【本編45話にて完結】『追放された荷物持ちの俺を「必要だ」と言ってくれたのは、落ちこぼれヒーラーの彼女だけだった。』

ブヒ太郎

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追加エピソード

追加エピソード完結:晴れ渡る空の下で

飲食街のはずれ、人通りの少なくなった路地に、その店はあった。

風雨に晒され、塗装の剥げかけた看板が、風に吹かれてキィキィと小さな音を立てていた。

ゼロスが慣れた手つきで木製の扉を開けると、カランコロンと軽やかなベルの音が鳴り、同時に煮込み料理の甘い匂いと、焦がしたソースの香ばしい薫りが鼻孔をくすぐった。

「おやっさん、もうやってるか~?」

薄暗い店内の奥、湯気の立ち込める料理場から、鍋を振るうリズミカルな音と共に太い声が返ってきた。

「ん? その声…ゼロ坊か?」

暖簾をかき分けておやっさんが顔を出した。無精髭を生やし、丸太のような腕をした無骨な壮年の男だ。その鋭い眼光は職人のそれだったが、ゼロスを見ると口元を緩めた。

ゼロスは店内の空気を吸い込み、軽く手を挙げた。

「おっす、久しぶり…かな?」

後ろに続くアリシアも、丁寧にお辞儀をした。

「ご無沙汰しております」

おやっさんの厳つい顔が、パッと明るくほころんだ。

「おぉ! アリシアさんも一緒か、まぁ入ってくれよ」

二人は店の一番奥、いつもの定位置へと移動した。

腰を下ろすと、木の椅子がギシリと乾いた音を立てた。使い込まれて角の取れたテーブルや、煤けた梁(はり)――年季の入った家具たちが醸し出す空気は、冒険者ギルドの熱気とは違う、実家のような温かさに満ちていた。

