愚者の狂想曲☆

ポニョ

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2章

愚者の狂想曲 34 晩餐会の終わりと新しい依頼

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七色に光り輝く、巨大なステンドグラスの光を背に、純白の天使が着飾る様な国宝級の刺繍の入ったドレスを少し靡かせ、沢山の宝石を身につけ、真紅の豪華なマントを身に纏い、その頭上には全てを照らす様な光を放つ、大きな宝石を散りばめた、金の王冠がその威厳を皆に知らしめているアウロラ女王。



「皆さん、今宵は良く定例晩餐会、夏の会に来てくれました。今回も無事に夏の会を開けた事を神に感謝し、皆の健闘を讃えたいと思います。今宵は、ゆっくりと寛いで行って下さい。そして、これからも、フィンラルディア王国の繁栄の為に力を合わせて行きましょう!フィンラルディア王国に幸あれ!」

「「「「「「フィンラルディア王国に幸あれ!!!」」」」」

アウロラ女王の、威厳のある綺麗な声が、バッカス宮に響き渡ると、それに応える様に、バッカス宮の全員の人が、手に持つワイングラスを高らかに掲げ、声を上げる。

そして、手に持つワインを飲み干した人々は、ワイングラスをテーブルに置き、拍手を始める。

その何千人もの人々の拍手の音が、バッカス宮を揺らす様に響き渡っていた。



「流石はアウロラね~。この有力者達の塊の中で、一切、その光を失わずに、威厳を示せるんだから」

俺に腕組みしながら、少し嬉しそうな、優しい微笑みを浮かべながら言うメーティス。



「…年上の、しかも女王陛下を呼び捨てにしちゃ不味いでしょ?」

「フフフ、葵ちゃんも同じ事を言うのね」

俺の呆れながらの言葉に、何故か楽しそうなメーティス。

俺達は席に座り、再度豪華な晩餐に舌鼓を打ち始めると、さも当然の様に俺の隣の席で、食事とワインを美味しそうに味わっているメーティス。



「…あの…いつまで、この席に居るつもりなんですか?それと…どちら様なのでしょうか?」

少し呆れている俺に、妖艶で楽しそうな微笑みを向けると、



「そんな寂しい事言わなくったっていいじゃない葵ちゃん~。…それとも、私の事が嫌い?」

その艶かしい身体を俺に擦り付けて来るメーティスに、少しドキッとなっていると、席の後ろから声がした。



「やっと見つけましたよメーティス統括理事!勝手に何処かに行かないで下さい!」

少しご立腹の、その声に振り向くと、少しふくよかな、20代後半でダークブラウンの綺麗な髪と瞳をした、優しい雰囲気の女性が立っていた。



「あら、見つかっちゃった?アルベルティーナも真面目なんだから」

「貴女が不真面目すぎるんですメーティス統括理事!…本当に仕事は出来るのに…全く…」

何やらブツブツと愚痴をこぼしているアルベルティーナ。それを可笑しそうに見ているメーティス。

俺は戸惑いながらアルベルティーナを見て



「アルベルティーナ学院長…このメーティスと言う女性とは、お知り合いなんですか?」

「お知り合いも何も…この方は、我がグリモワール学院、統括理事にして、ヴァルデマール侯爵家当主である、メーティス・アントワネット・エメ・ヴァルデマールです」

アルベルティーナの説明に、一同が驚く。その様子を楽しそうに見ているメーティス。



「そういう事なの葵ちゃん。だから、私と葵ちゃんは恋人関係なの。解った?」

「…いえ、若干、最後の部分は解りませんでしたが、メーティスさんがどう言った人物であるかは良く解りました」

俺の呆れた顔を見て、楽しそうにデザートを俺の口の前に持ってくるメーティス。

その妖艶なメーティスに持ってこられたデザートを頬張る俺。もぐもぐ。



「…なるほど、貴女があの有名な『暁の大魔導師』の2つ名を持つ、グリモワール統括理事のメーティスさんでしたとわ」

「そうですね。私もメーティス統括理事とは初めてお会いしますので解りませんでした」

リーゼロッテとステラは、顔を見合わせながら少し呆れたいた。



「とりあえず私の自己紹介も終わった事だし、私がこの会場に来ている人達を教えてあげましょう」

そう言って玉座の方を向くメーティス。



「女王のアウロラや王女のルチア、アブソリュート白鳳親衛隊副団長のマティアスの事はもう知ってるででしょ?」

「ええ、知ってますけど…この様な晩餐会の会場で、アウロラ女王陛下やルチア王女、マティアス副団長の事を、呼び捨てにしたら不味いのでは?」

俺は周りを気にしながらメーティスに言うと、妖艶な美しい顔を、クスッと悪戯っぽくする。



「大丈夫よ葵ちゃん。このテーブルの周りに、風の魔法で薄い空気の層を作って音を遮断しているから。他の者には、私達の話は全く聞こえないわ。私に気配を感じさせないで近づける奴なんて、そうそう居ないしね。それに、アウロラやマティアス、ルチアは私が魔法を教えた弟子なんだから、本来なら呼び捨てにしたっておかしくないのよ?」

楽しそうなメーティスに、盛大な溜め息を吐いているアルベルティーナ。



ふ~んそうなんだ~…って…

えええ!?どういう事!?

