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第20話『修行への一歩』
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三日間の航海を終え、セグリッド共和国からの輸送船は、ヴァルグレア王国の港に静かに着岸した。夜明け前の薄暗い空の下、港には活気が満ち、船員たちの威勢のいい声が響き渡っている。ノクスはリアと共に甲板に立ち、故郷の景色を眺めていた。潮の香りが、セグリッドの穏やかな空気とは異なる、懐かしい戦場の匂いを運んでくる。ノクスの体調は、セグリッドでの過酷なリハビリとリアの治癒術のおかげで、ほぼ完全に回復していた。
リアが、故郷の空に向かって、両手を広げて叫んだ。
「ただいま、ヴァルグレア!」
その声は、セグリッドに向かう前よりも、ずっと強く、決意に満ちている。ノクスは彼女の横顔を見て、知らず知らずのうちに、彼女が大きく成長したことを感じていた。
「すっかり元気だな、リア」
「うん!だってセグリッドではいっぱい修行したもん。これからもノクスをしっかり支えられるよう頑張るからね!」
リアはノクスに振り返り、その瞳を真っ直ぐに見つめた。ノクスは彼女の強い意志を感じ取り、心からの言葉を返した。
「そうか……ありがとう」
ノクスが微笑みながら感謝を口にすると、リアは照れたように頬を赤らめた。
港に降り立つと、そこにはシアンとフィナが待っていた。二人の纏う空気は、この港に活気を与えている。
「無事に帰還したか。体調はどうだ?」
シアンの真剣な問いに、ノクスは力強く頷く。
「はい、だいぶ良くなりました。サイラスさんとフェリルさんのおかげです」
「リアちゃん、元気だったわね~」
フィナが悪戯っぽく声をかけると、リアもまた笑顔で応じる。
「はい!セグリッドではいろいろ勉強してきました!」
「準備ができたら、カリスの元へ行け。彼は特別な訓練をお前のために用意している」
シアンの言葉に、ノクスはごくりと唾を飲み込んだ。全身が、再び張り詰めたような緊張感に包まれる。
(カリスさんの特訓……まさか本当に……)
ノクスの表情を見て、フィナが面白そうにクスクスと笑う。
「あら~怖がってるわね~」
ノクスの心臓は、故郷の懐かしさとは別の、これから待ち受ける試練への緊張感で高鳴っていた。
港での再会後、リアは第三部隊のセリカ隊長に呼ばれ、ノクスは一人、術式兵装整備室へと足を運んでいた。油と機械の匂いが混じり合った独特の空気に、ノクスはどこか安堵感を覚える。そこは、セグリッドの清潔な研究室とは違い、彼が慣れ親しんだ場所だった。
部屋の奥では、ルクスが何かの機械を調整しており、その隣でアレナが端末を操作している。ノクスがドアを開けると、ルクスがすぐに気づいて振り返った。
「やあ、ルクス。アレナさん」
「おっ!ノクス!やっと帰ってきたか!」
ルクスは白金髪を揺らし、柔和な笑顔でノクスを迎え入れた。その屈託のない笑顔に、ノクスはほっと息をつく。
「あら、無事だったのね。良かった」
アレナもまた、優しげな表情でノクスの無事を喜んだ。ノクスは、友人の顔を見て、セグリッドでの出来事が遠い過去のように感じられた。
「セグリッドはどうだった?聞いたぞ、すごい目に遭ったんだって?」
ルクスの不用意な言葉に、ノクスは苦笑する。
「いきなりそんな話を振るなんて空気読めないわね」
アレナがルクスの頭を軽く叩くと、ルクスは不満そうに声を上げた。
「えっ?だって気になるじゃん」
「いやいや、気にしないでください。大丈夫です」
ノクスは、二人の変わらないやり取りに、疲労が和らぐのを感じた。
