30 / 65
第30話 電気街の信奉者と南蛮漬けの酸味
しおりを挟む
ゴールデンウィーク最終日。明日からの日常再開を前に、街全体がどこか憂鬱な空気を帯びている朝。
俺は、リビングで優雅にコーヒーを飲みながら、テレビショッピングを眺めていた。
画面の中で、外国人の司会者が大げさな身振りで商品を宣伝している。
「見てください、この反発力! 生卵を落としても割れません!」
紹介されているのは、NASAが開発したという衝撃吸収素材を使った『低反発枕』だ。
従来の枕とは違い、頭の形に合わせて沈み込み、圧力を分散させる。
睡眠の質は、日中のパフォーマンスに直結する。
特に俺のようなショートスリーパーにとって、短時間で深い眠りを得るための投資は必須だ。
「……悪くない。ビジネスの基本は、まず自分の資本を整えることだ」
俺は受話器を取り、フリーダイヤルに電話をかけた。
セット販売で安くなっていたマットレスパッドもついでに注文する。
届くのは数日後だろうか。今夜の眠りが楽しみだ。
昼前。
俺は電車に揺られ、秋葉原駅に降り立った。
電気街口を出ると、雑多な電子音と呼び込みの声が渦巻いている。
1999年の秋葉原。
まだ「萌え」や「メイド喫茶」が席巻する前の、硬派な電気街としての側面を色濃く残している時代だ。
PCパーツショップ、無線機屋、家電量販店がひしめき合い、自作PCマニアたちが血眼になってパーツを漁っている。
「お、おい西園寺! こっちこっち!」
駅前の広場で、キョロキョロしていた小柄な少年が俺を見つけて手を振った。
クラスメイトの草野健太だ。
チェックのシャツにチノパンという、いかにもなファッション。
リュックサックを背負い、眼鏡の奥の瞳を輝かせている。
「待たせたな、草野」
「全然! 俺も今着たとこだし! ……ていうか、西園寺がアキバに来るなんて意外だよな。お前、もっとオシャレなとこしか行かないイメージだし」
「偏見だな。ここはテクノロジーの最先端が集まる場所だ。視察する価値はある」
俺が言うと、草野は嬉しそうに頷いた。
「だよな! 分かってるねぇ! ……よし、じゃあ案内するぜ。俺のおすすめのジャンク屋があるんだ」
草野の案内で、路地裏の雑居ビルにあるパーツショップを巡る。
彼は水を得た魚のように活き活きとしていた。
マザーボードの規格、CPUのクロック数、ハードディスクの容量。
普段は教室の隅で縮こまっている彼だが、このフィールドでは頼もしいガイドだ。
「見てくれよ西園寺! このメモリ、バルク品だけど激安だぜ! 相性保証はないけど、俺の目利きならいける!」
「ほう。……確かに、チップの型番を見る限り、悪くないロットだ」
「えっ、西園寺も詳しいの?」
「多少はな。サーバー事業を立ち上げるにあたって、ハードウェアの知識も仕入れた」
俺が専門用語を交えて返すと、草野は尊敬の眼差しを向けてきた。
「すげぇ……。やっぱお前、ただのボンボンじゃねぇよな。カリスマっていうか、オーラが違うもん」
「買いかぶりすぎだ」
俺たちはジャンクパーツを漁り、最新のグラフィックボードを眺め、電気街の熱気に浸った。
草野は「西園寺ファンサイト」の管理人を自称しているだけあって、俺の一挙手一投足に過剰に反応するが、その純粋な熱意は嫌いではない。
彼のような人間が、これからのネット社会を底辺から支えていくのだ。
昼食は、ガード下の牛丼屋で済ませた。
草野は「西園寺と牛丼食うとか、歴史的瞬間だな!」と大げさに喜んでいた。