ルチアが魔法の弟子だって事は良しとしよう。

でも、マティアスやアウロラ女王はおかしいだろ?

メーティスの見た目は、どう見ても、26歳~27歳位にしか見えない。

マティアスより歳下だろうし、アウロラ女王からしたら、ずっと歳下のはず。

それなのに、魔法を教えたって事は…このメーティスは見た目通りの歳じゃ無いと言う事か?

ぱっと見は人間族にしか見えないけど…何かのハーフなのか?



俺はメーティスを霊視しようとして、レアスキルを発動させると、バチチと軽い電気ショックの様なものが、頭の中で起こる。霊視を防がれたのだ。

暁の大魔導師と言う2つ名を持つ位だ。LVも凄く高いのだろう。

俺の今の実力じゃ、霊視出来ないって事か…



「葵ちゃん~おいたはダメよ~?女性には秘密にしておきたい事もあるの」

そう言って妖艶な微笑みを湛えるメーティスは、再度、俺の口にデザートを持ってくる。

メーティスに持ってこられたデザートを頬張る俺。もぐもぐ、うん、林檎は美味しいね!



「横道に逸れたけど、アウロラのすぐ下の6つの席に座っているのが、このフィンラルディア王国の最有力貴族である六貴族が座って居る席ね。右端から、バルテルミー侯爵家のルクレツィオ、モンランベール伯爵家のランドゥルフ、ハプスブルグ伯爵家のアリスティドね。そして反対側が、クレーメンス公爵家のフェルディナン、アーベントロート候爵のパストゥール、そして最後は、フィンラルディア王国の宰相でもある、ビンダーナーゲル伯爵家のジギスヴァルト宰相よ」

メーティスの説明に、皆がテーブルの方に視線を向けている。エマはデザートに首ったけだ。



「そして、その次に爵位順に貴族様方の席が並んで居ます。まあ…その席順も、とある理由から決まって居ますが」

「とある理由?それはどんな理由なのステラ?」

俺がステラにそう聞くと、クスっと微笑むメーティスは



「そう言えば、そこの3人娘さん達は、ヒュアキントスのお供で定例晩餐会に来た事があったのよね。葵ちゃん、席順はね、派閥に関係しているのよ」

そう言って説明してくれるメーティス。



どうやら六貴族の中にも、派閥が存在するらしい。

バルテルミー侯爵家とハプスブルグ伯爵家は同じ派閥らしい。クレーメンス公爵家とビンダーナーゲル伯爵家も同じ派閥みたいだ。

モンランベール伯爵家とアーベントロート候爵は、独立した派閥を持っているとの事。

それぞれの派閥で協力関係が異なり、力関係が存在している。



「その派閥と爵位順で席は並んでいるの」

「じゃ~メーティスさんとアルベルティーナ学院長さんの席はどこなのですか?」

メーティスに可愛い小首を傾げながら聞いているマルガ。



「私のヴァルデマール侯爵家とアルベルティーナのティコッツィ伯爵家の席は、バルテルミー公爵家とハプスブルグ伯爵家の列に並んでいるわ。まあ別に、私達はその派閥じゃ無いのだけどね」

「そう…メーティス統括理事とアルベルティーナ学院長は、私と同じアウロラ女王陛下直轄になりますからね。派閥には属していないのですよ」

メーティスの言葉に被せる様に説明するその声に振り向くと、黒髪に金色の瞳の、優男風の男前が立っていた。



「あら、アルバラードじゃない。お久しぶりね」

「…メーティス統括理事は、私が近づいているのを知っていたでしょう?…相変わらず食えない御人だ」

メーティスの言葉に若干呆れているアルバラード。

アルバラードは俺の前に立ち、甘い微笑みを俺に向ける。



「…選定戦ぶりだね葵殿。私の事は覚えているかな?」

「ええ、覚えていますとも。アウロラ女王陛下の専属商人のアルバラード殿」

忘れるはずがない。コイツのお陰で、随分と不利な勝負をさせられたのだから。



「…そうかそれなら良いんだ。折角だらか、きちんと自己紹介をしておこう。私はデルヴァンクール子爵家の当主、アルバラード・デュ・コロワ・デルヴァンクールです。よろしく葵殿」

そう言って綺麗にお辞儀をして、俺に握手をするアルバラード。



やっぱりこのアルバラードも、貴族様だったのか。

ま~アウロラ女王の専属商人になれる位だから、身分も関係してくるのが普通だろうけどさ。

俺がそんな事を考えながらアルバラードと握手していると、リーゼロッテが涼やかに微笑みながら



「聞きたかったのですが、何故アルバラード卿は選定戦でルチアさんの敵に回る様な事をなされたのですか?どこの派閥にも属さない、アウロラ女王陛下の直轄であるはずのアルバラード卿が。本来なら、ルチアさんの方に力をお貸しになるのが普通だと思いますが?」

