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第3章:商魂と剣と氷華の嵐
第22話 ダンジョン・ドライブ
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かつて超古代文明が資源採掘のために穿ったとされる地下迷宮。
数千年の時を経て魔物の巣窟と化し、冒険者たちから恐れられているその場所を、俺たちは進んでいた。
……いや、「進んでいた」という表現は生温かいかもしれない。
正確には、「掘り進んでいた」と言うべきか。
ズドオオオオオオオオンッ!!
腹の底に響く轟音と共に、目の前の分厚い岩壁が粉々に砕け散った。
もうもうと立ち込める土煙を巻き上げながら、瓦礫の海を突き進むのは、我が相棒、ギガント・マザーだ。
現在は6本の多脚を折りたたみ、重厚な無限軌道を展開した「戦車形態」に変形している。
その前面には、高速回転する二連装の巨大ドリルと、障害物を強引に撥ね退けるための衝角付き排土板が装備されていた。
『障害物、排除完了。ルート確保。……ふふ、やっぱり「道なき道を行く」のはオフロードの醍醐味ですね。サスペンションの調子も最高です』
コクピットのスピーカーから、マザーのやけに楽しげな声が響く。
振動は凄まじいが、シートの衝撃吸収機能のおかげで、俺の体は守られている。だが、精神的な動揺までは吸収しきれない。
「おいマザー! さっきから壁しか見てないぞ! 正規のルートは右だろ!?」
俺がモニターに表示されたダンジョンの地図を指差して突っ込むと、マザーは悪びれもせず平然と答えた。
『正規ルート? ああ、あの狭くて曲がりくねった通路のことですか? 私の現在の車幅は約8メートルあります。あんな鼠の通り道のような通路では、壁に擦って塗装が剥げてしまいますよ』
「だからって、壁をぶち抜いて直進するやつがあるか! ここは遺跡だぞ!?」
『最短距離こそが正義です、マスター。それに、通路が狭いなら、通れるように広げればいいのです。これを当機の機能定義では「動的拡張」と言います』
バリバリバリバリッ!
言いながら、マザーはドリルの回転数をさらに上げた。
キーンという高周波音が響き、岩盤が悲鳴を上げる。古代の魔法で強化されたコンクリート壁が、まるで脆い土塊のように削り取られ、砂利となって排出されていく。
本来なら迷路のように入り組んだダンジョンを、俺たちは物理的に一直線に進んでいた。
罠? 解除するまでもない。床ごと踏み潰して進む。
扉? 鍵を探す必要はない。壁ごと粉砕して通る。
これはもはや探索ではない。大規模な土木工事だ。
『左舷前方より敵性反応。ストーン・ゴーレム、3体。通路を塞ぐように展開しています』
土煙の向こうから、岩の巨人が現れた。
身長3メートルはある、このダンジョンの守衛だ。
通常なら、冒険者パーティが総掛かりで挑む強敵だが、今の俺たちにとってはただの障害物に過ぎない。
『邪魔です。どいてください』
ドォォォォォン!!
マザーの巨体が、トップスピードを維持したままゴーレムに激突した。
質量差がありすぎる。
ゴーレムは防御姿勢をとる間もなく、紙細工のように弾き飛ばされ、壁に激突して砕け散った。
轢き逃げだ。いや、正面衝突による粉砕か。
「……お前、本当に楽しそうだな」
『ええ、もちろんです! 最近は繊細な農作業や建築作業ばかりでしたから。久しぶりにフルパワーでエンジンを回せるとあっては、血が騒ぐというものです』
マザーは嬉々としてゴーレムの残骸を乗り越えていく。
俺はシートベルトを握りしめながら、苦笑いするしかなかった。
まあいい。おかげで移動はスムーズだし、資源となる鉱石もガンガン回収できている。
背中の拡張カーゴスペースには、すでに破壊した壁やゴーレムの残骸から採れた鉄鉱石、そして稀少な魔力石材が山積みになりつつある。
破壊と進撃を続けること1時間。
俺たちは中層エリアにある、かつての中継ステーションと思われる広場に到着した。
ここは天井も高く、床も平坦で、マザーでも余裕を持って動ける広さがある。