夕方。
草野と別れた俺は、山手線で渋谷へと移動した。
秋葉原の無機質な熱気とは違う、若者の欲望が渦巻く有機的な熱気。
センター街を歩きながら、俺は喉の渇きを覚えた。
目についたドリンクスタンドに立ち寄る。
「……『生搾りグレープフルーツジュース』を」
注文を受けてから、店員が目の前でフルーツを絞る。
フレッシュな香りが弾ける。
受け取ったカップには、果肉たっぷりのピンク色の液体が満たされていた。
ストローで一口飲む。
強烈な酸味と、ほろ苦い甘み。
歩き疲れた体に、ビタミンCが染み渡っていくようだ。
カップを片手に、公園通りを歩く。
ふと、パルコの前で人だかりができているのが見えた。
ストリートミュージシャンの演奏だろうか。
興味本位で近づこうとした時、その人垣の中から一人の女性が出てきた。
早坂涼さんだ。
どうやら彼女も演奏を聴いていたらしい。
今日の涼さんは、白のTシャツに淡いブルーのロングスカート、上からデニムジャケットを羽織っている。
ラフだが清潔感のある装いだ。
ショートカットの黒髪が風に揺れ、透き通るような白い肌が夕日に照らされている。
その佇まいは、周囲の派手なギャルたちとは一線を画す、凛とした透明感を放っていた。
美少女像。
すれ違う男性たちが、吸い寄せられるように彼女を目で追っている。
「……涼さん」
「ん? ……あ、レオ!」
彼女は俺に気づくと、パッと花が咲くような笑顔を見せた。
その無防備な表情は、俺の心臓に悪い。
「奇遇ですね。買い物ですか?」
「ううん。ちょっと散歩。……あのバンド、結構良かったよ。レオも聴いてく?」
「いえ、俺はこれから夕食の買い出しがありますので」
「そっか。……相変わらず主夫してるねぇ」
涼さんはケラケラと笑った。
その笑顔には、かつて路地裏で震えていた時の影はない。
大学生活が充実している証拠だろう。
「……そういえばさ。こないだのレポート、教授に褒められたんだ」
「教育心理学の?」
「そう! レオのアドバイスのおかげだよ。『子供の視点に立つ』ってやつ。……ありがとな」
「礼には及びません。涼さんの努力の結果ですよ」
俺が言うと、彼女は少し照れくさそうに頬を掻いた。
「……アンタってさ。たまに同い年……いや、年上みたいに感じる時があるんだよね」
「老けていると言いたいのですか?」
「ちげーよ! ……頼りになるって言ってんの」
彼女はボソリと言って、視線を逸らした。
その耳が微かに赤い。
年上のお姉さんからの信頼。
それは、俺にとっても心地よいものだった。
「……じゃ、アタシもそろそろ帰るわ。またな、ボン!」
「ええ。気をつけて」
彼女は手を振り、人混みの中へと消えていった。
その背中は、以前よりもずっと軽やかに見えた。
涼さんと別れた後、俺は東急本店のデパ地下へと急いだ。
今日の夕食のテーマは「初夏の晩酌」だ。
鮮魚コーナーで、長崎県産の真アジを見つけた。
丸々と太り、目が澄んでいる。脂の乗りも良さそうだ。
これを三枚におろしてもらい、南蛮漬けにする。
アジの南蛮漬けは、作ってすぐよりも、一度冷まして味を染み込ませた方が美味い。
帰宅後すぐに調理すれば、夕食の時間にはちょうど食べ頃になるはずだ。
青果コーナーでは、千葉県産のそら豆。
鞘が空に向かって伸びることからその名がついた、初夏の風物詩。
鮮やかな緑色が美しい。
さらに、豆腐専門店で『特製寄せ豆腐』を購入。
