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第1章:異常な日常の幕開けと『神無月』始動
第3話 問題児だらけの地下スタジオと、最強の物理防御
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「失礼します! 本日付けでマネージャーに採用されました、田村です!!」
霜の降りた重厚な防音扉を押し開け、田村は腹の底から響く野太い声で挨拶をした。
地下の防音スタジオの中は、凄まじい惨状だった。
まず目に飛び込んできたのは、ひしゃげたマイクスタンドと、壁にめり込んでいるパイプ椅子。床には謎の亀裂が走り、天井の蛍光灯は半分ほどが明滅してチカチカと不快な音を立てている。
そして何より、異常なほど室温が低い。足元にはうっすらと白い冷気が漂い、壁のあちこちに本物の霜が張り付いていた。
(……なるほど。前のマネージャーが1日で逃げ出したってのは、この劣悪な労働環境のせいか)
田村はスーツの肩に積もった埃を払いながら、冷静に室内を観察した。
アイドルのレッスンスペースというより、解体工事の現場か、あるいは悪質な不良の溜まり場にしか見えない。空調の設定温度を間違えるにも程があるし、機材の扱いも荒すぎる。これはマネージャーとして、最初にガツンと生活態度から指導する必要がありそうだ。
「あァ? なんだテメェ、新入りか?」
部屋の中央で、ドカッとあぐらをかいていた長身の女が立ち上がった。
身長は170センチ以上あるだろうか。長い手足と、タンクトップ越しにも分かる引き締まった抜群のプロポーション。エネルギッシュで華やかな、大人の色気を感じさせる美女だ。
だが、その手にはなぜか、真っ二つにへし折れた黒いマイクスタンドが握られていた。
「おいおい、また新しいのが来たのかよ。どうせすぐ泣いて逃げ出すクセに、物好きだねェ」
女はケラケラと笑いながら、足元に転がっていた2リットルのペットボトルを拾い上げ、ラッパ飲みした。ボトルのラベルは剥がされているが、漂ってくるアルコールの強烈な匂いからして、中身はどう見ても度数の高いストロング系のチューハイだ。しかも、チェイサー代わりにタピオカミルクティーを交互に飲んでいる。味覚が狂っているとしか思えない。
「俺は田村範朝。今日から君たちの専属マネージャーを務める。そっちの名前は?」
「アタシか? アタシは『茨』だ。覚えとけ、デカブツ」
茨と名乗った女は、挑発的な笑みを浮かべたまま、手にしていた半分折れかけのマイクスタンドを、まるでダーツの矢でも投げるかのように、田村の顔面めがけて無造作に放り投げた。
ヒュンッ! という風切り音と共に、黒い棒が飛んでくる。
速度はそこそこ速かったが、軌道は単調だった。田村は一歩も動かず、顔の数センチ手前で飛んできたマイクスタンドを右手でガシッと掴み取った。
「……は?」
茨の口から、間の抜けた声が漏れる。
「危ないな。いくらこういう小道具が精巧なプラスチックや軽量アルミで作られているとはいえ、目に当たったら失明するリスクがある。アイドルの商売道具なんだから、もっと丁寧に扱ってくれ」
田村がマイクスタンドを床に置きながら淡々と注意する。
(実際には、手の中にずっしりとした冷たい鉄の重みと硬さを感じたが……いや、いくらなんでも、あんな細腕の女の子が本物の鉄パイプを素手でへし折って投げるわけがない。きっと中に重りでも入った特注のレプリカだろう)
田村がそんな常識的な自己完結をしていると、茨は信じられないモノを見るような目で田村の太い腕を凝視していた。
どうやら、田村が怯えて逃げ出すと踏んで、安物の軽い小道具を投げて脅かしたつもりらしい。タマモといい、この事務所の連中は新人をドッキリでからかうのが伝統なのだろうか。
「ひっ……! なに、あの人……こわい……」
部屋の隅から、か細い声が聞こえた。
見ると、パイプ椅子をいくつか並べた即席のベッドの上に、ダボダボのジャージのフードを深く被った小柄な女性がうずくまっていた。