「それよりさ、あの幼馴染の子はどうだった?セグリッドでもラブラブだったの?」
「あら、そっちの方が気になるわね~」
ルクスとアレナのからかいに、ノクスは呆れたように笑う。
「もう……二人とも変わってないな」
二人の笑顔が、ノクスの心に温かい光を灯した。
リアは第三部隊の訓練場にいた。セリカが真剣な表情で、彼女を見つめている。訓練場には、リアの他にも数人の訓練生がいたが、彼らの間に緊張が走っている。
「リア・エステル。フィナから聞いたぞ、セグリッドでの君の活躍と決意を」
セリカの言葉に、リアは背筋を伸ばし、力強く返事をした。
「は、はい!」
「ノクスを支えるため、治癒術を極めたいと」
「はい!あたし、もっと強くなりたいんです!」
リアの瞳には、ノクスへの想いと、それゆえに生まれた強い意志が宿っている。セリカは、その瞳をじっと見つめ、静かに、しかし有無を言わさぬ口調で告げた。
「いいだろう。だが、甘くはないぞ。今日から君は、補助隊の特別訓練に参加してもらう。通常の3倍の強度だ」
「3倍……!?」
リアは驚きの声を上げたが、すぐに決意を固める。
「い、いえ!やります!」
「その意気だ。ノクスが戦場で全力を尽くせるよう、君も全力で彼を支えられる術士になれ」
厳しい訓練が始まり、リアは必死に術式を展開する。セグリッドで身につけた知識と技術を、実戦的な訓練で昇華させていく。
(ノクス……あたし、頑張るからね。あなたがどんなに強くなっても、あたしはちゃんとついていくから)
セリカはそんなリアの姿を、遠くから静かに見守っていた。その表情には、部下の成長を見守る隊長としての、確かな満足感が浮かんでいた。
整備室で、アレナは別の仕事で席を外し、ノクスとルクスは二人きりになっていた。ルクスは術式兵装の調整をしながら、ノクスに語りかける。
「本当に心配したんだぞ。灰連隊と戦ったって聞いたときは」
「ああ……正直、死ぬかと思った」
ノクスは苦笑しながら、セグリッドで負った傷と、その時の恐怖を思い返す。
「お前、本当に無茶するよな。いつも」
「そうかな」
ノクスは苦笑しながら、セグリッドでの経験をルクスに語り始めた。サイラスとの過酷なリハビリ、フェリルとのサポートシステム開発。そして、レメルト連邦の工作員との対峙。ルクスは、ノクスの話を興味深そうに、しかし真剣な表情で聞いている。
「へぇ……サイラスっていう元特殊部隊員から徹底的なリハビリを受けて…」
「それと、フェリルという研究者が……」
ノクスが楽しそうに話す様子を見て、ルクスは作業の手を止め、ノクスを真っ直ぐに見つめた。その瞳に嘘偽りはない。
「なあ、ノクス。俺も何か力になれることがあったら言ってくれよ」
「ルクス……」
「友達だろ?」
「ああ、ありがとう」
ノクスはルクスの友情に、心からの感謝を伝えた。
「ただ、カリスさんの実践訓練だけは助けられないな……」
ルクスがひやひやした表情で言うと、ノクスは肩を落とす。
「そこか……」
第一部隊の専用訓練場は、荘厳な雰囲気に満ちていた。壁には数々の武器が掛けられ、その一つ一つが歴戦の痕跡を物語っている。その中心で、カリスは大剣を肩に担ぎ、ノクスを待っていた。シアンとレーヴェもまた、その光景を静かに見守っている。
「やっと来たか、仮面男子!」
カリスの威勢のいい声に、ノクスは緊張した表情で応じる。
「は、はい……」
「おいおい、その反応はなんだ?セグリッドで強くなったって聞いたけど」
ノクスの萎縮した様子に、カリスは急に真剣な表情へと変わった。
「いつまでも、その気弱面被ってんだ。お前の本性知ってんだから、俺の前では堂々としてろよ!」