『マスター、駆動系の冷却のため、一時停車します。ちょうどお昼時ですし、ランチタイムにしましょうか』
「そうだな。揺れで腹も減ったし、少し休もう」
マザーが停止し、エンジン音が静かなアイドリング音へと変わる。
プシュウゥゥ……と排熱ダクトから蒸気が上がり、ハッチが開いた。
俺は居住スペースで足を伸ばし、大きく息を吐いた。ずっと振動に耐えていたから、体が強張っている。
「さて、今日の飯は……携帯食料で済ませるか」
俺がリュックを開こうとすると、マザーがモニターにウィンドウを表示した。
『マスター。そんな味気ないものではいけません。実は、出発前にリーリャさんからお預かりした「お弁当」がありますよ』
「え? リーリャが?」
見ると、部屋の隅にある保冷庫の中に、丁寧に包まれたバスケットが入っていた。
出発前、ドタバタしていて気づかなかったが、リーリャがこっそりマザーに渡していたらしい。
バスケットの蓋を開けると、中には彩り豊かなサンドイッチがぎっしりと詰められていた。
マザー製の均一なパンではなく、少し不格好だが香ばしく焼かれた手作りのパンに、たっぷりのシャキシャキ野菜と、香草でじっくり焼いた鶏肉が挟まれている。
さらに、デザート用の果物まで添えられていた。
そして、バスケットの底には小さなメモが入っていた。
『無事を祈る。無理はするな。……ちゃんと食べて、帰ってこい』
エルフ文字の、端正で、少し強弱のある筆跡。彼女の性格が出ている。
「……あいつ、いつの間に」
胸の奥がじんわりと温かくなる。
俺はサンドイッチを一つ手に取り、大きく口を開けてかじりついた。
パンは少し硬いが、噛めば噛むほど麦の甘みが広がる。具材の味付けはシンプルだが、素材の味が活きていて、何より美味い。
マザーの作る料理は計算され尽くした完璧な味だが、このサンドイッチには別の味――作り手の想いというスパイスが効いている。
『マスター、通信回線を繋ぎましょうか? 今なら中継ドローンを介して、テラ・テルマエとリアルタイム通話が可能です』
「できるのか? こんな地下深くだぞ」
『私を誰だと思っているのですか? 超古代通信技術を舐めないでください。岩盤透過通信波を使えば、地球の裏側とだって会話できます』
「頼もしいな。よし、頼む。礼も言いたいしな」
ピポッ、という電子音と共に、空中にホログラムウィンドウが展開された。
砂嵐のようなノイズが走り、やがて鮮明な映像が結ばれる。
映し出されたのは、居住ユニットのテラスだ。
そこでは、リーリャが愛犬シロのブラッシングをしているところだった。
『――あ、繋がったか? アルド!』
空中に浮かんだ映像に気づき、リーリャが驚いたように顔を上げ、画面に近づいてきた。
その表情が、パッと花が咲いたように明るくなる。
「よう、リーリャ。聞こえるか?」
『ああ、よく聞こえる! 顔も見えているぞ。……無事なようだな。怪我はないか?』
「おかげさまでな。マザーが張り切りすぎて、道を作りながら進んでるよ。今、もらった弁当を食べてるところだ。これ、すごく美味いよ」
俺が食べかけのサンドイッチを見せると、リーリャは頬を林檎のように赤らめて視線を逸らした。
『そ、そうか……。口に合うか心配だったのだが。エルフの伝統的なパンだから、人間には少し硬かったろう?』
「いや、この噛みごたえがいいんだ。元気が出る味だよ。鶏肉の焼き加減も最高だ」
『……なら、よかった。早起きして焼いた甲斐があった』
彼女は安堵の息を吐き、照れくさそうに指先で頬をかいた。
その仕草が可愛らしくて、俺は思わず微笑んでしまう。
地下の閉鎖空間にいるはずなのに、まるでテラスで隣り合って話しているような錯覚を覚える。
『そっちはどうだ? 危険はないか? マザーの機嫌は?』
「マザーは絶好調だよ。魔物も裸足で逃げ出してる。……そっちはどうだ? 変わりはないか?」
『ああ、平和そのものだ。エルフたちも農作業に精を出している。……ただ』
リーリャが足元に視線を落とす。そこには、シロが「わふん」と切なげに鳴いて座っていた。
『シロが寂しがっているぞ。ずっと玄関の方を見て、お前が帰ってくるのを待っている』
