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第六話 卒業パーティーのはじまり
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それからの日々は、穏やかに流れていった。
相変わらず、私たちは二人でゆっくり歩きながら登下校している。
貴族ばかりの周りは、近距離でも馬車で移動するのが一般的なので、不思議そうな目で見られることも多いが、それすら気にならないほど大切な時間だった。
秋が深まり、学園の並木道が赤や金に染まる頃には、私たちは並んで課題に頭を悩ませていた。糸目をさらに細めて唸るアルベルト様の横で、私も同じページを覗き込みながら考え込む。
放課後や休日には「食欲の秋だから」なんて言い訳をして、二人でよくカフェ巡りもした。
冬が訪れ、吐く息が白くなる頃には、ようやくアルベルト様にいただいたベージュの手袋をつけることができた。私の指先を包むその温もりが嬉しくて、何度も手を握り直してしまう。
お返しに、アルベルト様に似合いそうな深いグリーンのマフラーを贈ると、とても喜んでくれて、それ以来ほぼ毎日身につけてくれている。
春が近づくと、卒業を意識する話題が増えて、未来の話をすることも多くなった。
卒業パーティーも、もう間近だ。
アルベルト様と一緒に、互いを意識した衣装を仕立てる時間も、どこか特別に感じられる。
「あの世界の物語じゃ、こういう場面で婚約者同士がお互いの瞳の色を身に付けるのが定番だっただろう? だから、僕もつい真似してみたくなったのさ」
そう言って、アルベルト様は私の淡い栗色の髪によく映える、見事なエメラルドの耳飾りを選んでくれた。
鏡の中で、彼の瞳と同じ色が耳元で揺れているのを見た瞬間、胸の奥がじんわりと温かくなる。
(でも……)
私のヘーゼルの瞳は、アルベルト様のような鮮やかな宝石の色とは違う。
そう思って視線を伏せていると、アルベルト様は別のケースを手に取った。
「そして、僕はこれにしよう」
選ばれたのは、一粒のブラウンサファイアが冠されたクラバットピンだった。
「君の瞳と同じ色だ。ほら、光に当たると、こんなふうに少し緑がかって柔らかく輝くのが分かるかい?」
そう言ってそれを真っ白なクラバットの結び目に差すアルベルト様を見て、今度は胸がきゅっと締めつけられる。
「……それ、私の色ですか」
「そうさ。僕の目には、これが一番美しい宝石に見える。だから、僕はこれがいい」
何でもないことのように、けれど一切の迷いなく告げられたその言葉が、どうしようもなく嬉しくて。
私は何も言えないまま、ただ小さく頷いた。
忙しい日も、笑う日も、不安になる日も。気がつけば、そのすべてに、アルベルト様がいた。
そして――
学園最後の日がやってくる。
鏡の中に立つ自分をじっと見つめる。これが学園生活の中での最後の姿なのだと思うと感慨深いものがある。
私の選んだドレスは、淡いシャンパンゴールドのシルク。一見するとシンプルなワントーンだが、身を動かすたびに、生地と同色の糸と細かな金糸で施された繊細な刺繍が、光を反射してさりげなく浮かび上がる。
ウエストのサイドからバックにかけて大胆に切り替えられた深い緑色の布地には、蔦を模した重厚な金の刺繍が走り、シャンパンゴールドの柔らかさを凛と引き締めている。
胸元と耳元には、アルベルト様から贈られたエメラルド。落ち着いた輝きを持つシャンパンゴールドのドレスが、宝石の鮮やかな緑をより際立たせ、光を受けるたびに微かに揺れるその輝きが私の胸を高鳴らせた。
髪は、顔周りに少し残して柔らかさを残しつつ、後ろでゆるく三つ編みにまとめられている。細やかな編み込みと、ざっくりとした編み込みが繊細に混じり合い、ふわりと揺れるその髪が、パーティーらしい華やかさを添えてくれていた。
このエメラルドも、ドレスの深い緑も。隣に立つのがアルベルト様でなければ、私は決してまとわなかった色だろう。彼の瞳の色をまとうことは、私にとって――彼と共にこの世界を歩む未来への、何よりの誓いでもあった。
――コンコン、と控えめながらもリズムの良いノックの音が自室の扉に響く。
「待たせたね、フェリシア……いや、やはり君は僕の想像を軽々と超えてくるな!」
扉が開くと、そこに立つアルベルト様の姿を見て私は言葉を失った。