カリスの言葉に、ノクスの表情が瞬時に変化する。その瞳に宿る光が、一瞬で**「戦士」**のそれに変わった。一人称も、無意識のうちに「俺」へと変わっていく。
「……わかった」
ノクスの変化に、シアンは「あれは……」と、驚きを隠せない。レーヴェもまた、その瞳にノクスの戦闘人格が映っているのを見ていた。
「いいぞ、その目だ。お前には可能性がある。俺が引き出してやる」
「何から始める?」
「今日からお前は実戦を通して学ぶ。教科書どおりじゃ身につかないからな」
カリスがニヤリと笑うと、ノクスもまた、挑戦的な笑みを浮かべた。
「望むところだ」
カリスの実践訓練は、教科書とは全く異なる、実戦さながらの過酷なものだった。彼は木刀を手に、実際の戦闘を想定した動きでノクスに斬りかかる。
「理論は頭に入ってるだろう。あとは体で覚えるだけだ。さあ、来い!」
カリスの号令に、ノクスは戦闘態勢をとる。
「了解」
カリスが突然繰り出した鋭い一撃を、ノクスは咄嗟に避ける。
「動きは悪くない。だが、まだ遅い!」
「相手の動きを先読みしろ。反応ではなく予測だ」
シアンが、的確なアドバイスを送る。
「筋肉の使い方が無駄ですね。もっと効率よく力を使うべきです」
レーヴェもまた、ノクスの動きを冷静に分析していた。
「その通り!実戦では一瞬の無駄が命取りになる」
カリスとシアン、レーヴェの三人の指導を受け、ノクスは徐々に実戦的な戦闘技術を身につけていく。何時間にも及ぶ実践訓練の後、ノクスは疲労困憊で床に倒れた。
「今日はここまでだ。明日からが本番だぞ」
カリスの言葉に、ノクスは荒い呼吸を整えながら、力なく答えた。
「……これが序の口か」
「もちろんだ。実戦こそ最高の教科書だ。お前のポテンシャルを最大限引き出してやる。覚悟しておけ」
「ありがとう、カリスさん」
「感謝するのはまだ早いぞ」
カリスはノクスの成長を確信し、満足そうに笑った。
訓練が終わった後、夕暮れの廊下でシアンとフィナは二人きりで会話を交わしていた。窓から差し込む夕日の光が、二人の姿を優しく照らしている。
「どうだった?ノクスの様子は」
フィナが柔らかな声で尋ねる。
「予想以上だ。セグリッドでの経験は彼を大きく成長させた」
「そう……良かった」
フィナが安堵したように呟く。
「だが、まだ足りない。あの灰連隊と本気で渡り合うには」
「カリスなら何とかしてくれるわ」
「ああ。それと、もう一つ気になることがある」
「何?」
「ノクスの戦闘人格……以前より鮮明になっている」
「それは……良いことなの?」
「……分からない」
シアンの言葉に、フィナは微かに不安そうな表情を浮かべた。その時、レーヴェが静かに近づいてくる。
「失礼します。ガレン局長がお二人を呼んでいます」
「分かった」
「また何かあるのね……」
フィナがため息をつくと、シアンは「行こう」と促し、二人は連れ立って廊下を歩いていった。
夕暮れの第三部隊訓練場に、リアは一人残って練習を続けていた。疲労で震える手を必死に制御しながら、何度も治癒術を展開する。セリカは、そんな彼女の姿を遠くから黙って見守っていた。
「まだ……まだ足りない」
リアは、ノクスを支えるという強い決意を胸に、限界を超えようとしていた。
「ノクスが強くなるなら、あたしはもっと……もっと……」
その時、セリカがリアに近づいてくる。
「十分だ、リア。今日はここまでにしろ」
「でも、まだ……」
「無理は禁物だ。魔力を使い果たせば、明日の訓練に支障が出る」
「……わかりました」
「今日の君は、よくやった。予想以上だ」
「本当ですか?」
セリカの言葉に、リアは顔を輝かせた。
「ああ。その調子で頑張れ」
「ありがとうございます!明日も頑張ります!」
