【完結】「魔獣と戦う僕より、幼馴染の方がよっぽど危険だった件」

ブヒ太郎

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第20話『修行への一歩』

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三日間の航海を終え、セグリッド共和国からの輸送船は、ヴァルグレア王国の港に静かに着岸した。夜明け前の薄暗い空の下、港には活気が満ち、船員たちの威勢のいい声が響き渡っている。ノクスはリアと共に甲板に立ち、故郷の景色を眺めていた。潮の香りが、セグリッドの穏やかな空気とは異なる、懐かしい戦場の匂いを運んでくる。ノクスの体調は、セグリッドでの過酷なリハビリとリアの治癒術のおかげで、ほぼ完全に回復していた。

リアが、故郷の空に向かって、両手を広げて叫んだ。
「ただいま、ヴァルグレア!」
その声は、セグリッドに向かう前よりも、ずっと強く、決意に満ちている。ノクスは彼女の横顔を見て、知らず知らずのうちに、彼女が大きく成長したことを感じていた。

「すっかり元気だな、リア」
「うん!だってセグリッドではいっぱい修行したもん。これからもノクスをしっかり支えられるよう頑張るからね!」

リアはノクスに振り返り、その瞳を真っ直ぐに見つめた。ノクスは彼女の強い意志を感じ取り、心からの言葉を返した。
「そうか……ありがとう」
ノクスが微笑みながら感謝を口にすると、リアは照れたように頬を赤らめた。

港に降り立つと、そこにはシアンとフィナが待っていた。二人の纏う空気は、この港に活気を与えている。
「無事に帰還したか。体調はどうだ?」
シアンの真剣な問いに、ノクスは力強く頷く。

「はい、だいぶ良くなりました。サイラスさんとフェリルさんのおかげです」
「リアちゃん、元気だったわね~」
フィナが悪戯っぽく声をかけると、リアもまた笑顔で応じる。

「はい!セグリッドではいろいろ勉強してきました!」
「準備ができたら、カリスの元へ行け。彼は特別な訓練をお前のために用意している」

シアンの言葉に、ノクスはごくりと唾を飲み込んだ。全身が、再び張り詰めたような緊張感に包まれる。
(カリスさんの特訓……まさか本当に……)
ノクスの表情を見て、フィナが面白そうにクスクスと笑う。

「あら~怖がってるわね~」

ノクスの心臓は、故郷の懐かしさとは別の、これから待ち受ける試練への緊張感で高鳴っていた。


港での再会後、リアは第三部隊のセリカ隊長に呼ばれ、ノクスは一人、術式兵装整備室へと足を運んでいた。油と機械の匂いが混じり合った独特の空気に、ノクスはどこか安堵感を覚える。そこは、セグリッドの清潔な研究室とは違い、彼が慣れ親しんだ場所だった。

部屋の奥では、ルクスが何かの機械を調整しており、その隣でアレナが端末を操作している。ノクスがドアを開けると、ルクスがすぐに気づいて振り返った。

「やあ、ルクス。アレナさん」
「おっ!ノクス!やっと帰ってきたか!」
ルクスは白金髪を揺らし、柔和な笑顔でノクスを迎え入れた。その屈託のない笑顔に、ノクスはほっと息をつく。

「あら、無事だったのね。良かった」
アレナもまた、優しげな表情でノクスの無事を喜んだ。ノクスは、友人の顔を見て、セグリッドでの出来事が遠い過去のように感じられた。

「セグリッドはどうだった?聞いたぞ、すごい目に遭ったんだって?」
ルクスの不用意な言葉に、ノクスは苦笑する。

「いきなりそんな話を振るなんて空気読めないわね」
アレナがルクスの頭を軽く叩くと、ルクスは不満そうに声を上げた。

「えっ?だって気になるじゃん」
「いやいや、気にしないでください。大丈夫です」
ノクスは、二人の変わらないやり取りに、疲労が和らぐのを感じた。

「それよりさ、あの幼馴染の子はどうだった?セグリッドでもラブラブだったの?」
「あら、そっちの方が気になるわね~」
ルクスとアレナのからかいに、ノクスは呆れたように笑う。

