フォロワー100万人の裏側、全部晒します。~炎上コンサルタント・佐藤任三郎の処刑ログ~

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第2章:正義を騙る暴露系YouTuberの闇

第21話 ハッカー対決

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 時計の針を、出撃数時間前の午後4時に戻そう。
 決戦を控えた佐藤任三郎は、オフィスを抜け出し、とある場所へ向かっていた。
 彼の手には、イタリア製の高級レザーバッグが握られている。
 ただし、中に入っているのは機密書類でも拳銃でもない。

「……ミャウ?」

 バッグのメッシュ窓から、不安そうな金色の瞳が覗いている。
 黒猫のダシだ。
 今日は、保護してから初めての健康診断の日だった。

 佐藤が向かったのは、小林弥生が紹介してくれた、港区にある完全予約制の動物病院だ。
 待合室は静かで、クラシック音楽が流れている。
 佐藤は膝の上にバッグを置き、そわそわと貧乏揺すりをしていた。
 これから敵のアジトへ突入するというのに、その時よりも明らかに緊張している。

「佐藤ダシちゃーん。どうぞー」

 看護師に呼ばれ、佐藤は診察室に入った。
 診察台に乗せられたダシは、初めて見る環境に怯え、小さく震えて佐藤の腕にしがみついた。

「大丈夫ですよ、ダシ君。……ただの検査です」

 佐藤はダシの背中を優しく撫でる。その手つきは、爆弾処理を行う時よりも慎重だ。

 獣医師が聴診器を当てる。
 ダシは「ウーッ」と小さく唸ったが、佐藤が「いい子だ」と囁くと、大人しくなった。

「心音、呼吸音ともに正常ですね。栄養状態も劇的に改善しています」

 医師が感心したように言った。

「拾われた時はかなり衰弱していたと聞きましたが……完璧なケアですね。飼い主さんの愛情を感じます」
「……業務として最適な環境を提供しただけです」

 佐藤は無表情を装ったが、耳が少し赤くなっていた。

 最後に、ワクチンの接種。
 チクッ。

「ニャッ!」

 ダシが短く鳴き、佐藤の指を甘噛みした。

「よく頑張りました」

 佐藤はダシを抱き上げ、頬ずりしそうになるのを寸前で堪えた。
 小さな体温。トクトクと脈打つ鼓動。
 この脆弱で、守らなければ消えてしまう小さな命。
 それを腕に抱いた時、佐藤の中に、冷たい論理とは異なる、熱い感情が灯るのを自覚した。

 帰りの車中。
 ダシは疲れ果てて、キャリーバッグの中で眠っていた。

「……平和な寝顔だ」

 ハンドルを握るグレタが、バックミラー越しに微笑む。

「ええ。……この寝顔を守るためなら、私は何でもしますよ」

 佐藤は眠るダシを見つめながら呟いた。

「たとえ、世界中を敵に回してもね」

 その言葉は、数時間後の未来への予言となった。

 そして現在。
 午後9時45分。
 港区白金台、『メゾン・ド・プラチナ』のエレベーター内部。

 ダシの温もりを記憶に刻んだ佐藤は今、冷たい鉄の箱の中で絶体絶命の危機に瀕していた。

 ブツンッ。
 照明が落ち、非常灯の赤い光だけが点滅する。
 同時に、内臓が浮き上がるような浮遊感。
 エレベーターが、ワイヤーを切られたかのような速度で落下を始めたのだ。

「緊急降下モード!?」

 田中襟華が悲鳴を上げる。

「このままだと地下まで自由落下(フリーフォール)だよ!」
「非常ブレーキは!?」
「システム側で無効化されてる!」

 エレベーター内のスピーカーから、ノイズ混じりの嘲笑が響く。

『……残念だよ、オメガ・リスクマネジメント。僕の要塞に土足で踏み込んでくるとは』

 待ち構えていた敵ハッカーの声だ。

『このままミンチになりな!』

 落下速度が増していく。
 風切り音が不気味に響き、床板がガタガタと震える。
 死へのカウントダウン。

 だが、佐藤は冷静だった。
 彼は暗闇の中でノートPCを開き、画面を凝視した。
 脳裏をよぎるのは、数時間前のダシの温もりだ。
 あの小さな命を守ると誓った。
 こんな鉄屑の中で、無様に終わるわけにはいかない。