リアは笑顔でそう言うと、訓練場を後にした。セリカは、その背中を見送りながら、静かに微笑んだ。
「あの子は、本当に彼のことが好きなんだな……」
訓練を終えた後、ノクスは一人で軍本部の屋上にいた。星空の下、夜風に吹かれながら、街の明かりが遠くに広がる風景を眺めている。疲労が残る体を引きずりながらも、彼の表情には決意が満ちていた。手には、セグリッドから持ち帰ったフェリルのサポートシステムの試作品が握られている。
「まだまだ……足りないな」
ノクスが独り言を呟いていると、後ろから足音がした。
「お疲れ様です、ノクスさん」
そこに立っていたのは、レーヴェだった。
「レーヴェさん……」
「本日の訓練、拝見しました。素晴らしい成長です」
「いや、まだまだです」
「謙遜なさる必要はありません。ただ……」
レーヴェはそこで言葉を切ると、ノクスを真っ直ぐに見つめた。
「ご自身を壊さないよう、くれぐれもご注意ください」
「……ありがとうございます」
ノクスは、レーヴェの言葉に深く頭を下げた。レーヴェは静かに立ち去り、ノクスは再び夜空を見上げる。
「強くなる……もっと強くなって、次は必ず……」
その時、遠くからリアの声が聞こえてきた。
「ノクス~!まだ起きてたの?」
ノクスは、その声に振り返り、優しい笑みを浮かべた。
「リア……」
星空の下、ノクスとリアは屋上に並んで座っていた。訓練で疲労が残る二人の間には、静かで穏やかな空気が流れている。
「今日の訓練、どうだった?」
リアの問いに、ノクスは苦笑しながら答えた。
「ああ、カリスさんは本当に容赦ないね……でも、良かった」
「そっか……あたしも、セリカさんに特訓してもらったよ」
「お互い頑張ってるんだな」
リアはそう言って、ノクスの隣にぴたりと体を寄せた。
「だからさ、あたしとノクスも、お互いをねぎらいあってハグしようよ、ハグ!」
「いやいや、俺も疲れてるし、それにハグなんて……」
「いいじゃん、ノクス!たまにはノクスからしてくれてもいいんだよ!」
そう言って、リアはノクスに抱きつこうと両手を広げる。いつものことだ。ノクスは、疲れた体をなんとか動かして、リアをかわそうと身をよじった。
「わかった、わかったから!……今回だけだぞ」
しかし、ノクスは突然、そう言ってリアを抱きしめた。
「あっ……!?!?へ!?」
リアの笑顔が、ぴしりと固まる。顔がみるみるうちに真っ赤になり、彼女は硬直したままノクスを見上げた。
「の、の、ノクスちょっとストップ!!ストップ!!!」
リアは慌ててノクスを突き放した。
「なんだなんだ、せっかく俺が望み通りにしたのに」
ノクスは、リアの反応が面白くてたまらないといった表情で、首を傾げる。
「いやいやいや、こ、こ、心の準備がっ!!」
リアは、顔を手で覆いながら叫んだ。
「なんだ、割と弱腰なのか?リア」
「そ、そ、そそそそんなことはない!!さぁ!もう一回だ!!!」
リアはそう言って、再び両手を広げる。ノクスは、小さく笑いながら、リアの望み通りに再びハグした。
「はいはい」
しかし、リアは再びノクスを突き放し、屋上を逃げ出した。
「きょ、今日のノクスはおかしい!!!」
その言葉と共に、リアの足音は遠ざかっていった。ノクスは一人、星空の下に残され、微笑みを浮かべる。
(……あの子も女の子らしいとこあったんだなぁ……中身はおっさんかと思ってたのに)
ノクスは、リアの残した温もりを胸に、再び夜空を見上げる。これから始まる試練も、この温かさがあれば乗り越えられる。そんな予感がしていた。
――第21話へ続く
リアが、故郷の空に向かって、両手を広げて叫んだ。
「ただいま、ヴァルグレア!」
