実力S級の俺、配信切り忘れで「虚無顔でボスを瞬殺する姿」が全国放送されてた件。今さら「ただの荷物持ち」とは言えない 〜定時で帰りたいので、

ken

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第4章:世界を救って定時で帰る

第43話 深層への突入

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 アパート『ひまわり荘』での防衛戦は、ひとまずの膠着状態を迎えていた。
 揚げたてのフィッシュ・アンド・チップスで英気を養い、S級たちの暴力的な反撃によって、周囲の魔物は粗方片付いた。
 だが、これは一時的な凪に過ぎない。
 遠くダンジョンの方角からは、依然として黒い瘴気が噴き上がり、地鳴りのような魔物の行軍音が響き続けている。

「……元を断たなきゃ、終わらないわね」

 伊藤みのりが、タブレットの画面を見ながら険しい顔で言った。
 画面には、東京大迷宮の深度別魔力分布図が表示されている。
 最深部――地下100階層付近に、どす黒い赤色の反応が渦巻いている。

「スタンピードの発生源。……そこに『何か』がいる」
「ああ。そいつを叩けば、この騒ぎも収まるってわけだ」

 俺、鈴木悠作は、愛用のナイフを腰に差した。
 腹は満たされた。ポチも元気だ。
 ならば、やることは一つ。
 定時退社を恒久的なものにするための、最後の大仕事だ。

「悠作、行ってくるのね」
「ああ。留守は頼めるか?」

 俺が尋ねると、みのりは力強く頷いた。

「任せなさい。こっちは私と茜さん、それに純子ちゃんと瞳ちゃんがいれば何とかなるわ。協会の増援も手配したし、アパートの結界も再構築した」
「悠作様、お土産は『元凶の首』で結構ですわよ。高値で売れそうですもの」
「悠作さん……ご無事で。背中は私が守りますから」

 残留組の頼もしい言葉。
 俺は彼女たちにアパートを託し、突入メンバーに向き直った。

「行くぞ。ジーク、すず、しずか、ゆき子」
「御意! 雷切の錆にしてくれよう!」
「はい! 鈴木さんの道は私が切り開きます!」
「重労働ね。……プロテインバー、多めに持っていくわ」
「アタシも行くっしょ! 伝説のライブの幕開けだよ!」

 戦力としては過剰なほどのメンツだ。
 そして、俺たちの足となるのは――。

「ワフッ!(乗れ!)」

 巨大化したフェンリル、ポチだ。
 その背中は広く、頼もしい。
 俺たちはポチの背に飛び乗った。

「行ってきます!」
「おう、晩飯までには戻る!」

 俺の合図と共に、ポチが地面を蹴った。
 ドンッ! という衝撃波を残し、白銀の巨体が空へと駆け上がる。
 目指すは東京大迷宮の入り口、そしてその遥か底にある深淵だ。

 ダンジョンへの侵入は、まさに「落下」だった。
 通常なら何時間もかけて攻略する階層を、ポチは重力を無視して壁を走り、縦穴を垂直に駆け下りていく。

 ヒュオオオオオッ!!

 風切り音が凄まじい。
 だが、ポチが纏う魔力の防壁のおかげで、俺たちは快適なクルージングを楽しんでいた。

 中層エリア。マグマが煮えたぎる灼熱地帯。
 襲いかかる火炎竜の群れ。

「邪魔だ!」

 ジークがポチの背中から剣を振るう。
 飛ぶ斬撃。竜の首が次々と落ちる。

 下層エリア。入り組んだ迷宮区画。
 ポチはその複雑なルートを、迷うことなく最短距離で突き進む。
 その驚異的な鼻が、魔力の濃い方向=最深部へのルートを嗅ぎ分けているのだ。

「……賢くなったな、ポチ」

 俺が首元の毛を撫でると、ポチは走りながら器用に片耳をピクピクと動かし、「当然だろ」と言わんばかりのドヤ顔をこちらに向けた。

 そう。
 ここ数日の、特にあの進化を経てから、ポチの知能指数が爆上がりしている気がする。
 以前のような「本能全開の赤ちゃん」ではない。
 こちらの言葉を理解し、空気を読み、あまつさえ「学習」するようになっている。