画面の端で、シロがカメラに向かって鼻先を押し付けてきた。
アップになる湿った鼻と、つぶらな瞳。
「シロ……ごめんな。いい子にしてろよ。お土産に、でっかい骨の化石でも見つけて帰るからな」
『わうっ!』
俺の声が聞こえたのか、シロが尻尾を振った。
俺は苦笑いしながら画面越しに頭を撫でる仕草をした。
「リーリャも、留守を頼んだぞ。何かあったら防衛システムを使ってくれ」
『ああ。任せておけ。私は留守を預かる者として、この地を死守する。……その、だから』
リーリャが画面に身を乗り出した。
その瞳が、真っ直ぐに俺を捉える。
『早く帰ってこいよ、アルド。夕食は、温かいものを用意して待っているから。……お前の好きな、あの魚の料理を作ろうと思っている』
「……分かった。期待してる。必ず帰るよ」
たわいもない会話。
だが、こんな暗い地下深くで、光の届かない場所で、彼女の声を聞くだけで心が落ち着く。
これこそが「家」があるということ。「待っている人」がいるということなのだろう。
『……気をつけてな、アルド』
通信が切れる直前、リーリャが投げかけた視線は、熱っぽく、そして愛おしげだった。
プツン、と映像が消えた後も、その余韻が俺の胸に温かく残っていた。
『ごちそうさまでした。……物理的にも、精神的な意味でも』
マザーが冷やかすように言った。
『心拍数安定、モチベーション上昇、アドレナリン分泌量最適化。やはり「帰る場所」と「待つ人」がいるというのは、どんな強化魔法よりも強力な戦闘支援効果があるようですね』
「うるさいな。……でもまあ、否定はしないよ」
俺は残りのサンドイッチを平らげ、お茶で流し込んだ。
腹は満たされ、気力も充実した。
リーリャとシロが待っている。
そう思うだけで、体の底から力が湧いてくるようだ。
「よし、行くぞマザー! さっさと用事を済ませて帰るぞ! 夕飯の時間に遅れるわけにはいかない!」
『はい、マスター! エンジン再始動。掘削速度、20%アップで行きましょう!』
ヴォンッ!!
マザーのエンジンが再び唸りを上げる。
キャタピラが回転し、鋼鉄の巨体が動き出した。
目指すは最深部。
そこにあるはずのレアメタルと、まだ見ぬ古代の遺産。
それらを手に入れて、胸を張って「ただいま」と言うために。
俺たちは再び、ダンジョンの闇を切り裂いて走り出した。
待ってろよ、リーリャ、シロ。
今日の夕飯は、最高に美味いぞ。
数千年の時を経て魔物の巣窟と化し、冒険者たちから恐れられているその場所を、俺たちは進んでいた。
……いや、「進んでいた」という表現は生温かいかもしれない。
正確には、「掘り進んでいた」と言うべきか。
ズドオオオオオオオオンッ!!
腹の底に響く轟音と共に、目の前の分厚い岩壁が粉々に砕け散った。
もうもうと立ち込める土煙を巻き上げながら、瓦礫の海を突き進むのは、我が相棒、ギガント・マザーだ。
現在は6本の多脚を折りたたみ、重厚な無限軌道を展開した「戦車形態」に変形している。
その前面には、高速回転する二連装の巨大ドリルと、障害物を強引に撥ね退けるための衝角付き排土板が装備されていた。
『障害物、排除完了。ルート確保。……ふふ、やっぱり「道なき道を行く」のはオフロードの醍醐味ですね。サスペンションの調子も最高です』
コクピットのスピーカーから、マザーのやけに楽しげな声が響く。
振動は凄まじいが、シートの衝撃吸収機能のおかげで、俺の体は守られている。だが、精神的な動揺までは吸収しきれない。
「おいマザー! さっきから壁しか見てないぞ! 正規のルートは右だろ!?」
俺がモニターに表示されたダンジョンの地図を指差して突っ込むと、マザーは悪びれもせず平然と答えた。
『正規ルート? ああ、あの狭くて曲がりくねった通路のことですか? 私の現在の車幅は約8メートルあります。あんな鼠の通り道のような通路では、壁に擦って塗装が剥げてしまいますよ』
「だからって、壁をぶち抜いて直進するやつがあるか! ここは遺跡だぞ!?」
『最短距離こそが正義です、マスター。それに、通路が狭いなら、通れるように広げればいいのです。これを当機の機能定義では「動的拡張」と言います』
バリバリバリバリッ!