その声は、セグリッドに向かう前よりも、ずっと強く、決意に満ちている。ノクスは彼女の横顔を見て、知らず知らずのうちに、彼女が大きく成長したことを感じていた。
「すっかり元気だな、リア」
「うん!だってセグリッドではいっぱい修行したもん。これからもノクスをしっかり支えられるよう頑張るからね!」
リアはノクスに振り返り、その瞳を真っ直ぐに見つめた。ノクスは彼女の強い意志を感じ取り、心からの言葉を返した。
「そうか……ありがとう」
ノクスが微笑みながら感謝を口にすると、リアは照れたように頬を赤らめた。
港に降り立つと、そこにはシアンとフィナが待っていた。二人の纏う空気は、この港に活気を与えている。
「無事に帰還したか。体調はどうだ?」
シアンの真剣な問いに、ノクスは力強く頷く。
「はい、だいぶ良くなりました。サイラスさんとフェリルさんのおかげです」
「リアちゃん、元気だったわね~」
フィナが悪戯っぽく声をかけると、リアもまた笑顔で応じる。
「はい!セグリッドではいろいろ勉強してきました!」
「準備ができたら、カリスの元へ行け。彼は特別な訓練をお前のために用意している」
シアンの言葉に、ノクスはごくりと唾を飲み込んだ。全身が、再び張り詰めたような緊張感に包まれる。
(カリスさんの特訓……まさか本当に……)
ノクスの表情を見て、フィナが面白そうにクスクスと笑う。
「あら~怖がってるわね~」
ノクスの心臓は、故郷の懐かしさとは別の、これから待ち受ける試練への緊張感で高鳴っていた。
港での再会後、リアは第三部隊のセリカ隊長に呼ばれ、ノクスは一人、術式兵装整備室へと足を運んでいた。油と機械の匂いが混じり合った独特の空気に、ノクスはどこか安堵感を覚える。そこは、セグリッドの清潔な研究室とは違い、彼が慣れ親しんだ場所だった。
部屋の奥では、ルクスが何かの機械を調整しており、その隣でアレナが端末を操作している。ノクスがドアを開けると、ルクスがすぐに気づいて振り返った。
「やあ、ルクス。アレナさん」
「おっ!ノクス!やっと帰ってきたか!」
ルクスは白金髪を揺らし、柔和な笑顔でノクスを迎え入れた。その屈託のない笑顔に、ノクスはほっと息をつく。
「あら、無事だったのね。良かった」
アレナもまた、優しげな表情でノクスの無事を喜んだ。ノクスは、友人の顔を見て、セグリッドでの出来事が遠い過去のように感じられた。
「セグリッドはどうだった?聞いたぞ、すごい目に遭ったんだって?」
ルクスの不用意な言葉に、ノクスは苦笑する。
「いきなりそんな話を振るなんて空気読めないわね」
アレナがルクスの頭を軽く叩くと、ルクスは不満そうに声を上げた。
「えっ?だって気になるじゃん」
「いやいや、気にしないでください。大丈夫です」
ノクスは、二人の変わらないやり取りに、疲労が和らぐのを感じた。
「それよりさ、あの幼馴染の子はどうだった?セグリッドでもラブラブだったの?」
「あら、そっちの方が気になるわね~」
ルクスとアレナのからかいに、ノクスは呆れたように笑う。
「もう……二人とも変わってないな」
二人の笑顔が、ノクスの心に温かい光を灯した。
リアは第三部隊の訓練場にいた。セリカが真剣な表情で、彼女を見つめている。訓練場には、リアの他にも数人の訓練生がいたが、彼らの間に緊張が走っている。
「リア・エステル。フィナから聞いたぞ、セグリッドでの君の活躍と決意を」
セリカの言葉に、リアは背筋を伸ばし、力強く返事をした。
「は、はい!」
「ノクスを支えるため、治癒術を極めたいと」
「はい!あたし、もっと強くなりたいんです!」