大豆の甘みが濃厚な高級豆腐だ。薬味には、高知県産のミョウガと大葉をたっぷりと。
酒は、本格焼酎『森伊蔵』。
鹿児島産のサツマイモを使い、伝統的な甕壺(かめつぼ)仕込みで作られる幻の焼酎だ。
上品な甘みとまろやかな口当たりは、和食との相性が抜群だ。
一升瓶ではなく、四合瓶(720ml)の金ラベルを購入した。
帰宅後、すぐに調理に取り掛かる。
まずは南蛮酢を作る。
出汁、酢、醤油、砂糖を鍋でひと煮立ちさせ、赤唐辛子の輪切りを加える。
新玉ねぎ、人参、ピーマンを極細の千切りにし、熱い南蛮酢に漬け込む。
野菜の甘みを引き出しつつ、シャキシャキ感を残すためだ。
アジは中骨を抜き、一口大に切る。
塩胡椒で下味をつけ、片栗粉を薄くまぶす。
170度の油でカラリと揚げる。
表面が狐色になり、中まで火が通った瞬間に引き上げ、油を切らずにそのまま南蛮酢へジュッと漬ける。
この瞬間、衣が酢を吸い込み、味が凝縮される。
粗熱が取れるまで、冷蔵庫で寝かせておく。
その間に、そら豆を茹でる。
鞘から出し、黒い筋に切り込みを入れる。
塩を多めに入れた熱湯で2分。茹で過ぎは禁物だ。
ザルに上げ、団扇で扇いで冷ます。水には晒さない。水っぽくなるからだ。
冷奴は、食べる直前にパックから出し、水を切る。
ミョウガと大葉を刻み、たっぷり乗せる。
醤油ではなく、今日は藻塩とオリーブオイルでいただこう。
大豆の甘みが引き立つ食べ方だ。
準備が整った。
ダイニングテーブルに料理を並べる。
冷蔵庫で冷やされた『アジの南蛮漬け』。
野菜の彩りが美しく、酢の酸味が食欲をそそる。
『そら豆の塩茹で』は、翡翠色の宝石のようだ。
そして『薬味たっぷりの冷奴』。
グラスに氷を入れ、『森伊蔵』を注ぐ。
「いただきます」
まずは南蛮漬けから。
ひんやりとしたアジを口に運ぶ。
衣に染み込んだ甘酢の酸味と、アジの脂の旨味がジュワッと広がる。
玉ねぎのシャキシャキ感がアクセントになる。
そこに焼酎を流し込む。
芋の甘い香りが鼻に抜け、口の中の油をさっぱりと流してくれる。
……最高だ。
これぞ日本の夏の味だ。
そら豆は、薄皮を剥いて頬張る。
ホクホクとした食感と、独特の青い香り。塩気が酒を進ませる。
冷奴の濃厚な大豆の味も、焼酎によく合う。
一人での晩酌だが、充実感はパーティー以上だ。
自分の稼ぎで、自分の好きなものを、最高の手順で食べる。
これ以上の贅沢があるだろうか。
食事を終え、片付けを済ませた後、俺はバスルームへと向かった。
昨日のような掃除は必要ない。俺の部屋は常に清潔だ。
今日はゆっくりと湯に浸かり、連休の疲れを癒やすことにする。
総檜の浴槽に湯を張り、今日は『別府温泉の湯の花』を入れた。
白濁した湯からは、微かに硫黄の香りが漂う。
自宅にいながらにして、温泉気分を味わえる。
服を脱ぎ、湯船に身を沈める。
「……ふぅ」
熱めの湯が、毛穴を開き、老廃物を排出していく感覚。
明日からは学校が再開する。
ビジネスの方も、サーバーの納品や着メロサイトの構築など、やるべきことは山積みだ。
だが、不安はない。
今の俺には、盤石な基盤と、頼れる仲間たちがいる。
草野のような情報通、舞のような有能な秘書、そして……涼さんやくるみといった、守るべきヒロインたち。
俺は手桶で湯をすくい、顔を洗った。
サッパリした。
風呂上がりに飲む冷たい水が楽しみだ。
そして、明日に届くであろう低反発枕で、泥のように眠るのだ。
俺は、リビングで優雅にコーヒーを飲みながら、テレビショッピングを眺めていた。
