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愛しい貴女へ
貴女の幸せを願う 3
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私の殺気を感じたのか、男たちはびくり、と止まった。少し青ざめているのもいる。
まったく、私相手にそんな風に怯えていたら、いざという時に杏花を助けられないのでは?……やっぱり、任せていられそうにないな。
荷車の木箱に入った野菜を地面に下ろしながらも、不安と呆れで、腹の底から息を吐き出すと
「?どしたん、安珠。嫌なことでもあった?」
杏花がかわいく首を傾げて私の顔を覗き込んでくる。なんてかわいい。なんて愛しい。
「いや、どいつ……じゃなくてどの人が杏花の婚約者なんだろうと思って。杏花がちゃんと幸せになれる相手かどうか、見極めたくて。」
「あはは、安珠、"父親"みたい。」
「えー?せめて母親がいいんだけど。
……ぁ、でも男として見られた方がいい……?だけど親だと完全に恋愛対象外よね……」
「何ぶつぶつ言っとんの?……でね、ほら、世の父親は、娘が結婚する時試練を与えてくるらしいやん?」
「うんそれ、多分違うけどね。」
試練って何。なんだか過激だ。
多分、『娘さんをください!』『お前に娘はやらん!』『絶対に幸せにします!お願いします!』っていう、恋愛本の定番のことを言っているんだろうが、実際にあれをやっているのだろうか。
私に父親はいない。村長ーー杏花の父親も、普通の人ではないから、世の父親がどういうものか、私たちは分かっていない。
それでも杏花は、私のことを『父親みたい』と言った。それは、杏花にとってどういう意味なのだろう。
「ふ、くくくっ!あはははっ」
「!?」
背後の声に、咄嗟に杏花を庇いながら振り返る。
私よりも少し背が高く、頭の高い所で髪を束ねていて、他の男たちよりも上質そうな鶯色の羽織りを着ている。歳は……二十五、六程か。優しそうに少し垂れた目、人懐こい笑顔の男。
私の殺気が混じった睨みにも、動じていない。こいつ、他の奴とはどこか違う。
そう思った時、優男の隣にいた熊みたいな大男が喚いた。
「おい、田舎モンが!納品が終わったんならさっさと帰れ!」
ちっ、ンの野郎…煩いな。
田舎もんも何も、住んでいる土地は変わらないじゃないか。私も、お前も。
「やめろ!そんな事、言うもんやない。」
優男が熊男を叱る。
「ンな事言ったって!睨んだり人の後ろに隠れたり、失礼が過ぎるぜッ」
いきなり田舎モン扱いしてくるお前の方がよっぽど失礼だよ。
村人にも誇りがある。頭ごなしに蔑まれる理由はない。
背後の杏花は何も言わない。
ーーガツン。
「うちの者が申し訳ないな。」
男はにっこりと杏花に笑う。熊男に拳骨を落とした右手は長い羽織りの袖に隠れてしまう。
「今日は暑いなあ。納品お疲れさんです。」
「そうやねぇ。暑くて暑くて、溶けてしまいそうや。」
「おいっ!」
杏花は方言のまま。言葉に丁寧さは無い。
今の"役割"は、婚約者ではなく、納品する村人だからだ。
村人は下人ではない。
"町人と村人は対等であり、変に謙る必要は無い"
そういう思想ーー実際虐げられている村人たちの、ただの願望だがーーを持った、一村人という"役割"を、確かに今、杏花は演じた。
そもそも今回は、婚約者との顔合わせよりも、納品が優先事項なのだ。婚約者としての会話は無くていい。
はずだった。
「おれは椙山晶介や。よろしくな、婚約者殿。」
こいつーー
杏花の婚約者か。
まったく、私相手にそんな風に怯えていたら、いざという時に杏花を助けられないのでは?……やっぱり、任せていられそうにないな。
荷車の木箱に入った野菜を地面に下ろしながらも、不安と呆れで、腹の底から息を吐き出すと
「?どしたん、安珠。嫌なことでもあった?」
杏花がかわいく首を傾げて私の顔を覗き込んでくる。なんてかわいい。なんて愛しい。
「いや、どいつ……じゃなくてどの人が杏花の婚約者なんだろうと思って。杏花がちゃんと幸せになれる相手かどうか、見極めたくて。」
「あはは、安珠、"父親"みたい。」
「えー?せめて母親がいいんだけど。
……ぁ、でも男として見られた方がいい……?だけど親だと完全に恋愛対象外よね……」
「何ぶつぶつ言っとんの?……でね、ほら、世の父親は、娘が結婚する時試練を与えてくるらしいやん?」
「うんそれ、多分違うけどね。」
試練って何。なんだか過激だ。
多分、『娘さんをください!』『お前に娘はやらん!』『絶対に幸せにします!お願いします!』っていう、恋愛本の定番のことを言っているんだろうが、実際にあれをやっているのだろうか。
私に父親はいない。村長ーー杏花の父親も、普通の人ではないから、世の父親がどういうものか、私たちは分かっていない。
それでも杏花は、私のことを『父親みたい』と言った。それは、杏花にとってどういう意味なのだろう。
「ふ、くくくっ!あはははっ」
「!?」
背後の声に、咄嗟に杏花を庇いながら振り返る。
私よりも少し背が高く、頭の高い所で髪を束ねていて、他の男たちよりも上質そうな鶯色の羽織りを着ている。歳は……二十五、六程か。優しそうに少し垂れた目、人懐こい笑顔の男。
私の殺気が混じった睨みにも、動じていない。こいつ、他の奴とはどこか違う。
そう思った時、優男の隣にいた熊みたいな大男が喚いた。
「おい、田舎モンが!納品が終わったんならさっさと帰れ!」
ちっ、ンの野郎…煩いな。
田舎もんも何も、住んでいる土地は変わらないじゃないか。私も、お前も。
「やめろ!そんな事、言うもんやない。」
優男が熊男を叱る。
「ンな事言ったって!睨んだり人の後ろに隠れたり、失礼が過ぎるぜッ」
いきなり田舎モン扱いしてくるお前の方がよっぽど失礼だよ。
村人にも誇りがある。頭ごなしに蔑まれる理由はない。
背後の杏花は何も言わない。
ーーガツン。
「うちの者が申し訳ないな。」
男はにっこりと杏花に笑う。熊男に拳骨を落とした右手は長い羽織りの袖に隠れてしまう。
「今日は暑いなあ。納品お疲れさんです。」
「そうやねぇ。暑くて暑くて、溶けてしまいそうや。」
「おいっ!」
杏花は方言のまま。言葉に丁寧さは無い。
今の"役割"は、婚約者ではなく、納品する村人だからだ。
村人は下人ではない。
"町人と村人は対等であり、変に謙る必要は無い"
そういう思想ーー実際虐げられている村人たちの、ただの願望だがーーを持った、一村人という"役割"を、確かに今、杏花は演じた。
そもそも今回は、婚約者との顔合わせよりも、納品が優先事項なのだ。婚約者としての会話は無くていい。
はずだった。
「おれは椙山晶介や。よろしくな、婚約者殿。」
こいつーー
杏花の婚約者か。
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