リアの瞳には、ノクスへの想いと、それゆえに生まれた強い意志が宿っている。セリカは、その瞳をじっと見つめ、静かに、しかし有無を言わさぬ口調で告げた。
「いいだろう。だが、甘くはないぞ。今日から君は、補助隊の特別訓練に参加してもらう。通常の3倍の強度だ」
「3倍……!?」
リアは驚きの声を上げたが、すぐに決意を固める。
「い、いえ!やります!」
「その意気だ。ノクスが戦場で全力を尽くせるよう、君も全力で彼を支えられる術士になれ」
厳しい訓練が始まり、リアは必死に術式を展開する。セグリッドで身につけた知識と技術を、実戦的な訓練で昇華させていく。
(ノクス……あたし、頑張るからね。あなたがどんなに強くなっても、あたしはちゃんとついていくから)
セリカはそんなリアの姿を、遠くから静かに見守っていた。その表情には、部下の成長を見守る隊長としての、確かな満足感が浮かんでいた。
整備室で、アレナは別の仕事で席を外し、ノクスとルクスは二人きりになっていた。ルクスは術式兵装の調整をしながら、ノクスに語りかける。
「本当に心配したんだぞ。灰連隊と戦ったって聞いたときは」
「ああ……正直、死ぬかと思った」
ノクスは苦笑しながら、セグリッドで負った傷と、その時の恐怖を思い返す。
「お前、本当に無茶するよな。いつも」
「そうかな」
ノクスは苦笑しながら、セグリッドでの経験をルクスに語り始めた。サイラスとの過酷なリハビリ、フェリルとのサポートシステム開発。そして、レメルト連邦の工作員との対峙。ルクスは、ノクスの話を興味深そうに、しかし真剣な表情で聞いている。
「へぇ……サイラスっていう元特殊部隊員から徹底的なリハビリを受けて…」
「それと、フェリルという研究者が……」
ノクスが楽しそうに話す様子を見て、ルクスは作業の手を止め、ノクスを真っ直ぐに見つめた。その瞳に嘘偽りはない。
「なあ、ノクス。俺も何か力になれることがあったら言ってくれよ」
「ルクス……」
「友達だろ?」
「ああ、ありがとう」
ノクスはルクスの友情に、心からの感謝を伝えた。
「ただ、カリスさんの実践訓練だけは助けられないな……」
ルクスがひやひやした表情で言うと、ノクスは肩を落とす。
「そこか……」
第一部隊の専用訓練場は、荘厳な雰囲気に満ちていた。壁には数々の武器が掛けられ、その一つ一つが歴戦の痕跡を物語っている。その中心で、カリスは大剣を肩に担ぎ、ノクスを待っていた。シアンとレーヴェもまた、その光景を静かに見守っている。
「やっと来たか、仮面男子!」
カリスの威勢のいい声に、ノクスは緊張した表情で応じる。
「は、はい……」
「おいおい、その反応はなんだ?セグリッドで強くなったって聞いたけど」
ノクスの萎縮した様子に、カリスは急に真剣な表情へと変わった。
「いつまでも、その気弱面被ってんだ。お前の本性知ってんだから、俺の前では堂々としてろよ!」
カリスの言葉に、ノクスの表情が瞬時に変化する。その瞳に宿る光が、一瞬で**「戦士」**のそれに変わった。一人称も、無意識のうちに「俺」へと変わっていく。
「……わかった」
ノクスの変化に、シアンは「あれは……」と、驚きを隠せない。レーヴェもまた、その瞳にノクスの戦闘人格が映っているのを見ていた。
「いいぞ、その目だ。お前には可能性がある。俺が引き出してやる」
「何から始める?」
「今日からお前は実戦を通して学ぶ。教科書どおりじゃ身につかないからな」
カリスがニヤリと笑うと、ノクスもまた、挑戦的な笑みを浮かべた。
「望むところだ」
カリスの実践訓練は、教科書とは全く異なる、実戦さながらの過酷なものだった。彼は木刀を手に、実際の戦闘を想定した動きでノクスに斬りかかる。
「理論は頭に入ってるだろう。あとは体で覚えるだけだ。さあ、来い!」