画面の中で、外国人の司会者が大げさな身振りで商品を宣伝している。
「見てください、この反発力! 生卵を落としても割れません!」
紹介されているのは、NASAが開発したという衝撃吸収素材を使った『低反発枕』だ。
従来の枕とは違い、頭の形に合わせて沈み込み、圧力を分散させる。
睡眠の質は、日中のパフォーマンスに直結する。
特に俺のようなショートスリーパーにとって、短時間で深い眠りを得るための投資は必須だ。
「……悪くない。ビジネスの基本は、まず自分の資本を整えることだ」
俺は受話器を取り、フリーダイヤルに電話をかけた。
セット販売で安くなっていたマットレスパッドもついでに注文する。
届くのは数日後だろうか。今夜の眠りが楽しみだ。
昼前。
俺は電車に揺られ、秋葉原駅に降り立った。
電気街口を出ると、雑多な電子音と呼び込みの声が渦巻いている。
1999年の秋葉原。
まだ「萌え」や「メイド喫茶」が席巻する前の、硬派な電気街としての側面を色濃く残している時代だ。
PCパーツショップ、無線機屋、家電量販店がひしめき合い、自作PCマニアたちが血眼になってパーツを漁っている。
「お、おい西園寺! こっちこっち!」
駅前の広場で、キョロキョロしていた小柄な少年が俺を見つけて手を振った。
クラスメイトの草野健太だ。
チェックのシャツにチノパンという、いかにもなファッション。
リュックサックを背負い、眼鏡の奥の瞳を輝かせている。
「待たせたな、草野」
「全然! 俺も今着たとこだし! ……ていうか、西園寺がアキバに来るなんて意外だよな。お前、もっとオシャレなとこしか行かないイメージだし」
「偏見だな。ここはテクノロジーの最先端が集まる場所だ。視察する価値はある」
俺が言うと、草野は嬉しそうに頷いた。
「だよな! 分かってるねぇ! ……よし、じゃあ案内するぜ。俺のおすすめのジャンク屋があるんだ」
草野の案内で、路地裏の雑居ビルにあるパーツショップを巡る。
彼は水を得た魚のように活き活きとしていた。
マザーボードの規格、CPUのクロック数、ハードディスクの容量。
普段は教室の隅で縮こまっている彼だが、このフィールドでは頼もしいガイドだ。
「見てくれよ西園寺! このメモリ、バルク品だけど激安だぜ! 相性保証はないけど、俺の目利きならいける!」
「ほう。……確かに、チップの型番を見る限り、悪くないロットだ」
「えっ、西園寺も詳しいの?」
「多少はな。サーバー事業を立ち上げるにあたって、ハードウェアの知識も仕入れた」
俺が専門用語を交えて返すと、草野は尊敬の眼差しを向けてきた。
「すげぇ……。やっぱお前、ただのボンボンじゃねぇよな。カリスマっていうか、オーラが違うもん」
「買いかぶりすぎだ」
俺たちはジャンクパーツを漁り、最新のグラフィックボードを眺め、電気街の熱気に浸った。
草野は「西園寺ファンサイト」の管理人を自称しているだけあって、俺の一挙手一投足に過剰に反応するが、その純粋な熱意は嫌いではない。
彼のような人間が、これからのネット社会を底辺から支えていくのだ。
昼食は、ガード下の牛丼屋で済ませた。
草野は「西園寺と牛丼食うとか、歴史的瞬間だな!」と大げさに喜んでいた。
夕方。
草野と別れた俺は、山手線で渋谷へと移動した。
秋葉原の無機質な熱気とは違う、若者の欲望が渦巻く有機的な熱気。
センター街を歩きながら、俺は喉の渇きを覚えた。
目についたドリンクスタンドに立ち寄る。
