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どこまでも草花が広がる草原。
優しく吹く風に揺られる草花の中に二人の青年が立っていた。
二人とも学生なのだろう、同じ制服に身を包んだ二人は呆然とした様子で立っていた。
まるで、気付いたら、知らない場所にいましたかという感じにだ。
「……なぁ、望」
「何だよ」
望と呼ばれたどこか気怠そうな感じを醸し出している青年———夢見 望———はもう一人の青年の呼びかけに反応する。
呼びかけた活発そうな青年———清猫 悠———は望へと顔を向ける。
「ここ、どこや?」
「草原じゃね?」
見たまんまの回答に悠はそうじゃなくて、と首を横に振る。
「俺が聞いとんのは、見たまんまのことやないねん。俺たち、さっきまで帰路についてたのに、気付いたら草原にいましたって……なんや、コレ? え? 何が起きてんの?」
「俺に聞かれてもわかんねぇよ。気づいたら、いたんだからよ」
「気付いたらいたのがおかしい言っとんねん! 自分の身に何が起きたんか、気にならんのかい!?」
悠に言われ、腕を組んで、考える素振りを見せる。
少し考えたのか、閉じていた目を開けると軽く頷く。
「とりあえず、どうにかなんじゃねって思ってる」
「楽観的か! つうか、話の路線変えんなや! 俺が聞いとんのは、この状況がどういうことやって言うことや!」
「まぁ、落ち着けよ。叫びすぎても、疲れるだけだぞ?」
「お前がそうさせとんねん!」
怒り気味に望に対して吠えてから、息切れか、疲れからか、肩で息をしている。
悠は息を調えてから、改めて辺りを見渡す。
どこまでも草花だけが生い茂る草原。
まず、このような光景は日本にはないハズだ、と悠は考える。
(まぁ、俺らの地元にそもそもこんな草原ないしな。となると……あんまし、考えたくはないんやけど)
「異世界転移したか?」
「なんでそこだけいうんや!? というか、え? 俺の考え、わかってたん!?」
「え? 何となくそんな気がしたから、言っただけだけど」
「偶然かい!」
望の突然の発言に声を荒げてしまう悠。
コントの様なやり取りが草原で行われる中、二人に近づく一つの影。
それに気付いていないのか、会話を続ける二人。
「でも、コレがその異世界転移やって言う証拠もないわけやしな。もしかしたら、夢でも見てるんかもしれへんで?」
「もし、夢を見てるなら……」
再び考え始めた望は大変なことに気付いてしまったと言う様な驚愕の表情を浮かべる。
「大変だ、悠。俺たち、道端で寝ていることになるぞ! 急いで起きないと通行人に踏まれまくる!」
「いや、それはないやろ!? もし、夢だとして、道端で倒れてるとしてやで? そんな奴を踏んでいく鬼畜がそこらへんにおってたまるか! 救急車を呼んでくれるかくらいはしてくれとるわ!」
「なら、大丈夫だな」
「お前、たまに変な発言するよな。頭のネジ二、三本飛んどるんちゃうか?」
「かもな」
「肯定すなや!? そこは否定しろや!」
「つうか、悠。言うの忘れてたけど、後ろな」
「はぁ? 後ろって、一体何が」
望に言われるがまま、振り返る。
振り返った悠の視界に入ったのは、熊の様な姿をした何か。
正しく言えば怪物と言えばいいだろうか。
全長で四、五メートルはあるのではないかと思えるほどの巨体に、額に伸びる一本の立派な角。
黒い毛に妖しく光る赤い目が特徴的な熊の様な怪物。
その姿を視認した悠は思わず、黙り込んでしまうも、ブリキ人形のギギギ……という音が聞こえてきそうな感じで、首を動かして、望を見る。
「え? いつからおった?」