リーゼロッテが俺の聞きたかった事を、直球で聞いてくれる。

リーゼロッテの言葉を聞いたアルバラードは、フフッと面白そうに微笑むと



「…それはね、王族の専任商人になるのは、実力のある者がなるべきだと判断したからだよ」

リーゼロッテに優しく微笑みながら、手に持ったワインをクイッと飲むアルバラード。



「確かに私はアウロラ女王陛下直轄の者。ルチア王女の要望も解っていました。しかし、それだけで、王族の専任商人になれる様な事は、あってはいけないと思ったのですよ。知っての通り、王族の専属商人や専任商人は、無関税特権と言う特権を得られます。その権利は莫大な利益をもたらせ、各方面に色々な影響を与えます。そんな特権を持つ専任商人に、商人を初めて1年にも満たない葵殿は、適当ではないと判断したのですよ。そんな実力を伴わない者が、そんな特権を得れば、国が荒れる原因にもなりかねませんからね」

「だから…ジギスヴァルト宰相側…ヒュアキントスの側に回ったと言う事なのですか?」

「そう言う事です。彼らは曲がりなりにも、このフィンラルディア王国を支えてきた者達。ヒュアキントス殿の実力も確かな物でしたからね。なので、彼らの話に力を貸したのですよ」

優しい微笑みをリーゼロッテに向けながら言うアルバラード。



「商人は利益に厳しくなくてはいけません。そうしないと成り立ちませんからね。そう言った理由で、葵殿を排除しようと思ったのですよ。葵殿はルチア王女の専任商人になれなくとも、ルチア王女にお力をお貸しすると思いましたので。まあ…予想外だったのは、ヒュアキントス殿が葵殿の一級奴隷さん達を欲した事と、その勝負を葵殿が受けてしまったと言う事ですね」

フフッ笑いながら俺を見るアルバラード。



ええ!自分を見失って、とんでも無い取引をしてしまいましたよ!…チクチョウ…

でもこれで、何故アルバラードがヒュアキントスの側に回ったか良く解った。

アルバラードはアウロラ女王の直轄の者。別に、ジギスヴァルト宰相の派閥に組した訳ではなかった。

純粋に国の事を考え、俺より実力のあるヒュアキントスを選んだだけ。

ルチアの力には、専任商人じゃなくてもなれるだろうと判断したのだろう。



「…相変わらずイヤラシイ事をするわね貴方は。やっぱり、貴方とは合いそうにないわ」

メーティスは流し目でアルバラードを見ながら、俺の口にデザートを運んでくる。もぐもぐ。野いちごも美味しいね!



「暁の大魔導師であるメーティス卿にその様な事を言われるとは…褒め言葉と受け取って宜しいのでしょうか?」

「…別に、褒めて無いわよアルバラード卿?」

嫌な物でも見る様な眼差しをアルバラードに向けているメーティスを、何事もない様な微笑みで見返しているアルバラード。



「まあ…私の予想に反して、葵殿は勝たれた。あの逆境の中を勝ち抜く実力を示された葵殿を、私は歓迎したいと思っていますよ。これからは良き関係を築いて行きたいものですね」

「そうですね…その様になれば良いですね」

苦笑いしている俺を、フフッと笑って見ているアルバラード。



「なんだか楽しそうね。私も混ぜてくれない?」

その声に振り向くと、真っ赤な燃える様な美しいドレスで着飾ったルチアがマティアスと立っていた。



「あらルチア。他の人との挨拶は良いの?」

「別に良いですわメーティス先生。どうせくだらない事ばかり言ってくる人達ばかりなんだし」

盛大に溜め息を吐くルチアに、テテテと走り寄る者がいた。



「ルチアお姉ちゃんとってもきれい~。ルチアお姉ちゃんて、やっぱり本物のお姫様なんだね~」

そう言って微笑むエマを、デレッとした顔で抱き寄せるルチア。



「エマは可愛い事言ってくれるんだから!ほらほら!」

エマを抱きながら、エマをコチョコチョしているルチア。エマは嬉しそうにキャキャとはしゃいでいる。ルチアはステラから席を譲って貰って俺の隣に座り、膝の上にエマを座らせる。



「はあ~落ち着くわ~。玉座の近くって、息苦しいったら…」

「ルチア様、その様な事を言われては…」

「大丈夫よマティアス。メーティス先生が風の魔法でこのテーブルを包んでいるんだから。声なんか聞こえないわよ」

「それはそうですが…」

軽く溜め息を吐くマティアスは、周りを気にしながら呆れている様であった。

俺も周りを見回してみると、沢山の人々が俺達のテーブルに視線を向けて、何か話している様であった



「六貴族の2人だけではなく、グリモワール学院のメーティス統括理事さんやアルベルティーナ学院長、アウロラ女王陛下の専属商人のアルバラード卿や王女であるルチアさんまでが、この末席に来ているのです。注目されても不思議ではありませんわね」

リーゼロッテは周りを見回しながら、ニコッと俺に微笑む。



「でも、それだけで、他の人はこの席に来ようとしないけど…何故だろうね葵兄ちゃん?」

マルコは不思議そうに俺を見ながら言うと、フフと笑うルチアは



「それはメーティス先生がこの席に居るからよ。メーティス先生は好き嫌いが激しいから、他の貴族や商家もタジタジなのよ」

「…余計な事は言わなくていいのルチア」

少し不貞腐れながら言うメーティスは、クイッとワインを飲み干す。



「しかもメーティス卿は六貴族並の発言力を、アウロラ女王陛下から与えられていますからね。どの派閥にも属さない、アウロラ女王陛下直属の者。皆、メーティス卿に目をつけられたくないのでしょうね」

