40代IT社長の俺がギャルゲーの悪役に転生したけど、主人公が頼りないので「大人の包容力」と「経済力」でヒロイン全員幸せにします

ken

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第30話 電気街の信奉者と南蛮漬けの酸味

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 ゴールデンウィーク最終日。明日からの日常再開を前に、街全体がどこか憂鬱な空気を帯びている朝。

 俺は、リビングで優雅にコーヒーを飲みながら、テレビショッピングを眺めていた。

 画面の中で、外国人の司会者が大げさな身振りで商品を宣伝している。



「見てください、この反発力! 生卵を落としても割れません!」



 紹介されているのは、NASAが開発したという衝撃吸収素材を使った『低反発枕』だ。

 従来の枕とは違い、頭の形に合わせて沈み込み、圧力を分散させる。

 睡眠の質は、日中のパフォーマンスに直結する。

 特に俺のようなショートスリーパーにとって、短時間で深い眠りを得るための投資は必須だ。



「……悪くない。ビジネスの基本は、まず自分の資本を整えることだ」



 俺は受話器を取り、フリーダイヤルに電話をかけた。

 セット販売で安くなっていたマットレスパッドもついでに注文する。

 届くのは数日後だろうか。今夜の眠りが楽しみだ。



 昼前。

 俺は電車に揺られ、秋葉原駅に降り立った。

 電気街口を出ると、雑多な電子音と呼び込みの声が渦巻いている。

 1999年の秋葉原。

 まだ「萌え」や「メイド喫茶」が席巻する前の、硬派な電気街としての側面を色濃く残している時代だ。

 PCパーツショップ、無線機屋、家電量販店がひしめき合い、自作PCマニアたちが血眼になってパーツを漁っている。



「お、おい西園寺! こっちこっち!」



 駅前の広場で、キョロキョロしていた小柄な少年が俺を見つけて手を振った。

 クラスメイトの草野健太だ。

 チェックのシャツにチノパンという、いかにもなファッション。

 リュックサックを背負い、眼鏡の奥の瞳を輝かせている。



「待たせたな、草野」

「全然! 俺も今着たとこだし! ……ていうか、西園寺がアキバに来るなんて意外だよな。お前、もっとオシャレなとこしか行かないイメージだし」

「偏見だな。ここはテクノロジーの最先端が集まる場所だ。視察する価値はある」



 俺が言うと、草野は嬉しそうに頷いた。



「だよな! 分かってるねぇ! ……よし、じゃあ案内するぜ。俺のおすすめのジャンク屋があるんだ」



 草野の案内で、路地裏の雑居ビルにあるパーツショップを巡る。

 彼は水を得た魚のように活き活きとしていた。

 マザーボードの規格、CPUのクロック数、ハードディスクの容量。

 普段は教室の隅で縮こまっている彼だが、このフィールドでは頼もしいガイドだ。



「見てくれよ西園寺! このメモリ、バルク品だけど激安だぜ! 相性保証はないけど、俺の目利きならいける!」

「ほう。……確かに、チップの型番を見る限り、悪くないロットだ」

「えっ、西園寺も詳しいの?」

「多少はな。サーバー事業を立ち上げるにあたって、ハードウェアの知識も仕入れた」



 俺が専門用語を交えて返すと、草野は尊敬の眼差しを向けてきた。



「すげぇ……。やっぱお前、ただのボンボンじゃねぇよな。カリスマっていうか、オーラが違うもん」

「買いかぶりすぎだ」



 俺たちはジャンクパーツを漁り、最新のグラフィックボードを眺め、電気街の熱気に浸った。

 草野は「西園寺ファンサイト」の管理人を自称しているだけあって、俺の一挙手一投足に過剰に反応するが、その純粋な熱意は嫌いではない。