手には携帯ゲーム機が握りしめられており、周囲の床だけが、なぜか円形に真っ白に凍りついている。おそらく、あの場所の真上に強力な冷房の吹き出し口があるのだろう。
「初めまして。俺はマネージャーの田村だ。君は?」
田村が歩み寄ると、彼女はビクッと肩を震わせ、ジャージの襟元をギュッと引き上げた。フードの隙間から、雪のように透き通る白い肌と、クールな美貌が覗く。ジャージのシルエットからでも分かるほど、極めて豊満なプロポーションの持ち主だ。だが、その表情は怯えた小動物のように強張っていた。
「……『吹雪』。……こないで。あなたのその、無駄に分厚い筋肉……見てるだけで暑苦しい。空気が重くなる。ムリ……帰って……」
「そう言わずに。それに、そんな冷房の直下で寝っ転がってゲームをしてたら、風邪を引くぞ。アイドルは体が資本だ。ほら、設定温度を上げるからリモコンを貸しなさい」
「ちがっ……これ、冷房じゃなくて……っ、ていうか、なんで平気なの……?」
吹雪はガチガチと歯の根を鳴らしながら、信じられないものを見る目で田村を見上げた。
たしかに、この部屋は半袖のスーツ姿では少し肌寒いが、週に5日ジムで限界まで筋肉を追い込んでいる田村の代謝を舐めないでいただきたい。この程度の冷気、プロテインを飲んでスクワットを10回もやればすぐに汗ばむレベルだ。
「あらあら……。本当に、随分と『頑丈そう』な殿方がいらしたのね」
突然、背後から甘ったるい声がかけられた。
振り返ると、いつの間にか一人の女性が立っていた。透明感のある色白の肌に、スレンダーなスタイル。清楚でおっとりとした雰囲気の中に、ミステリアスで艶やかな大人の色気を漂わせている美女だ。
顔立ちはどこか韓国のアイドルのようにも見える。
「私は『オロチ』。このグループのリーダーをやらせてもらっているわ。ふふっ、よろしくね、マネージャー君?」
オロチと名乗った彼女が微笑んだ瞬間、田村は急激な「気圧の変化」を感じた。
チカチカと明滅する蛍光灯の光のせいで、彼女の背後に伸びる影が、まるで無数の巨大な蛇が蠢いているように見えた。さらに、首筋にネットリと絡みつくような、息の詰まる重苦しい空気。
間違いなく、この地下スタジオの換気システムは完全にイカれている。極端な冷房による温度差と、換気不良による気圧の低下が、田村の三半規管に錯覚を起こさせているのだ。
(……ん? リーダー? さっき上の階で面接をしたタマモさんが、『私がリーダーとして引っ張って~』と言っていたはずだが……)
田村は少し考え、すぐに合点がいった。
(なるほど。アイドルグループによくある、センターとリーダーの権力闘争か。あるいは、運営側の設定がまだ固まりきっていないだけか。まあいい、俺はマネージャーとして中立を保とう)
「よろしく、オロチさん。ところで、コンセプトの話なんだが……」
田村は首をゴキゴキと鳴らし、気圧の変化による肩こりをほぐしながら、三人のアイドルたちを見渡した。
「設定を徹底するのはプロとして素晴らしいと思う。だが、給与計算や保険の手続きをする都合上、戸籍上の本名を教えてもらえないか? 源泉徴収票に『茨』とか『吹雪』といった芸名や、さっきタマモさんから聞いた『酒呑童子』『八岐大蛇』なんていう種族名は書けないからな」
田村が極めて事務的な要求を突きつけると、三人は顔を見合わせ、まるで未知の生物を見るような目で田村を見つめ返した。
「……本気で言ってるのか、コイツ?」
茨が、呆れたように手元のチューハイをテーブルにドンッと置いた。
「……頭のネジ、全部吹き飛んでる……」
吹雪が、ゲーム機で顔を隠しながらボソッと呟く。
「ふふっ……面白い人。ますます気に入っちゃったわ」
オロチは、両手を頬に当てて、うっとりとした、しかしどこか暗い執着を感じさせる瞳で田村を見つめてきた。
数秒の沈黙の後、彼女たちは渋々といった様子で「設定上」の人間界での名前を名乗った。
茨こと、森田祥子。
吹雪こと、和田佐千絵。
オロチこと、イ・サラ。
「よし、確認した。森田、和田、イ・サラだな」
「ちょっ、なんでアタシらだけ苗字で呼び捨てなの!? タマモのことはタマモさんって呼んでたのに!」
森田が食ってかかってきた。