楽しそうに言うアルバラード。



「そう言えば、アルバラード卿はここで何をしているの?」

「私は葵殿と親睦を深めようと思いましてね。同じ特権を持つ商人同士ですからね」

「フン!今更って感じがしない訳でも無いけどね!」

「ルチア王女には、選定戦後に何度も説明したではありませんか」

「解ってるわよ!」

プリプリ怒っているルチアに、苦笑いをして居るアルバラード。

そんな俺達の元に、見覚えのある少女達が近寄ってきた。



「ルチア王女様。アウロラ女王陛下の準備が整われたとの事です」

「あらそう。ありがとうルイーズ」

そこには、豪華なメイド服を着て、礼儀正しくルチアに伝言を告げる、ルイーズ、アンリ、ジュネの3人



「ルイーズ、アンリ、ジュネ元気そうだね」

「はい!ルチア様は優しくして貰えますし、私達は幸せです!」

俺の言葉に、満面の笑みで微笑む3人を見て嬉しそうなマルガにマルコ。



「お母様の準備が整ったのなら、葵を案内して上げてくれる?」

「「「はい!ルチア王女様!」」」

声を揃えて返事をする3人は、俺をテーブルから立たせる



「え!?俺…どこかに行かなければいけないの?」

「お母様が葵とお話がしたいみたいよ。粗相のない様に、注意しなさいよ?」

俺はルチアの言葉に少し戸惑いながら、ルイーズ、アンリ、ジュネに案内されて付いて行く。

バッカス宮の階段を登って行き、最上階まで来た。

そこは展望台の様になっていて、そこに1人アウロラだけが立っていた。



「アウロラ女王陛下、葵様をお連れしました」

「解りました。貴女達はルチアの元に戻りなさい」

アウロラの言葉に、綺麗にお辞儀をして立ち去るルイーズ、アンリ、ジュネ。

俺は1人取り残され、少し緊張をしていると、クスクスと可笑しそうなアウロラが



「何も緊張しなくても良いのですよ?こちらに居らっしゃい」

「はい、ではお言葉に甘えさせて頂きますアウロラ女王陛下」

俺は苦笑いしながらアウロラの側に行くと、ワインの入ったグラスを俺に手渡すアウロラ



「お酒は飲めるのかしら?」

「はい…少しですけどね」

俺は手渡されたワインを口に運ぶ。少し甘く、ほろ苦い、濃厚な葡萄酒が口の中に広がる。

お酒の飲み慣れて居ないと解る俺の飲み方に、クスクスと笑うアウロラに、少し顔の赤くなる俺。



「と…所で、アウロラ女王陛下。僕にどの様な御用なのでしょうか?」

声の少し上ずっている俺に優しく微笑みかけるアウロラは



「…葵さん、あちらを見てみて下さい」

そう言って指をさすアウロラ。

そこには巨大都市、王都ラーゼンシュルトの町が広がっていた。

このバッカス宮の展望台はビル7階位の高さがある。ここから町を見れば、ロープノール大湖まで一望出来る。

夜の暗闇に、人々の生活を感じさせる明かりが宝石の様に輝き、俺の目には眩しく映る。



「…綺麗ですね。優しい光が沢山…まるで夜空を写した様ですね」

「あら…意外と上手く言いますね。少し驚きましたわ」

俺が気恥ずかしそうにしていると、綺麗な装飾のついた扇子を、口元に当ててクスクスと笑うアウロラ



「私も…この光景が好きなのですよ…この光景を守る為に、私は女王として責務を果たしています」

「それは大変凄い事だと思います。僕には到底真似出来ませんね」

苦笑いをする俺を見て、意外そうな顔をするアウロラ



「あら何故?貴方はこの世界より随分と文明の進んだ世界…地球と言う所からやって来たのでしょう?色々な知識を持っているでしょうに…」

その言葉を聞いた俺は、一気に血の気が引いていく。

そんな俺を見て、再度楽しそうな顔をするアウロラは



「そんなに心配する事ではありません。私は貴方に何かしようなどとは思っていませんわ。ルチアさん同様、貴方に何かを強要したりしませんから」

そう言って優しく微笑むアウロラを見て、少し安堵する俺



「貴方の事は、選定戦前に、ルチアさんから全て聞いています。貴方の事を私に言ったルチアさんを責めないで上げてくださいね。ルチアさんにも出来る事に限界が有ります。あの子は賢い子だから、それをすぐに理解して、ごく少数の信用の出来る人物に協力を仰いだのです」

なるほど…そりゃそうだ。ルチアにも出来る事と、出来ない事がある。



「そのごく少数と言うのは…他に誰がいるんですか?」

「それは、私とアウロラ、後は…アルベルティーナだけよ」

その声に振り向くと、艶かしい微笑みを湛えながら、ワイングラスを持った美女が立っていた。



「メーティス先生は呼んだつもりはありませんでしたけど?」

「かたい事言わないのアウロラ。それとも…私に聞かれたら…不味い様な話でもしたかったの?」

悪戯っぽく微笑むメーティスを見て、少し呆れ顔のアウロラ。



「私が葵さんをここに呼び出したのは…葵さんがこれからどうしようと考えているのか知りたかったのです。地球と言う進んだ世界からきて、ルチアの専任商人になった葵さんが、何をしたいのか気になりましてね」

