40代IT社長の俺がギャルゲーの悪役に転生したけど、主人公が頼りないので「大人の包容力」と「経済力」でヒロイン全員幸せにします

伊達ジン

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第21話 電脳の農場と手巻きの宴

 ゴールデンウィークの谷間となる平日。世間は連休モードの浮ついた空気に包まれているが、ビジネスの世界に休みはない。
 放課後。俺は、渋谷オフィスの会議室で、秘書の如月舞と向き合っていた。
 ホワイトボードには、複雑なネットワーク構成図と収支計画が描かれている。

「……なるほど。これが社長の仰る『サーバー・ファーム』構想ですか」

 舞が感嘆の声を漏らした。
 彼女の手元には、俺が作成した事業計画書がある。
 着メロ事業のために用意した潤沢な資金を軸に行う、大規模なインフラ投資計画の全貌だ。

「そうだ。現在のレンタルサーバー市場は、あまりに高額で低品質だ。月額数万円も取りながら、転送量制限は厳しく、サポートも杜撰。……これでは、個人のクリエイターや中小企業は手が出せない」

 俺はホワイトボードを指し示した。
 1999年当時、自前のホームページを持つことは、技術的にも金銭的にもハードルが高かった。
 だが、自らの手で情報を発信したいという欲求は、確実に人々の間で高まっている。

「そこで我々は、ハイスペックなSun Microsystemsの物理サーバーを大量購入し、それを仮想的に小分けにして貸し出す。価格は月額数百円から数千円。……圧倒的な価格破壊を起こす」
「月額数百円……! それで採算が取れるのですか?」
「取れる。薄利多売だ。それに、ハードウェアは一度買えば明確な資産になる。減価償却が終われば、あとは電気代と回線費だけで利益を生み出し続けるドル箱だ」

 そして、単に箱を貸すだけではない。
 俺はもう一つの切り札を提示した。

「さらに、このインフラを利用した『日記サイト作成ツール』を無料で配布する」
「日記サイト、ですか?」
「ああ。HTMLの専門知識がなくても、ブラウザ上で文章を書くだけで日々の記録が公開できるシステムだ。……誰でも簡単に、自分のメディアを持てるようになる」

 人々は今、「日記猿人」などのリンク集に登録し、手打ちのHTMLで苦労しながら日記を公開している。
 その手間を極限まで省くツールを提供すれば、爆発的なユーザーを獲得できるのは火を見るより明らかだ。

「無料ユーザーには広告を表示させ、広告収入を得る。有料プランに移行すれば、広告を非表示にでき、独自ドメインも使える。……フリーミアムモデルの応用だ」

 舞の知的な瞳が輝いた。彼女はすぐに手元の電卓を叩き始める。

「……素晴らしいです。これなら、初期投資は大きくても、ランニングコストで十分に回収できます。それに、一度使い始めたユーザーは、簡単には他社へ移行しません」
「その通りだ。ストック収入こそが、経営の安定には不可欠だ」

 雨後の筍のように乱立したネットベンチャーの多くは、実体のない期待値だけで株価を上げているため、いずれ熱狂が冷めれば泡と消える運命にある。
 だが、サーバー代という堅実な「家賃収入」を持っている企業は強い。
 景気が冷え込もうと、一度築いた自分のWebサイトを閉鎖する心理的コストは極めて高いからだ。
 ゴールドラッシュにおいて真の勝者となるのは、金を掘る者ではなく、ツルハシとインフラを売る者だ。

「直ちに発注をかけろ。データセンターのラックも確保だ。……この連休中に、最強の要塞の基礎を築くぞ」
「はいっ! お任せください、社長!」

 舞の力強い返事を聞き、俺は満足げに頷いた。
 彼女がいれば、いかなる無謀な計画も確実な現実へと変換される。

 オフィスを出て、俺は渋谷の街を歩いていた。
 少し肌寒いが、風が心地よい。
 駅前のスクランブル交差点を渡った先で、見覚えのある制服姿を見つけた。
 桜木マナだ。
 彼女は書店の前で、料理雑誌を立ち読みしていた。
 真剣な眼差しでページをめくっている。
 その横顔には、以前のような悲壮感や疲労感はなく、どこか吹っ切れたような明るさがあった。
 ショートボブの黒髪が、夕日に照らされて柔らかく光っている。

「……桜木さん」

 俺が声をかけると、彼女はビクリとして顔を上げ、俺を見てパァッと笑顔になった。

「あ、西園寺くん! こんばんは!」
「こんばんは。熱心ですね」
「えへへ、見つかっちゃった。……お店の新メニュー、お父さんと相談してるんだけど、なかなか決まらなくて」

 彼女は少し照れくさそうに雑誌を閉じた。
 以前は「翔太のために」料理を作っていた彼女が、今は「店のために」、そして「自分のために」料理に向き合っている。
 その前向きな変化が喜ばしい。

「桜木さんの舌とセンスなら、きっと良いものが作れますよ。……以前頂いたマドレーヌも絶品でした」
「ほ、本当!? ……西園寺くんにそう言ってもらえると、すごく自信になるなぁ」

 マナは頬を染めて、嬉しそうに微笑んだ。
 悪魔的な呪縛から解き放たれ、本来の魅力が開花し始めているようだ。

「あ、そうだ。……翔太のことなんだけどね」

 マナが少し声を落とした。

「私からきっぱり距離を置いたから、あいつ、すごく戸惑ってるみたい。クラスでも私のこと、腫れ物扱いしてきて」
「そうですか。……後悔していますか?」
「ううん、全然」

 マナは首を横に振り、真っ直ぐに俺の目を見た。

「むしろ、もっと早くこうすればよかったって思う。私、翔太の世話係を卒業して、自分の足で歩くって決めたから。これからは、お店のこととか、自分の将来のために時間を使うんだ」

 彼女は力強く言い切った。
 15歳にして、その自立心に至るのは容易ではない。
 痛みを知り、呪縛を断ち切った彼女は、確実に大人への階段を登っている。

「その意気です。桜木さんは、誰かの付属物ではありません。桜木マナという一人の魅力的な女性として、ご自身の人生を生きてください」
「……うん。ありがとう、西園寺くん」

 彼女は力強く頷いた。
 その瞳には、俺への深い信頼と、それ以上の熱が宿り始めていた。

「じゃあ、私もう行くね! お父さんが待ってるから!」
「ええ。気をつけて」

 手を振って去っていく彼女を見送り、俺は携帯電話を取り出した。
 着信履歴があった。
 母からだ。

 折り返し電話をかけると、母の弾んだ声が聞こえてきた。

『Leo! 昨日のフレンチと食後のコーヒー、本当に最高だったわ! ねぇ、今夜も摩耶を呼んで、みんなで集まらない?』

 昨夜の誕生会の余韻が冷めやらないのだろうが、どれだけ息子離れができていないのかと呆れる。

「母さん。昨夜遅くまでドライブに付き合ったんですから、流石に今日は休ませてください。俺は一人で静かに過ごしたいんです」
『あら、つれないわね。まあいいわ、女王の生誕祭は昨日で満喫したから、今日は我慢してあげる! ゆっくり休んでね!』

 通話を切り、俺はタクシーを拾った。
 向かう先は、東急本店のデパ地下だ。
 今夜は一人で、極上の手巻き寿司を楽しむとしよう。ネタの鮮度がすべてを決める。

 鮮魚コーナーで、鋭い目利きを行う。
 本マグロの中トロ。脂の乗りが美しいグラデーションを描いている。
 北海道産のバフンウニ。木箱入りの最高級品だ。
 肉厚のホタテ、甘エビ、そして旬のアオリイカ。
 さらに、手巻き寿司の隠れた主役である「海苔」にもこだわる。
 有明産の初摘み海苔。パリッとした歯切れと、磯の香りの豊かさが段違いだ。

 酒も忘れてはいけない。
 日本酒は、新潟の銘酒『久保田 萬寿』。
 華やかな香りと柔らかな口当たりは、繊細な魚介の味を邪魔せず、見事に引き立ててくれる。
 両手いっぱいの荷物を抱え、俺は帰路についた。

 帰宅後、すぐに酢飯の準備に取り掛かる。
 誰もいない静かなダイニングで、自分だけのために酢飯を切る。
 米は硬めに炊き上げ、合わせ酢には昆布茶を混ぜて旨味の層を厚くしてみた。
 団扇で扇ぎながら切るように混ぜ、人肌に冷ます。
 ネタは全て、食べやすい大きさに切り揃える。

 準備が整い、俺は一人でダイニングテーブルについた。
 色とりどりのネタが並んだ皿と、冷酒グラスに注いだ『久保田 萬寿』。

「いただきます」

 まずは中トロから。
 パリッとした海苔の上に酢飯を乗せ、大葉と中トロを置き、わさびを添えて巻く。
 一人で手巻き寿司というのも風変わりだが、誰にも急かされず、自分のペースで好きな具材を巻いて味わうのは、ある種の究極の贅沢だ。

 口に入れると、海苔の豊かな香りが弾け、次にマグロの上質な脂が舌の熱で溶け出す。
 酢飯の酸味がそれを優しく中和し、渾然一体の旨味となって喉へ落ちていく。
 そこに冷酒を流し込む。
 静謐な空間で、極上の素材と酒だけに向き合う時間。
 日々のビジネスの喧騒を忘れさせてくれる、至福のひとときだった。

 食事を楽しんでいると、エントランスからの内線が鳴り、宅配便が届いた。
 俺が数日前に注文しておいたものだ。
 業者によって複数の巨大なダンボールが運び込まれる。

 俺は梱包を解いた。
 現れたのは、最新型のハイエンド・ワークステーションと、数台の薄型液晶ディスプレイだ。
 俺のリビングにはすでにプロジェクターを用いたシアターセットがあるが、これは娯楽用ではない。ビジネスを勝ち抜くための「武器」だ。
 分厚いブラウン管モニターが主流のこの時代において、高価な液晶ディスプレイを複数並べるのは極めてオーバースペックな投資に見えるかもしれない。だが、刻一刻と変わる金融市場のチャートと、新設する自社サーバーのトラフィック状況をリアルタイムで同時監視するためには、広大なデスクトップ領域が不可欠となる。

 俺は書斎のワークスペースに機材を運び込み、手際よく配線を行ってマルチモニター環境を構築した。
 電源を入れると、複数の画面が連動して青白い光を放ち、漆黒のデスクを照らし出した。

「……よし。悪くない環境だ」

 俺はレザーチェアに深く腰掛け、複数の画面を見渡した。
 これから訪れるITバブルの崩壊。
 多くのネットベンチャーが、実体のない熱狂だけで踊り、無残に弾け飛んでいく結末。
 だが、俺にはこの司令塔からコントロールする確固たる物理的インフラと、手堅いキャッシュフローを生み出す戦略がある。
 どれほど強烈な嵐が来ようとも、俺の築き上げる城の土台が揺らぐことはない。

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