普段はサイドに流している前髪をきちんと後ろへ流し、後ろ髪もいつもより整えられて結ばれている。その凛とした佇まいは、いつもの飄々とした姿とはまるで別人のようで、私の心臓が大きく跳ねる。
その髪と同じ漆黒のジャケットをまとい、ジャケットの隙間からのぞくベストは、私のドレスのサイドカラーと同じ深い緑色。そして、真っ白なシャツの襟元には、私の瞳と同じブラウンサファイアのピンがひとつ。彼がわずかに動くたび、その宝石は光を受けて静かにきらめき、角度によっては深緑の光を返していた。
私の装いを絶賛してくれるアルベルト様の言葉を聞きながらも、胸の奥が落ち着かず、うまく言葉が出てこない。視線を合わせようとするも、結局、すぐに逸らしてしまった。
「どうしたんだい? 僕があまりにも男前すぎて、しゃべれなくなってしまったのかい?」
扉の前に立ったまま、わざとらしく肩をすくめてそう言うアルベルト様は、楽しそうに笑っている。その余裕たっぷりの態度が、余計に心臓に悪い。
私は指先をきゅっと握りしめ、意を決して言葉を絞り出した。
「……はい。思っていた以上に、攻撃力が高いです……」
一瞬きょとんとした後、アルベルト様は噴き出した。
「ははは! それはいけないな。HPがゼロになってはかなわん」
冗談めかして言いながらも、彼は一歩だけ距離を詰めて、少し声を落とす。
「だが……慣れてもらうしかない。もっとも、それは僕の台詞でもあるのだよ、フェリシア」
エメラルドの瞳が、やわらかく細められる。
「今日の君は、月の精霊のようだ。静かで、綺麗で……目を離したら、どこかへ消えてしまいそうでね」
冗談半分の口調なのに、その言葉だけは、ひどく真剣に聞こえて。私は返事もできず、ただ頬の熱が引くのを待つしかなかった。
「……さあ、そろそろ行こうか。あまりここで君を独り占めしていると、君を待っているお義父様やお義母様にも怒られてしまうな」
そう言って、アルベルト様は冗談めかしながらも、ゆっくりと私の前に手を差し出した。
その仕草があまりにも自然で、胸がまた少しだけ高鳴る。
「独り占め、だなんて……」
小さくそう呟きながらも、私はその手にそっと指先を重ねた。指先が触れた瞬間、ほんのりと伝わってくる体温に、不思議と緊張が和らいでいく。
「楽しみ、ですね」
「うむ。君と一緒に参加するパーティーだ。楽しみでしかないな」
「美味しいお料理、たくさんありますかね」
「全制覇を目指そうか」
アルベルト様がいたずらっぽく笑う。その一言で、肩に力が入っていた私の心は、すっと軽くなった。
その後、屋敷の廊下を抜け、馬車に揺られて学園へと向かった。卒業パーティーの会場は、学園の大ホールだ。
大ホールの扉をくぐると、すでに会場内は多くの卒業生で賑わっていた。
卒業パーティーは学園主催であるものの、格式ばった式典というわけではない。
思い思いに料理を楽しむ者や友人や先生方と談笑する者、名残惜しそうに別れを告げ合う者。中央の広間では、音楽に合わせてダンスを楽しむ姿も見える。
華やかで、少しだけ騒がしくて、それでいてどこか切ない。
ここに集まっている全員が、「学園生活の終わり」という同じ瞬間を共有しているのだと思うと、胸の奥がじんわりと温かくなった。
私たちはまず、お世話になった先生方のもとへ挨拶をしに行った。
「二人とも、良い顔をしていますね」
先生のその一言に、アルベルト様と顔を見合わせて、思わず笑ってしまった。
その笑顔のまま、この学園を巣立っていくのだと思うと、胸の奥が少しだけ熱くなる。
その後は交流のあった友人たちと言葉を交わしつつ、アルベルト様と料理が並ぶテーブルへと向かった。
「全制覇、頑張りますか?」
そう言ってアルベルト様の顔を覗き込むと、彼はとても楽しそうに笑った。
「そうだな。でもここには、数え切れないほどの種類の料理がある。まずは作戦会議といこうではないか」
アルベルト様はそう言って、並んだ料理を吟味するように目を細めた。
私もつられて視線を落とし、どれから手に取ろうかと迷っていた、その時。
「――セシリア・フォン・アクイラ!!」
会場の喧騒を力技でねじ伏せるような、鋭く、傲慢な声が響き渡った。
一瞬にして音楽が止まり、華やかだったホールの空気が凍りつく。
反射的に声のした中央へと視線を向けると、そこには、憤怒に顔を歪めた王子と、その傍らで庇われるように寄り添うなぜかズタズタにされたドレスを持つヒロインの姿。