アウロラは少し真剣な表情で俺を見る。メーティスもワインを味わいながら、流し目で俺を見ていた。



「俺が…これからしたい事ですか?」

俺は若干戸惑いながら、気持を整理する。



俺のしたい事…愛するマルガやリーゼロッテと幸せに暮らせる事。

仲間になった、マルコ、エマ、レリアや、ステラ、ミーア、シノンを守れれば十分。

あ!ルナやリーズ、ラルクル達もだね。

後は…商売である程度儲けを出せて、楽しく過ごせたら…それだけで…



「俺は大切な人達と、楽しく幸せに暮らせればそれで良いですね。商売で程よく儲けが出せればって感じで…」

俺の苦笑いしながらの言葉に、アウロラとメーティスは顔を見合わせてキョトンとしていた。



「貴方…自分が持っている知識が、どれほど凄いものか解っていて、それを言っているの?」

「ええ、そうですよメーティスさん。知っているからこそ、俺は普通に生活がしたいのです」

俺の言葉に、不思議そうな顔をしているメーティス。



「僕は何も…どこかの国の王様や、物語に語られるような英雄になりたい訳じゃないんです」

俺はゆっくりと気持ち話す。



そう…そんな事は望まない。

確かに俺は、この世界を一変させるかも知れない知識を持っている。

でも、それを実行していけば、きっと避けれない悲劇も沢山味わう事が、容易に想像出来る。

俺のせいで沢山の人が死ぬかもしれないし、不幸にもなるかもしれない。

そんな事になれば、愛するマルガやリーゼロッテも危険な目に遭うし、エマやマルコ、レリアにステラ、ミーア、シノンにだって危険が及ぶかもしれない。俺はそんな事耐えれない。仲間が幸せに過ごせるだけで良い。王様や英雄なんて者は、なりたい奴にならせておけば良いのだ。



俺の言葉を聞いたアウロラは軽く溜め息を吐く



「葵さんの言う事は解りますが…少しもどかしさも感じますわね」

「それは仕方の無い事よアウロラ。貴女はこの国を治める女王で、葵ちゃんは普通の商人だもの。背負っている物も違うだろうし、生き方も違って当たり前よ」

メーティスの言葉に、そうですわねと、苦笑いをするアウロラ



「でも葵ちゃん、どうしても困った事態になった時は…貴方の知識…『科学の力』と言うものを貸して欲しいのは事実よ。それは協力して貰えるのかしら?」

「そうですね…情報をこちらで精査して、適当と判断した時は、対価と引換にと言う事であれば」

その言葉を聞いたメーティスはフフと可笑しそうに微笑み



「対価と引換ね…その時は、安くして上げてね葵ちゃん」

「努力します」

苦笑いをしている俺を見て、楽しそうなメーティス。



「…今日、葵さんとお話が出来て良かったですわ。私もそろそろ晩餐会に戻らなければなりません。一足先に、葵さんは戻ってくれますか?」

「はい、解りました。僕もアウロラ女王陛下とお話出来て良かったです」

俺は綺麗にお辞儀をして立ち去ろうとすると、後ろから声を掛けるアウロラ



「それから…ルチアさんの事も…宜しくお願いしますわね」

「…勿論です。ルチアは…俺の大切な仲間ですから」

俺の微笑みを見て、フフフと楽しそうに笑うアウロラ。俺は皆が待つ晩餐会の会場に戻るのだった。



「…欲のない人物…なのかしら?」

「…違うんじゃない?彼の望む物が、野心家達の望む物と違うって事じゃないのかしら?」

アウロラの問に、応えるメーティス。



「どこか…雰囲気がキャスバルに似ているわね葵ちゃんは」

「あら、メーティス先生もそう思います?私もそう思ってましたの。あの雰囲気や考え方…まるでそこにキャスバルが居る様で…どこか悪戯したくなっちゃいますわ」

葵の立ち去った入り口を見つめながら、悪戯っぽく言うアウロラ



「本当に仲が良かったわよね、貴方とキャスバルは。アウロラが唯一愛した男性ですもんね」

「ええ、フィンラルディア王国の無能の王と言われ様とも、私にとっては最高の人でした。きっと私とキャスバルの子供達も、王としてではなく、父親としてキャスバルの事を愛していたと思いますわ」