「ん。気配だけなら、お前が大声出し始めた辺りから気付いてたぞ。ただ、お前がまくし立てるから、いつ言おうか悩んでたんだよな」
「いや、言えや! 悩むなや! そこは先に言うべきやろ! 気付いてるなら!」
「グオオオオオ!」
悠のツッコミの大声に反応してか、二本足で立ち上がり、前足を広げて、熊の様に威嚇し始める怪物。
その威嚇に反応してか、脱兎のごとくで、その場から離脱し、素早く望の後ろに隠れる。
「望、どうにかしてくれ! お前、熊何度か殴り倒したことあるやろ!?」
「いや、あるっつっても、あんな大きくて、化け物の様な熊は流石に無理だと思うけど」
「いや、お前ならいける! そもそも熊殴り倒すなんてあり得へんことやってんねんから、行けるハズや! 大体、転移やら転生した奴らはチート持ってたりするもんやらかな!」
「創作物では、だけどな」
「お前は希望を持とうとは思わんのかい!? 希望的観測持たれへんのか!?」
「いや、どっちかっていうと現実的な意見をだな」
そんなことを言っている間にも、一角の熊は二人との距離を詰めていく。
二人が言い合いをしているからか、武器になる様なものを持っていないからか、左程脅威ではない獲物だと思ったのだろう。
一角の熊は獲物との距離が自身の射程距離へと迫った瞬間、目の前にいる気怠そうな青年の首を噛み砕かんと飛び掛かり。
「邪魔すんな」
その一声と同時に一角の熊の顎に強い衝撃と共に骨が砕ける感覚。
視界いっぱいに広がるのは獲物の赤い鮮血……ではなく、青い空。
一角の熊は何が起きたのか、理解できない間に、次に感じたのは体に走る拳か何かを打ち込まれた衝撃。一体何が起きたのか理解できないまま、一角の熊は意識が飛んだのか、そのまま仰向けに倒れる。
「意外とできるもんだな」
ふぃ~、と一息つくかの様に額の汗を拭うかの様な動作をする望。
実際には汗など流してはいないのだが。
それとは対照的に一角の熊が飛びついてきた時に汗を大量に流していた悠はすぐさま望を睨みつける。
「いや、できるやん! 蹴り上げによっての顎破壊からのボディブローで倒せてるやん! やっぱ、お前人間じゃないわ!」
「いや、人間だから。まぁ、あの怪物、熊よりは固い体してて、鉄の塊か何か蹴ったり、殴ったりな感覚だったけど」
「それで相手の顎砕いて、胴体にダメージ与えてる時点で、やっぱ人間やないで、お前」
呆れるかの様にため息を吐く悠に対して、一つ疑問を感じる望。
「つうか、悠。お前、なんであの怪物? 魔物? まぁ、どっちでもいいけど、熊の顎が砕けたとかわかるんだよ? 俺自身は感覚でわかるけど、お前見てただけじゃん」
「え? 何でって、そりゃお前、見てたら、そういう情報が事細かに頭に流れてきて……え? 何や、コレ?」
望に言われて気づいたのか、悠は頭を抱えて、目から頭へと流れてくる情報に困惑を浮かべる。
頭に流れてくるのは先ほどの熊の怪物の名前、今の状態、危険性などの情報や、草原に生い茂る見たことも、聞いたこともない草花の名前たち。
それもいくらで売れるかさえの情報も入ってくるために、悠は困惑してしまう。
「ちょっ、待って。なんや、コレ? 情報が止まらへんねんけど? なんか、サーチ的なもんを常にしてる状態みたいな感じになっとんねんけど?」
「へぇ。それが転移した時に与えられた悠の特典的なもんなのか? 俺はそんなの起きたりしないし」
「いや、勝手に納得せんといてくれる? 常に情報が開示されるって、頭の整理追いつかんわ。つうか、逆に頭が疲れてくるわ! どないしたらええねん!」
「止まれ! とでも、念じればいいんじゃないか?」
「まさか、そんな簡単なことで」