そしてその正面に、たった一人で背筋を伸ばして立つ公爵令嬢がいた。
相変わらず、私たちは二人でゆっくり歩きながら登下校している。
貴族ばかりの周りは、近距離でも馬車で移動するのが一般的なので、不思議そうな目で見られることも多いが、それすら気にならないほど大切な時間だった。
秋が深まり、学園の並木道が赤や金に染まる頃には、私たちは並んで課題に頭を悩ませていた。糸目をさらに細めて唸るアルベルト様の横で、私も同じページを覗き込みながら考え込む。
放課後や休日には「食欲の秋だから」なんて言い訳をして、二人でよくカフェ巡りもした。
冬が訪れ、吐く息が白くなる頃には、ようやくアルベルト様にいただいたベージュの手袋をつけることができた。私の指先を包むその温もりが嬉しくて、何度も手を握り直してしまう。
お返しに、アルベルト様に似合いそうな深いグリーンのマフラーを贈ると、とても喜んでくれて、それ以来ほぼ毎日身につけてくれている。
春が近づくと、卒業を意識する話題が増えて、未来の話をすることも多くなった。
卒業パーティーも、もう間近だ。
アルベルト様と一緒に、互いを意識した衣装を仕立てる時間も、どこか特別に感じられる。
「あの世界の物語じゃ、こういう場面で婚約者同士がお互いの瞳の色を身に付けるのが定番だっただろう? だから、僕もつい真似してみたくなったのさ」
そう言って、アルベルト様は私の淡い栗色の髪によく映える、見事なエメラルドの耳飾りを選んでくれた。
鏡の中で、彼の瞳と同じ色が耳元で揺れているのを見た瞬間、胸の奥がじんわりと温かくなる。
(でも……)
私のヘーゼルの瞳は、アルベルト様のような鮮やかな宝石の色とは違う。
そう思って視線を伏せていると、アルベルト様は別のケースを手に取った。
「そして、僕はこれにしよう」
選ばれたのは、一粒のブラウンサファイアが冠されたクラバットピンだった。
「君の瞳と同じ色だ。ほら、光に当たると、こんなふうに少し緑がかって柔らかく輝くのが分かるかい?」
そう言ってそれを真っ白なクラバットの結び目に差すアルベルト様を見て、今度は胸がきゅっと締めつけられる。
「……それ、私の色ですか」
「そうさ。僕の目には、これが一番美しい宝石に見える。だから、僕はこれがいい」
何でもないことのように、けれど一切の迷いなく告げられたその言葉が、どうしようもなく嬉しくて。
私は何も言えないまま、ただ小さく頷いた。
忙しい日も、笑う日も、不安になる日も。気がつけば、そのすべてに、アルベルト様がいた。
そして――
学園最後の日がやってくる。
鏡の中に立つ自分をじっと見つめる。これが学園生活の中での最後の姿なのだと思うと感慨深いものがある。
私の選んだドレスは、淡いシャンパンゴールドのシルク。一見するとシンプルなワントーンだが、身を動かすたびに、生地と同色の糸と細かな金糸で施された繊細な刺繍が、光を反射してさりげなく浮かび上がる。
ウエストのサイドからバックにかけて大胆に切り替えられた深い緑色の布地には、蔦を模した重厚な金の刺繍が走り、シャンパンゴールドの柔らかさを凛と引き締めている。
胸元と耳元には、アルベルト様から贈られたエメラルド。落ち着いた輝きを持つシャンパンゴールドのドレスが、宝石の鮮やかな緑をより際立たせ、光を受けるたびに微かに揺れるその輝きが私の胸を高鳴らせた。
髪は、顔周りに少し残して柔らかさを残しつつ、後ろでゆるく三つ編みにまとめられている。細やかな編み込みと、ざっくりとした編み込みが繊細に混じり合い、ふわりと揺れるその髪が、パーティーらしい華やかさを添えてくれていた。
このエメラルドも、ドレスの深い緑も。隣に立つのがアルベルト様でなければ、私は決してまとわなかった色だろう。彼の瞳の色をまとうことは、私にとって――彼と共にこの世界を歩む未来への、何よりの誓いでもあった。
――コンコン、と控えめながらもリズムの良いノックの音が自室の扉に響く。
「待たせたね、フェリシア……いや、やはり君は僕の想像を軽々と超えてくるな!」
扉が開くと、そこに立つアルベルト様の姿を見て私は言葉を失った。
普段はサイドに流している前髪をきちんと後ろへ流し、後ろ髪もいつもより整えられて結ばれている。その凛とした佇まいは、いつもの飄々とした姿とはまるで別人のようで、私の心臓が大きく跳ねる。