どこか懐かしむ様に言うアウロラは、満天に輝く夜空の星々を見つめていた。



「キャスバルが亡くなって、もう7年ですもんね。月日が経つのも早いものね」

アウロラの横でワイングラスに口をつけるメーティス。



「きっとルチアさんも…キャスバルと同じ雰囲気と考え方を持つ葵さんを、気に入ったのだと思いますわ。ルチアさんは素直じゃないので、認めようとはしないのでしょうけど」

「そうかもね。昔、素直じゃなかったアウロラの様にね」

メーティスの言葉に、気恥ずかしそうに微笑むアウロラ。



「出来れば…何事も無く…幸せに過ごして欲しいのですけどね。メーティス先生…私の子供達と、葵さん達の事…宜しくお願いしますわね」

「任せておいて。可愛い愛弟子のアウロラのお願いだもの。頑張っちゃうから」

夜空に捧げる様に、ワイングラスを合わせるアウロラとメーティス。

その美しいグラスの音が、微かに聞こえる晩餐会の人々の声に交じり合っていった。



「…もう少しゆっくりして行く?」

「そうしましょうかメーティス先生」

にこやかに微笑み合うメーティスとアウロラ。



こうして俺達の初めての晩餐会は、過ぎていくのであった。













翌日、晩餐会から戻って来た俺達は、グリモワール学院にある俺達の宿舎でゆっくりとしていた。



「安定した収入を得られる予定は立ちましたが、それまでに何か収入を得たい所ですね葵さん」

宿舎の寛ぎの間でゆっくりしている中、リーゼロッテが口を開く。



「そうだね~。何か無いかな?約30日位ある事だしね。どこかに行商でも行こうか?」

「そうですね…では、少し考えてみましょう」

リーゼロッテはそう言って、アイテムバッグから紙を取り出し見ている。

恐らくこの王都ラーゼンシュルト周辺で利益を上げれる商品と、行商ルートを考えてくれて居るのであろう。そんな俺とリーゼロッテを見ていたマルガが、何かを思い出した様に



「ご主人様!私に良い案が有ります!」

ハイハイ!と、右手を上げて猛アピールをしてくる可愛いマルガの頭を優しく撫でる。



「はい!マルガさん。発表して下さい!」

「ハイ!私は、冒険者ギルドのアガペトさんが言っていた、冒険者ランクを上げるお仕事を受けるのが良いと思います!」

フンフンと鼻息の荒いマルガは、元気一杯に発表した。

その言を聞いて、俺とリーゼロッテは顔を見合わせる。



「マルガその案いいね!最近色々有ったから、その話をすっかり忘れていたね!」

「そうだね葵兄ちゃん!冒険者ギルドのあの話なら、何処の冒険者ギルドでも良いって事だったし、仕事を達成すれば、冒険者としてのランクも上げれるし、同時に報酬も貰えるから都合も良いし」

マルコの言葉にウンウンと頷くマルガは嬉しそうだ。



「確かにマルガさんやマルコさんの言う通りですね。期間はそこそこありますから、丁度良いかも知れません」

リーゼロッテはマルガとマルコの頭を優しく撫でながら言うと、照れ笑いしているマルガとマルコ。



「葵様…冒険者ギルドで何かお仕事を受けられるのですか?」

ステラが紅茶を入れてくれながら俺に聞いてくる。



俺達は以前、ラフィアスの回廊で見つけた事に対しての報奨を、一部受け取っていなかったのだ。

それは、冒険者ランクの2階級特進。

但し、試験があるみたいなので、ある程度皆のLVを合わせて、尚且つ何も予定の無い時にと思っていて後回しにしていた。

今回は皆のLVも整っているし、期間もある。それに仕事を達成したら、報酬も貰える。

今の俺達には丁度良いのだ。



「俺達はちょっと前に、ラフィアスの回廊で新しいMAPを発見して、宝石も見つけたんだ。まあ見つけた宝石はもう売っちゃって無いけど、冒険者ランクの2階級特進の条件はまだ有効なんだ」

「では…あの300年間誰も発見出来なかったラフィアスの回廊の秘宝を見つけたのは…葵様達だったのですね。発見の情報は得て居ましたが、発見者の名前までは聞き及んでいませんでした」