望の提案に軽口を叩きながらも、実践してみる。
すると、どうだろうか。
先ほどまで濁流の様に大量に流れ込んできていたハズの情報はぱたりと止まる。
望の言った通りにして、出来たためか、何とも言えない表情を浮かべる。
「ホンマに止まった。まさか、そんな単純なことで止まるなんて」
「後は見たい情報とか絞り込めば、うまく行くんじゃないか?」
「なるほどなぁ……いや、ちょい待ち。なんで持ち主である俺よりお前の方が詳しそうやねん?」
「大体、漫画とかそんな感じじゃん」
「あぁ、そうやな。発動条件とか色々あるし、こんな感じのもあったりしたな……。え? それだけの理由で?」
「そうだけど?」
その一言に悠がえ? 嘘やろ? という様な表情を浮かべてしまう。
知識、そっちから持ってくる? と思いながらも、物は試しと足元にある他の草と比べ、少し変わった形をしている草へと視線を向ける。
【名前:ヒール草 品種:薬草 効果:切り傷やかすり傷など小さな傷なら完治させることができる薬草 使い方:傷に塗る、貼る、巻くなどで効果を発揮する】
「ホンマやァー!?」
目玉が飛び出すのではないのだろうかという勢いで目を見開く悠。
望はその様子に口元を抑え、必死に笑いを堪えようとする。
「え? 単純すぎへん!? こういうのって、もっと……こう、なんか! 凄い特訓とかせなアカン! とかあるもんやろ!?」
「聞いた限り、鑑定っぽいし、そこまで鍛錬とかは必要ないんじゃねぇか?」
「えぇ……」
「ついでだし、そこの熊も鑑定してみてくれよ」
「ついでって……。まぁ、やるつもりやったし、ええけど」
なんか、納得いかないと言う感じで一角の熊へと視線を向けて、鑑定を開始する。
【名前:一角熊 種類:獣型の魔物 素材:角、爪、毛皮、牙 可食部:内臓以外 状態:顎の骨が粉砕されており、内臓の幾つかに損傷あり。気絶(一時間後には目覚める可能性あり)】
「ほぉ、最初と同じで色々出るもんやな。鑑定って、こんな便利なもんなんか? 素材とか、可食部とか、何なら今の状態まで把握できるなんて……。え? これって、ホンマに鑑定?」
「スキル、というべきか、どうかはわかんねぇけど、レベルとかあるんじゃないか? 意外とお前のレベルが高いとか」
「そ、そうなんかな……。なんか、不安やし、お前もなんかもらってるか、これで確認してみるわ」
「何か、プライバシーの侵害を感じるから、嫌だな」
「んなこと言わずに付き合ってくれっちゅうねん。ほら、やるで」
望へと目を向け、鑑定を開始する。
【名前:夢見 望 種族:人間(異常者) 筋力:S 耐久:S 生命力:S 精神力;A 敏捷性:S 器用さ:A 運:B 知力:C ユニークスキル:『夢の管理者』 適性:戦闘職全般】
「いや、どんなステータスやー!?」
「うおっ、ビックリした」
脳内に流れ込んできた情報に思わず叫び声を上げてしまい、それに驚く望。
悠は流れ込んできた望のステータスに思わず頭を抑える。
(いや、前から人間離れしとる奴やなとは思っとったよ? やけど、これはあまりにも……。多分、異世界に来た影響やんな? サラッと流し見ただけやけど、他にも剣術とかもあって、Sとか書いとった気がするけど、気のせいやんな。いや、つうか、ちょっと待って。種族んところどうなってるん? 人間(異常者)ってなんや? いや、前から身体能力とか、生命力とかおかしいとは思っとったけど、コイツ、サラッと人間辞めてます宣言されてへん?)
「おーい? 悠? おーい?」
気になるワードが何個……いや、数えるのが面倒なほどある。
だが、今は逆に考えるべきではないだろうか?
望がいれば、余程のことがない限り、自分に危険が及ぶことがないと言うことだ。
それと気になるスキルがあった。
(『夢の管理者』って……なんや? 単純に考えたら、夢を管理する者みたいな? え? 人様の寝てる夢を管理するん? 何の意味があるんや? これ、もうちょい詳細出てくれへんやろうか)
「無視か? 無視ですか? そうですか」
反応してくれない悠に望は拗ね始めたのか、手を前に向けて、何かをし出す。
その間に悠の問いかけに答えるかの様に、スキルに対する答えが頭の中に流れ込んできた。
【『夢の管理者』———『 』より与えられた特殊なスキル。夢に関することならば、何でもできる。それが概念的な意味でも可能である】
「おぉ、答えも出してくれるんか、便利やな、コレ」
なんて呟いてみるものの、とんでもない説明を見てしまったかもしれないと考える。
誰から与えられたスキルかは文字化けを起こしているため、わからないが、このスキルはかなり強力かもしれない。
概念的な意味も含めるのならば、力としての範囲はかなりのものかもしれない。
不可能はないと言っても過言ではない力に頭を抱えたくなる。
そういえば、自分を鑑定することはできるのだろうか。
悠は自分が映る物があれば行けるだろうかと思い、学生鞄に入ってただろうかと漁ろうとした時だ。
「なぁ、悠」
「何や?」
望の声に鏡を探しながらも、声だけ返して反応を示す。
鏡の様なものを入れていただろうかと思いながら、鞄を漁り続ける。
「いや、返事だけじゃなくてさ、見てほしいんだけど」
「今、忙しいねん。そんなん、後にしてくれへんか?」
「いや、でもさ、コレ見てくれよ」
「見てくれって、何が……え?」
珍しくしつこい望の声に反応し、悠がそちらへと視線を向けると、驚くべき光景が目に入った。
何もない草花だけが生い茂る草原の中に淡い光を放つ扉が出現していた。
その光景に悠は何度か瞬きしてから、望へと視線を向ける。
「え? 何コレ?」
「いや、もう夢じゃなくて、ガチの転移っぽいし、俺にもなんかないかな~なんて思いながら、手を出してさ? なんか出ろ! って、願ったら……なんか扉出てきた」
「なんか扉出てきた、って、軽いノリで言うなやァー!」
望の一言に悠の叫びが草原に響き渡った。
優しく吹く風に揺られる草花の中に二人の青年が立っていた。
二人とも学生なのだろう、同じ制服に身を包んだ二人は呆然とした様子で立っていた。
まるで、気付いたら、知らない場所にいましたかという感じにだ。
「……なぁ、望」
「何だよ」
望と呼ばれたどこか気怠そうな感じを醸し出している青年———夢見 望———はもう一人の青年の呼びかけに反応する。
呼びかけた活発そうな青年———清猫 悠———は望へと顔を向ける。
「ここ、どこや?」
「草原じゃね?」
見たまんまの回答に悠はそうじゃなくて、と首を横に振る。
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「俺に聞かれてもわかんねぇよ。気づいたら、いたんだからよ」
「気付いたらいたのがおかしい言っとんねん! 自分の身に何が起きたんか、気にならんのかい!?」
悠に言われ、腕を組んで、考える素振りを見せる。
少し考えたのか、閉じていた目を開けると軽く頷く。
「とりあえず、どうにかなんじゃねって思ってる」
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「まぁ、落ち着けよ。叫びすぎても、疲れるだけだぞ?」
「お前がそうさせとんねん!」
怒り気味に望に対して吠えてから、息切れか、疲れからか、肩で息をしている。
悠は息を調えてから、改めて辺りを見渡す。
どこまでも草花だけが生い茂る草原。
まず、このような光景は日本にはないハズだ、と悠は考える。
(まぁ、俺らの地元にそもそもこんな草原ないしな。となると……あんまし、考えたくはないんやけど)
「異世界転移したか?」
「なんでそこだけいうんや!? というか、え? 俺の考え、わかってたん!?」
「え? 何となくそんな気がしたから、言っただけだけど」
「偶然かい!」
望の突然の発言に声を荒げてしまう悠。
コントの様なやり取りが草原で行われる中、二人に近づく一つの影。