「もう……二人とも変わってないな」
二人の笑顔が、ノクスの心に温かい光を灯した。


リアは第三部隊の訓練場にいた。セリカが真剣な表情で、彼女を見つめている。訓練場には、リアの他にも数人の訓練生がいたが、彼らの間に緊張が走っている。

「リア・エステル。フィナから聞いたぞ、セグリッドでの君の活躍と決意を」
セリカの言葉に、リアは背筋を伸ばし、力強く返事をした。

「は、はい!」
「ノクスを支えるため、治癒術を極めたいと」
「はい!あたし、もっと強くなりたいんです!」
リアの瞳には、ノクスへの想いと、それゆえに生まれた強い意志が宿っている。セリカは、その瞳をじっと見つめ、静かに、しかし有無を言わさぬ口調で告げた。

「いいだろう。だが、甘くはないぞ。今日から君は、補助隊の特別訓練に参加してもらう。通常の3倍の強度だ」
「3倍……!?」
リアは驚きの声を上げたが、すぐに決意を固める。

「い、いえ!やります!」
「その意気だ。ノクスが戦場で全力を尽くせるよう、君も全力で彼を支えられる術士になれ」
厳しい訓練が始まり、リアは必死に術式を展開する。セグリッドで身につけた知識と技術を、実戦的な訓練で昇華させていく。

(ノクス……あたし、頑張るからね。あなたがどんなに強くなっても、あたしはちゃんとついていくから)

セリカはそんなリアの姿を、遠くから静かに見守っていた。その表情には、部下の成長を見守る隊長としての、確かな満足感が浮かんでいた。

整備室で、アレナは別の仕事で席を外し、ノクスとルクスは二人きりになっていた。ルクスは術式兵装の調整をしながら、ノクスに語りかける。

「本当に心配したんだぞ。灰連隊と戦ったって聞いたときは」
「ああ……正直、死ぬかと思った」
ノクスは苦笑しながら、セグリッドで負った傷と、その時の恐怖を思い返す。

「お前、本当に無茶するよな。いつも」
「そうかな」
ノクスは苦笑しながら、セグリッドでの経験をルクスに語り始めた。サイラスとの過酷なリハビリ、フェリルとのサポートシステム開発。そして、レメルト連邦の工作員との対峙。ルクスは、ノクスの話を興味深そうに、しかし真剣な表情で聞いている。

「へぇ……サイラスっていう元特殊部隊員から徹底的なリハビリを受けて…」
「それと、フェリルという研究者が……」
ノクスが楽しそうに話す様子を見て、ルクスは作業の手を止め、ノクスを真っ直ぐに見つめた。その瞳に嘘偽りはない。

「なあ、ノクス。俺も何か力になれることがあったら言ってくれよ」
「ルクス……」
「友達だろ?」
「ああ、ありがとう」
ノクスはルクスの友情に、心からの感謝を伝えた。

「ただ、カリスさんの実践訓練だけは助けられないな……」
ルクスがひやひやした表情で言うと、ノクスは肩を落とす。

「そこか……」


第一部隊の専用訓練場は、荘厳な雰囲気に満ちていた。壁には数々の武器が掛けられ、その一つ一つが歴戦の痕跡を物語っている。その中心で、カリスは大剣を肩に担ぎ、ノクスを待っていた。シアンとレーヴェもまた、その光景を静かに見守っている。

「やっと来たか、仮面男子!」
カリスの威勢のいい声に、ノクスは緊張した表情で応じる。

「は、はい……」
「おいおい、その反応はなんだ?セグリッドで強くなったって聞いたけど」
ノクスの萎縮した様子に、カリスは急に真剣な表情へと変わった。

「いつまでも、その気弱面被ってんだ。お前の本性知ってんだから、俺の前では堂々としてろよ!」
カリスの言葉に、ノクスの表情が瞬時に変化する。その瞳に宿る光が、一瞬で**「戦士」**のそれに変わった。一人称も、無意識のうちに「俺」へと変わっていく。