そう言って少し驚きながら見ている、ステラ、ミーア、シノン



実際はそんなものなのかもしれない。

港町パージロレンツォと、王都ラーゼンシュルトはそこそこ距離も離れているし、この世界にはまだ、新聞や瓦版と言った、情報媒介が存在していない。

国や冒険者ギルドの発表は、掲示板を人々が見て、口コミで広がっていくというのが慣習だ。

発見の情報はこの王都ラーゼンシュルトまで伝わっているが、発見者までは伝わっていないのかもしれない。俺達は特に有名じゃないしね。



でも、港町パージロレンツォに居てる時は、結構凄かったりしたのだ。

発表されてからは、マルガやマルコは、色んな人から声を掛けられる様になっていたし、俺も町を歩けば、色々聞かれたりもした。

小さな女の子から花束を貰った時の、マルガとマルコのデレデレ顔と言ったら…

なので、港町パージロレンツォでは俺達はそこそこ有名人だったりするのだ。



「とりあえず、冒険者ギルドに行ってみようか。用事のある人はいる?」

俺の言葉に手を挙げるリーゼロッテと3人の亜種の美少女達。



「私は少し用事がありますの。冒険者ギルドの件は、葵さん達にお任せしますわ」

「私達も、宿舎の清掃と、皆様方の買い出しに行かせて貰いたく思います葵様」

リーゼロッテとステラの言葉を聞いて、頷く俺。



「解ったよ。リーゼロッテとステラ達は、自分の遣りたい事を優先してくれていいよ。じゃ~マルガとマルコ一緒に行こうか」

「ハイ!ご主人様!」

「解ったよ葵兄ちゃん!」

嬉しそうに返事をするマルガとマルコの頭を優しく撫でながら、



「あ…それから…明日皆で…ロープノール大湖に泳ぎに行こうと思ってるから、買い出しに行くなら、皆の分の水着も買ってきてくれるステラ?」

その言葉を聞いたマルガとマルコは軽く飛び上がって、ハイタッチをして喜んでいる。



「ご主人様!私楽しみです~!」

「オイラも!一杯泳いで遊びたいよ!」

キャキャとはしゃいでいるマルガとマルコ。レリアと一緒に散歩に出かけているエマも居たら、凄く喜んでいたかもしれない。



「私も…初めてなので…楽しみです」

「私も…泳ぐの…気持良さそうです~」

ミーアとシノンも嬉しそうにしている中、ステラだけが若干、顔が引き攣っていた。



「どうしたのステラ?何か心配事でもあるの?」

「い…いえ!なんでも御座いません葵様!」

珍しく慌てているステラに首を傾げる俺



「と…とりあえず、一緒に持っていく、食べ物や飲み物も一杯買って来て。あ…でも…重くて持てないか…」

「大丈夫ですわ葵さん。ステラさん達と買い出しの時間を合わせて、私も一緒に行きますから。私のアイテムバッグに入れれば、重くありませんから」

「じゃ~頼むよリーゼロッテ」

俺は皆に挨拶をして、冒険者ギルドに向かうのであった。













俺とマルガ、マルコの3人は、冒険者ギルドの王都ラーゼンシュルト支店に向かって歩いている。

季節は真夏だが、影を歩けばそこまで暑くない。

昔の日本人もこの様な涼しさがあったからこそ、涼のとり方も風流な物が流行ったりしたのであろう。

その様な事を思いながら歩いていると、冒険者ギルド、王都ラーゼンシュルト支店が見えてきた。



港町パージロレンツォにある冒険者ギルドより大きなその建物は、創りは古いが素晴らしいレンガ作りの建物であった。

冒険者ギルドの象徴である、勇者クレイオスの銅像と、左側にはその勇者クレイオスの妻にして、一番の使者であった使徒エウリュビアの銅像が立てられている。



俺達は巨大なその銅像を眺めながら冒険者ギルドに入って行くと、沢山の人々が居て賑わっていた。



「冒険者ギルドはどこに来ても活気がありますねご主人様!」

「そうだね~。色々な人達が冒険者ギルドには入ってくるからね。人の集まる町の冒険者ギルドは、どこも賑わっているよね」

色んな人種の人々が行き交うのを、楽しそうに見ているマルガとマルコの手を引きながら、俺は冒険者ギルドの受付の前に来た。



「こんにちわ!冒険者ギルドにどの様な御用でしょうか?」

受付の女性が微笑みながら聞いてきた。



「えっと…仕事を受けに来たのには間違いはないのですが…僕達は少し特殊でして。とりあえず、この書状を見て貰えますか?」

俺はそう言って、アイテムバッグから1枚の書状を出し、受付の女性に手渡す。



その書状は、アガペトが書いてくれた、冒険者ランクを2階級特進させる条件と、理由が書かれた書状だ。本来なら港町パージロレンツォの冒険者ギルドで行えば良いのだが、ルチアとの約束で王都ラーゼンシュルトに向かう事が決定していたので、アガペトに相談したらこの書状を書いてくれた。