「……『生搾りグレープフルーツジュース』を」
注文を受けてから、店員が目の前でフルーツを絞る。
フレッシュな香りが弾ける。
受け取ったカップには、果肉たっぷりのピンク色の液体が満たされていた。
ストローで一口飲む。
強烈な酸味と、ほろ苦い甘み。
歩き疲れた体に、ビタミンCが染み渡っていくようだ。
カップを片手に、公園通りを歩く。
ふと、パルコの前で人だかりができているのが見えた。
ストリートミュージシャンの演奏だろうか。
興味本位で近づこうとした時、その人垣の中から一人の女性が出てきた。
早坂涼さんだ。
どうやら彼女も演奏を聴いていたらしい。
今日の涼さんは、白のTシャツに淡いブルーのロングスカート、上からデニムジャケットを羽織っている。
ラフだが清潔感のある装いだ。
ショートカットの黒髪が風に揺れ、透き通るような白い肌が夕日に照らされている。
その佇まいは、周囲の派手なギャルたちとは一線を画す、凛とした透明感を放っていた。
美少女像。
すれ違う男性たちが、吸い寄せられるように彼女を目で追っている。
「……涼さん」
「ん? ……あ、レオ!」
彼女は俺に気づくと、パッと花が咲くような笑顔を見せた。
その無防備な表情は、俺の心臓に悪い。
「奇遇ですね。買い物ですか?」
「ううん。ちょっと散歩。……あのバンド、結構良かったよ。レオも聴いてく?」
「いえ、俺はこれから夕食の買い出しがありますので」
「そっか。……相変わらず主夫してるねぇ」
涼さんはケラケラと笑った。
その笑顔には、かつて路地裏で震えていた時の影はない。
大学生活が充実している証拠だろう。
「……そういえばさ。こないだのレポート、教授に褒められたんだ」
「教育心理学の?」
「そう! レオのアドバイスのおかげだよ。『子供の視点に立つ』ってやつ。……ありがとな」
「礼には及びません。涼さんの努力の結果ですよ」
俺が言うと、彼女は少し照れくさそうに頬を掻いた。
「……アンタってさ。たまに同い年……いや、年上みたいに感じる時があるんだよね」
「老けていると言いたいのですか?」
「ちげーよ! ……頼りになるって言ってんの」
彼女はボソリと言って、視線を逸らした。
その耳が微かに赤い。
年上のお姉さんからの信頼。
それは、俺にとっても心地よいものだった。
「……じゃ、アタシもそろそろ帰るわ。またな、ボン!」
「ええ。気をつけて」
彼女は手を振り、人混みの中へと消えていった。
その背中は、以前よりもずっと軽やかに見えた。
涼さんと別れた後、俺は東急本店のデパ地下へと急いだ。
今日の夕食のテーマは「初夏の晩酌」だ。
鮮魚コーナーで、長崎県産の真アジを見つけた。
丸々と太り、目が澄んでいる。脂の乗りも良さそうだ。
これを三枚におろしてもらい、南蛮漬けにする。
アジの南蛮漬けは、作ってすぐよりも、一度冷まして味を染み込ませた方が美味い。
帰宅後すぐに調理すれば、夕食の時間にはちょうど食べ頃になるはずだ。
青果コーナーでは、千葉県産のそら豆。
鞘が空に向かって伸びることからその名がついた、初夏の風物詩。
鮮やかな緑色が美しい。
さらに、豆腐専門店で『特製寄せ豆腐』を購入。
大豆の甘みが濃厚な高級豆腐だ。薬味には、高知県産のミョウガと大葉をたっぷりと。
酒は、本格焼酎『森伊蔵』。
鹿児島産のサツマイモを使い、伝統的な甕壺(かめつぼ)仕込みで作られる幻の焼酎だ。
上品な甘みとまろやかな口当たりは、和食との相性が抜群だ。
