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第3章:虚構の王国と洗脳された信者たち
第36話 法的制裁
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「……運転手さん、このまま麻布十番へ」
芝浦のバーの前で渡辺千尋をタクシーに乗せ、見送った後。
佐藤任三郎は、別のタクシーを拾い、後部座席に深く身を沈めた。
窓の外を流れる東京の夜景は、雨上がりで濡れたアスファルトに反射し、滲んで見える。
千尋の香水の残り香が、まだ鼻腔の奥にかすかに残っていた。
佐藤はネクタイを少し緩め、ふぅ、と息を吐いた。
アルコールが入っているせいか、それとも長い戦いが終わった安堵感からか、まぶたが重い。
目を閉じると、網膜の裏に焼き付いている数時間前の光景が、鮮明に蘇ってきた。
あの大混乱の東京ドーム。
暴動の熱気が渦巻く中行われた、最後の「掃除」の記憶だ。
(回想――数時間前、東京ドーム・バックステージ)
「どけ! どけお前ら! 俺は西園寺レオだぞ!」
薄暗い業務用通路を、白スーツの男が走っていた。
西園寺レオだ。
さきほどまで5万人の頂点に立っていたカリスマの面影は、もうない。整えられた金髪は振り乱れ、高級スーツは信者から投げつけられたゴミで汚れている。
「クソッ、どいつもこいつも……! 俺が誰だと思ってるんだ!」
彼はスマホを耳に当てながら逃げ惑っていた。
背後からは、まだ怒号と悲鳴が聞こえてくる。
「おい、車はどうなった! 裏口に回せと言っただろ!」
『む、無理です社長! 出口はデモ隊に囲まれてて……それに警察が……』
「役立たずが! クビだ!」
西園寺はスマホを床に叩きつけた。
非常口の緑色のランプが見える。業務用搬入口だ。あそこからなら逃げられるかもしれない。
「……はは、見たか! 俺は選ばれた人間なんだ、こんなところで終わるわけが……」
西園寺が鉄扉に手をかけた、その時だった。
ガチャン。
扉が開く音ではない。施錠された音だ。外側から。
「……残念ですが、ここは『通行止め』です」
背後から、佐藤は声をかけた。
西園寺が弾かれたように振り返る。
通路の奥から、佐藤とグレタ・ヴァイスがゆっくりと歩み寄る。
佐藤はまだ、変装用の作業着を着ていたが、その瞳は冷徹な処刑人のものだった。
「き、君たちは……さっきの、コントロールルームにいた……!」
「初めまして、西園寺レオさん。……いや、権田原レオさんでしたか」
佐藤はポケットからハンカチを取り出し、口元を覆った。
「私のクライアントの資産を返していただきに来ました」
「資産……? 金か? 金ならやる!」
西園寺は懐から財布を取り出し、現金の束を放り投げた。
「いくら欲しい? 1億か? 10億か? 俺を見逃せば、いくらでも払ってやる!」
紙幣が空を舞い、汚れた床に落ちる。
佐藤はそれに見向きもしなかった。
「……勘違いしないでください。私が欲しいのは、あなたの汚れた金ではありません」
佐藤が一歩踏み出す。西園寺は恐怖に顔を歪め、腰を抜かしてへたり込んだ。
「ひ、人殺し! 誰か! 弁護士! 弁護士を呼べぇッ!!」
「お呼びかしら?」
凛とした声が響いた。
佐藤たちの背後から、吉田彩率いる捜査員たちが現れた。
「あ、あんたは……」
「ミネルヴァ法律事務所、吉田彩です」
彩は警察手帳のようなケースを開いて見せた。
「そしてこちらが、あなたの弁護士……ではなく、あなたを地獄へ案内する水先案内人よ」
彩の指差した先には、機動隊に確保された西園寺の顧問弁護士の姿があった。
「せ、先生……! 助けてくれ! これは不当逮捕だ!」
西園寺が縋りつくが、顧問弁護士は青ざめて首を振るだけだ。
「……往生際が悪いわね」
彩は分厚いファイルを西園寺の前に放り投げた。
「未成年者略取誘拐、監禁致傷、詐欺、金融商品取引法違反、麻薬及び向精神薬取締法違反、脱税……。ああ、それと機動隊への公務執行妨害も追加ね」
「証拠! 証拠はあるのかよ! 全部でっち上げだ!」