アガペト曰く、この書状を見せれば、どこの冒険者ギルドでも、同じ様に扱ってくれると言っていた。

なので俺は説明するよりも書状を見せた方が早いと思ったのだ。

その書状を見た受付の女性は、書状と俺達を見返しながら、



「ご…ご用件は解りました。私では解り兼ねますので、暫くここでお待ちください」

そう言い残して、書状を持って奥に行く受付の女性。暫く言われたままに待っていると、受付の女性が帰ってきた。



「葵様お待たせしました。解る者が対応しますので、こちらに来て下さい。ご案内します」

そう言って案内してくれる受付の女性の後に付いて行く。

冒険者ギルド、王都ラーゼンシュルト支店の最上階に来た俺達は、立派な造りの扉の前まで案内される



「アベラルド支店長、葵様をお連れしました」

「ウム、入って頂きなさい」

その声に部屋の中に案内される俺達。沢山の書物や武具に囲まれたその部屋の奥に、少し背の高い、ガッチリとした感じの40代後半の男性が立っていた。



「ようこそ来られました。私が冒険者ギルド、王都ラーゼンシュルトシュルト支店の長を務めていますアベラルドです」

そう言って軽く頭を下げるアベラルド。



「僕は葵 空。こっちは僕の一級奴隷のマルガと、旅の仲間のマルコです」

「ご主人様の一級奴隷をしていますマルガです!よろしくです!」

「オイラはマルコです!葵兄ちゃんの弟子をしています!よろしくです!」

元気一杯に挨拶をするマルガとマルコを見たアベラルドは、表情を緩める。



「ハハハ、元気があって宜しいですな。要件はアガペトからの書状を拝見させて頂きましたので解ります。どうぞ、そちらにお座りください」

それ達は薦められるまま、広いソファーに腰を下ろす。



「では、まず葵さん達のネームプレートを拝見させて貰ってよろしいですかな?」

俺達は頷き、アベラルドにネームプレートを提示する。

当然、見られたくない項目は秘密モードになっているが、俺達の身分を証明するには、何も問題はない



「確かに拝見しました。間違いなく葵様ご一行で有る事を確認しました」

そう言って俺達にネームプレートを返却するアベラルド。



「冒険者ランクを2階級特進させる試験を受ける方は、こちらにいらっしゃる方達のみで宜しいのですか?」

「いえ、もう一人居ます。出来ればその子も一緒に受けさせて欲しいのですが」

「結構ですよ。書状には、葵様ご一行と書かれていますので」

その言葉にマルガとマルコは嬉しそうに顔を見合わせる。



「では…試験の内容ですが…どの仕事で…試験とするか…」

そう言いながら、顎に手を当てて考えているアベラルド。暫く考え込んでいたが、何かを思い出した様に俺達に向き直る



「そう言えば、マリアネラに任せた依頼に、応援の要請が来ていましたね。その応援に行って貰うのも良いかも知れません」

「それは…どんな依頼なんですか?」

俺の言葉にフムと頷くアベラルド。



「ええ、葵様方は、ここ数年起こっている、郊外町で横行している人攫いの件はご存知ですかな?」

「郊外町での…人攫いですか?」

「そうです。元々治安の悪い郊外町ですが、ここ数年、頻繁に郊外町で人が攫われて居るのです。まあ…元々市民権の無い者達が多く住む所なので、放置していたのですが、どうやら組織的に人を攫っている集団が居るみたいでしてね。そいつらの目的を一緒に探って欲しいのです」

アベラルドの言葉に、少し不安そうなマルガにマルコ



「ご主人様…郊外町と言うのは…そんなにも危険な所なのですか?」

マルガは少し瞳を揺らしながら、俺に聞いてくる。



この王都ラーゼンシュルトや港町パージロレンツォの様な大都市の周りには、都市の中で住めない人々、つまり、多額の税金を払えず、市民権を持てない人々が数多く生活をしている。

そう言う人々が集まって出来た町が、郊外町なのだ。



当然、税金を満足に払えない人々は、騎士団に守って貰える事もなく、日々その生命を危険に晒しながら生きている。

強姦、殺人、誘拐は日常茶飯事。郊外町に住んでいる者達は特にそれを特別と思っては居ない。

それ位治安の悪い町なのだ。



だが、都市に通じる大通りに面する場所に住んでいる者達や商店は、税金を多少は収めていたり、商店等は、都市に住む人が経営していたりするので、警護して貰えたりしている者達もごく一部だが居る。

しかし、大半は、毎日を命がけで生活する者達が殆ど。

俺も皆には、郊外町には絶対に1人で行かない事と、もし、何かの用事で行く事がある時は、戦闘職業に就いている、マルガ、マルコ、リーゼロッテや俺の同行を求める様にしているのである。

俺の説明に、表情を暗くする、マルガにマルコ。



「マルガさんにマルコさんが暗い顔をされるのも解らなくはないですが、これはある意味仕方の無い事なのですよ」

苦笑いしながら言うアベラルド。



「それは…どういう意味なのですか?」

「それはねマルガ、もし、騎士団が税金を払わない奴らを同じ様に助けたら、都市の中に住む人々は、税金を払わなくなっちゃう可能性があるからだよ。お金を払わずとも、市民権を得た状態と同じなら、誰も税金なんて払いたくなくなるでしょ?」

俺の言葉に、少し俯くマルガ。



マルガは優しいからね…

この郊外町の問題は、昔から取り上げられては、流されてきたのだ。

大都市に仕事にありつく為に集まってくる貧困層を如何に解消するかは、何時も議題に上がっているらしい。

しかし、税金の取り立てをしようにも、取り立てる金が無かったり、人の入れ替わりも激しかったりするので、きちんとした人の管理も出来ていないのが現状だ。



しかも、貧困層といっても、毎日生活するお金や品物を、仕入れたり、働いたりもするので、経済的にも役に立っている。人口も結構なものなので、その経済効果も無視出来ない所まで来ていて、完全に駆逐出来ない要因にもなっている。

増え続ける郊外町の人々をどうするかは、それぞれの大都市では頭を抱えているのが現状だ。



それと、無法地域に見える郊外町にも、一応の支配者は存在する。

非合法ではあるが、郊外町を治めるというか、支配している者…つまりマフィアの様な存在の者達だ。

その者達は、非合法ではあるが、税の取り立てと言う名目で、その土地の領主から、郊外町の支配を許されている。取り立ての難しい税を、国に変わって取り立てる代わりに、支配を許されているのだ。

その者達のお陰で、郊外町は崩壊せずに、成り立っているとも言える。



「…今回の依頼は調査のみ。戦闘になる様な事は、先に依頼を受けているマリアネラのパーティーが担当しますので、比較的安全に行動できると思います。それと、危険を感じたなら、いつでも戻って頂いて結構です。その内容を聞いて、私が合否を判定します。報酬は…金貨20枚。どうされますか?」

アベラルドの言葉に、心を動かされる。



戦闘なしで、危険を感知したら撤退しても良いのか…

それで金貨20枚に、冒険者ランクの2段階UPか…魅力的だな。



「解りました。その条件でお受けします」

俺の言葉にニコッと微笑むアベラルド。



「そうですか。それでは5日後に、先遣しているマリアネラ達のパーティーと合流と言う事で伝えておきます。詳しい内容は、追って書状を届けさせますので」

「ハイお願いします」

俺達はアベラルドと握手を交わし、冒険者ギルドを立ち去る。



しかし、この依頼が、後にとんでも無い所に繋がっていようとは、この時は想像すらしていなかった。

俺は、触れてはいけない領域に、踏み込んでしまった事を、後になって激しく後悔する事になるのだった。
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