花喰いの安珠

紺Peki獅子

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愛しい貴女へ

貴女の幸せを願う 2

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「一緒に逃げよう。」




私がそう言うと、杏花は勢いよく顔を上げた。はっとした顔をしていた。それから、花の蕾が膨らむように、ゆっくりと微笑む。


 ああ、これは。この顔は。

「安珠、ありがと。思い出さしてくれて。」

私の苦手な、杏花の"役割"の顔だ。

「うん…そっか。私、やっと、やっと……」

 "役割"にひどく執着しながらも、どこか悟ったような。何かから解放されたようなその顔は、とても脆く、儚くて、

 消えて、しまいそうで。

 何も言えないまま胸が苦しくなったその時、ふと、空気が和らぐ。"役割"の顔に、それとは違う表情が浮かんだから。にーっと口角を上げて、細くなった目はちょっと、楽しそうというか。

「始めっから茄子やと思ってたらいかんよね。食わず嫌いはいかんのよ。まずは、食べてみんとね。」

 茄子とは何か。
 それは、杏花が苦手なもの。食べ物であり、人であり、出来事である。しかし、茄子がということは、ということだ。

 杏花の中で、食べ物と人間関係は似ているらしい。自分が好きなものが、相手も好きだとは限らないから。その感覚は、なんとなく分かる気がする。
 ただ、杏花が本当に凄いのは、"食わず嫌い(食事も、人間関係も)をしない"という絶対的な意志があること。関わってみて、どうしても苦手(杏花は必ずこう言うんだ、嫌いとは言わない)になる事はあるけど、まずは関わってみよう、と考えているそうだ。

 そういう所が、杏花の一番の魅力。

"貴方をしっかり見つめるよ、受け入れるよ"

って。適当な優しさじゃない、本心からそう思っているのは、村の人にも伝わってる。全員が、その考えを受け入れている訳ではないけれど。
 私は、その顔が好き。尊敬してて、支えたくて、僅かに期待もしてて。だって、杏花なら、この恋心気持ちも受け入れてくれるんじゃないかって。……疚しいことに、思っていたりする。

「あぁ……うん、もう、もう大丈夫。受け入れられる。」

しっかりと前を見て、

「行こ。」

と言った杏花は、きっと、私の気持ちに気付いてない。






。。。


 街に入った瞬間、まず目に飛び込んできたのは、鶯色。鶯色の法被を着た男が五人。誰もが私と同じくらいか、私より長身で、ガタイがいい。小豆色の襟には銀糸で"銀石屋"と刺繍されている。

 こんなに大きな男たちに、小さくてかわいい杏花は襲われてしまわないだろうか。杏花の婚約者もあんなに大きいのだろうか。杏花私の宝物に酷いことしないだろうか。あああ心配だ……!なんとかしてこの話を流すことは出来ないのだろうか……ああでも、元凶は私の食欲が増したせいだ、最近肉が付いてきた気がするし。つまり、ここで杏花の婚約を流しても根本的な解決にならない。
 悔しいが、杏花が泣くことがないように、男たちに牽制することしか出来ないらしい。






杏花に酷いことしたら……

 つぶすぞ?










ーーーーーーーーーー

何を、とは言わない。
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