ま、まさかの異世界転生…!?

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1章:異世界、始動

穏やかな朝

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 薄い朝光がカーテン越しに差し込み、部屋の空気をゆっくりと白く染めていく。

(……結局一睡も出来なかった……)

 ユキヤは天井を見上げながら、深々とため息をついた。

 ミカンの寝息、距離の近さ、匂い……色んなものが気になって、分刻みで意識が覚めてしまった。

(これなら床で寝た方がマシ……)

 隣では、ミカンがぐったり眠っている。昨日眠った時から一切寝返りすら打っていないようだ。

「……死んだように寝てんな……」

 その寝顔からは普段の騒がしさなどは感じられない。

「はぁ……下いくか」

 そっと布団を抜け出し、階段を静かに降りていく。



 まだ薄暗いリビングは、昨夜の喧騒が嘘みたいに静かだった。外の鳥の声もまだない。

 壁にかけられたランプに火を入れると、柔らかな光が室内を照らした。

「まだ……4時くらいか……?」

 時計がない不便さに、ユキヤは思わず文句を漏らす。

「時計ほしー……」

 ミカンは普段から早起きだ。そのうち降りてくるだろうし、みんなの昨日の飲みっぷりを考えると朝食は軽めの方がいい。

「ミカンは起きるの早いだろうし、飯作っとくか……」

 キッチンに向かいながら、小さくつぶやく。

「最低限の物と一日分の食材くれたのはほんとありがたいな」

 昨日、受付で「住居セット」として渡された箱。そこには塩や胡椒などの調味料、包丁、鍋などの調理器具、食器……そして今日一日分の食材が入っていた。

「それに家電みたいなのも備え付けてあるし、最高だな」

 キッチンには冷蔵庫やコンロなど、動く原理は違うみたいだが置いてあった。

 冷蔵庫を開けると、卵と色んな野菜、パン、少しの肉が綺麗に並んでいる。

「何作るか……」

 素材を見ながら考えるが、そんなに悩む必要もない。

「ま、テキトーにスープとエッグトーストでいいか」

 夜明け前の静かなキッチンに野菜を切る音がリズミカルに響く。鍋に水を入れ火にかける。

 ユキヤの表情は、どこか落ち着いていた。

「~♪」

 鼻歌が自然とこぼれる。いつも通りご飯を作る。転生はしたものの、異世界は思っていたよりもずっと日常だった。





 鍋から立ちのぼる湯気が、ほんのりと部屋を温め始めていた。ユキヤが木べらでスープをかき混ぜながら味を見ていると、階段の上から微かな音がした。

 まだ30分も経っていない。

(……誰か起きたな)

 夜明け前の静けさの中、ぎしっ、と階段を踏む音がひとつ。

 軽い。眠気に引きずられた足取りではない。

(……ミカンだな)

「……ふぁ~…早いねぇ~」

 眠そうな目。ぼさっと跳ねた黒く長い髪。そう、やはりミカンだった。

 欠伸交じりの声が、夜の名残りをやわらかく揺らす。

「誰のせいだと……」

 ユキヤはスープをかき混ぜながらぼそりと返す。文句を言う口調なのに、その背中はどこか嬉しそうで。

「つーかお前も早いな」

「いつもこんなくらいに起きてるよ」

 ミカンはふらりと歩いてくる。寝起きだというのにぱっちり覚めたその瞳で鍋を覗き込む。

「今日は午前中からなんだし、もっと寝ててもいいのに」

「癖でね…」

 ふわりとミカンが笑い、暖かな空気を作る。

「てかご飯? 何作ってんの?」

「ミネストローネとエッグトースト」

「おー、おいしそー」

「だろ?」

 ユキヤの声に少しだけ得意げな色が混ざる。料理をしていると落ち着く。色んなことがあった夜の反動もあって、この時間はちょうどいい。

「手伝う?」

 ミカンが軽く前のめりになり、寝癖のまま髪を揺らす。

「お前料理苦手だろ」

「できます~……多少は」

 語尾だけは強気だが、表情には全然自信がない。

 ユキヤは鼻で笑って、ひとこと。

「いいから座っとけ」

「はーい」

 素直に返事してソファのところへ向かう。足をぶらぶら揺らしながら、スープの香りを鼻いっぱいに吸い込む。

 静かな朝の空気。スープの煮える音がぽつぽつ二人の間に落ちていく。




 ユキヤが朝食の準備を終えて、しばらく時間が経ったころ。

 外はようやく青みを帯び、眠っていた街がゆっくりと息をしはじめる時間帯、6時半を少し回った頃だった。

 どんっ……どんっ……

 階段のきしむ鈍い音が下からでも分かるほどの重量感で響く。

(……あれはキサラギさんだな)