おやっさんが濡れ布巾でテーブルを拭きながら言った。

「聞いたぜ、ゼロ坊、お前ついにSランクまで上がったらしいじゃないか」

ゼロスはふんぞり返り、得意げに胸を張った。

「おぅよ、ついに俺も来るとこまで来たって感じだな」

おやっさんは呆れたように笑い、布巾を絞った。

「…ほんとにSランク上がったなら、お前さん、まじでもうちょっと良い店に行けよ…貴族様が行くような店によ」

ゼロスは首を横に振った。

「まーた、その話か…いいんだよ、俺はここが気に入ってんだから…」

おやっさんは困ったように頭を掻いた。

「…いうて、こんな綺麗な子を連れて、普通ここ選ぶかねぇ…床だって油で滑るってのに」

アリシアは店内を愛おしそうに見回し、穏やかに微笑んだ。

「まぁまぁ、店主様…そういう飾らないところがゼロスさんの良い所じゃありませんか…それに、私はこのお店の匂いが好きですから」

おやっさんは大げさに肩をすくめ、深いため息をついた。

「はぁ~…妬けるねぇ色男…」

ゼロスはカッと顔を赤らめた。

「だぁぁぁぁぁぁ、からかうなって…」

おやっさんは楽しそうに笑いながら尋ねた。

「へいへい…じゃぁ、何にするよ?」

ゼロスは即座に答えた。

「今日のお勧めとエールを。喉がカラカラなんだ」

アリシアも続けた。

「では、私もそれで」

おやっさんは力強く頷いた。

「あいよ、すぐ持ってくるから、ちと待ってな」

活気の戻った料理場へと戻っていくおやっさんの背中。ジュウジュウと肉が焼ける音が響き始めた。その音をBGMに、ゼロスがぽつりと呟いた。

「思えば、ここまで色々あったよな…」

アリシアは静かに頷いた。テーブルの木目を指でなぞる。

「そうですね」

ゼロスは天井のランプを見上げ、遠い目をした。

「アリシアさんが魔術を学びたいって言い出して…」

アリシアは懐かしそうに微笑んだ。

「そうですね、それでエメルダさんを紹介してくださりましたね」

ゼロスは驚いた表情を思い出すように、苦笑交じりに言った。

「まさかポーション売り兼受付嬢だと思ってたあいつが、ギルド長だったとはなぁ…」

アリシアもクスリと笑った。

「ふふっ…本当に驚きましたよね」

ゼロスは続けた。

「それからアリシアさんの魔術スペルの威力がわかって…」

アリシアの表情が、少し柔らかく、そして真剣なものに変わった。

「あの時は、本当に安心しました…」

ゼロスは不思議そうに視線を戻した。

「安心?」

アリシアは真っ直ぐな眼差しでゼロスを見つめた。その瞳には、ランプの炎が揺らめいていた。

「これで、私も少しはゼロスさんの役に立てるんだって…」

ゼロスはきょとんと首を傾げた。

「…別に俺はアリシアさんに戦う力が発現してなかったとしても、気にしなかったぜ?」

アリシアは、はにかむように優しく微笑んだ。

「わかっています…わかっていますが…私は、ゼロスさんの力になりたかったんです…守られるだけではなく」

ゼロスは少し驚いた表情を浮かべ、言葉に詰まった。

「……」

沈黙が流れた。ただ、肉の焼ける音だけが心地よく響いていた。

アリシアは少し不安そうに上目遣いで尋ねた。

「な、何か変な事言いましたか? 私…」

ゼロスは慌てて首を振り、真剣な顔で答えた。

「いや、別に俺は、アリシアさんが俺から離れるまでは一緒にパーティやろうって思ってた時期だったから、マジで戦力になるかならないか、なんて気にもしなかったけど」

アリシアは頬を朱に染め、俯いた。

「…もう…そういう事、よく恥ずかしげもなく言えますね…」

ゼロスはまた首を傾げた。

「恥ずかしい事かぁ?」

その時、絶妙なタイミングでおやっさんが料理を持って現れた。

「なんだかちっと見ねえ間に、随分良い雰囲気になったじゃねぇか、お二人さんよ」

湯気の立つ皿を置きながらの冷やかしに、ゼロスは狼狽えた。

「おやっさん…そういうからかいは…」

アリシアは顔を上げ、穏やかに、しかし悪戯っぽく微笑んだ。

「あら…おわかりになりますか?」

ゼロスは驚いて裏返った声を上げた。

「アリシアさんっ!?」

おやっさんは豪快に笑い飛ばした。

「ふはは、女にこう言われちゃぁ引き下がれねぇな? ゼロ坊」

そう言って、おやっさんは冷えたエールの入ったジョッキをドンとテーブルに置いた。

皿の上では肉汁が溢れ、スパイスの効いた香ばしい匂いが二人を包み込んだ。

おやっさんは二人の様子を見て、満足そうに頷いた。

「んじゃぁ、ごゆっくり」

アリシアは丁寧に礼を言った。

