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愛しい貴女へ
貴女の愛。
しおりを挟む「もう、いいの。いいんだよ。心の中で何を考えていても、誰も咎めたりしない。杏花自身も、自分を咎めなくていい。
だからもう、"役割" に囚われないで。」
安珠としっかりと目が合う。深緑の瞳は優しく私を包み込む。
「あ、安珠……」
声が震える。
「人を、嫌いになっても、いい…」
そう呟けば、もう、弾けた。
窮屈な世界から解放されたように。
ゆっくりと "婚約者" を、いや、"椙山晶介" を振り返る。
私がじっと彼を見つめれば、心配そうな表情は、僅かに傾げられ、不思議そうな目で私を見つめ返す。「大丈夫?」と声が聞こえるような目。こちらを本気で気遣っている目。
ねぇ。
なんでそんな目をするの。椙山晶介が私を崩したくせに。
「…シャクやけど、"私の愛" を思い出すきっかけにはなったわけやね。」
完全に戻したのは安珠やけど、きっかけは椙山晶介。
「なんでや?」
なんで、私の痛い所を突いた?突こうとした?なんで、初対面の私の心の内が分かった?わざわざ指摘した?
あんたはどうして "杏花" を求めた? "村長の娘" に何を求めた?
「………。」
ゆっくりと息を吐く。身体の隅々まで空っぽにし、またゆっくりと息を吸い込む。夏の凛風で胸いっぱいにすると、ふっと空気を抜く。と同時に口を開く。
「今のところ、あんたは敵や。」
「……おや。」
椙山晶介は片眉を上げる。
「馬鹿正直に言うとは思っとらんかった。」
その声が、本当に、予想外の事に驚いてるみたいで、ちょっと笑った。
「でも、私は、椙山晶介のこと何も知らん。だから、知るべきなんや。"食わず嫌いしない" 為に。"私の愛" の為に。」
に、と口角を上げただけの笑みは、きっと美しいとは言えないだろう。やけど、これからの"私" には丁度いい。
「それに、言うやろ?
『彼を知り己を知れば百戦して危うからず』ってね。
あんたも、私を知って。
あんたが私に何を求めとるのか知らんけど、精々楽しみましょう?椙山さま。」
。。。
……あ"ー、緊張した。
朝早く街に来た筈やけど、もうお天道様は頭上まで昇ってきてる。大分話してた筈やのに、まだお昼だとも言う。
とにかく、さっきは緊張した。調子に乗って、挑発し過ぎたかもしれん。まあでも、特に何も言われなかったし、言ってしまったものは仕方ないし、と開き直ってみる。
「暑いね、安珠。」
安珠に話しかける。
「そうだね。長良川に寄って、涼んでから帰る?」
「んー」
隣を歩く安珠をそっと見上げると、安珠はすぐに気付いて首を傾げる。ふふ。安珠ってば、私のこと大好きやん。面白いなぁ。
「ね、涼んだら落雁買お。」
「落雁?」
「そ。あまーいお砂糖のお菓子。お花の形してるんやよ!」
さっきまで頑張った。ちょっとやり過ぎたけど。ご褒美くらい、あっていいやろ?
安珠は
「お菓子……花……」
と呟きながら何か考えてて……。もしかして遠慮してるんやろか?
「大丈夫やよ、お金はちゃんと持ってきとるし。それにこれは、私から安珠へのお礼なの。」
「お礼?何の?」
「もちろん、さっきの。」
安珠の目の前に立ち、両手を背後で組んで、顔を覗き込む。
「安珠が居なかったら、私はあのまま動けんかった。あの時、ぎゅっとしてくれてありがとう。心の枷に気付いてくれてありがとう。私の愛を知っていてくれてありがとう。
ずっと、私を見てくれて、側に居てくれて、本っ当にありがとう。」
いつも、愛してくれてありがとう。
「私も、大好き。愛してる、安珠。」
「杏花……………」
「…………………………私も。」
暫くの沈黙の後、聞こえてきた消え入りそうな声は、けれど、しっかり耳に届いて、珍しく真っ赤になった安珠が面白くて。楽しくて。
「ほら、行こ!」
「わ、杏花、まってっ。」
引っ張っていく手に力が籠るのは、
この幸せが、何処かに逃げてしまわないように、
……だったりするの。
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