「彼女は面接官だったからな。君たちは俺が担当するタレントだ。仕事上、一線を引いた呼び方をするのがマネージャーの鉄則なんだよ。それより森田、その酒は没収だ。アイドルのレッスン中に飲酒なんて言語道断だぞ」
田村が森田の手からストロング系のチューハイをスッと取り上げると、彼女は「ああっ! アタシのガソリンが!」と情けない声を上げた。
「さて。本名も確認できたところで、さっそく今後のスケジュールについてだが……」
田村は持参したバインダーを開き、タマモから渡されていた資料に目を落とした。
そこには、手書きの殴り書きでこう記されていた。
『今週末、駅前の地下ライブハウスにて初ライブ。ノルマ:観客50人。※集客に失敗した場合、神々の未練が暴走し、港区一帯が更地になる恐れあり』
(……港区一帯が更地、ね。相変わらず大げさな『設定』だ。だが、初ライブの集客ノルマが50人というのは、地下アイドルとしてはリアルでシビアな数字だな)
「今週末に初ライブが控えているらしいな。ノルマは50人。だが、今の君たちのバラバラな状態と、この荒れ果てたスタジオを見る限り、とても客に見せられるパフォーマンスができるとは思えない」
田村の厳しい指摘に、三人はそれぞれ不満げな顔をした。
森田は舌打ちをし、和田はフードを深く被り直し、イ・サラはニコニコと微笑んでいるだけだ。
「まあいい。パフォーマンスの質は、心身の健康から作られるものだ。この換気の悪いスタジオにこもりっきりで、酒やタピオカ、それにそこの和田が食べてるグミばっかり食ってたら、いい歌もダンスもできるわけがない」
田村はバインダーを閉じ、腕まくりをした。
パツパツのワイシャツの下で、鍛え上げられた前腕の筋肉が隆起する。
「今日はもうレッスンは中止だ。機材の片付けは俺がやっておく。君たちは上に上がって、手を洗ってきなさい。俺がまともな『飯』を作ってやる」
「……飯?」
森田がキョトンとした顔をした。
「ああ。アイドルのマネージャーたるもの、タレントの胃袋と栄養管理も重要な仕事だからな。文句がある奴は、俺の飯を一口食ってから言え」
田村の異常なほど頑丈な体と、趣味の料理。
問題児だらけの自称・祟り神アイドルたちをまとめるための、田村の最強の武器が火を噴く時が来たようだ。
霜の降りた重厚な防音扉を押し開け、田村は腹の底から響く野太い声で挨拶をした。
地下の防音スタジオの中は、凄まじい惨状だった。
まず目に飛び込んできたのは、ひしゃげたマイクスタンドと、壁にめり込んでいるパイプ椅子。床には謎の亀裂が走り、天井の蛍光灯は半分ほどが明滅してチカチカと不快な音を立てている。
そして何より、異常なほど室温が低い。足元にはうっすらと白い冷気が漂い、壁のあちこちに本物の霜が張り付いていた。
(……なるほど。前のマネージャーが1日で逃げ出したってのは、この劣悪な労働環境のせいか)
田村はスーツの肩に積もった埃を払いながら、冷静に室内を観察した。
アイドルのレッスンスペースというより、解体工事の現場か、あるいは悪質な不良の溜まり場にしか見えない。空調の設定温度を間違えるにも程があるし、機材の扱いも荒すぎる。これはマネージャーとして、最初にガツンと生活態度から指導する必要がありそうだ。
「あァ? なんだテメェ、新入りか?」
部屋の中央で、ドカッとあぐらをかいていた長身の女が立ち上がった。
身長は170センチ以上あるだろうか。長い手足と、タンクトップ越しにも分かる引き締まった抜群のプロポーション。エネルギッシュで華やかな、大人の色気を感じさせる美女だ。
だが、その手にはなぜか、真っ二つにへし折れた黒いマイクスタンドが握られていた。
「おいおい、また新しいのが来たのかよ。どうせすぐ泣いて逃げ出すクセに、物好きだねェ」
女はケラケラと笑いながら、足元に転がっていた2リットルのペットボトルを拾い上げ、ラッパ飲みした。ボトルのラベルは剥がされているが、漂ってくるアルコールの強烈な匂いからして、中身はどう見ても度数の高いストロング系のチューハイだ。しかも、チェイサー代わりにタピオカミルクティーを交互に飲んでいる。味覚が狂っているとしか思えない。