一升瓶ではなく、四合瓶(720ml)の金ラベルを購入した。
帰宅後、すぐに調理に取り掛かる。
まずは南蛮酢を作る。
出汁、酢、醤油、砂糖を鍋でひと煮立ちさせ、赤唐辛子の輪切りを加える。
新玉ねぎ、人参、ピーマンを極細の千切りにし、熱い南蛮酢に漬け込む。
野菜の甘みを引き出しつつ、シャキシャキ感を残すためだ。
アジは中骨を抜き、一口大に切る。
塩胡椒で下味をつけ、片栗粉を薄くまぶす。
170度の油でカラリと揚げる。
表面が狐色になり、中まで火が通った瞬間に引き上げ、油を切らずにそのまま南蛮酢へジュッと漬ける。
この瞬間、衣が酢を吸い込み、味が凝縮される。
粗熱が取れるまで、冷蔵庫で寝かせておく。
その間に、そら豆を茹でる。
鞘から出し、黒い筋に切り込みを入れる。
塩を多めに入れた熱湯で2分。茹で過ぎは禁物だ。
ザルに上げ、団扇で扇いで冷ます。水には晒さない。水っぽくなるからだ。
冷奴は、食べる直前にパックから出し、水を切る。
ミョウガと大葉を刻み、たっぷり乗せる。
醤油ではなく、今日は藻塩とオリーブオイルでいただこう。
大豆の甘みが引き立つ食べ方だ。
準備が整った。
ダイニングテーブルに料理を並べる。
冷蔵庫で冷やされた『アジの南蛮漬け』。
野菜の彩りが美しく、酢の酸味が食欲をそそる。
『そら豆の塩茹で』は、翡翠色の宝石のようだ。
そして『薬味たっぷりの冷奴』。
グラスに氷を入れ、『森伊蔵』を注ぐ。
「いただきます」
まずは南蛮漬けから。
ひんやりとしたアジを口に運ぶ。
衣に染み込んだ甘酢の酸味と、アジの脂の旨味がジュワッと広がる。
玉ねぎのシャキシャキ感がアクセントになる。
そこに焼酎を流し込む。
芋の甘い香りが鼻に抜け、口の中の油をさっぱりと流してくれる。
……最高だ。
これぞ日本の夏の味だ。
そら豆は、薄皮を剥いて頬張る。
ホクホクとした食感と、独特の青い香り。塩気が酒を進ませる。
冷奴の濃厚な大豆の味も、焼酎によく合う。
一人での晩酌だが、充実感はパーティー以上だ。
自分の稼ぎで、自分の好きなものを、最高の手順で食べる。
これ以上の贅沢があるだろうか。
食事を終え、片付けを済ませた後、俺はバスルームへと向かった。
昨日のような掃除は必要ない。俺の部屋は常に清潔だ。
今日はゆっくりと湯に浸かり、連休の疲れを癒やすことにする。
総檜の浴槽に湯を張り、今日は『別府温泉の湯の花』を入れた。
白濁した湯からは、微かに硫黄の香りが漂う。
自宅にいながらにして、温泉気分を味わえる。
服を脱ぎ、湯船に身を沈める。
「……ふぅ」
熱めの湯が、毛穴を開き、老廃物を排出していく感覚。
明日からは学校が再開する。
ビジネスの方も、サーバーの納品や着メロサイトの構築など、やるべきことは山積みだ。
だが、不安はない。
今の俺には、盤石な基盤と、頼れる仲間たちがいる。
草野のような情報通、舞のような有能な秘書、そして……涼さんやくるみといった、守るべきヒロインたち。
俺は手桶で湯をすくい、顔を洗った。
サッパリした。
風呂上がりに飲む冷たい水が楽しみだ。
そして、明日に届くであろう低反発枕で、泥のように眠るのだ。
0
あなたにおすすめの小説
異世界帰りの俺、現代日本にダンジョンが出現したので異世界経験を売ったり配信してみます
内田ヨシキ
ファンタジー
「あの魔物の倒し方なら、30万円で売るよ!」
――これは、現代日本にダンジョンが出現して間もない頃の物語。
カクヨムにて先行連載中です!