 彼のような人間が、これからのネット社会を底辺から支えていくのだ。

 昼食は、ガード下の牛丼屋で済ませた。

 草野は「西園寺と牛丼食うとか、歴史的瞬間だな!」と大げさに喜んでいた。



 夕方。

 草野と別れた俺は、山手線で渋谷へと移動した。

 秋葉原の無機質な熱気とは違う、若者の欲望が渦巻く有機的な熱気。

 センター街を歩きながら、俺は喉の渇きを覚えた。

 目についたドリンクスタンドに立ち寄る。



「……『生搾りグレープフルーツジュース』を」



 注文を受けてから、店員が目の前でフルーツを絞る。

 フレッシュな香りが弾ける。

 受け取ったカップには、果肉たっぷりのピンク色の液体が満たされていた。

 ストローで一口飲む。

 強烈な酸味と、ほろ苦い甘み。

 歩き疲れた体に、ビタミンCが染み渡っていくようだ。



 カップを片手に、公園通りを歩く。

 ふと、パルコの前で人だかりができているのが見えた。

 ストリートミュージシャンの演奏だろうか。

 興味本位で近づこうとした時、その人垣の中から一人の女性が出てきた。



 早坂涼さんだ。

 どうやら彼女も演奏を聴いていたらしい。

 今日の涼さんは、白のTシャツに淡いブルーのロングスカート、上からデニムジャケットを羽織っている。

 ラフだが清潔感のある装いだ。

 ショートカットの黒髪が風に揺れ、透き通るような白い肌が夕日に照らされている。

 その佇まいは、周囲の派手なギャルたちとは一線を画す、凛とした透明感を放っていた。

 美少女像。

 すれ違う男性たちが、吸い寄せられるように彼女を目で追っている。



「……涼さん」

「ん? ……あ、レオ!」



 彼女は俺に気づくと、パッと花が咲くような笑顔を見せた。

 その無防備な表情は、俺の心臓に悪い。



「奇遇ですね。買い物ですか?」

「ううん。ちょっと散歩。……あのバンド、結構良かったよ。レオも聴いてく?」

「いえ、俺はこれから夕食の買い出しがありますので」

「そっか。……相変わらず主夫してるねぇ」



 涼さんはケラケラと笑った。

 その笑顔には、かつて路地裏で震えていた時の影はない。

 大学生活が充実している証拠だろう。



「……そういえばさ。こないだのレポート、教授に褒められたんだ」

「教育心理学の?」

「そう! レオのアドバイスのおかげだよ。『子供の視点に立つ』ってやつ。……ありがとな」

「礼には及びません。涼さんの努力の結果ですよ」



 俺が言うと、彼女は少し照れくさそうに頬を掻いた。



「……アンタってさ。たまに同い年……いや、年上みたいに感じる時があるんだよね」

「老けていると言いたいのですか?」

「ちげーよ! ……頼りになるって言ってんの」



 彼女はボソリと言って、視線を逸らした。

 その耳が微かに赤い。

 年上のお姉さんからの信頼。

 それは、俺にとっても心地よいものだった。



「……じゃ、アタシもそろそろ帰るわ。またな、ボン!」

「ええ。気をつけて」



 彼女は手を振り、人混みの中へと消えていった。

 その背中は、以前よりもずっと軽やかに見えた。



 涼さんと別れた後、俺は東急本店のデパ地下へと急いだ。

 今日の夕食のテーマは「初夏の晩酌」だ。

 鮮魚コーナーで、長崎県産の真アジを見つけた。

 丸々と太り、目が澄んでいる。脂の乗りも良さそうだ。

 これを三枚におろしてもらい、南蛮漬けにする。

 アジの南蛮漬けは、作ってすぐよりも、一度冷まして味を染み込ませた方が美味い。

 帰宅後すぐに調理すれば、夕食の時間にはちょうど食べ頃になるはずだ。



 青果コーナーでは、千葉県産のそら豆。

 鞘が空に向かって伸びることからその名がついた、初夏の風物詩。

 鮮やかな緑色が美しい。

 さらに、豆腐専門店で『特製寄せ豆腐』を購入。

 大豆の甘みが濃厚な高級豆腐だ。薬味には、高知県産のミョウガと大葉をたっぷりと。



 酒は、本格焼酎『森伊蔵』。

 鹿児島産のサツマイモを使い、伝統的な甕壺(かめつぼ)仕込みで作られる幻の焼酎だ。

 上品な甘みとまろやかな口当たりは、和食との相性が抜群だ。

 一升瓶ではなく、四合瓶(720ml)の金ラベルを購入した。



 帰宅後、すぐに調理に取り掛かる。

 まずは南蛮酢を作る。

 出汁、酢、醤油、砂糖を鍋でひと煮立ちさせ、赤唐辛子の輪切りを加える。

 新玉ねぎ、人参、ピーマンを極細の千切りにし、熱い南蛮酢に漬け込む。

 野菜の甘みを引き出しつつ、シャキシャキ感を残すためだ。



 アジは中骨を抜き、一口大に切る。

 塩胡椒で下味をつけ、片栗粉を薄くまぶす。

 170度の油でカラリと揚げる。

 表面が狐色になり、中まで火が通った瞬間に引き上げ、油を切らずにそのまま南蛮酢へジュッと漬ける。

 この瞬間、衣が酢を吸い込み、味が凝縮される。

 粗熱が取れるまで、冷蔵庫で寝かせておく。



 その間に、そら豆を茹でる。

 鞘から出し、黒い筋に切り込みを入れる。

 塩を多めに入れた熱湯で2分。茹で過ぎは禁物だ。

 ザルに上げ、団扇で扇いで冷ます。水には晒さない。水っぽくなるからだ。



 冷奴は、食べる直前にパックから出し、水を切る。

 ミョウガと大葉を刻み、たっぷり乗せる。

 醤油ではなく、今日は藻塩とオリーブオイルでいただこう。

 大豆の甘みが引き立つ食べ方だ。



 準備が整った。

 ダイニングテーブルに料理を並べる。

 冷蔵庫で冷やされた『アジの南蛮漬け』。

 野菜の彩りが美しく、酢の酸味が食欲をそそる。

 『そら豆の塩茹で』は、翡翠色の宝石のようだ。

 そして『薬味たっぷりの冷奴』。

 グラスに氷を入れ、『森伊蔵』を注ぐ。



「いただきます」



 まずは南蛮漬けから。

 ひんやりとしたアジを口に運ぶ。

 衣に染み込んだ甘酢の酸味と、アジの脂の旨味がジュワッと広がる。

 玉ねぎのシャキシャキ感がアクセントになる。

 そこに焼酎を流し込む。

 芋の甘い香りが鼻に抜け、口の中の油をさっぱりと流してくれる。

 ……最高だ。

 これぞ日本の夏の味だ。



 そら豆は、薄皮を剥いて頬張る。

 ホクホクとした食感と、独特の青い香り。塩気が酒を進ませる。

 冷奴の濃厚な大豆の味も、焼酎によく合う。

 一人での晩酌だが、充実感はパーティー以上だ。

 自分の稼ぎで、自分の好きなものを、最高の手順で食べる。

 これ以上の贅沢があるだろうか。



 食事を終え、片付けを済ませた後、俺はバスルームへと向かった。

 昨日のような掃除は必要ない。俺の部屋は常に清潔だ。

 今日はゆっくりと湯に浸かり、連休の疲れを癒やすことにする。



 総檜の浴槽に湯を張り、今日は『別府温泉の湯の花』を入れた。

 白濁した湯からは、微かに硫黄の香りが漂う。

 自宅にいながらにして、温泉気分を味わえる。

 服を脱ぎ、湯船に身を沈める。



「……ふぅ」



 熱めの湯が、毛穴を開き、老廃物を排出していく感覚。

 明日からは学校が再開する。

 ビジネスの方も、サーバーの納品や着メロサイトの構築など、やるべきことは山積みだ。

 だが、不安はない。

 今の俺には、盤石な基盤と、頼れる仲間たちがいる。

 草野のような情報通、舞のような有能な秘書、そして……涼さんやくるみといった、守るべきヒロインたち。



 俺は手桶で湯をすくい、顔を洗った。

 サッパリした。

 風呂上がりに飲む冷たい水が楽しみだ。

 そして、明日に届くであろう低反発枕で、泥のように眠るのだ。
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