「……わかった」
ノクスの変化に、シアンは「あれは……」と、驚きを隠せない。レーヴェもまた、その瞳にノクスの戦闘人格が映っているのを見ていた。

「いいぞ、その目だ。お前には可能性がある。俺が引き出してやる」
「何から始める?」
「今日からお前は実戦を通して学ぶ。教科書どおりじゃ身につかないからな」
カリスがニヤリと笑うと、ノクスもまた、挑戦的な笑みを浮かべた。

「望むところだ」


カリスの実践訓練は、教科書とは全く異なる、実戦さながらの過酷なものだった。彼は木刀を手に、実際の戦闘を想定した動きでノクスに斬りかかる。

「理論は頭に入ってるだろう。あとは体で覚えるだけだ。さあ、来い!」
カリスの号令に、ノクスは戦闘態勢をとる。

「了解」
カリスが突然繰り出した鋭い一撃を、ノクスは咄嗟に避ける。

「動きは悪くない。だが、まだ遅い!」
「相手の動きを先読みしろ。反応ではなく予測だ」
シアンが、的確なアドバイスを送る。

「筋肉の使い方が無駄ですね。もっと効率よく力を使うべきです」
レーヴェもまた、ノクスの動きを冷静に分析していた。

「その通り!実戦では一瞬の無駄が命取りになる」
カリスとシアン、レーヴェの三人の指導を受け、ノクスは徐々に実戦的な戦闘技術を身につけていく。何時間にも及ぶ実践訓練の後、ノクスは疲労困憊で床に倒れた。

「今日はここまでだ。明日からが本番だぞ」
カリスの言葉に、ノクスは荒い呼吸を整えながら、力なく答えた。

「……これが序の口か」
「もちろんだ。実戦こそ最高の教科書だ。お前のポテンシャルを最大限引き出してやる。覚悟しておけ」
「ありがとう、カリスさん」
「感謝するのはまだ早いぞ」
カリスはノクスの成長を確信し、満足そうに笑った。


訓練が終わった後、夕暮れの廊下でシアンとフィナは二人きりで会話を交わしていた。窓から差し込む夕日の光が、二人の姿を優しく照らしている。

「どうだった?ノクスの様子は」
フィナが柔らかな声で尋ねる。

「予想以上だ。セグリッドでの経験は彼を大きく成長させた」
「そう……良かった」
フィナが安堵したように呟く。

「だが、まだ足りない。あの灰連隊と本気で渡り合うには」
「カリスなら何とかしてくれるわ」
「ああ。それと、もう一つ気になることがある」
「何?」
「ノクスの戦闘人格……以前より鮮明になっている」
「それは……良いことなの?」
「……分からない」
シアンの言葉に、フィナは微かに不安そうな表情を浮かべた。その時、レーヴェが静かに近づいてくる。

「失礼します。ガレン局長がお二人を呼んでいます」
「分かった」
「また何かあるのね……」
フィナがため息をつくと、シアンは「行こう」と促し、二人は連れ立って廊下を歩いていった。


夕暮れの第三部隊訓練場に、リアは一人残って練習を続けていた。疲労で震える手を必死に制御しながら、何度も治癒術を展開する。セリカは、そんな彼女の姿を遠くから黙って見守っていた。

「まだ……まだ足りない」
リアは、ノクスを支えるという強い決意を胸に、限界を超えようとしていた。

「ノクスが強くなるなら、あたしはもっと……もっと……」

その時、セリカがリアに近づいてくる。
「十分だ、リア。今日はここまでにしろ」

「でも、まだ……」
「無理は禁物だ。魔力を使い果たせば、明日の訓練に支障が出る」
「……わかりました」

「今日の君は、よくやった。予想以上だ」
「本当ですか?」
セリカの言葉に、リアは顔を輝かせた。

「ああ。その調子で頑張れ」
「ありがとうございます!明日も頑張ります!」
リアは笑顔でそう言うと、訓練場を後にした。セリカは、その背中を見送りながら、静かに微笑んだ。