カリスの号令に、ノクスは戦闘態勢をとる。
「了解」
カリスが突然繰り出した鋭い一撃を、ノクスは咄嗟に避ける。
「動きは悪くない。だが、まだ遅い!」
「相手の動きを先読みしろ。反応ではなく予測だ」
シアンが、的確なアドバイスを送る。
「筋肉の使い方が無駄ですね。もっと効率よく力を使うべきです」
レーヴェもまた、ノクスの動きを冷静に分析していた。
「その通り!実戦では一瞬の無駄が命取りになる」
カリスとシアン、レーヴェの三人の指導を受け、ノクスは徐々に実戦的な戦闘技術を身につけていく。何時間にも及ぶ実践訓練の後、ノクスは疲労困憊で床に倒れた。
「今日はここまでだ。明日からが本番だぞ」
カリスの言葉に、ノクスは荒い呼吸を整えながら、力なく答えた。
「……これが序の口か」
「もちろんだ。実戦こそ最高の教科書だ。お前のポテンシャルを最大限引き出してやる。覚悟しておけ」
「ありがとう、カリスさん」
「感謝するのはまだ早いぞ」
カリスはノクスの成長を確信し、満足そうに笑った。
訓練が終わった後、夕暮れの廊下でシアンとフィナは二人きりで会話を交わしていた。窓から差し込む夕日の光が、二人の姿を優しく照らしている。
「どうだった?ノクスの様子は」
フィナが柔らかな声で尋ねる。
「予想以上だ。セグリッドでの経験は彼を大きく成長させた」
「そう……良かった」
フィナが安堵したように呟く。
「だが、まだ足りない。あの灰連隊と本気で渡り合うには」
「カリスなら何とかしてくれるわ」
「ああ。それと、もう一つ気になることがある」
「何?」
「ノクスの戦闘人格……以前より鮮明になっている」
「それは……良いことなの?」
「……分からない」
シアンの言葉に、フィナは微かに不安そうな表情を浮かべた。その時、レーヴェが静かに近づいてくる。
「失礼します。ガレン局長がお二人を呼んでいます」
「分かった」
「また何かあるのね……」
フィナがため息をつくと、シアンは「行こう」と促し、二人は連れ立って廊下を歩いていった。
夕暮れの第三部隊訓練場に、リアは一人残って練習を続けていた。疲労で震える手を必死に制御しながら、何度も治癒術を展開する。セリカは、そんな彼女の姿を遠くから黙って見守っていた。
「まだ……まだ足りない」
リアは、ノクスを支えるという強い決意を胸に、限界を超えようとしていた。
「ノクスが強くなるなら、あたしはもっと……もっと……」
その時、セリカがリアに近づいてくる。
「十分だ、リア。今日はここまでにしろ」
「でも、まだ……」
「無理は禁物だ。魔力を使い果たせば、明日の訓練に支障が出る」
「……わかりました」
「今日の君は、よくやった。予想以上だ」
「本当ですか?」
セリカの言葉に、リアは顔を輝かせた。
「ああ。その調子で頑張れ」
「ありがとうございます!明日も頑張ります!」
リアは笑顔でそう言うと、訓練場を後にした。セリカは、その背中を見送りながら、静かに微笑んだ。
「あの子は、本当に彼のことが好きなんだな……」
訓練を終えた後、ノクスは一人で軍本部の屋上にいた。星空の下、夜風に吹かれながら、街の明かりが遠くに広がる風景を眺めている。疲労が残る体を引きずりながらも、彼の表情には決意が満ちていた。手には、セグリッドから持ち帰ったフェリルのサポートシステムの試作品が握られている。
「まだまだ……足りないな」
ノクスが独り言を呟いていると、後ろから足音がした。
「お疲れ様です、ノクスさん」
そこに立っていたのは、レーヴェだった。
「レーヴェさん……」
「本日の訓練、拝見しました。素晴らしい成長です」
「いや、まだまだです」
「謙遜なさる必要はありません。ただ……」