「証拠なら、あなたの顧問弁護士が持っていた裏帳簿と、VIP棟のパソコンから抜いたデータがあるわ。薬物の記録も、人体実験のログもね」
「そ、それは……ハッキングだ! 違法収集証拠だ! 裁判じゃ使えない!」
「……あなたの解釈は古いわ。判例、アップデートしてないの?」
彩は冷ややかに言い放った。
「重大な犯罪、かつ『緊急避難』が適用される状況下での証拠能力。……私の書いた起訴状の前では、どんな言い逃れも無意味よ」
彩が指を鳴らす。
「確保!」
「やめろ! 離せ! 俺は王だぞ! 新世界の神になる男だぞ!」
冷たい手錠が、西園寺の手首に食い込む。
ガシャリ。
その音が、彼の幻想の終わりを告げる鐘の音のように響いた。
西園寺は地面に押し付けられ、泥水を吸った。
その視線の先に、佐藤の革靴があった。
「……なぁ」
西園寺が顔を上げ、不気味に笑った。
「勝ったつもりか? ……処刑人さんよ」
「……」
「俺はただの『実験台』だ。……氷室社長は、俺の失敗データすら喜んで回収するだろうよ」
西園寺の目が、狂気を含んだ光を宿す。
「バズ・インキュベーションは、お前らが思ってるようなチャチな会社じゃねえ。……奴らは国すら動かすぞ。お前らごときが勝てる相手じゃねえんだよ!」
「連れて行け!」
狂った笑い声を残し、西園寺レオは闇の中へと消えていった。
(回想――ドーム外、関係者通用口)
逮捕劇の直後。
佐藤は、ドームの外れにある関係者通用口へ向かった。
そこには、小さな「再会」があった。
「おばあちゃん……!」
「ああ、真美……! よかった、本当によかった……」
和菓子屋の女将が、ボロボロになった孫娘――真美を抱きしめて泣いていた。
かつて佐藤のオフィスを訪れ、涙ながらに孫の救出を依頼してきた、あの老婆だ。
真美はまだ顔色は悪いが、その瞳からは洗脳の濁りが消え、涙が溢れていた。
「ごめんね……私、お店のお金……」
「いいんだよ。お前が生きててくれれば、それだけでいいんだよ」
その様子を、少し離れた場所から田中襟華と渡辺千尋が見守っていた。
佐藤は二人の後ろ姿に気づき、足を止めた。
襟華はパーカーのフードを目深に被り、じっとその光景を見つめていた。
手はポケットの中で強く握りしめられている。
「……良かったわね」
千尋が静かに声をかける。
「……別に。仕事しただけだし」
襟華はそっぽを向いた。
だが、その声が震えていることを、佐藤も千尋も知っていた。
児童養護施設育ちの襟華にとって、家族の絆は最も憧れ、同時に直視するのが辛いものなのだ。
千尋は何も言わず、そっと襟華の肩を抱き寄せた。
「……一旦解散しましょう。社長も、あとは任せて」
千尋は佐藤に目配せをした。
『この子は私がケアするから、あなたは先に行って』
そう言っているようだった。
佐藤は小さく頷き、グレタと共にその場を離れたのだった。
(現在――タクシー車内)
「……お客さん、着きましたよ」
運転手の声で、佐藤は現実に引き戻された。
いつの間にか、自宅マンションの前に到着していたようだ。
「……ああ、すみません」
佐藤は料金を支払い、タクシーを降りた。
夜風が冷たい。
西園寺の最後の言葉が、耳に残っている。
『奴らは国すら動かす』。
巨大な敵の影が、すぐそこまで迫っている。
だが、今はいい。
今日は、勝利の余韻に浸る権利があるはずだ。
午前3時30分。
佐藤はオフィスに帰還した。
シャワーを浴び、泥と硝煙の匂い、そして微かなアルコールの匂いを洗い流す。
清潔な部屋着に着替えると、ようやく「佐藤任三郎」に戻った感覚がした。
「……ただいま、ダシ」
リビングの照明を最小限に点ける。
ケージの中では、黒猫の子猫・ダシが待ち構えていたように「ニャアッ!」と鋭く鳴いた。
お腹が空いているのだ。
「遅くなってすみません。……今、準備します」
佐藤はキッチンへ向かい、冷蔵庫からヤギミルクのパックを取り出した。
人肌に温め、小さな深皿に注ぐ。
「どうぞ」
皿を置いた瞬間だった。
ダシが黒い弾丸のように突進してきた。
バシャッ!