「はい、ありがとうございます」

ゼロスは観念したように小さくため息をついたが、その口元は緩んでいた。

「…はぁ…じゃぁ、とりあえず…乾杯」

ゼロスが黄金色に輝くジョッキを掲げた。

アリシアは微笑みながら、自分のジョッキを合わせた。

「はい」

その笑みには、深い安堵感と信頼が込められていた。

二人のジョッキが、カチンと軽い音を立てて触れ合った。泡が溢れ、テーブルに小さな水溜まりを作った。

店内には、穏やかで満ち足りた時間が流れていた。

かつて追放され、見捨てられ、それでも歯を食いしばって前を向いて歩いてきたゼロス。

そして、そんな彼を信じ、共に歩むことを選んだアリシア。

二人にとって、この古びた小さな店は、どんな豪華な宿よりもかけがえのない「帰る場所」だった。

窓の外では、夕暮れの空が徐々に紫紺の夜へと変わっていった。

ネクサスの街は、いつもと変わらぬ賑わいを見せていることだろう。

しかし、ゼロスとアリシアにとって、この日は特別な一日だった。

Sランクという新たなステージへの第一歩。

そして、ランプの灯火の下、互いの想いを改めて確かめ合った、かけがえのない夜。

二人は静かに、冷えたエールを喉に流し込んだ。

朝の凛とした空気の中、魔術師ギルドの訓練場には、場違いな絶叫が響き渡っていた。 石畳の床には幾重もの魔法陣が刻まれ、壁には防護結界が淡い光を放っている。

「ほらぁ、ルナァ! 集中しろぉ! 魔素(マナ)が散ってるぞぉ!」

エメルダの怒声に対し、ルナは涙目で反論した。

「うわぁぁぁん、師匠! そんな『集中しろ!』って言われて、はいそうですかって出来るもんなの!?」

ルナは文句を垂れ流しながらも、必死に眉間に皺を寄せ、魔素を練り上げようとしていた。 しかし、彼女の周囲に漂う魔素は、嵐の中の蝋燭のように不安定に揺らめき、形を成さない。

エメルダは頭を抱えて天を仰いだ。

「だぁぁぁぁぁあああああ、身体から漏れてるぅぅぅ! そんな穴だらけのバケツみたいな状態で呪文なんか唱えたら、魔力切れで気絶するのがオチだろぉ!」

エメルダはビシッと妙なポーズを決めた。

「見てろっ!! 感覚としては…こうやって足元から吸い上げて………ドカンだっ!!」

ルナは白目をむいて叫んだ。

「わかるかぁぁぁっ! 擬音で説明するなぁっ!」

エメルダはがっくりと肩を落とし、深いため息をついた。

「…やれやれ…ルナは才能の塊だが、師匠の崇高な言語を理解する読解力が足りなすぎる…」

「師匠の語彙力が足りないんだよぉぉぉ!」

不毛なやり取りが続く中、近くで書類の山と格闘していたレオが、恐る恐る口を挟んだ。

「まぁまぁ、エメルダさん…さすがに、その説明じゃ天才じゃないとわからないですよ…」

エメルダは目を吊り上げて振り返った。

「なにをぉ? このあたしが直々に実演してやってるんだから、見て盗めと言ってるのがわからんのかっ!」

レオは困ったように眉を下げた。

「いや、言葉にしましょうよ…言語化大事ですよ…」

するとエメルダは、急に指先を合わせてしおらしくなった。

「えぇ…あたし、口で論理的に説明するの、仕事の会議以外じゃ嫌…疲れるし…」

ルナは悲痛な声を上げた。

「師匠ぉぉぉぉぉぉ…! ギルド長の時とプライベートの差が激しすぎるよぉぉぉぉ!」

エメルダは開き直って胸を張った。

「うがぁぁぁぁぁあああ、オンとオフの切り替え、それが出来る大人ってやつだろぉぉぉ!」

レオは呆れつつも、少し考え込んでから口を開いた。

「…えーと、つまり…身体に取り込んだ魔素を循環させて、皮膚一枚を蓋にするようなイメージで内圧を高める…ってことですか?」

その言葉に、エメルダとルナが同時に動きを止めた。

「…は?」 「…へ?」

二人の視線に、レオは慌てて手を振った。

「あ…違いました? すいません、僕もゼロスほどじゃないけど、一般職なんで魔素の流れがそこまでくっきり視えるわけじゃないんですよね…」

次の瞬間、エメルダが興奮して叫んだ。

「いやいやいやっ! 合ってる! 合ってるぞレオくん!! まさにそれだ!」

ルナも目を輝かせてレオに詰め寄った。

「レオ! 凄い! なんでわかるの!? 魔法使いじゃないのに!」

レオは困惑して首を傾げた。

「ぎゃ、逆にルナはなんでわからないんだい…? 僕より直感的にわかるはずだろ…僕には、魔素そのものは視えないけど、エメルダさんの周りの空気が歪むというか、凄い威圧感が出てるから、内側に溜め込んでるんだろうな、って推測しただけだよ…」

ルナは驚きの声を上げた。

「えぇ!? 凄い! 凄いよレオ! あたしには高速で師匠の身体の中で魔素がぐるぐるしてるのしかわかんなかったもんっ!!」

レオは苦笑いを浮かべた。

「…はは…視えすぎるのも、かえって全体像を見失う弊害になるのかね…」

その時、エメルダの眼鏡の奥で瞳がキラリと怪しく光った。

「…ふむ………レオ、良かったらキミ、あたしの…」

レオは食い気味に、即座に答えた。

「なりませんよ?」

ルナは驚いて口元を押さえた。

「えぇ!? なになに!? まさか師匠、レオに手を出す気じゃ!?」

エメルダは慌てて否定した。

「んなわけあるかい!! 秘書にならないか? って言おうとしたんだ! って、即答でダメなのか、レオ!!」

レオはげんなりした表情で、遠い目をした。

「…いや…昨日の書類整理で、地獄の一端を見ましたので…」

レオの脳裏に、昨日手伝わされた惨状が蘇る。雪崩のように崩れる書類の塔。分類不能な資料の山。終わりの見えない決裁の嵐。あれは、魔境だった。

ルナは深く納得したように頷いた。

「あー…師匠、整理整頓だけは壊滅的だもんねぇ…」

エメルダは必死に言い訳した。

「…人間には一長一短というものが………だから、レオ!! そこを補うのが秘書の役目だろ!?」

レオは観念したようにため息をついた。

「…わかりました…ルナがお世話になってる間だけ、あくまで『お手伝い』としてなら…」

エメルダはガッツポーズで歓喜の声を上げた。

「やったっ!! フヒッ!! フヒヒッ! これで楽が出来るっ!! 寝る時間が確保できるぅぅ!」

レオは呆れた。

「楽って…公言しないでくださいよ…」

ルナもジト目で言った。

「師匠~、幻滅ぅぅぅ」

三人が騒がしくも和やかにやり取りしていると、訓練場の入り口に二つの影が現れた。

「おー、やってるな、3人とも。調子はどーよ?」

ゼロスが気楽に手を挙げる。その隣では、アリシアが穏やかな微笑みを湛えていた。

「皆さん、元気そうで何よりです」

エメルダは手を腰に当て、気楽そうに答えた。

「おー、ゼロきゅん。なんだ? 暇なのか? ここは託児所じゃないぞ?」

ゼロスは肩をすくめた。

「暇っつうか、Sランク昇格のせいで依頼は向こうから来るから待てって言われてるし、かといってダンジョン行こうにも、俺とアリシアさんだけってのもなぁ…」

エメルダは納得した様子で頷いた。

「まぁ、高ランクに行くなら、バランス的にもフルパーティで行きたいわなぁ…かといって低ランクダンジョンにSランクが潜るのは、生態系荒らすからご法度だしね…」

ゼロスは訓練中の三人を見回した。

「ま、そんなわけで、ちと様子を見に来た。進捗どうよ?」

ルナは困った顔で答えた。

「んな、一日目で始まったばっかで、どうよ? と言われましてもねぇ…絶賛苦戦中だよぉ」

ゼロスは苦笑いした。

「まぁ、そうか…焦ることはないさ」

その時、ルナの目がキラリと光った。

「まっ…まさかゼロス、あたしに会いたくなって来ちゃったとか!?」

エメルダも負けじと声を張り上げた。

「ちっ、違うわよ! ゼロきゅんはあたしに会いに来たんだからっ! 寂しかったんでしょ!?」

ゼロスは呆れた。

「お前ら…」

その時、アリシアがにっこりと、花が咲くような笑顔で二人を見つめた。

「…お二人とも?」

その背後に、ゴゴゴ…という幻聴が聞こえそうなほどの、凄まじく冷たい威圧感が立ち昇る。 ルナは本能的に震え上がった。

「!? ひぃぃぃ! すいません、お姉さまっ!!」

エメルダも冷や汗を流して弁明した。

「じょ、冗談だ! アリシアさん! ゼロスはあたしの守備範囲外だから! 全然タイプじゃないし!」

ゼロスは興味深そうに尋ねた。

「じゃぁ、どの辺が守備範囲なんだよ?」

アリシアの笑顔が、さらに深くなった。目は笑っていなかった。

「…ゼロスさん?」

ゼロスは首をすくめた。

「…なんか、すいません」

凍り付いた空気を解かすように、レオが助け舟を出した。

「…とりあえず、ゼロス、暇なら街でブラブラしてきたら? また依頼とかあったら、暫くネクサスから離れることになるんだし、今のうちに英気を養っておきなよ」

ゼロスは頷いた。

「まぁ…そうだなぁ…仕方ねぇ…戦士ギルドに召喚された時の報酬も受け取らなきゃだし、顔出すか…」

アリシアがすかさず声をかけた。

「あら…私もご一緒してもよろしいでしょうか?」

ゼロスは不思議そうに答えた。

「…いいけど、別に面白い事ないと思うぜ? 受付行って金貰うだけだし」

アリシアは嬉しそうに微笑んだ。

「ふふっ…構いませんわ。ご一緒できるだけで」

ゼロスは手をヒラヒラと振りながら、踵を返した。

「じゃぁ、行きますかね…また様子見に来るわ、邪魔したな」

アリシアは丁寧にお辞儀をして、ゼロスの半歩後ろをついて行った。

二人の姿が見えなくなった後、残された三人は顔を見合わせた。 エメルダが眼鏡の位置を直しながら呟いた。

「…ありゃ、苦労するわな…あの子も」

レオも困ったように笑った。

「…ゼロスは肝心なところで鈍感だからなぁ…」

ルナは大きなため息をついた。

「アリシアさんの矢印、あんなにぶっとくてわかりやすいのにねぇ…」

三人は、もどかしくも微笑ましい二人の関係が少しでも進展することを願い、その背中が見えなくなった方向を見送ったのだった。

訓練場には、今日も変わらず穏やかな朝の光が差し込んでいた。

ネクサスの大通りを戦士ギルドへ向かって歩いていると、雑踏の中から声を掛けられた。

「ゼロス!!」

ゼロスはその声に反応し、足を止めて振り返った。

「その声は…」

そこに立っていたのは、「銀の剣」のメンバーである、戦士のライアスと魔術師のシーナだった。 かつては新品の装備で身を固め、自信に満ち溢れていた二人だったが、今は装備も薄汚れ、その表情には深い疲労と焦燥の色が濃く滲んでいた。

ゼロスは変わらぬ呑気な口調で声を掛けた。

「よぉ、ライアスにシーナじゃんか。久しいな、元気してたかぁ?」

シーナは力なく笑い、からかうように声をかけた。

「相変わらず、呑気な顔してるわねぇ。ゼロス」

ゼロスは肩をすくめた。

「うっせぇ、ほっとけ」

シーナはふっと表情を緩めた。

「ほんと、あんたって変わらないわね…」

その時、アリシアが一歩前に出た。

「失礼ですが、ゼロスさんに、『今更』なんの御用でしょうか?」

その声は鈴のように澄んでいたが、芯まで凍るような冷たさを孕んでいた。 アリシアは氷のような瞳で、ライアスとシーナを見据えている。

「話は全てお聞きしてますよ? 『銀の剣』の方々」

その眼差しは、普段の慈愛に満ちたアリシアからは想像もつかないほど、鋭く、攻撃的だった。愛する人を傷つけた者たちへの、静かなる激怒。

ライアスは気まずそうに視線を逸らし、呟いた。

「…ゼロス、お前のパーティメンバーか…」

シーナも居心地悪そうに言った。

「…そんな怒ると、折角の綺麗な顔が台無しよぉ?」

ゼロスはアリシアを宥めるように、その肩に手を置いた。

「まぁまぁ、アリシアさん…別に二人に悪気はないんだし…それにグレイみたいにいきなり『勝負だ!』なんて言ってきてないんだし…」

アリシアはそんなゼロスの態度に、声を震わせた。

「…っ! ゼロスさんは優しすぎるんですよ!! 一方的に無能と罵られて、あんな酷い追い出し方をされたんですよ!? そんな人たちが馴れ馴れしく話しかけてくるなんて、腹が立たないのですか!?」

ゼロスはたじたじになりながら答えた。

「ま、まぁ、過去の事ですし…今更そんな怒ったとこで、俺がまたグレイ達と一緒にやるなんてあるはずもないし…」

アリシアの感情が溢れ出した。

「…人が出来すぎてるんですよ! ゼロスさんは!! 普通ならもっと怒るところですよ! もっと怒って、Sランクに上がった事を鼻にかけて馬鹿にしたって、誰も文句なんて言いません!! なんで、許しているんですか!?」

アリシアの悲痛な叫びを聞いたライアスとシーナは、少しの沈黙の後、深々と頭を下げた。

「…ゼロス…すまなかった…」 「…ごめんなさい…」

その姿は、かつての傲慢な彼らからは想像もできないほど、小さく見えた。 ゼロスは慌てた。

「や、やめろよ! お前ららしくもねぇ!!」

二人は頭を下げたまま、絞り出すように続けた。

「いや、謝らせてくれ…そう思って声を掛けたんだ…俺たちは、お前が今まで俺たちをサポートしてくれていたことで、一時はSランクまで上がれたんだ…」 「…それを私達は3人の実力だと思い込んだ…貴方は何もしてないと思って追い出した…本当に…本当にごめんなさい…」

ゼロスは困った顔で頭を掻いた。

「とりあえず、もう頭を上げろ! 俺はもう追い出された事なんか気にしてねぇんだよ!」

アリシアは信じられないという顔をした。

「…ゼロスさん…なんでそんな…」

ライアスとシーナは言われるがまま、ゆっくりと頭を上げた。その目には、後悔の色がはっきりと浮かんでいた。

沈黙が流れる。街の喧騒が遠くに聞こえる中、ゼロスが口を開いた。

「…アリシアさんは、俺の事を勘違いしてるから、この際ハッキリ言っておくけど…」

ゼロスは真剣な眼差しでアリシアを見つめた。アリシアは少し緊張した表情を浮かべた。

「…なんでしょうか…?」

(踏み込み過ぎてしまったでしょうか…)アリシアの顔が不安で青ざめる。 しかし、ゼロスは穏やかに、そして力強く言った。

「あのタイミングで追い出されたから、今、俺はアリシアさんと一緒に居れるんだ。むしろ、追い出されたことに感謝すらしてるんだ。俺の言いたい意味わかるな?」

時が止まったようだった。 アリシアの顔色が、青から一気に茹蛸のような赤へと変わる。

「…そ、、そ、そ、それって…」

ゼロスは少し照れたようにアリシアから顔を背け、咳払いを一つしてライアスとシーナに向き直った。

「もう、あとは察してくれ」

そして、ニカっと笑って言った。

「まぁ、こんなわけだから、むしろ俺は俺で楽しくやってるよ。だからお前らも、気にすんな」

その笑顔に、一切の陰りはなかった。 ライアスは安堵したように息を吐き、呟いた。

「…そうか…」

シーナは少し寂しそうに、けれど憑き物が落ちたように笑った。

「…なんか妬けちゃうわね。完敗よ」

ゼロスは話題を変えた。

「それより、グレイはどうしてんだよ? あと4人目の仲間は?」

ライアスは沈んだ表情で答えた。

「グレイは、ランク降格で今は塞ぎこんで…ダンジョン行こうにも、ひたすら宿の裏で剣を振ってるよ」

シーナも続けた。

「4人目の仲間に関しては…まぁ、私達のゼロスへの当たりを見ていた他の冒険者からは敬遠されてるわね。そう簡単に見つかるはずもないわ」

ライアスは自嘲気味に言った。

「そうだな…むしろこれは贖罪だと思って受け止めてるよ」

シーナも頷いた。

「…そうね…本当は自分たちより格上だった相手を見下してたんだから…笑えないわ…」

ゼロスは静かに言った。

「…そうか…」

ライアスは真剣な表情で頼んだ。

「グレイのやつも、いずれ自分を受け止められる日が来るとは思う…あれでも俺たちのリーダーだからな…その時は、あいつの謝罪も聞いてやってくれよ、ゼロス」