 例えば、ついさっきのことだ。
 50階層の休憩ポイントを通過した際、俺が無意識に「あー、肩凝ったな」と呟いた。
 するとポチは、走行中にも関わらず、ふさふさの尻尾を器用に操り、俺の肩をトントンと叩き始めたのだ。
 しかも、絶妙な力加減で。

「……お前、マッサージ覚えたのか?」
「ワフン(次は腰か?)」

 さらに、ゆき子が「喉乾いた~」と言えば、五右衛門のポケットからペットボトルの水を口でくわえて渡していた。
 もはや「犬」ではない。「執事」だ。

「可愛い……! 何ですかこのホスピタリティ! 私の彼氏より気が利きます!」

 すずが感動している。彼氏いたことないくせに。まさか俺の事を言ってないよな?

「見て見て師匠! ポチってば、アタシのダンスのステップに合わせて走ってくれてる! リズム感ヤバい!」

 ゆき子がポチの背中で踊っている。揺れないように背中の筋肉を微調整しているらしい。

 極めつけは、しずかとのやり取りだ。
 しずかがコンテナのバランスを直そうと腰を浮かせた瞬間、ポチはすかさず重心を移動させ、彼女が体勢を崩さないようにサポートした。

「……私の次の動作を予測したわね。重心移動の読み合い……負けたわ」

 しずかが悔しそうに、しかし嬉しそうに微笑む。

 驚異的な学習能力。
 俺たちの行動を見て、真似て、最適化している。
 だが、その動機が「主人に快適に過ごしてもらうため」という一点に集約されているのが、いじらしくて可愛い。
 最強の魔獣が、尻尾を振って「褒めて!」とアピールしてくるのだ。可愛くないわけがない。

「よしよし、いい子だ。帰ったら極上の骨付き肉やるからな」
「ワオォォン!!(約束だぞ!!)」

 ポチが遠吠えを上げ、さらに加速した。
 現金なやつめ。

 そして、俺たちは到達した。
 地下90階層。
 ここから先は、地図にない場所。
 人類未踏の領域、『深淵』だ。

 景色が一変した。
 これまでの洞窟や遺跡といった人工的な構造物ではない。
 そこにあったのは、どこまでも広がる荒野と、紫色に発光する巨大な結晶の森だった。
 空には、偽りの月が赤く輝いている。

 空気の味が違う。
 鉄錆と、オゾンのような刺激臭。
 濃密すぎる魔素が、肌にピリピリと突き刺さる。

「……ここが、最深部」

 ジークが剣を構え直す。彼の表情から余裕が消えている。

「気配が……桁違いだ。そこら中にS級クラスの魔物が潜んでいる」

 ポチが低く唸り、歩調を緩めた。
 警戒モードだ。ここからは、ただ走るだけでは済まない。

 俺たちは慎重に進んだ。
 結晶の森を抜け、開けた場所に出た時、俺の足が止まった。

「……おい。あれを見ろ」

 俺が指差した先。
 巨大な紫水晶の根元に、異質なものが落ちていた。
 自然物ではない。人工物だ。
 朽ち果てた、金属製の棒。
 そして、ボロボロになった革製のリュックサック。

「……誰かの、遺品?」

 すずが息を呑む。
 未踏破エリアのはずだ。誰も来たことがないはずの場所に、なぜ。

 俺は近づき、そのリュックを拾い上げた。
 長い年月が経っているはずなのに、魔素の影響か、保存状態は悪くない。
 見覚えがあった。
 あの特徴的な縫い目。機能性を重視したポケットの配置。
 そして、リュックの底に刻まれたイニシャル『G.S』。