勢い余ってミルクが少し跳ねるのも構わず、ダシは顔を突っ込んだ。
ピチャピチャピチャピチャ!!
凄まじい吸引音。
小さなピンク色の舌が、高速でミルクを巻き取っていく。
喉をゴキュ、ゴキュと鳴らし、息継ぎすら忘れたかのような猛烈な飲みっぷりだ。
小さな耳が、飲むリズムに合わせてピクピクと動いている。
前足は床をしっかりと踏ん張り、時折、至福の感情を表すように指を開いたり閉じたりしている。
「……はは」
佐藤の口から、自然と乾いた笑いが漏れた。
5万人の暴動も、巨悪の脅迫も、この生命力の前では霞んで見える。
「ゆっくり飲みなさい。……誰も取りませんよ」
佐藤は床に座り込み、ミルクまみれになって夢中で飲む小さな家族の背中を、そっと指先で撫でた。
口の周りに白い髭のようなミルクの跡をつけたダシが、ふと顔を上げ、満足げに「ミャッ!」と鳴いた。
その金色の瞳は、どんな宝石よりも澄んでいて、美しかった。
佐藤任三郎の長い一日は、この温かな一杯のミルクと共に、ようやく幕を閉じたのである。
芝浦のバーの前で渡辺千尋をタクシーに乗せ、見送った後。
佐藤任三郎は、別のタクシーを拾い、後部座席に深く身を沈めた。
窓の外を流れる東京の夜景は、雨上がりで濡れたアスファルトに反射し、滲んで見える。
千尋の香水の残り香が、まだ鼻腔の奥にかすかに残っていた。
佐藤はネクタイを少し緩め、ふぅ、と息を吐いた。
アルコールが入っているせいか、それとも長い戦いが終わった安堵感からか、まぶたが重い。
目を閉じると、網膜の裏に焼き付いている数時間前の光景が、鮮明に蘇ってきた。
あの大混乱の東京ドーム。
暴動の熱気が渦巻く中行われた、最後の「掃除」の記憶だ。
(回想――数時間前、東京ドーム・バックステージ)
「どけ! どけお前ら! 俺は西園寺レオだぞ!」
薄暗い業務用通路を、白スーツの男が走っていた。
西園寺レオだ。
さきほどまで5万人の頂点に立っていたカリスマの面影は、もうない。整えられた金髪は振り乱れ、高級スーツは信者から投げつけられたゴミで汚れている。
「クソッ、どいつもこいつも……! 俺が誰だと思ってるんだ!」
彼はスマホを耳に当てながら逃げ惑っていた。
背後からは、まだ怒号と悲鳴が聞こえてくる。
「おい、車はどうなった! 裏口に回せと言っただろ!」
『む、無理です社長! 出口はデモ隊に囲まれてて……それに警察が……』
「役立たずが! クビだ!」
西園寺はスマホを床に叩きつけた。
非常口の緑色のランプが見える。業務用搬入口だ。あそこからなら逃げられるかもしれない。
「……はは、見たか! 俺は選ばれた人間なんだ、こんなところで終わるわけが……」
西園寺が鉄扉に手をかけた、その時だった。
ガチャン。
扉が開く音ではない。施錠された音だ。外側から。
「……残念ですが、ここは『通行止め』です」
背後から、佐藤は声をかけた。
西園寺が弾かれたように振り返る。
通路の奥から、佐藤とグレタ・ヴァイスがゆっくりと歩み寄る。
佐藤はまだ、変装用の作業着を着ていたが、その瞳は冷徹な処刑人のものだった。
「き、君たちは……さっきの、コントロールルームにいた……!」
「初めまして、西園寺レオさん。……いや、権田原レオさんでしたか」
佐藤はポケットからハンカチを取り出し、口元を覆った。