(https://kakuyomu.jp/works/16818023211703153243)
異世界で名を馳せた英雄「一条 拓斗(いちじょう たくと)」は、現代日本に帰還したはいいが、異世界で鍛えた魔力も身体能力も失われていた。
残ったのは魔物退治の経験や、魔法に関する知識、異世界言語能力など現代日本で役に立たないものばかり。
一般人として生活するようになった拓斗だったが、持てる能力を一切活かせない日々は苦痛だった。
そんな折、現代日本に迷宮と魔物が出現。それらは拓斗が異世界で散々見てきたものだった。
そして3年後、ついに迷宮で活動する国家資格を手にした拓斗は、安定も平穏も捨てて、自分のすべてを活かせるはずの迷宮へ赴く。
異世界人「フィリア」との出会いをきっかけに、拓斗は自分の異世界経験が、他の初心者同然の冒険者にとって非常に有益なものであると気づく。
やがて拓斗はフィリアと共に、魔物の倒し方や、迷宮探索のコツ、魔法の使い方などを、時に直接売り、時に動画配信してお金に変えていく。
さらには迷宮探索に有用なアイテムや、冒険者の能力を可視化する「ステータスカード」を発明する。
そんな彼らの活動は、ダンジョン黎明期の日本において重要なものとなっていき、公的機関に発展していく――。
異世界ハズレモノ英雄譚〜無能ステータスと言われた俺が、ざまぁ見せつけながらのし上がっていくってよ!〜
mitsuzoエンターテインメンツ
ファンタジー
【週三日(月・水・金)投稿 基本12:00〜14:00】
異世界にクラスメートと共に召喚された瑛二。
『ハズレモノ』という聞いたこともない称号を得るが、その低スペックなステータスを見て、皆からハズレ称号とバカにされ、それどころか邪魔者扱いされ殺されそうに⋯⋯。
しかし、実は『超チートな称号』であることがわかった瑛二は、そこから自分をバカにした者や殺そうとした者に対して、圧倒的な力を隠しつつ、ざまぁを展開していく。
そして、そのざまぁは図らずも人類の命運を握るまでのものへと発展していくことに⋯⋯。
悪役貴族に転生したから破滅しないように努力するけど上手くいかない!~努力が足りない?なら足りるまで努力する~
蜂谷
ファンタジー
社畜の俺は気が付いたら知らない男の子になっていた。
情報をまとめるとどうやら子供の頃に見たアニメ、ロイヤルヒーローの序盤で出てきた悪役、レオス・ヴィダールの幼少期に転生してしまったようだ。
アニメ自体は子供の頃だったのでよく覚えていないが、なぜかこいつのことはよく覚えている。
物語の序盤で悪魔を召喚させ、学園をめちゃくちゃにする。
それを主人公たちが倒し、レオスは学園を追放される。
その後領地で幽閉に近い謹慎を受けていたのだが、悪魔教に目を付けられ攫われる。
そしてその体を魔改造されて終盤のボスとして主人公に立ちふさがる。
それもヒロインの聖魔法によって倒され、彼の人生の幕は閉じる。
これが、悪役転生ってことか。
特に描写はなかったけど、こいつも怠惰で堕落した生活を送っていたに違いない。
あの肥満体だ、運動もろくにしていないだろう。
これは努力すれば眠れる才能が開花し、死亡フラグを回避できるのでは?
そう考えた俺は執事のカモールに頼み込み訓練を開始する。
偏った考えで領地を無駄に統治してる親を説得し、健全で善人な人生を歩もう。
一つ一つ努力していけば、きっと開かれる未来は輝いているに違いない。
そう思っていたんだけど、俺、弱くない?
希少属性である闇魔法に目覚めたのはよかったけど、攻撃力に乏しい。
剣術もそこそこ程度、全然達人のようにうまくならない。
おまけに俺はなにもしてないのに悪魔が召喚がされている!?