シーナも頭を下げた。

「お願いね、ゼロス」

ゼロスは軽く頷いた。

「あぁ、わかってるよ。あいつが頭下げてきたら、酒の一杯でも奢らせてやるさ」

ゼロスは二人に背を向け、呆然としているアリシアの背中をポンと叩いた。

「さ、行こうぜ、アリシアさん」

アリシアはハッとした顔をして答えた。

「あっ! はい!」

二人は再び戦士ギルドに向かって歩いていった。

ライアスとシーナは、雑踏に消えていく二人の背中を見つめていた。 ライアスが呟いた。

「…あいつには、ああいう奴らが周りにいたほうがいいんだろうな…」

シーナも頷いた。

「そうね…私達みたいに、野心や欲望のためだけに上を目指していた人間よりも、ああいう互いに支え合える関係を求める人が、隣にいたほうが…ね」

ライアスは拳を強く握った。

「だな…とは言っても、負けっぱなしだと癪に合わん。さっさとAランクに戻れるように、またグレイと話し合うか」

シーナは肩をすくめた。

「そーね。3人での連携、一から叩き直さないとね」

ライアスは決意を込めて言った。

「あぁ…3人だけのSランクパーティなんか聞いたことがない…叶えられれば、また俺たちに注目が集まるさ…」

シーナはため息をついたが、その表情は以前よりも明るかった。

「…はぁ…結局私達ってそういうところがあるわよね…ま、性分だと思って頑張るわ」

二人は顔を見合わせて苦笑いし、グレイが待つ宿に向かって歩き出した。

大通りの喧騒の中、アリシアが恐る恐る声をかけた。

「…ゼロスさん」

ゼロスは振り返った。

「なんだい? アリシアさん」

アリシアは少し緊張した様子で、けれど期待を込めて尋ねた。

「さっきの言葉の意味って…」

ゼロスは立ち止まり、ぎょっとした顔をした。

「…そのまんまの意味だけど…嫌だった?」

アリシアは激しく首を振った。

「ま、まさか!? そんな事あるわけないじゃないですか!!」

ゼロスは安堵したように胸を撫で下ろした。

「な、なら良かったけど…変な事言ったかと思って焦ったぜ」

アリシアは潤んだ瞳を輝かせた。

「…私も、教会を出てネクサスに来たのは、ゼロスさんと出会う為だったんだと、今はっきりと確信しましたっ!」

ゼロスは驚いて一歩引いた。

「えぇ…」

アリシアは熱っぽくまくし立てた。

「この出会いは神が定めた運命だったんですよ!!」

ゼロスは困ったように頬を掻いた。

「運命って…そんな重い話じゃないって…偶然だって」

アリシアは少し寂しそうに上目遣いで尋ねた。

「…嫌ですか?」

その破壊力抜群の表情に、ゼロスは観念したようにため息をついた。

「…はぁ、アリシアさんがそれ言うのは反則だよ…」

アリシアの心臓がトクンと跳ねた。

「っ!?」

ゼロスは空を見上げ、穏やかな表情で言った。

「ま…運命かどうかは知らんけど、俺は、アリシアさんが居て、ルナが居て、レオが居る。今の生活にこの上なく満足してるよ。これ以上ないくらいにな」

アリシアは花がほころぶように微笑んだ。

「…それは私もですよ…」

ゼロスも笑った。

「…なら、良かったよ…」

アリシアは静かに、噛みしめるように呟いた。

「…ゼロスさん」

ゼロスは照れ隠しのように明るく言った。

「…さ、とりあえず、戦士ギルドに行って報酬貰ったあとに飯でも食いに行こうぜ。腹減った」

アリシアは微笑んだまま頷いた。

「…ふふっ…そうですね…どこまでもお供致しますわ」

ゼロスとアリシアは、肩を並べて歩き始めた。 アリシアは心の中で呟いた。

(今はまだ、ただの「仲間」だけど…いずれは…)

