辺境に追放された魔導工学師、古代遺跡の【お節介AI重機】を目覚めさせる。不毛の荒野? 多脚戦車で一瞬で温泉リゾートですが何か?

ken

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第1章:追放と最強のオカン

第2話 辺境の荒野と古代の遺跡

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 王都を出てから、どれくらいの時間が経っただろうか。
 空はすでに完全に夜の帳を下ろし、頭上には見たこともないほど鮮明な星空が広がっている。
 だが、今の俺にその美しさを愛でる余裕はなかった。

「……ハァ、ハァ……。さすがに、堪えるな」

 俺は乾いた唇を舐め、重い足を前に運んだ。
 『死の荒野』。
 王国の東に広がるこの不毛の大地は、その名の通り、生命を拒絶する場所だ。
 足元はひび割れた赤土と、鋭利な岩屑ばかり。草木一本生えておらず、時折吹き抜ける風は頬を紙ヤスリで撫でられるように痛い。

 魔物はまだ出ていない。
 だが、この場所の真の恐怖は魔物ではない。この圧倒的な「無」だ。
 水もない。食料もない。身を隠す場所すらない。
 ただただ、乾いた死が横たわっているだけ。

 30歳のおっさんが、水筒ひとつ持たずにハイキングするには、少々ハードすぎるコースだったかもしれない。

「……カイルのやつ、ここまで計算して追放したわけじゃないだろうが……結果的に処刑と変わらんな」

 皮肉めいた独り言を漏らすが、声が枯れていてうまく響かない。
 喉の渇きが限界に近い。
 王都での過酷な労働で体力には自信があったが、それも補給があってこそだ。

 ふと、足を止める。
 視界の端、岩陰に何かが動く気配があった。
 目を凝らすと、赤い複眼を持った巨大な蠍が、こちらの様子を窺っている。
 『レッド・スコーピオン』。Cランクの魔物だ。
 今の俺には武器がない。整備用の工具すら取り上げられた。
 あるのは、ポケットに入っている100円ライターのような安物の着火具と、自身の魔力だけ。

(……戦うのは得策じゃないな)

 俺は極力気配を消し、蠍の視界から外れるように大きく迂回した。
 幸い、向こうもまだ俺を獲物として認識していなかったようで、追ってはこなかった。
 だが、次はどうなるか分からない。
 体力が尽きて動けなくなれば、あのような魔物たちの餌になるだけだ。

「場所を……探さないと」

 俺は目を閉じ、意識を集中させた。
 視覚や聴覚ではない。もっと別の感覚。
 俺が持つ固有スキル【魔力変換・接続】の応用だ。

 俺のスキルは、本来は機械に魔力を流して動かすためのものだ。
 だが、長年インフラ整備をしているうちに、ある副次的な能力に目覚めていた。
 それは、「金属や魔導回路の『声』を聞く」こと。
 埋設された水道管のどこが錆びているか。壁の裏の配線のどこが断線しているか。
 それを魔力の反響で探知する、いわばソナーのような能力だ。

 勇者カイルたちはこれを「地味な配管工の特技」と馬鹿にしたが、戦場では何度も彼らの命を救った探知能力でもある。

(……響け)

 俺は足裏から、微弱な魔力の波紋を大地に流した。
 波紋は地面を伝わり、地下へと潜り、そして広がる。
 返ってくる反応を探る。

 ……岩。岩。土。地下水脈はずっと深い。……また岩。

 やはり、ただの荒野か。
 諦めかけた、その時だった。

 ――キンッ。

 脳裏に、硬質で澄んだ音が響いた。
 自然物ではない。均一に精錬され、加工された金属の反応だ。
 しかも、小さいものではない。
 巨大だ。途方もなく巨大な金属の塊が、この地下に眠っている。

「……当たりだ」

 乾いた喉が、期待で少しだけ潤った気がした。
 距離は……北東へ約2キロ。
 遠い。今の体力で辿り着けるかギリギリの距離だ。
 だが、行くしかない。あそこには「人工物」がある。人工物があるなら、雨風をしのげる可能性がある。

 俺は方位を確認し、再び歩き出した。

 2キロという距離が、これほど遠いとは思わなかった。
 何度も足をもつれさせ、転びかけながら、俺は目指す場所へと辿り着いた。

 そこは、少し開けた盆地状の地形になっていた。
 周囲を高い岩壁に囲まれており、風が遮られている分、少しだけマシな環境だ。
 そして、その中央。
 地面から突き出すようにして、奇妙な構造物が顔を覗かせていた。

「……なんだ、こりゃ」

 月明かりに照らされていたのは、灰色の金属板だった。
 風化して泥にまみれているが、その表面は滑らかで、継ぎ目ひとつ見当たらない。
 王国の建築様式とは明らかに違う。
 もっと高度で、洗練された、未知の文明の匂いがする。