レーヴェはそこで言葉を切ると、ノクスを真っ直ぐに見つめた。
「ご自身を壊さないよう、くれぐれもご注意ください」
「……ありがとうございます」
ノクスは、レーヴェの言葉に深く頭を下げた。レーヴェは静かに立ち去り、ノクスは再び夜空を見上げる。
「強くなる……もっと強くなって、次は必ず……」
その時、遠くからリアの声が聞こえてきた。
「ノクス~!まだ起きてたの?」
ノクスは、その声に振り返り、優しい笑みを浮かべた。
「リア……」
星空の下、ノクスとリアは屋上に並んで座っていた。訓練で疲労が残る二人の間には、静かで穏やかな空気が流れている。
「今日の訓練、どうだった?」
リアの問いに、ノクスは苦笑しながら答えた。
「ああ、カリスさんは本当に容赦ないね……でも、良かった」
「そっか……あたしも、セリカさんに特訓してもらったよ」
「お互い頑張ってるんだな」
リアはそう言って、ノクスの隣にぴたりと体を寄せた。
「だからさ、あたしとノクスも、お互いをねぎらいあってハグしようよ、ハグ!」
「いやいや、俺も疲れてるし、それにハグなんて……」
「いいじゃん、ノクス!たまにはノクスからしてくれてもいいんだよ!」
そう言って、リアはノクスに抱きつこうと両手を広げる。いつものことだ。ノクスは、疲れた体をなんとか動かして、リアをかわそうと身をよじった。
「わかった、わかったから!……今回だけだぞ」
しかし、ノクスは突然、そう言ってリアを抱きしめた。
「あっ……!?!?へ!?」
リアの笑顔が、ぴしりと固まる。顔がみるみるうちに真っ赤になり、彼女は硬直したままノクスを見上げた。
「の、の、ノクスちょっとストップ!!ストップ!!!」
リアは慌ててノクスを突き放した。
「なんだなんだ、せっかく俺が望み通りにしたのに」
ノクスは、リアの反応が面白くてたまらないといった表情で、首を傾げる。
「いやいやいや、こ、こ、心の準備がっ!!」
リアは、顔を手で覆いながら叫んだ。
「なんだ、割と弱腰なのか?リア」
「そ、そ、そそそそんなことはない!!さぁ!もう一回だ!!!」
リアはそう言って、再び両手を広げる。ノクスは、小さく笑いながら、リアの望み通りに再びハグした。
「はいはい」
しかし、リアは再びノクスを突き放し、屋上を逃げ出した。
「きょ、今日のノクスはおかしい!!!」
その言葉と共に、リアの足音は遠ざかっていった。ノクスは一人、星空の下に残され、微笑みを浮かべる。
(……あの子も女の子らしいとこあったんだなぁ……中身はおっさんかと思ってたのに)
ノクスは、リアの残した温もりを胸に、再び夜空を見上げる。これから始まる試練も、この温かさがあれば乗り越えられる。そんな予感がしていた。
――第21話へ続く
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そう優しく語り掛けてくれるのは、頼れる聖女リリシア様だ。人々の悩みを静かに聞き入れ、的確なアドバイスをくれる美人聖女様だと人気だ。
そんな彼女だが、なぜか俺が相談するといつも様子が変になる。アドバイスはくれるのだがそのアドバイス自体が問題でどうも自己主張が強すぎるのだ。
「お母様のプレゼントは何を買えばいい?」
と相談すれば、
「ネックレスをプレゼントするのはどう? でもね私は結婚指輪が欲しいの」などという発言が飛び出すのだ。意味が分からない。
そして俺もようやく一人暮らしを始める歳になった。王都にある学園に通い始めたのだが、教会本部にそれはもう美人な聖女が赴任してきたとか。
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