「……師匠」

 俺の口から、懐かしい呼び名が漏れた。
 間違いない。
 これは、俺にポーターとしての技術、料理の基礎、そして暗殺術を叩き込んだ、かつての師匠の荷物だ。

 10年前。
 「ちょっと世界を救ってくる」と言い残してダンジョンに潜り、そのまま帰ってこなかった、伝説の最強ポーター兼料理人。
 源源蔵。

「ここに来ていたのか……」

 俺はリュックを開けた。
 中に入っていたのは、魔道具や武器ではない。
 使い込まれた調理器具と、一冊の古びたノート。
 そして、真空パックされたまま化石のようになった、おにぎりだった。

「……ブレない人だ」

 俺は苦笑した。
 最深部まで来て、飯の心配をしていたのか。
 ノートをパラパラとめくる。
 そこには、ダンジョンの攻略情報ではなく、未知の食材のスケッチや、調理法のメモがびっしりと書き込まれていた。

『95階層。ドラゴンの尾の肉は硬いが、圧力鍋で3時間煮込めば絶品』
『99階層。魔王の菜園にて、究極の米を発見』

 ……楽しそうに旅をしていたようだ。

 だが、最後のページに近づくにつれ、筆跡が乱れていく。

『奴が目覚める』
『このままでは地上に溢れ出す』
『俺が食い止める。……せめて、あいつが一人前になるまでは』

 そこで記述は途絶えていた。
 血の跡が、ページを汚している。

「悠作……」

 しずかが心配そうに俺の肩に手を置く。

「大丈夫だ」

 俺はノートを閉じた。
 悲しみはない。あるのは、納得と、新たな決意だ。
 師匠は逃げずに戦った。そして、俺がここに来るまでの時間を稼いでくれたのだ。

「……腹が減ったな」

 俺は唐突に言った。
 こんな場所で、こんな空気の中で。
 だが、だからこそ、俺はそう言わなければならなかった。
 師匠の意志を継ぐ者として。

「飯にするぞ。……師匠への手向けだ」

 俺は五右衛門を開いた。
 取り出したのは、今朝出かける前に握ってきた弁当箱。
 中身は、シンプル極まりない『おにぎり』だ。

 具は、梅干し、おかか、そして塩鮭。
 海苔は、パリパリの有明産。
 米は、冷めても美味しいコシヒカリの特別栽培米。

「『おにぎり弁当』だ」

 俺たちは荒野に腰を下ろした。
 赤い月の下、異界の風に吹かれながら。

「いただきます」

 俺は塩むすびを手に取った。
 師匠が最初に教えてくれた料理だ。

 『いいか悠作。料理の基本は、素材への敬意と、食う奴への愛情だ。握る時は力を入れるな。空気を含ませて、口の中でほぐれるように握るんだ』

 ガブリ。

 米の甘み。塩の塩梅。
 冷えているのに、どこか温かい。
 シンプルだからこそ、誤魔化しが効かない。
 俺の原点の味だ。

「……美味しい」

 すずが小さく呟く。

「ただのおにぎりなのに……なんでこんなに、ホッとするんでしょう」

「米が立ってる。塩加減も神。……マジで染みるわ」

 ゆき子も静かに噛み締めている。

 ジークは無言で、涙を流しながら食べていた。

「……これが、師匠の師匠の味……。魂に響く味です……!」

 ポチも、巨大なおにぎりを両手で持って、大事そうにハフハフと食べている。
 その姿は、かつて俺が師匠の握ったおにぎりを食べていた時の姿と重なった。

「……さて」

 完食。
 腹の底から力が湧いてくる。
 師匠の遺志は受け取った。あとは、俺たちがやるだけだ。

「行くぞ。……この先には、師匠ですら帰れなかった『何か』がいる」

 俺は立ち上がり、リュックを背負った。
 その中には、師匠のノートも入れた。
 一緒に連れて行く。最深部の景色を、見せてやるために。

 ポチが咆哮を上げる。
 その声は、深淵の闇を切り裂くように響き渡った。

 俺たちは再び進み出した。
 目指すは、全ての元凶が待つ、奈落の底だ。
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