 俺は吸い寄せられるように、その金属板に近づいた。
 手で泥を拭うと、その下に幾何学模様のラインが走っているのが見えた。
 魔導回路だ。
 だが、俺が知っているどの術式とも違う。あまりにも複雑で、あまりにも美しい。

(これが……古代遺跡)

 噂には聞いていた。
 はるか昔、この大陸には今の魔法文明を凌駕する「超古代文明」が存在していたと。
 彼らは魔法と科学を融合させ、空を飛ぶ船や、自律して動く人形を作っていたという。
 これは、その遺産の一つなのだろうか。

 俺は金属板に手を這わせた。
 冷たい感触。だが、その奥に微かな温もり……いや、エネルギーの残滓を感じる。
 生きている。
 この遺跡は、まだ完全に死んでいない。

 俺の探知能力によれば、この金属板は巨大な構造物の「屋根」か「ハッチ」の一部だ。
 本体は地下深くに埋まっている。
 そして、俺の目の前にあるこの部分。ここに入口らしきスリットがあった。

「……開くか?」

 スリットの横には、手のひらサイズの窪みがある。
 認証パネルだろうか。
 俺は試しに手をかざしてみた。

 反応はない。
 当然だ。動力が枯渇している。
 どんなに高度な機械も、動力がなければただの鉄屑だ。

「動力を入れれば、動くかもしれない」

 俺は自嘲気味に笑った。
 言うのは簡単だ。だが、この規模の遺跡を再起動させるのに、どれほどの魔力が必要だというのか。
 勇者カイルならいざ知らず、俺の魔力量は「中の上」程度だ。
 しかも、ここまで歩いてきて消耗しきっている。

 だが、ここで諦めれば、待っているのは渇きによる死だ。
 それに……。

 俺は、目の前の魔導回路を指でなぞった。
 職人としての血が騒いでいた。
 見てみたい。この回路の先に何があるのか。
 10年間、王国の古臭い設備ばかりいじってきた俺にとって、この未知のテクノロジーは宝石箱のように輝いて見えた。

「……やるか。どうせ死ぬなら、最高の仕事をしてから死にたいもんだ」

 俺は深く息を吐き出し、覚悟を決めた。
 認証パネルらしき窪みに、右手を押し当てる。

 【魔力変換・接続】――開始。

 意識を集中させ、体内の魔力を練り上げる。
 それを指先から、遺跡の回路へと流し込む。

 バチッ。
 指先が弾かれるような感触があった。
 拒絶ではない。回路が乾ききっていて、抵抗が大きいのだ。
 無理に押し込めばショートする。
 俺は慎重に、まるで糸を針の穴に通すように、魔力を細く、長く、深く浸透させていく。

(……深いな)

 魔力は回路を走り、地下へと潜っていく。
 その構造の複雑さに、俺は戦慄した。
 何重ものセキュリティ、暗号化された術式、物理的なロック機構。
 本来なら、専用のキーか、膨大な魔力によるゴリ押しでなければ開かない扉だ。

 だが、俺には「鍵開け」の技術がある。
 王城のセキュリティゲートの誤作動を、裏口から侵入して直した経験が生きる。
 この古代の回路も、基本原理は同じだ。
 魔力の流れが滞っている「詰まり」を探し、そこを優しく解きほぐし、バイパスを通してやる。

 汗が額を伝う。
 視界が霞んでくる。魔力欠乏の初期症状だ。
 指先が熱い。血管が焼き切れそうなほど脈打っている。

(あと少し……! ここを繋げれば……!)

 俺は残った全魔力を、一点に集中させた。
 回路の最深部。システムの中枢とおぼしき場所へ、俺の魔力を叩き込む。
 それは、俺という人間のIDを、この遺跡に刻み込む作業でもあった。

 ドクン。
 遺跡が、鼓動した。

 足元の地面が微かに震える。
 金属板の表面に走るラインが、淡い青色に発光し始めた。
 光は網の目のように広がり、泥にまみれた遺跡を幻想的に彩っていく。

『――システム、再起動。予備電源ヲ確保。生体認証、確認……』

 頭の中に直接響くような、無機質な女性の声。
 いや、これは思念波か?

『個体名:アルド・グレイフィールドヲ、仮マスターとして登録シマス』

 プシュウゥゥゥ……!
 重厚な排気音とともに、目の前の金属板がスライドした。
 そこには、地下へと続く暗い階段が口を開けていた。

 開いた。
 俺は膝から崩れ落ちそうになる体を、必死に支えた。
 魔力を使い果たし、立っているのもやっとの状態だ。
 だが、その暗闇の奥から漂ってくるのは、カビ臭い空気ではなく、どこか懐かしいオイルと、清浄な空調の匂いだった。

「……はは。ホテルなら、空室ありだといいんだがな」

 俺は震える足で、その暗闇へと一歩を踏み出した。
 そこが俺の墓場になるのか、それとも新しい城になるのか。
 この時の俺にはまだ、知る由もなかった。

 階段を降りきった先。
 広い格納庫のような空間で、巨大な影が、静かに俺を待っていた。
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