「……美しくない」

 佐藤は呟いた。

「システムへの敬意も、命への配慮もない。ただの暴力的な破壊工作。……あなたのやり方は、三流です」

 佐藤の指がキーボードを走る。
 敵はエレベーターの制御システムに「落下」のコマンドを送り続けている。
 それを正面からブロックすれば、処理落ちして制御不能になる。
 ならば――。

 受け流す。
 佐藤は敵のコマンドを、「メンテナンスモードへの移行信号」へと書き換えて、システム内部へ還流させた。
 合気道のようなカウンター。

『なっ……!? コマンドが承認されない……!? システムが再起動している!?』

 スピーカーから焦りの声が漏れる。

 ガガガガッ!!
 エレベーターが激しく振動し、非常用ブレーキが作動した。
 凄まじいGがかかり、全員が床に膝をつく。
 落下が止まった。
 表示階数は、最上階の一つ下。

「……止まりました」

 佐藤が息を吐く。

「ですが、扉はロックされています。このままでは袋の鼠です」

 デジタル空間での攻防は制した。だが、物理的な「箱」からは出られない。
 ハッカーが体制を立て直すまで、時間はそう残されていない。

「グレタ!」

 佐藤が叫ぶ。

「デジタルの鍵は私が抑えます。……物理的な『出口』は、頼みましたよ!」
「言われなくても」

 グレタ・ヴァイスは、すでに天井を見上げていた。
 エレベーターの天井にある、メンテナンス用の脱出ハッチ。
 通常は外側から鍵がかけられており、内側からは開かない構造になっている。

 グレタは深く息を吸い込んだ。
 彼女は跳躍した。
 狭い箱の中で、壁を蹴り、その反動を利用して天井付近の手すりにしがみつく。
 そして、ハッチの縁に指をかけた。

「……フンッ!!」

 気合一閃。
 メリメリメリッ……!
 金属が悲鳴を上げる音が響く。
 電磁ロックと鋼鉄のボルト。数トンの力で閉ざされた扉を、彼女は生身の筋力だけでねじ切ろうとしている。

「硬いな……。ドイツ製の装甲か」

 グレタの額に汗が滲む。

「弥生! あれを使え!」
「OK! 『溶解ちゃん1号』!」

 小林弥生が足元から、水鉄砲のような器具を取り出した。中には蛍光グリーンの液体が入っている。
 彼女はそれをグレタに向けて投げ渡した。
 グレタは片手でハッチを支えながらそれを受け取り、蝶番(ヒンジ)の部分に液体を噴射した。

 ジュワアアアッ!
 強烈な酸が金属を溶かし、白煙が上がる。
 強度が落ちた。
 今だ。

「開けろおおおおッ!!」

 グレタが渾身の力を込めて引く。
 バギンッ!!
 ボルトが弾け飛び、分厚い鉄のハッチが紙屑のように剥がれ落ちた。
 天井に、四角い穴が開く。
 そこから、シャフト内の冷たい風が吹き込んでくる。

「ハッチ開放! ルート確保!」

 グレタが叫びながら、床に着地する。

「行きますよ」

 佐藤はPCを閉じ、天井の穴を見上げた。

「正面突破がダメなら、裏口からです。……屋上の通気口から再侵入し、敵の背後を取ります」

 グレタが佐藤を持ち上げ、天井裏へと送り出す。
 続いて襟華、弥生。最後にグレタ自身が軽々とよじ登る。
 エレベーターの箱の上。ワイヤーと鉄骨が剥き出しになった空間。
 頭上には、ペントハウスへと続くメンテナンス用の梯子が見える。

 佐藤はインカムに触れた。

「愛永さん、聞こえますか?」
『ええ、聞こえてるわよ。……随分と手こずってたみたいじゃない?』

 イヤホンの向こうで、松本愛永の挑発的な声がする。彼女はまだ生放送でタナカを釘付けにしているのだ。

「少々、退屈な余興に付き合わされました。……ですが、今度こそ到着します」

 佐藤たちは梯子を登り、屋上へと出た。
 夜明け前の冷たい風が吹き抜ける。
 眼下には、眠らない街・東京の光。
 そして目の前には、タナカが潜むペントハウスの天窓があった。
 硝子の向こうで、タナカがマイクに向かって叫んでいる姿が見える。まだこちらの接近には気づいていない。

「チェックメイトです」

 佐藤は呟いた。
 デジタルとフィジカル、二段構えの突破作戦は成功した。
 あとは、この硝子の天井を砕き、正義の鉄槌を下すだけだ。
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