俺の前途多難な転生人生が始まったのだった。
※カクヨム、なろうでも掲載しています。
チート魅了スキルで始まる、美少女たちとの異世界ハーレム生活
仙道
ファンタジー
リメイク先:「視線が合っただけで美少女が俺に溺れる。異世界で最強のハーレムを作って楽に暮らす」
ごく普通の会社員だった佐々木健太は、異世界へ転移してして、あらゆる女性を無条件に魅了するチート能力を手にする。
彼はこの能力で、女騎士セシリア、ギルド受付嬢リリア、幼女ルナ、踊り子エリスといった魅力的な女性たちと出会い、絆を深めていく。
ブラック国家を制裁する方法は、性癖全開のハーレムを作ることでした。
タカハシヨウ
ファンタジー
ヴァン・スナキアはたった一人で世界を圧倒できる強さを誇り、母国ウィルクトリアを守る使命を背負っていた。
しかし国民たちはヴァンの威を借りて他国から財産を搾取し、その金でろくに働かずに暮らしている害悪ばかり。さらにはその歪んだ体制を維持するためにヴァンの魔力を受け継ぐ後継を求め、ヴァンに一夫多妻制まで用意する始末。
ヴァンは国を叩き直すため、あえてヴァンとは子どもを作れない異種族とばかり八人と結婚した。もし後継が生まれなければウィルクトリアは世界中から報復を受けて滅亡するだろう。生き残りたければ心を入れ替えてまともな国になるしかない。
激しく抵抗する国民を圧倒的な力でギャフンと言わせながら、ヴァンは愛する妻たちと甘々イチャイチャ暮らしていく。
幼馴染達と一緒に異世界召喚、だけど僕だけ別な場所に飛ばされた先は異世界の不思議な無人島だった。
アノマロカリス
ファンタジー
よくある話の異世界召喚…
スマホのネット小説や漫画が好きな少年、洲河 愽(すが だん)。
いつもの様に幼馴染達と学校帰りの公園でくっちゃべっていると地面に突然魔法陣が現れて…
気付くと愽は1人だけ見渡す限り草原の中に突っ立っていた。
愽は幼馴染達を探す為に周囲を捜索してみたが、一緒に飛ばされていた筈の幼馴染達は居なかった。
生きていればいつかは幼馴染達とまた会える!
愽は希望を持って、この不思議な無人島でサバイバル生活を始めるのだった。
「幼馴染達と一緒に異世界召喚、だけど僕の授かったスキルは役に立つものなのかな?」
「幼馴染達と一緒に異世界召喚、だけど僕は幼馴染達よりも強いジョブを手に入れて無双する!」
「幼馴染達と一緒に異世界召喚、だけど僕は魔王から力を授かり人類に対して牙を剥く‼︎」
幼馴染達と一緒に異世界召喚の第四弾。
愽は幼馴染達と離れた場所でサバイバル生活を送るというパラレルストーリー。
はたして愽は、無事に幼馴染達と再会を果たせるのだろうか?
俺を振ったはずの腐れ縁幼馴染が、俺に告白してきました。
true177
恋愛
一年前、伊藤 健介(いとう けんすけ)は幼馴染の多田 悠奈(ただ ゆうな)に振られた。それも、心無い手紙を下駄箱に入れられて。
それ以来悠奈を避けるようになっていた健介だが、二年生に進級した春になって悠奈がいきなり告白を仕掛けてきた。
これはハニートラップか、一年前の出来事を忘れてしまっているのか……。ともかく、健介は断った。
日常が一変したのは、それからである。やたらと悠奈が絡んでくるようになったのだ。
彼女の狙いは、いったい何なのだろうか……。
※小説家になろう、ハーメルンにも同一作品を投稿しています。
※内部進行完結済みです。毎日連載です。
S級クラフトスキルを盗られた上にパーティから追放されたけど、実はスキルがなくても生産力最強なので追放仲間の美少女たちと工房やります
内田ヨシキ
ファンタジー
[第5回ドラゴンノベルス小説コンテスト 最終選考作品]
冒険者シオンは、なんでも作れる【クラフト】スキルを奪われた上に、S級パーティから追放された。しかしシオンには【クラフト】のために培った知識や技術がまだ残されていた!
物作りを通して、新たな仲間を得た彼は、世界初の技術の開発へ着手していく。
職人ギルドから追放された美少女ソフィア。
逃亡中の魔法使いノエル。
騎士職を剥奪された没落貴族のアリシア。
彼女らもまた、一度は奪われ、失ったものを、物作りを通して取り戻していく。
カクヨムにて完結済み。
( https://kakuyomu.jp/works/16817330656544103806 )
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる