【本編45話にて完結】『追放された荷物持ちの俺を「必要だ」と言ってくれたのは、落ちこぼれヒーラーの彼女だけだった。』

ブヒ太郎

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終章

第41話:王手

ダデウス男爵の執務室は、悪趣味なまでに豪華絢爛だった。だが今、その部屋の主の顔には、破滅の縁に立たされた者の焦りと恐怖が色濃く浮かんでいた。
やがて、重厚な扉が開かれ、部下に先導されたゼロスたちが、静かに入室する。

ダデウスは、迫りくる破滅を糊塗するかのように、作り笑いを浮かべて深々と頭を下げた。
「これはこれは…監査団の方々…。この度は、我が領地へお越しいただき…」

そう言ってダデウスが顔を上げた瞬間、彼の笑顔が凍りついた。金髪の「監査官」の後ろに控える二人の顔に見覚えがあったからだ。
「き、貴様らっ!ネクサスの客人ではないかっ!」

ダデウスの怒声が響くが、レオは表情一つ変えずに一歩前に出た。その動きは、主君を護る騎士のように、ゼロスとアリシアを背に庇うものだった。
「黙れ。今、彼らは私の護衛である」

「き、貴方様も…先日、ギデオン騎士団長の執務室におられましたな…?」

「そうだな。いやはや、まさか陛下承認の下、騎士団が招いたネクサスの客人を、コルヴィヌス公爵がキミの配下に置こうと画策していたとは驚いたよ」
レオは、楽しむように、そして残酷に事実を突きつける。ダデウスの顔から、急速に血の気が引いていく。

「くっくっく…」
壁に寄りかかったゼロスが、喉の奥で笑った。
「あの時、俺は『誰が』俺の仲間かなんて、一言も言及していないよな?」

「ぐぬっ…」
完全に詰みだと悟ったダデウスは、最後の抵抗とばかりに、傍らに立つレックスに鋭い視線を送った。
だが、その動きを、ヘレナの冷たい声が牽制した。

「変な事は考えない方がいい、ダデウス男爵。既にギデオン騎士団長には貴殿の良からぬ動きは全て報告済み。騎士団は動き始めているわ。何より、彼らは貴殿の不正の証拠を、既に手にしている…」

ヘレナは、憐れむような目で続ける。
「それに、そこのレックスを彼らにけしかけたところで、結果は見えている。この執務室が吹き飛び、争った形跡が残るだけよ」

レックスは、主君の顔を見ることなく、静かに事実を告げた。
「…その通りです、閣下…。彼らの強さは、尋常ではない。本気でぶつかり合えば、閣下も巻き込まれかねません」

全ての逃げ道を塞がれ、ダデウスは崩れるように椅子に座り込んだ。
「…わかった…。大人しく、従うとしよう…」

その言葉を待っていたかのように、レオは即座に命令を下した。
「では、まず住民たちを避難させよ」

「…やはり、スタンピードの兆候が…」
ダデウスが、消え入りそうな声で呟く。

「そうだ。起きてから避難では到底間に合わん。早急に準備を始めよ」

「…承知、致しました…。レックス、私の部下を呼んできてくれ…。それと、『アイギス』にも…」

「…わかりました」

観念したダデウスを一瞥し、ゼロスたちは静かに執務室を出ていった。

重厚な扉が閉まり、一行は城の廊下で足を止めた。
「ヘレナさん、騎士団への報告はどこまで済んでいますか?」
レオが、今後の動きを確認する。

「…男爵の不正の証拠を掴んだのと、ダンジョンに異変が生じている可能性があるとだけ伝えてあるわ」

「…では、再度ギデオン騎士団長にご報告を」

「…それはつまり…」
ヘレナが息を呑む。ゼロスは、彼女の瞳を真っ直ぐに見つめ、静かに、しかし重く告げた。

「…そうだ。もう臨界点に近い。いつスタンピードが起きてもおかしくない、ってことを報告してくれ」

「…わかったわ」
ヘレナは頷くと、懐から通信石を取り出し、素早く魔力を込めた。
微かな光と共にギデオンの声が響き、ヘレナは緊迫した声で状況を報告する。やがて、報告を終えた彼女の顔に、新たな緊張の色が浮かんだ。

「…マリウス部隊長たちが、既に応援としてこちらへ向かっているそうです。それと…」
彼女は一度言葉を切ると、信じられないといった表情で続けた。
「…本物の、皇帝陛下直属の監査団も、こちらへ向かっている、と…」