「私のクライアントの資産を返していただきに来ました」
「資産……? 金か? 金ならやる!」
西園寺は懐から財布を取り出し、現金の束を放り投げた。
「いくら欲しい? 1億か? 10億か? 俺を見逃せば、いくらでも払ってやる!」
紙幣が空を舞い、汚れた床に落ちる。
佐藤はそれに見向きもしなかった。
「……勘違いしないでください。私が欲しいのは、あなたの汚れた金ではありません」
佐藤が一歩踏み出す。西園寺は恐怖に顔を歪め、腰を抜かしてへたり込んだ。
「ひ、人殺し! 誰か! 弁護士! 弁護士を呼べぇッ!!」
「お呼びかしら?」
凛とした声が響いた。
佐藤たちの背後から、吉田彩率いる捜査員たちが現れた。
「あ、あんたは……」
「ミネルヴァ法律事務所、吉田彩です」
彩は警察手帳のようなケースを開いて見せた。
「そしてこちらが、あなたの弁護士……ではなく、あなたを地獄へ案内する水先案内人よ」
彩の指差した先には、機動隊に確保された西園寺の顧問弁護士の姿があった。
「せ、先生……! 助けてくれ! これは不当逮捕だ!」
西園寺が縋りつくが、顧問弁護士は青ざめて首を振るだけだ。
「……往生際が悪いわね」
彩は分厚いファイルを西園寺の前に放り投げた。
「未成年者略取誘拐、監禁致傷、詐欺、金融商品取引法違反、麻薬及び向精神薬取締法違反、脱税……。ああ、それと機動隊への公務執行妨害も追加ね」
「証拠! 証拠はあるのかよ! 全部でっち上げだ!」
「証拠なら、あなたの顧問弁護士が持っていた裏帳簿と、VIP棟のパソコンから抜いたデータがあるわ。薬物の記録も、人体実験のログもね」
「そ、それは……ハッキングだ! 違法収集証拠だ! 裁判じゃ使えない!」
「……あなたの解釈は古いわ。判例、アップデートしてないの?」
彩は冷ややかに言い放った。
「重大な犯罪、かつ『緊急避難』が適用される状況下での証拠能力。……私の書いた起訴状の前では、どんな言い逃れも無意味よ」
彩が指を鳴らす。
「確保!」
「やめろ! 離せ! 俺は王だぞ! 新世界の神になる男だぞ!」
冷たい手錠が、西園寺の手首に食い込む。
ガシャリ。
その音が、彼の幻想の終わりを告げる鐘の音のように響いた。
西園寺は地面に押し付けられ、泥水を吸った。
その視線の先に、佐藤の革靴があった。
「……なぁ」
西園寺が顔を上げ、不気味に笑った。
「勝ったつもりか? ……処刑人さんよ」
「……」
「俺はただの『実験台』だ。……氷室社長は、俺の失敗データすら喜んで回収するだろうよ」
西園寺の目が、狂気を含んだ光を宿す。
「バズ・インキュベーションは、お前らが思ってるようなチャチな会社じゃねえ。……奴らは国すら動かすぞ。お前らごときが勝てる相手じゃねえんだよ!」
「連れて行け!」
狂った笑い声を残し、西園寺レオは闇の中へと消えていった。
(回想――ドーム外、関係者通用口)
逮捕劇の直後。
佐藤は、ドームの外れにある関係者通用口へ向かった。
そこには、小さな「再会」があった。
「おばあちゃん……!」
「ああ、真美……! よかった、本当によかった……」
和菓子屋の女将が、ボロボロになった孫娘――真美を抱きしめて泣いていた。
かつて佐藤のオフィスを訪れ、涙ながらに孫の救出を依頼してきた、あの老婆だ。