「俺は田村範朝。今日から君たちの専属マネージャーを務める。そっちの名前は?」
「アタシか? アタシは『茨』だ。覚えとけ、デカブツ」
茨と名乗った女は、挑発的な笑みを浮かべたまま、手にしていた半分折れかけのマイクスタンドを、まるでダーツの矢でも投げるかのように、田村の顔面めがけて無造作に放り投げた。
ヒュンッ! という風切り音と共に、黒い棒が飛んでくる。
速度はそこそこ速かったが、軌道は単調だった。田村は一歩も動かず、顔の数センチ手前で飛んできたマイクスタンドを右手でガシッと掴み取った。
「……は?」
茨の口から、間の抜けた声が漏れる。
「危ないな。いくらこういう小道具が精巧なプラスチックや軽量アルミで作られているとはいえ、目に当たったら失明するリスクがある。アイドルの商売道具なんだから、もっと丁寧に扱ってくれ」
田村がマイクスタンドを床に置きながら淡々と注意する。
(実際には、手の中にずっしりとした冷たい鉄の重みと硬さを感じたが……いや、いくらなんでも、あんな細腕の女の子が本物の鉄パイプを素手でへし折って投げるわけがない。きっと中に重りでも入った特注のレプリカだろう)
田村がそんな常識的な自己完結をしていると、茨は信じられないモノを見るような目で田村の太い腕を凝視していた。
どうやら、田村が怯えて逃げ出すと踏んで、安物の軽い小道具を投げて脅かしたつもりらしい。タマモといい、この事務所の連中は新人をドッキリでからかうのが伝統なのだろうか。
「ひっ……! なに、あの人……こわい……」
部屋の隅から、か細い声が聞こえた。
見ると、パイプ椅子をいくつか並べた即席のベッドの上に、ダボダボのジャージのフードを深く被った小柄な女性がうずくまっていた。
手には携帯ゲーム機が握りしめられており、周囲の床だけが、なぜか円形に真っ白に凍りついている。おそらく、あの場所の真上に強力な冷房の吹き出し口があるのだろう。
「初めまして。俺はマネージャーの田村だ。君は?」
田村が歩み寄ると、彼女はビクッと肩を震わせ、ジャージの襟元をギュッと引き上げた。フードの隙間から、雪のように透き通る白い肌と、クールな美貌が覗く。ジャージのシルエットからでも分かるほど、極めて豊満なプロポーションの持ち主だ。だが、その表情は怯えた小動物のように強張っていた。
「……『吹雪』。……こないで。あなたのその、無駄に分厚い筋肉……見てるだけで暑苦しい。空気が重くなる。ムリ……帰って……」
「そう言わずに。それに、そんな冷房の直下で寝っ転がってゲームをしてたら、風邪を引くぞ。アイドルは体が資本だ。ほら、設定温度を上げるからリモコンを貸しなさい」
「ちがっ……これ、冷房じゃなくて……っ、ていうか、なんで平気なの……?」
吹雪はガチガチと歯の根を鳴らしながら、信じられないものを見る目で田村を見上げた。
たしかに、この部屋は半袖のスーツ姿では少し肌寒いが、週に5日ジムで限界まで筋肉を追い込んでいる田村の代謝を舐めないでいただきたい。この程度の冷気、プロテインを飲んでスクワットを10回もやればすぐに汗ばむレベルだ。
「あらあら……。本当に、随分と『頑丈そう』な殿方がいらしたのね」
突然、背後から甘ったるい声がかけられた。
振り返ると、いつの間にか一人の女性が立っていた。透明感のある色白の肌に、スレンダーなスタイル。清楚でおっとりとした雰囲気の中に、ミステリアスで艶やかな大人の色気を漂わせている美女だ。
顔立ちはどこか韓国のアイドルのようにも見える。
「私は『オロチ』。このグループのリーダーをやらせてもらっているわ。ふふっ、よろしくね、マネージャー君?」
オロチと名乗った彼女が微笑んだ瞬間、田村は急激な「気圧の変化」を感じた。
チカチカと明滅する蛍光灯の光のせいで、彼女の背後に伸びる影が、まるで無数の巨大な蛇が蠢いているように見えた。さらに、首筋にネットリと絡みつくような、息の詰まる重苦しい空気。
間違いなく、この地下スタジオの換気システムは完全にイカれている。極端な冷房による温度差と、換気不良による気圧の低下が、田村の三半規管に錯覚を起こさせているのだ。