それに気付いていないのか、会話を続ける二人。
「でも、コレがその異世界転移やって言う証拠もないわけやしな。もしかしたら、夢でも見てるんかもしれへんで?」
「もし、夢を見てるなら……」
再び考え始めた望は大変なことに気付いてしまったと言う様な驚愕の表情を浮かべる。
「大変だ、悠。俺たち、道端で寝ていることになるぞ! 急いで起きないと通行人に踏まれまくる!」
「いや、それはないやろ!? もし、夢だとして、道端で倒れてるとしてやで? そんな奴を踏んでいく鬼畜がそこらへんにおってたまるか! 救急車を呼んでくれるかくらいはしてくれとるわ!」
「なら、大丈夫だな」
「お前、たまに変な発言するよな。頭のネジ二、三本飛んどるんちゃうか?」
「かもな」
「肯定すなや!? そこは否定しろや!」
「つうか、悠。言うの忘れてたけど、後ろな」
「はぁ? 後ろって、一体何が」
望に言われるがまま、振り返る。
振り返った悠の視界に入ったのは、熊の様な姿をした何か。
正しく言えば怪物と言えばいいだろうか。
全長で四、五メートルはあるのではないかと思えるほどの巨体に、額に伸びる一本の立派な角。
黒い毛に妖しく光る赤い目が特徴的な熊の様な怪物。
その姿を視認した悠は思わず、黙り込んでしまうも、ブリキ人形のギギギ……という音が聞こえてきそうな感じで、首を動かして、望を見る。
「え? いつからおった?」
「ん。気配だけなら、お前が大声出し始めた辺りから気付いてたぞ。ただ、お前がまくし立てるから、いつ言おうか悩んでたんだよな」
「いや、言えや! 悩むなや! そこは先に言うべきやろ! 気付いてるなら!」
「グオオオオオ!」
悠のツッコミの大声に反応してか、二本足で立ち上がり、前足を広げて、熊の様に威嚇し始める怪物。
その威嚇に反応してか、脱兎のごとくで、その場から離脱し、素早く望の後ろに隠れる。
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「いや、あるっつっても、あんな大きくて、化け物の様な熊は流石に無理だと思うけど」
「いや、お前ならいける! そもそも熊殴り倒すなんてあり得へんことやってんねんから、行けるハズや! 大体、転移やら転生した奴らはチート持ってたりするもんやらかな!」
「創作物では、だけどな」
「お前は希望を持とうとは思わんのかい!? 希望的観測持たれへんのか!?」
「いや、どっちかっていうと現実的な意見をだな」
そんなことを言っている間にも、一角の熊は二人との距離を詰めていく。
二人が言い合いをしているからか、武器になる様なものを持っていないからか、左程脅威ではない獲物だと思ったのだろう。
一角の熊は獲物との距離が自身の射程距離へと迫った瞬間、目の前にいる気怠そうな青年の首を噛み砕かんと飛び掛かり。
「邪魔すんな」
その一声と同時に一角の熊の顎に強い衝撃と共に骨が砕ける感覚。
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ふぃ~、と一息つくかの様に額の汗を拭うかの様な動作をする望。
実際には汗など流してはいないのだが。
それとは対照的に一角の熊が飛びついてきた時に汗を大量に流していた悠はすぐさま望を睨みつける。
「いや、できるやん! 蹴り上げによっての顎破壊からのボディブローで倒せてるやん! やっぱ、お前人間じゃないわ!」
「いや、人間だから。まぁ、あの怪物、熊よりは固い体してて、鉄の塊か何か蹴ったり、殴ったりな感覚だったけど」
「それで相手の顎砕いて、胴体にダメージ与えてる時点で、やっぱ人間やないで、お前」
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「つうか、悠。お前、なんであの怪物? 魔物? まぁ、どっちでもいいけど、熊の顎が砕けたとかわかるんだよ? 俺自身は感覚でわかるけど、お前見てただけじゃん」
「え? 何でって、そりゃお前、見てたら、そういう情報が事細かに頭に流れてきて……え? 何や、コレ?」