真美はまだ顔色は悪いが、その瞳からは洗脳の濁りが消え、涙が溢れていた。
「ごめんね……私、お店のお金……」
「いいんだよ。お前が生きててくれれば、それだけでいいんだよ」
その様子を、少し離れた場所から田中襟華と渡辺千尋が見守っていた。
佐藤は二人の後ろ姿に気づき、足を止めた。
襟華はパーカーのフードを目深に被り、じっとその光景を見つめていた。
手はポケットの中で強く握りしめられている。
「……良かったわね」
千尋が静かに声をかける。
「……別に。仕事しただけだし」
襟華はそっぽを向いた。
だが、その声が震えていることを、佐藤も千尋も知っていた。
児童養護施設育ちの襟華にとって、家族の絆は最も憧れ、同時に直視するのが辛いものなのだ。
千尋は何も言わず、そっと襟華の肩を抱き寄せた。
「……一旦解散しましょう。社長も、あとは任せて」
千尋は佐藤に目配せをした。
『この子は私がケアするから、あなたは先に行って』
そう言っているようだった。
佐藤は小さく頷き、グレタと共にその場を離れたのだった。
(現在――タクシー車内)
「……お客さん、着きましたよ」
運転手の声で、佐藤は現実に引き戻された。
いつの間にか、自宅マンションの前に到着していたようだ。
「……ああ、すみません」
佐藤は料金を支払い、タクシーを降りた。
夜風が冷たい。
西園寺の最後の言葉が、耳に残っている。
『奴らは国すら動かす』。
巨大な敵の影が、すぐそこまで迫っている。
だが、今はいい。
今日は、勝利の余韻に浸る権利があるはずだ。
午前3時30分。
佐藤はオフィスに帰還した。
シャワーを浴び、泥と硝煙の匂い、そして微かなアルコールの匂いを洗い流す。
清潔な部屋着に着替えると、ようやく「佐藤任三郎」に戻った感覚がした。
「……ただいま、ダシ」
リビングの照明を最小限に点ける。
ケージの中では、黒猫の子猫・ダシが待ち構えていたように「ニャアッ!」と鋭く鳴いた。
お腹が空いているのだ。
「遅くなってすみません。……今、準備します」
佐藤はキッチンへ向かい、冷蔵庫からヤギミルクのパックを取り出した。
人肌に温め、小さな深皿に注ぐ。
「どうぞ」
皿を置いた瞬間だった。
ダシが黒い弾丸のように突進してきた。
バシャッ!
勢い余ってミルクが少し跳ねるのも構わず、ダシは顔を突っ込んだ。
ピチャピチャピチャピチャ!!
凄まじい吸引音。
小さなピンク色の舌が、高速でミルクを巻き取っていく。
喉をゴキュ、ゴキュと鳴らし、息継ぎすら忘れたかのような猛烈な飲みっぷりだ。
小さな耳が、飲むリズムに合わせてピクピクと動いている。
前足は床をしっかりと踏ん張り、時折、至福の感情を表すように指を開いたり閉じたりしている。
「……はは」
佐藤の口から、自然と乾いた笑いが漏れた。
5万人の暴動も、巨悪の脅迫も、この生命力の前では霞んで見える。
「ゆっくり飲みなさい。……誰も取りませんよ」
佐藤は床に座り込み、ミルクまみれになって夢中で飲む小さな家族の背中を、そっと指先で撫でた。
口の周りに白い髭のようなミルクの跡をつけたダシが、ふと顔を上げ、満足げに「ミャッ!」と鳴いた。
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