言いながら、マザーはドリルの回転数をさらに上げた。
キーンという高周波音が響き、岩盤が悲鳴を上げる。古代の魔法で強化されたコンクリート壁が、まるで脆い土塊のように削り取られ、砂利となって排出されていく。
本来なら迷路のように入り組んだダンジョンを、俺たちは物理的に一直線に進んでいた。
罠? 解除するまでもない。床ごと踏み潰して進む。
扉? 鍵を探す必要はない。壁ごと粉砕して通る。
これはもはや探索ではない。大規模な土木工事だ。
『左舷前方より敵性反応。ストーン・ゴーレム、3体。通路を塞ぐように展開しています』
土煙の向こうから、岩の巨人が現れた。
身長3メートルはある、このダンジョンの守衛だ。
通常なら、冒険者パーティが総掛かりで挑む強敵だが、今の俺たちにとってはただの障害物に過ぎない。
『邪魔です。どいてください』
ドォォォォォン!!
マザーの巨体が、トップスピードを維持したままゴーレムに激突した。
質量差がありすぎる。
ゴーレムは防御姿勢をとる間もなく、紙細工のように弾き飛ばされ、壁に激突して砕け散った。
轢き逃げだ。いや、正面衝突による粉砕か。
「……お前、本当に楽しそうだな」
『ええ、もちろんです! 最近は繊細な農作業や建築作業ばかりでしたから。久しぶりにフルパワーでエンジンを回せるとあっては、血が騒ぐというものです』
マザーは嬉々としてゴーレムの残骸を乗り越えていく。
俺はシートベルトを握りしめながら、苦笑いするしかなかった。
まあいい。おかげで移動はスムーズだし、資源となる鉱石もガンガン回収できている。
背中の拡張カーゴスペースには、すでに破壊した壁やゴーレムの残骸から採れた鉄鉱石、そして稀少な魔力石材が山積みになりつつある。
破壊と進撃を続けること1時間。
俺たちは中層エリアにある、かつての中継ステーションと思われる広場に到着した。
ここは天井も高く、床も平坦で、マザーでも余裕を持って動ける広さがある。
『マスター、駆動系の冷却のため、一時停車します。ちょうどお昼時ですし、ランチタイムにしましょうか』
「そうだな。揺れで腹も減ったし、少し休もう」
マザーが停止し、エンジン音が静かなアイドリング音へと変わる。
プシュウゥゥ……と排熱ダクトから蒸気が上がり、ハッチが開いた。
俺は居住スペースで足を伸ばし、大きく息を吐いた。ずっと振動に耐えていたから、体が強張っている。
「さて、今日の飯は……携帯食料で済ませるか」
俺がリュックを開こうとすると、マザーがモニターにウィンドウを表示した。
『マスター。そんな味気ないものではいけません。実は、出発前にリーリャさんからお預かりした「お弁当」がありますよ』
「え? リーリャが?」
見ると、部屋の隅にある保冷庫の中に、丁寧に包まれたバスケットが入っていた。
出発前、ドタバタしていて気づかなかったが、リーリャがこっそりマザーに渡していたらしい。
バスケットの蓋を開けると、中には彩り豊かなサンドイッチがぎっしりと詰められていた。
マザー製の均一なパンではなく、少し不格好だが香ばしく焼かれた手作りのパンに、たっぷりのシャキシャキ野菜と、香草でじっくり焼いた鶏肉が挟まれている。
さらに、デザート用の果物まで添えられていた。
そして、バスケットの底には小さなメモが入っていた。
『無事を祈る。無理はするな。……ちゃんと食べて、帰ってこい』
エルフ文字の、端正で、少し強弱のある筆跡。彼女の性格が出ている。
「……あいつ、いつの間に」
胸の奥がじんわりと温かくなる。
俺はサンドイッチを一つ手に取り、大きく口を開けてかじりついた。
パンは少し硬いが、噛めば噛むほど麦の甘みが広がる。具材の味付けはシンプルだが、素材の味が活きていて、何より美味い。
マザーの作る料理は計算され尽くした完璧な味だが、このサンドイッチには別の味――作り手の想いというスパイスが効いている。
『マスター、通信回線を繋ぎましょうか? 今なら中継ドローンを介して、テラ・テルマエとリアルタイム通話が可能です』
「できるのか? こんな地下深くだぞ」
『私を誰だと思っているのですか? 超古代通信技術を舐めないでください。岩盤透過通信波を使えば、地球の裏側とだって会話できます』