 ユキヤもミカンも、声を交わさずとも即座に察した。

 階段から響く重い足音と共に、コウが大きな欠伸を噛み殺しながら顔を見せた。

「ふぁ……ねみぃな……」

 まだ寝癖が跳ねていて、目も半分しか開いていない。昨夜あれだけ飲み食いして騒いでいたせいで、身体が完全に目覚めきっていないのが丸わかりだ。

「キサラギさん、おはよー」

 ミカンが振り返って声をかけると、コウもぼんやり手を上げる。

「はよ~……うわ、えぇ匂いやな…」

 眠気はまだ残っているくせに、鼻だけはしっかり働いているようだ。ミネストローネのいい香りがリビングにあたたかく広がっていた。

「飯作った」

 ユキヤが淡々と告げると、コウは一気に目を覚ましたように顔を輝かせる。

「おぉ~ええやん……!」

 ふらふらだった動きが、食べ物を認識した瞬間だけ妙にしっかりしている。そのままソファに腰を下ろした。

「つーか、身体中痛えわ……」

 コウは腕をぐるっと回しながら呻く。
 コウの服はガーディアンということもあり、しっかり作られている。その服のまま寝たせいか疲れが抜け切れていないようだ。

「まぁ……その服装だとね~」

 ミカンが呆れたように見ながら言う。

「わかる~」

 ユキヤも自分の肩を押さえて共感するようにうなずいた。

「はぁ~…依頼終わったら必要な物買わんとな」

「流石に寝巻きは欲しいよね~」

「他にも日用品は欲しいよな」

 そんな他愛ない会話が、朝の空気をゆるやかに満たしていく。




 静かな朝の空気の中、朝食の準備を完全に終え、三人はしばらくソウの事を待ってみたが___

 階段の上からは一向に物音がしない。

「ソウさん遅ぇな」

 ユキヤがスプーンをくるくる回しながらぼそっと言う。

「まぁソウさんだし…」

 ミカンはスープの香りを嗅ぎつつ、特に驚いた様子もない。

「アイツ引きこもりやし」

 コウは軽く笑いながら言い放つ。悪口というより、仲間内のノリに近い。

「先に食べるか」

「賛成~」

 ミカンがすっと姿勢を軽く正し、トーストを前に嬉しそうに身を揺らした。

 三人はそれぞれ席につき、手を合わせる。

「「「いただきまーす」」」

 まずミカンがスープを一口すすると、小さく目を丸くした。

「ん、スープ美味しい」

 素直な感想に、コウも続けてうなずきながらパンを食べる。

「それな!!ほんまユキヤの作る飯、絶品やわ~!」

「そう言って俺に料理全部押し付ける気だろ」

 即座に返すと、コウはあっさり白状した。

「バレた?」

「バレるわ」

 そんなやり取りにミカンがクスクス笑い、微笑ましそうに2人を眺める。

「ん~…たまご半熟だ~うま~」

「ミカンは半熟好きだもんな」

「うん~」

 満足そうにエッグトーストを頬張るミカンを見て、コウがわざとらしくユキヤを肘でつつく。

「やっぱミカンの好み把握してる俺って天才…って思っとるやろ」

「思ってねぇよ」

「えぇ~絶対嘘やん」

 茶化すコウにユキヤは呆れ気味で続ける。

「好みくらい把握してて当然だろ」

 その真っ直ぐな一言に、コウはふっと笑って言った。

「思ってたより、さらに上いっとったわ……」

 あたたかい朝食の空気に、小さな笑い声が混ざる。



 スープの湯気がまだほんのり残るリビングに、ふらふらとした足取りが近づいてくる。

「ん……ねむ……」

 階段を降りてきたソウは、完全に魂が抜けかけていた。アウターは適当に羽織っているし、髪は寝癖で跳ねている。

「ソウさん遅いー!」

 ミカンがトーストを頬張りながら言うと、

「……これでも頑張った方……」

 ソウは椅子にほぼ倒れ込むように座った。目が半分しか開いていない。

 ユキヤがソウの分の朝食を盛る。

「ご飯あるぞ」

「えぇ…朝は別に……」

「午前中から魔物討伐なんだからちゃんと食え」

 淡々としたユキヤの言葉に、ソウは観念したようにこくりと頷く。

「……わかったよ……」

 両手でスープを包むように持ち、そっと口をつける。

 一口飲んだ瞬間、肩からふわっと力が抜けた。

「ん…あったかい……」

「ソウさん、スープとかそういう系好きだよな」

 ユキヤが言うと、ソウは小さく「……うん」と頷く。それを横で聞いていたコウが、感心したように笑った。

「みんなの好み把握してるん、すげぇな」

「だろ?」

 ユキヤが軽く胸を張ると、コウが「調子乗んなよ」と肘で小突いてくる。

 テーブルには、なんとなく“家族みたいな空気”が漂いはじめていた。

 

 しばらくして、全員の食器が空になる。

 ミカンが軽く伸びをしながら窓の外を眺める。

「…今は大体…8時か9時くらいかな……。1時間後くらいに出発しよー」

「だな」

 ユキヤは椅子を引き、立ち上がりながら返す。

「わかった」

 ソウも眠たげな目をこすりながら立ち上がる。

 4人はそれぞれ荷物の確認を始めた。

 剣の手入れをするユキヤ。
 ローブを丁寧に整えるミカン。 
 軽く身体を伸ばして準備運動するコウ。  
 矢筒の中身を確認するソウ。

 小さな木造の家の中に、これから“初めての討伐依頼”へ向かう4人の緊張と高揚が、静かに満ちていく。
    
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