【完結】モブ平民の婚約者は当て馬令息

いづい そうこ

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第七話 物語の外側で

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「はい、お呼びでしょうか」

 公爵令嬢――セシリア・フォン・アクイラ様の凛とした声が、静まり返った会場に響き渡った。

「……始まってしまったようだね」

 アルベルト様はそう呟きながら、まるで他人事のように皿を手に取った。

「フェリシア、この料理、おいしいよ」
「そのようですね、アルベルト様。……!本当に、とても美味しいです」

 視界の端で会場の中央を捉えつつ、私たちは料理を口にする。

「この空気だ。パーティーが最後まで滞りなく続くかどうかも怪しい」

 アルベルト様は小さく肩をすくめ、楽しげに微笑んだ。

「ならば目的変更だ。――食べたいものから、食べようじゃないか」
「そうですね。せっかくの卒業パーティーですし」

 そう言って、私たちは会場の中央を気に留めつつも、二人で静かに料理と飲み物を楽しんだ。
 華やかな音楽とざわめきの奥で、何かが確かに進行している気配を感じながらも、今はただ、この時間を大切にしたかった。
 ふいに、視界の端で公爵令嬢――セシリア様が、こちらを見た……ような気がした。
 私は思わず、隣でベリーのケーキを丁寧に切り分けているアルベルト様を見上げる。

「……どうしたんだい?」

 問いかけとともに向けられたその視線は、あまりにも柔らかくて。
 まるで、世界にある他のすべてを後回しにして、ただ私だけを見ているかのような――そんな、愛おしむような笑顔だった。
 
「ふふ、いいえ。そのケーキ、とてもおいしそうですね」

 そう言うと、アルベルト様はぱっと表情を明るくした。

「そうだろう!一緒に食べよう!」

 迷いなくそう言って、彼は私の分のケーキまで皿に取り分ける。
 その仕草があまりにも自然で、当たり前のようで――胸の奥が、じんわりと温かくなった。

(ああ……本当に、大好きだな)

 特別な言葉を交わさなくても、こうして隣にいて、同じものを分け合って笑っているだけで幸せになれる。この人と過ごす時間を、これからも何度でも重ねていきたい。

 ――その時、ふいにセシリア様の声が、会場に響き渡った。

「いいえ。私は、やっていません」

 力強く、まっすぐに。
 王太子と聖女たちを真正面から見据えて、きっぱりと言い切る。
 その姿は、かつて前世で知っていた原作の彼女とは、まるで違って見えた。弱々しく俯き、誰かが助けに来るのをただ待つだけのヒロインではない。
 今ここに立っているのは、自分の意志で言葉を紡ぐ、公爵令嬢だった。

「私が罪を犯したとおっしゃるのなら、その証拠をお示しください。曖昧な噂や感情論ではなく、事実を。――それらすべてに、私は反論いたします」

 ざわ、と空気が揺れる。

「そして、ここは断罪の場ではありません」

 セシリア様は、ゆっくりと周囲を見渡した。

「今日は、卒業パーティーです。この学園で学んだ卒業生全員のための、大切な場なのですよ」

 静かな声だった。けれど、その一言一言は、確かに会場の中心に届いていた。

 会場の中央では、王太子が言葉を失い、聖女は顔色を変え、取り巻きたちが口々に何かを言い始めていた。誰かが声を荒げ、誰かが取り繕うように言い訳をし、空気はざわざわと落ち着かない。

 ――けれど。

 その喧騒を、少し離れた場所から眺めながら、私たちは静かに立っていた。

「……物語、こんな展開でしたっけ……」

 思わず、ぽつりと零れた私の呟きに、アルベルト様はゆっくりとセシリア様の方へ視線を向け、顎に手を添える。

「いや……」

 一拍置いてから、穏やかな声で続けた。

「もしかしたら、僕たちはこの世界を『聖闇』の世界だと思い込んでいただけで、案外そうでもないのかもしれないな」

 その言葉に、胸の奥がすっと静まる。

 視線の先では、セシリア様が自分の言葉で場を支配していた。
 誰かに救われるのを待つのではなく、自分で立ち、自分で語り、自分で運命を切り開こうとしている。そのきっかけが何なのかは分からないけれど。

「だってほら」

 アルベルト様は、私の方を見て、少しだけ柔らかく微笑んだ。

「僕の隣にはフェリシアがいる。そして僕たちは――婚約者だ」

 原作には、そんな展開はなかった。けれど、今この瞬間は、確かにここにある。
 遠くで続く断罪劇を背景に、私はそっと彼の袖を掴む。

「……そうですね」

 この世界は、もう“物語通り”じゃない。
 それでもいい。いいえ――だからこそ。
 私は、今この世界を、心から愛しいと思えた。

 遠くで、王太子たちが何を叫んでいようとも。触れ合う肩越しに伝わってくるアルベルト様の確かな体温が、何よりも私を安心させてくれる。
 
「さあ、フェリシア。食べてみたい料理はまだまだあるんだ。付き合ってくれるかい?」

 手にした皿を少しだけ持ち上げて、アルベルト様が楽しそうに笑う。私は、彼の皿に乗った美味しそうな料理を覗き込みながら、自分も負けじとお皿を掲げた。
 
「ふふ、そうですね。私もあちらのほうに、とっても美味しそうな料理を見つけたんです」
「ふむ!ならばそれも絶対食べなければならないな!」
 
 アルベルト様が力強く頷き、私たちはどちらからともなく歩き出す。この学園最後の夜を、私たちはひとつひとつ、丁寧に味わい尽くしていく。
 
 私たちの本当の物語は、まだまだはじまったばかりだ。
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