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頭に流れてくるのは先ほどの熊の怪物の名前、今の状態、危険性などの情報や、草原に生い茂る見たことも、聞いたこともない草花の名前たち。
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「ちょっ、待って。なんや、コレ? 情報が止まらへんねんけど? なんか、サーチ的なもんを常にしてる状態みたいな感じになっとんねんけど?」
「へぇ。それが転移した時に与えられた悠の特典的なもんなのか? 俺はそんなの起きたりしないし」
「いや、勝手に納得せんといてくれる? 常に情報が開示されるって、頭の整理追いつかんわ。つうか、逆に頭が疲れてくるわ! どないしたらええねん!」
「止まれ! とでも、念じればいいんじゃないか?」
「まさか、そんな簡単なことで」
望の提案に軽口を叩きながらも、実践してみる。
すると、どうだろうか。
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「ホンマに止まった。まさか、そんな単純なことで止まるなんて」
「後は見たい情報とか絞り込めば、うまく行くんじゃないか?」
「なるほどなぁ……いや、ちょい待ち。なんで持ち主である俺よりお前の方が詳しそうやねん?」
「大体、漫画とかそんな感じじゃん」
「あぁ、そうやな。発動条件とか色々あるし、こんな感じのもあったりしたな……。え? それだけの理由で?」
「そうだけど?」
その一言に悠がえ? 嘘やろ? という様な表情を浮かべてしまう。
知識、そっちから持ってくる? と思いながらも、物は試しと足元にある他の草と比べ、少し変わった形をしている草へと視線を向ける。
【名前:ヒール草 品種:薬草 効果:切り傷やかすり傷など小さな傷なら完治させることができる薬草 使い方:傷に塗る、貼る、巻くなどで効果を発揮する】
「ホンマやァー!?」
目玉が飛び出すのではないのだろうかという勢いで目を見開く悠。
望はその様子に口元を抑え、必死に笑いを堪えようとする。
「え? 単純すぎへん!? こういうのって、もっと……こう、なんか! 凄い特訓とかせなアカン! とかあるもんやろ!?」
「聞いた限り、鑑定っぽいし、そこまで鍛錬とかは必要ないんじゃねぇか?」
「えぇ……」
「ついでだし、そこの熊も鑑定してみてくれよ」
「ついでって……。まぁ、やるつもりやったし、ええけど」
なんか、納得いかないと言う感じで一角の熊へと視線を向けて、鑑定を開始する。
【名前:一角熊 種類:獣型の魔物 素材:角、爪、毛皮、牙 可食部:内臓以外 状態:顎の骨が粉砕されており、内臓の幾つかに損傷あり。気絶(一時間後には目覚める可能性あり)】
「ほぉ、最初と同じで色々出るもんやな。鑑定って、こんな便利なもんなんか? 素材とか、可食部とか、何なら今の状態まで把握できるなんて……。え? これって、ホンマに鑑定?」
「スキル、というべきか、どうかはわかんねぇけど、レベルとかあるんじゃないか? 意外とお前のレベルが高いとか」
「そ、そうなんかな……。なんか、不安やし、お前もなんかもらってるか、これで確認してみるわ」
「何か、プライバシーの侵害を感じるから、嫌だな」
「んなこと言わずに付き合ってくれっちゅうねん。ほら、やるで」
望へと目を向け、鑑定を開始する。
【名前:夢見 望 種族:人間(異常者) 筋力:S 耐久:S 生命力:S 精神力;A 敏捷性:S 器用さ:A 運:B 知力:C ユニークスキル:『夢の管理者』 適性:戦闘職全般】
「いや、どんなステータスやー!?」
「うおっ、ビックリした」
脳内に流れ込んできた情報に思わず叫び声を上げてしまい、それに驚く望。
悠は流れ込んできた望のステータスに思わず頭を抑える。
(いや、前から人間離れしとる奴やなとは思っとったよ? やけど、これはあまりにも……。多分、異世界に来た影響やんな? サラッと流し見ただけやけど、他にも剣術とかもあって、Sとか書いとった気がするけど、気のせいやんな。いや、つうか、ちょっと待って。種族んところどうなってるん? 人間(異常者)ってなんや? いや、前から身体能力とか、生命力とかおかしいとは思っとったけど、コイツ、サラッと人間辞めてます宣言されてへん?)