(……ん? リーダー? さっき上の階で面接をしたタマモさんが、『私がリーダーとして引っ張って~』と言っていたはずだが……)
田村は少し考え、すぐに合点がいった。
(なるほど。アイドルグループによくある、センターとリーダーの権力闘争か。あるいは、運営側の設定がまだ固まりきっていないだけか。まあいい、俺はマネージャーとして中立を保とう)
「よろしく、オロチさん。ところで、コンセプトの話なんだが……」
田村は首をゴキゴキと鳴らし、気圧の変化による肩こりをほぐしながら、三人のアイドルたちを見渡した。
「設定を徹底するのはプロとして素晴らしいと思う。だが、給与計算や保険の手続きをする都合上、戸籍上の本名を教えてもらえないか? 源泉徴収票に『茨』とか『吹雪』といった芸名や、さっきタマモさんから聞いた『酒呑童子』『八岐大蛇』なんていう種族名は書けないからな」
田村が極めて事務的な要求を突きつけると、三人は顔を見合わせ、まるで未知の生物を見るような目で田村を見つめ返した。
「……本気で言ってるのか、コイツ?」
茨が、呆れたように手元のチューハイをテーブルにドンッと置いた。
「……頭のネジ、全部吹き飛んでる……」
吹雪が、ゲーム機で顔を隠しながらボソッと呟く。
「ふふっ……面白い人。ますます気に入っちゃったわ」
オロチは、両手を頬に当てて、うっとりとした、しかしどこか暗い執着を感じさせる瞳で田村を見つめてきた。
数秒の沈黙の後、彼女たちは渋々といった様子で「設定上」の人間界での名前を名乗った。
茨こと、森田祥子。
吹雪こと、和田佐千絵。
オロチこと、イ・サラ。
「よし、確認した。森田、和田、イ・サラだな」
「ちょっ、なんでアタシらだけ苗字で呼び捨てなの!? タマモのことはタマモさんって呼んでたのに!」
森田が食ってかかってきた。
「彼女は面接官だったからな。君たちは俺が担当するタレントだ。仕事上、一線を引いた呼び方をするのがマネージャーの鉄則なんだよ。それより森田、その酒は没収だ。アイドルのレッスン中に飲酒なんて言語道断だぞ」
田村が森田の手からストロング系のチューハイをスッと取り上げると、彼女は「ああっ! アタシのガソリンが!」と情けない声を上げた。
「さて。本名も確認できたところで、さっそく今後のスケジュールについてだが……」
田村は持参したバインダーを開き、タマモから渡されていた資料に目を落とした。
そこには、手書きの殴り書きでこう記されていた。
『今週末、駅前の地下ライブハウスにて初ライブ。ノルマ:観客50人。※集客に失敗した場合、神々の未練が暴走し、港区一帯が更地になる恐れあり』
(……港区一帯が更地、ね。相変わらず大げさな『設定』だ。だが、初ライブの集客ノルマが50人というのは、地下アイドルとしてはリアルでシビアな数字だな)
「今週末に初ライブが控えているらしいな。ノルマは50人。だが、今の君たちのバラバラな状態と、この荒れ果てたスタジオを見る限り、とても客に見せられるパフォーマンスができるとは思えない」
田村の厳しい指摘に、三人はそれぞれ不満げな顔をした。
森田は舌打ちをし、和田はフードを深く被り直し、イ・サラはニコニコと微笑んでいるだけだ。
「まあいい。パフォーマンスの質は、心身の健康から作られるものだ。この換気の悪いスタジオにこもりっきりで、酒やタピオカ、それにそこの和田が食べてるグミばっかり食ってたら、いい歌もダンスもできるわけがない」
田村はバインダーを閉じ、腕まくりをした。
パツパツのワイシャツの下で、鍛え上げられた前腕の筋肉が隆起する。
「今日はもうレッスンは中止だ。機材の片付けは俺がやっておく。君たちは上に上がって、手を洗ってきなさい。俺がまともな『飯』を作ってやる」
「……飯?」
森田がキョトンとした顔をした。
「ああ。アイドルのマネージャーたるもの、タレントの胃袋と栄養管理も重要な仕事だからな。文句がある奴は、俺の飯を一口食ってから言え」
田村の異常なほど頑丈な体と、趣味の料理。
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