルト様の目を直視できず、手元のカップを意味もなく見つめる。彼は私の言葉を遮らず、最後まで静かに聞いてくれていた。
「ちゃんと聞いてくれて、ありがとう。うむ……不思議なことだが、本当に以前の僕に引っ張られる部分が、口調以外ほとんどなくてな」
アルベルト様はそう言って、少しだけ肩の力を抜いたように微笑む。
「彼女に関しては、本当に何の未練もないのだよ。まぁ……三十数年も生きれば、以前より落ち着きも出るというものさ」
そして、ふっと表情を和らげて、こちらを見る。
「それよりも――君が、やきもちを焼いてくれたことのほうが、僕は嬉しいのさ」
「……え」
心臓が、跳ねるように音を立てた。
「ほんとだ……私、やきもち、焼いてたんですね」
自分の言葉に、今さら気づいて、頬が熱くなる。
「今、気づいたのかい?」
くすっと楽しそうに笑われる。
「可愛らしいではないか」
「……からかわないでください」
そう言い返しながらも、口元が緩んでしまうのを、どうしても止められなかった。
私は照れたのを隠すように紅茶を一口飲んだ。けれど、そのつもりもお見通しだったのだろう。アルベルト様は、にこにこと楽しそうにこちらを見ている。
「他に、まだ心配事や気になることはないかい?」
「はい、おかげさまで……あ、ひとつだけあります。アルベルト様……」
わざと少し間を置いてから、私は口元を緩めた。
「今、関西弁ですか?」
私がそう尋ねると、アルベルト様は一瞬きょとんとしたあと、大きく笑った。
「いや、もしかしたら九州弁かもしれないよ」
「……それはもう、別人ですね」
思わずそう口にすると、アルベルト様は堪えきれなかったように肩を揺らして笑った。
「ははは、そうかもしれないな」
指先で目尻を軽く押さえながら、楽しそうに息を整える。
「だが、まあ……別人というか、ちょっと人より人生経験が豊富な、ただのアルベルト・レイヴンさ」
その言い方があまりに自然で、肩の力が抜けていて、私は思わず微笑んでしまう。
「なるほど……では私も、ちょっと人より人生経験が豊富なフェリシア・ヒルントですね」
冗談めかしてそう言うと、アルベルト様は一瞬驚いたように目を瞬かせ、それからふっと優しく笑った。
「ふふ。お揃いだな」
そう言いながら、テーブルの上に置かれた私のカップの方へ、ちらりと視線をやる。
「……嬉しく思ってくれるかい?」
「えぇ。お揃い、嬉しいです」
そう答えると、アルベルト様は満足そうに小さく頷いた。
紅茶を一口飲みながら、カップの縁越しに向けられるその穏やかな視線が、なんだか少しだけ照れくさくて、でも――心地よかった。
紅茶を一口飲みながら、他愛ない話から少し踏み込んだ話まで、ゆっくりと言葉を交わしていく。ひとつ話すたび、ひとつ頷き合うたびに、互いの距離がほんの少しずつ近づいていくのが分かった。
ただ一緒にいて、同じ時間を過ごしているだけで心地いい。これからも、アルベルト様とそういう未来を歩んでいけるのだろう、そんな安心感が、胸の奥に静かに広がっていた。
ケーキ屋を出る頃には、空はすっかり夕暮れ色に染まっていた。
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