「おーい? 悠? おーい?」
気になるワードが何個……いや、数えるのが面倒なほどある。
だが、今は逆に考えるべきではないだろうか?
望がいれば、余程のことがない限り、自分に危険が及ぶことがないと言うことだ。
それと気になるスキルがあった。
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「無視か? 無視ですか? そうですか」
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その間に悠の問いかけに答えるかの様に、スキルに対する答えが頭の中に流れ込んできた。
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概念的な意味も含めるのならば、力としての範囲はかなりのものかもしれない。
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そういえば、自分を鑑定することはできるのだろうか。
悠は自分が映る物があれば行けるだろうかと思い、学生鞄に入ってただろうかと漁ろうとした時だ。
「なぁ、悠」
「何や?」
望の声に鏡を探しながらも、声だけ返して反応を示す。
鏡の様なものを入れていただろうかと思いながら、鞄を漁り続ける。
「いや、返事だけじゃなくてさ、見てほしいんだけど」
「今、忙しいねん。そんなん、後にしてくれへんか?」
「いや、でもさ、コレ見てくれよ」
「見てくれって、何が……え?」
珍しくしつこい望の声に反応し、悠がそちらへと視線を向けると、驚くべき光景が目に入った。
何もない草花だけが生い茂る草原の中に淡い光を放つ扉が出現していた。
その光景に悠は何度か瞬きしてから、望へと視線を向ける。
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俺、 鷹中 結糸(たかなか ゆいと) は…36歳 独身のどこにでも居る普通のサラリーマンの筈だった。
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おっさん武闘家、幼女の教え子達と十年後に再会、実はそれぞれ炎・氷・雷の精霊の王女だった彼女達に言い寄られつつ世界を救い英雄になってしまう
お餅ミトコンドリア
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パーチ、三十五歳。五歳の時から三十年間修行してきた武闘家。
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彼は、とある村で武闘家の道場を経営しており、〝拳を使った戦い方〟を弟子たちに教えている。
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これは、〝弟子たちがあっと言う間に強くなるのは、師匠である自分の特殊な力ゆえ〟であることに気付かず、〝実は最強の実力を持っている〟ことにも全く気付いていない男が、〝実は精霊だった美少女たち〟と再会し、言い寄られ、弟子たちに愛され、弟子以外の者たちからも尊敬され、世界を救って英雄になってしまう物語。
(※第18回ファンタジー小説大賞に参加しています。
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貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
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【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
異世界に召喚されて2日目です。クズは要らないと追放され、激レアユニークスキルで危機回避したはずが、トラブル続きで泣きそうです。
もにゃむ
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父親に教師になる人生を強要され、父親が死ぬまで自分の望む人生を歩むことはできないと、人生を諦め淡々とした日々を送る清泉だったが、夏休みの補習中、突然4人の生徒と共に光に包まれ異世界に召喚されてしまう。
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