その髪と同じ漆黒のジャケットをまとい、ジャケットの隙間からのぞくベストは、私のドレスのサイドカラーと同じ深い緑色。そして、真っ白なシャツの襟元には、私の瞳と同じブラウンサファイアのピンがひとつ。彼がわずかに動くたび、その宝石は光を受けて静かにきらめき、角度によっては深緑の光を返していた。
私の装いを絶賛してくれるアルベルト様の言葉を聞きながらも、胸の奥が落ち着かず、うまく言葉が出てこない。視線を合わせようとするも、結局、すぐに逸らしてしまった。
「どうしたんだい? 僕があまりにも男前すぎて、しゃべれなくなってしまったのかい?」
扉の前に立ったまま、わざとらしく肩をすくめてそう言うアルベルト様は、楽しそうに笑っている。その余裕たっぷりの態度が、余計に心臓に悪い。
私は指先をきゅっと握りしめ、意を決して言葉を絞り出した。
「……はい。思っていた以上に、攻撃力が高いです……」
一瞬きょとんとした後、アルベルト様は噴き出した。
「ははは! それはいけないな。HPがゼロになってはかなわん」
冗談めかして言いながらも、彼は一歩だけ距離を詰めて、少し声を落とす。
「だが……慣れてもらうしかない。もっとも、それは僕の台詞でもあるのだよ、フェリシア」
エメラルドの瞳が、やわらかく細められる。
「今日の君は、月の精霊のようだ。静かで、綺麗で……目を離したら、どこかへ消えてしまいそうでね」
冗談半分の口調なのに、その言葉だけは、ひどく真剣に聞こえて。私は返事もできず、ただ頬の熱が引くのを待つしかなかった。
「……さあ、そろそろ行こうか。あまりここで君を独り占めしていると、君を待っているお義父様やお義母様にも怒られてしまうな」
そう言って、アルベルト様は冗談めかしながらも、ゆっくりと私の前に手を差し出した。
その仕草があまりにも自然で、胸がまた少しだけ高鳴る。
「独り占め、だなんて……」
小さくそう呟きながらも、私はその手にそっと指先を重ねた。指先が触れた瞬間、ほんのりと伝わってくる体温に、不思議と緊張が和らいでいく。
「楽しみ、ですね」
「うむ。君と一緒に参加するパーティーだ。楽しみでしかないな」
「美味しいお料理、たくさんありますかね」
「全制覇を目指そうか」
アルベルト様がいたずらっぽく笑う。その一言で、肩に力が入っていた私の心は、すっと軽くなった。
その後、屋敷の廊下を抜け、馬車に揺られて学園へと向かった。卒業パーティーの会場は、学園の大ホールだ。
大ホールの扉をくぐると、すでに会場内は多くの卒業生で賑わっていた。
卒業パーティーは学園主催であるものの、格式ばった式典というわけではない。
思い思いに料理を楽しむ者や友人や先生方と談笑する者、名残惜しそうに別れを告げ合う者。中央の広間では、音楽に合わせてダンスを楽しむ姿も見える。
華やかで、少しだけ騒がしくて、それでいてどこか切ない。
ここに集まっている全員が、「学園生活の終わり」という同じ瞬間を共有しているのだと思うと、胸の奥がじんわりと温かくなった。
私たちはまず、お世話になった先生方のもとへ挨拶をしに行った。
「二人とも、良い顔をしていますね」
先生のその一言に、アルベルト様と顔を見合わせて、思わず笑ってしまった。
その笑顔のまま、この学園を巣立っていくのだと思うと、胸の奥が少しだけ熱くなる。
その後は交流のあった友人たちと言葉を交わしつつ、アルベルト様と料理が並ぶテーブルへと向かった。
「全制覇、頑張りますか?」
そう言ってアルベルト様の顔を覗き込むと、彼はとても楽しそうに笑った。
「そうだな。でもここには、数え切れないほどの種類の料理がある。まずは作戦会議といこうではないか」
アルベルト様はそう言って、並んだ料理を吟味するように目を細めた。
私もつられて視線を落とし、どれから手に取ろうかと迷っていた、その時。
「――セシリア・フォン・アクイラ!!」
会場の喧騒を力技でねじ伏せるような、鋭く、傲慢な声が響き渡った。
一瞬にして音楽が止まり、華やかだったホールの空気が凍りつく。
反射的に声のした中央へと視線を向けると、そこには、憤怒に顔を歪めた王子と、その傍らで庇われるように寄り添うなぜかズタズタにされたドレスを持つヒロインの姿。
そしてその正面に、たった一人で背筋を伸ばして立つ公爵令嬢がいた。
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