「あの子は、本当に彼のことが好きなんだな……」


訓練を終えた後、ノクスは一人で軍本部の屋上にいた。星空の下、夜風に吹かれながら、街の明かりが遠くに広がる風景を眺めている。疲労が残る体を引きずりながらも、彼の表情には決意が満ちていた。手には、セグリッドから持ち帰ったフェリルのサポートシステムの試作品が握られている。

「まだまだ……足りないな」
ノクスが独り言を呟いていると、後ろから足音がした。

「お疲れ様です、ノクスさん」
そこに立っていたのは、レーヴェだった。

「レーヴェさん……」
「本日の訓練、拝見しました。素晴らしい成長です」
「いや、まだまだです」
「謙遜なさる必要はありません。ただ……」
レーヴェはそこで言葉を切ると、ノクスを真っ直ぐに見つめた。

「ご自身を壊さないよう、くれぐれもご注意ください」
「……ありがとうございます」
ノクスは、レーヴェの言葉に深く頭を下げた。レーヴェは静かに立ち去り、ノクスは再び夜空を見上げる。

「強くなる……もっと強くなって、次は必ず……」

その時、遠くからリアの声が聞こえてきた。
「ノクス~!まだ起きてたの?」
ノクスは、その声に振り返り、優しい笑みを浮かべた。

「リア……」


星空の下、ノクスとリアは屋上に並んで座っていた。訓練で疲労が残る二人の間には、静かで穏やかな空気が流れている。

「今日の訓練、どうだった?」
リアの問いに、ノクスは苦笑しながら答えた。

「ああ、カリスさんは本当に容赦ないね……でも、良かった」
「そっか……あたしも、セリカさんに特訓してもらったよ」
「お互い頑張ってるんだな」

リアはそう言って、ノクスの隣にぴたりと体を寄せた。
「だからさ、あたしとノクスも、お互いをねぎらいあってハグしようよ、ハグ!」
「いやいや、俺も疲れてるし、それにハグなんて……」

「いいじゃん、ノクス!たまにはノクスからしてくれてもいいんだよ!」

そう言って、リアはノクスに抱きつこうと両手を広げる。いつものことだ。ノクスは、疲れた体をなんとか動かして、リアをかわそうと身をよじった。

「わかった、わかったから!……今回だけだぞ」

しかし、ノクスは突然、そう言ってリアを抱きしめた。
「あっ……!?!?へ!?」

リアの笑顔が、ぴしりと固まる。顔がみるみるうちに真っ赤になり、彼女は硬直したままノクスを見上げた。
「の、の、ノクスちょっとストップ!!ストップ!!!」
リアは慌ててノクスを突き放した。

「なんだなんだ、せっかく俺が望み通りにしたのに」
ノクスは、リアの反応が面白くてたまらないといった表情で、首を傾げる。

「いやいやいや、こ、こ、心の準備がっ!!」
リアは、顔を手で覆いながら叫んだ。

「なんだ、割と弱腰なのか?リア」
「そ、そ、そそそそんなことはない!!さぁ!もう一回だ!!!」

リアはそう言って、再び両手を広げる。ノクスは、小さく笑いながら、リアの望み通りに再びハグした。

「はいはい」

しかし、リアは再びノクスを突き放し、屋上を逃げ出した。
「きょ、今日のノクスはおかしい!!!」

その言葉と共に、リアの足音は遠ざかっていった。ノクスは一人、星空の下に残され、微笑みを浮かべる。
(……あの子も女の子らしいとこあったんだなぁ……中身はおっさんかと思ってたのに)

ノクスは、リアの残した温もりを胸に、再び夜空を見上げる。これから始まる試練も、この温かさがあれば乗り越えられる。そんな予感がしていた。

――第21話へ続く
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