花喰いの安珠

紺Peki獅子

文字の大きさ
6 / 14
愛しい貴女へ

憂鬱な"役割"と面倒な従姉妹

しおりを挟む


ーーーーーーーーーーーーーー


 暑い………。日が昇ってから一刻にじかんほどだけれど、ぎらぎらとお天道様が照りつけてくる。山に囲まれたこの場所は、蝉の声が容赦なく聞こえてくる。みんみんみんみんみんみん。…煩いけれど、彼らもお相手を見つける為、子孫繁栄の為、必死なんよね。

 私は、"私にしか出来ない役割"を切望しているのにも関わらず、突然出てきた"私の役割" に気が重くなっていた。というより、その"役割"に対する周りの反応が「当たり前」なのが気に入らないし悲しかった。そして私が、結局は構って欲しいだけの阿呆な女なのだと再認識する。

 お父は私の婚約の話をする時、目を合わせる素振りもしなかった。子どもの頃は目を合わせて惜しみなく「お前はおれの宝や。」と言ってくれていたのに。ここ数年、言ってくれなくなっていたのに。先日、太く力強い腕を組み、父親の顔をしたふりをして、村長の威厳をもって、私に命令してきた。

「杏花、ええか、これがお前の役割や。村のためや。おれはお前を愛しとる。おれの宝を街にやるのは心苦しいけど仕方ないやろ?村を守ることこそ、お前の"役割"なんや。」

 あの瞬間、私は悟った。ああ、お父は、私のことを少しも愛していないんや、って。私が、どれだけ愛されることを望んでいるのかを分かっていて、私が、昔から"役割"という言葉に異様に執着しているのを分かっていてなお、そう言ったお父はきっと、私より私を分かってる。飴と鞭を上手く使って、私を思い通りに転がす。あれはお父やなくて、村長やった。

。。。


 
 背中程まである髪を、真っ白な布に纏めて押し込める。一番日に当たる脳天を隠し、髪が首に纏わり付くのを防いでくれるので、ただの布やのに凄いな、と感心する。

「何言っとるの。それが布の役割やん。杏花ってたまに変やよね。」

二つ年下の従姉妹の美里ちゃんが笑う。また、"当たり前" 。

「だけど美里ちゃんにも私にも出来んことを布は出来るんやよ?それだけでも凄いことやろ?出来ることが当たり前やと思わんといて。」

「………… 。」

……あ、しまった。ちょっと言い方強すぎた?美里ちゃん、怒ると声高くなって頭痛がするし面倒なんよね。

 この後、夏野菜を街に納めるついでに、銀石屋さんの息子さんと顔合わせがある。
 それだけでも気が重いのに、美里ちゃんの相手をしてたら精神的に無理や。どのくらい無理かと言うと、茄子くらい無理。あのツルツルした表面と濃紫には、どうしても怯む。得体の知れん何かが出てきそうで。卵みたいに何か生まれてきそうやから。
 それと同じで、美里ちゃんも何を考えとるのかわからない。楽しく話してると思ったら、いきなり怒り出したりするし。何が出てくるのか、予想も出来ないから。

「…あたしだって、杏花のためやったら杏花の脳天守ったるで。」

「え?」

「あ、あたしだって、杏花が望むなら……布になったる!」

 何言っとんの、美里ちゃん。
 いや赤い顔しとるけど、理由が分からん。照れ……てる?うーん、だけど何処に照れる要素があったのか。というかそれよりも、気になることが一つ。

「美里ちゃん、人間は、布にはなれんのやよ?」



「……………………… 。」 沈黙。





数秒して、ぼぼぼぼっと音を立てるように更に真っ赤になると、

「そ、そんなん当たり前に知っとるわっ、杏花のあほーっ!!」

と叫びながら、走って逃げていった。
 なんなん、あの子。





「ほんと、美里ちゃんは茄子みたいや……。何が出てくるか全く分からん。」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合短編集

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

春に狂(くる)う

転生新語
恋愛
 先輩と後輩、というだけの関係。後輩の少女の体を、私はホテルで時間を掛けて味わう。  小説家になろう、カクヨムに投稿しています。  小説家になろう→https://ncode.syosetu.com/n5251id/  カクヨム→https://kakuyomu.jp/works/16817330654752443761

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

〈社会人百合〉アキとハル

みなはらつかさ
恋愛
 女の子拾いました――。  ある朝起きたら、隣にネイキッドな女の子が寝ていた!?  主人公・紅(くれない)アキは、どういったことかと問いただすと、酔っ払った勢いで、彼女・葵(あおい)ハルと一夜をともにしたらしい。  しかも、ハルは失踪中の大企業令嬢で……? 絵:Novel AI

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

処理中です...