ヘレナがもたらした予想外の報せに、城の廊下は一瞬、静寂に包まれた。
本物の監査団が来る。その事実は、彼らの大胆な嘘が露見する危機であると同時に、事態を動かす最大の好機でもあった。

「そいつは好都合だ」
仲間たちが息を呑む中、ゼロスだけが不敵な笑みを浮かべた。彼の瞳には、混乱ではなく、好機を見出した戦略家の光が宿っている。

「…ですが、もはや本物が現れたところで、スタンピードの前兆を止めることなど…」
アリシアが、街の住民を案じて、不安そうな声を上げた。その言葉に、ゼロスたちの顔から緊張を演じる余裕が消え、真の憂慮の色が浮かぶ。

「とりあえず、バルガスさん達と再度話しましょう…」
レオが、冷静に次の行動を提案した。

「…そうだね…。一刻も早く、みんなに避難してもらったほうがいいよね」
ルナも、ことの重大さを理解し、神妙な顔でうなずいた。
一行は、再びレジスタンスの根城である、あの古びた坑道へと足を急がせた。

焚き火の揺らめく隠れ家に戻ると、バルガスが一行を険しい顔で出迎えた。
ゼロスは、ダデウス男爵が観念したこと、そして、それ以上に深刻な事態が進行していることを、包み隠さず話した。

「…あの男爵の目論見を表沙汰に出来、失脚寸前まで追い詰めたまでは良かったが…。下手すりゃ、この都市も滅びるのか…」
バルガスは、厳しい顔で腕を組んだ。

「まぁな…。この都市には、レックス以上の実力者はいなさそうだし、対応するにも俺たちだけじゃ戦力が足りねぇ」

「…あんま考えたくないが、スタンピードが起きた場合、どうやって抑え込むんだ」
バルガスの問いに、ゼロスも言葉に詰まる。

「…俺も、そこまでは…」
その時、ヘレナが帝国騎士としての知識を口にした。

「…騎士団で前線を抑え込んで、後方から大魔術で薙ぎ払う。というのが定石らしいわね」

「…ってことは、魔術師ギルドの協力かぁ」
ゼロスは、ネクサスにいる規格外の魔術師の顔を思い浮かべた。

「そうね…。そして、我が国には魔術師ギルドのような、大掛かりな魔術特化の戦闘部隊はいない…」
ヘレナの言葉が、彼らの置かれた状況の不味さを物語っていた。

「結構、絶望的な状況ですね…」
レオが冷静に分析する。その重い空気を、ルナが吹き飛ばすように叫んだ。

「…戦線が広がる前に、あたしの上位魔術でどかーん!とっ!」
その自信満々な言葉に、アリシアが純粋な疑問を口にする。

「あの雷の魔術ですか…?そこまで広範囲を薙ぎ払えるのですか?」

「…」
ルナの言葉が詰まった。彼女の最強の魔術ですら、都市一つを覆うほどのスタンピードを一人で止められる規模ではないことを、彼女自身が一番よく分かっていた。

「一人でやるなら、最上位魔術じゃないと無理ね…。普通は、複数人の魔術師が協力して上位魔術を疑似的な最上位魔術に押し上げて殲滅するのよ…。せめて、核となるボスモンスターが判れば、話は別だけど…」
ヘレナが、淡々と事実を告げる。

「ま…そんときゃ、そん時だな…」
ゼロスは、重苦しい空気を断ち切るように、わざと軽く言った。

「…そうね」
ヘレナが頷いた、その時だった。彼女の懐で、通信石が微かな光を放った。

「…失礼」
ヘレナは通信石を手に取ると、魔力を込める。

『よぉ、ヘレナ!無事か?』
聞こえてきたのは、マリウスの焦ったような、それでいて力強い声だった。

「マリウス…。えぇ、無事よ。ありがとう」

『今、安全なところにいるか?このまま話せるか?』

「大丈夫。今、ゼロスたちと共にいるわ。どうしたの?」

『それは良かった。俺は先行してグリムピークに向かっている。あと数時間程度で着けそうなんだが、今どこにいる?』

「そう…」
ヘレナは、一行の現在地を簡潔に伝えた。

『わかった。すぐに向かう』

通信が切れると、隠れ家には新たな、しかし確かな希望の光が差していた。
応援が来る。彼らはもはや、孤立無援ではない。

一行は、マリウスの到着を静かに待つ。
迫りくるスタンピードという絶望を前に、束の間の静寂が、坑道を支配していた。

(第41話/了)
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