アリシアは秘めた想いを胸に、隣を歩くゼロスの横顔を盗み見た。 ゼロスが視線に気づいて尋ねた。

「…ん? どうした? アリシアさん」

アリシアは穏やかに微笑んだ。

「…ふふっ…なんだか、ゼロスさんが隣に居ると安心しますね」

ゼロスは得意げに胸を張った。

「…だろぉ? 俺ってば頼りになる男だからなっ!」

アリシアは心からの笑顔で答えた。

「…本当にそうですね…」

その真っ直ぐな肯定に、ゼロスは照れくさそうに顔を背けた。

「…はは、やめろよ、照れんだろ…」

アリシアは小さく笑った。

「…ふふっ」

二人は、互いの信頼を確かめ合うように見つめ合った。 今後何があっても離れる事がないだろうと、互いにゆるぎない確信を胸に秘めて。

その日、ネクサスの上空には、まるで『始まりの雫』のこれからの活躍を祝福するように、一点の曇りもない輝かしい晴天が広がっていた。

蒼穹の下、二つの影が重なり合いながら、未来へと続く道を歩いていく。 追放された荷物持ちと、落ちぼれと呼ばれたヒーラー。 二人が出会い、共に歩み始めた日から、まだそれほど時間は経っていない。

しかし、その絆は、何年も共に過ごした者同士のように、深く、強く、温かいものになっていた。

これからも、二人は共に歩んでいく。 どんな困難が待ち受けていようとも、互いを信じ、支え合いながら。 それが、『始まりの雫』という名のパーティの在り方なのだから。

《追加エピソード: 完結》
感想 1

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みんなの感想(1件)

A・l・m
2025.08.22 A・l・m

Dランク?なのに冒険者用の服ではなく、ただの布の服を着てる時点で、武器もただの練習用なんじゃないかと疑わしいのだが……

主人公が何も言わない時点でちゃんと低レベル向けの武器ではあるのかな?(アリシアの棒)


というより、アリシア側が転生か転移者な雰囲気があるし、だんだん二人の過去話が読みたいぞ
もっと後で書く予定かな?

2025.08.29 ブヒ太郎

感想、誠にありがとうございます。
返信が遅れましたこと、お詫び申し上げます。今後の物語の核心に触れる部分もございましたので、回答を控えさせていただいておりました。
​まず、作中の設定について、いくつか補足をさせていただければと存じます。
​【アリシアの背景について】
​装備に関して: 彼女が当初所持していた「棒」は、特別な能力のない、ごく普通の木の棒です。RPGで言うところの初期装備(ひのきのぼうと布の服)のような、非常に心許ない状態でした。
​過去のパーティでの経緯: 以前所属していたDランクパーティでは、彼女はヒーラーとして、回復薬の費用を節約するための安価な代替要員として雇われました。しかし、彼女の治癒魔法は使用回数が少なく(1日3回)、効果も軽度の治療に限られていたため、「期待したほどの戦力にならない」と判断され、日当だけを渡される形で解雇されてしまった、という大変苦しい過去がございます。
​金銭感覚について: 物語序盤で彼女が金銭に強い執着を見せるのは、上記のような経緯から生活に困窮していたためです。「金貨1枚で1ヶ月は暮らせる」という感覚は、彼女の置かれていた厳しい状況を反映したものでした。
​【ゼロスの心境について】
​アリシアへの初期の感情: 彼がアリシアの装備を気前よく整えるのは、必ずしも特別な好意からではなく、「目の前で仲間(仮)に死なれると後味が悪いから」という、彼の根底にある優しさと、ある種の合理的な判断に基づいています。彼の行動原理は、深い考えがあってのことではなく、多くが「なんとなく」の直感によるものです。
​リーダーを引き受けた経緯: ゼロスは当初、アリシアのことを「少し変わった、放っておけない人物」程度にしか認識していませんでした。リーダー役を押し付けられた後も、「彼女の気が済めば、この関係も終わるだろう」と楽観的に考えており、なし崩し的に関係が続いていったのが実情です。
​【これらの設定を省略された理由について】
​これらの詳細な背景を物語に組み込むと、説明だけで数万字にも及ぶ可能性があり、物語のテンポを損なうと判断し、執筆の際には省略しておりました。
​また、転生・転移といった要素や、セリフに含みを持たせるような伏線の技術は、アイデアが思い浮かばなかったり、実行が難しいと感じたりしたため、断念いたしました。

解除

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