「頼もしいな。よし、頼む。礼も言いたいしな」
ピポッ、という電子音と共に、空中にホログラムウィンドウが展開された。
砂嵐のようなノイズが走り、やがて鮮明な映像が結ばれる。
映し出されたのは、居住ユニットのテラスだ。
そこでは、リーリャが愛犬シロのブラッシングをしているところだった。
『――あ、繋がったか? アルド!』
空中に浮かんだ映像に気づき、リーリャが驚いたように顔を上げ、画面に近づいてきた。
その表情が、パッと花が咲いたように明るくなる。
「よう、リーリャ。聞こえるか?」
『ああ、よく聞こえる! 顔も見えているぞ。……無事なようだな。怪我はないか?』
「おかげさまでな。マザーが張り切りすぎて、道を作りながら進んでるよ。今、もらった弁当を食べてるところだ。これ、すごく美味いよ」
俺が食べかけのサンドイッチを見せると、リーリャは頬を林檎のように赤らめて視線を逸らした。
『そ、そうか……。口に合うか心配だったのだが。エルフの伝統的なパンだから、人間には少し硬かったろう?』
「いや、この噛みごたえがいいんだ。元気が出る味だよ。鶏肉の焼き加減も最高だ」
『……なら、よかった。早起きして焼いた甲斐があった』
彼女は安堵の息を吐き、照れくさそうに指先で頬をかいた。
その仕草が可愛らしくて、俺は思わず微笑んでしまう。
地下の閉鎖空間にいるはずなのに、まるでテラスで隣り合って話しているような錯覚を覚える。
『そっちはどうだ? 危険はないか? マザーの機嫌は?』
「マザーは絶好調だよ。魔物も裸足で逃げ出してる。……そっちはどうだ? 変わりはないか?」
『ああ、平和そのものだ。エルフたちも農作業に精を出している。……ただ』
リーリャが足元に視線を落とす。そこには、シロが「わふん」と切なげに鳴いて座っていた。
『シロが寂しがっているぞ。ずっと玄関の方を見て、お前が帰ってくるのを待っている』
画面の端で、シロがカメラに向かって鼻先を押し付けてきた。
アップになる湿った鼻と、つぶらな瞳。
「シロ……ごめんな。いい子にしてろよ。お土産に、でっかい骨の化石でも見つけて帰るからな」
『わうっ!』
俺の声が聞こえたのか、シロが尻尾を振った。
俺は苦笑いしながら画面越しに頭を撫でる仕草をした。
「リーリャも、留守を頼んだぞ。何かあったら防衛システムを使ってくれ」
『ああ。任せておけ。私は留守を預かる者として、この地を死守する。……その、だから』
リーリャが画面に身を乗り出した。
その瞳が、真っ直ぐに俺を捉える。
『早く帰ってこいよ、アルド。夕食は、温かいものを用意して待っているから。……お前の好きな、あの魚の料理を作ろうと思っている』
「……分かった。期待してる。必ず帰るよ」
たわいもない会話。
だが、こんな暗い地下深くで、光の届かない場所で、彼女の声を聞くだけで心が落ち着く。
これこそが「家」があるということ。「待っている人」がいるということなのだろう。
『……気をつけてな、アルド』
通信が切れる直前、リーリャが投げかけた視線は、熱っぽく、そして愛おしげだった。
プツン、と映像が消えた後も、その余韻が俺の胸に温かく残っていた。
『ごちそうさまでした。……物理的にも、精神的な意味でも』
マザーが冷やかすように言った。
『心拍数安定、モチベーション上昇、アドレナリン分泌量最適化。やはり「帰る場所」と「待つ人」がいるというのは、どんな強化魔法よりも強力な戦闘支援効果があるようですね』
「うるさいな。……でもまあ、否定はしないよ」
俺は残りのサンドイッチを平らげ、お茶で流し込んだ。
腹は満たされ、気力も充実した。
リーリャとシロが待っている。
そう思うだけで、体の底から力が湧いてくるようだ。
「よし、行くぞマザー! さっさと用事を済ませて帰るぞ! 夕飯の時間に遅れるわけにはいかない!」
『はい、マスター! エンジン再始動。掘削速度、20%アップで行きましょう!』
ヴォンッ!!
マザーのエンジンが再び唸りを上げる。
キャタピラが回転し、鋼鉄の巨体が動き出した。
目指すは最深部。
そこにあるはずのレアメタルと、まだ見ぬ古代の遺産。
それらを手に入れて、胸を張って「ただいま」と言うために。
俺たちは再び、ダンジョンの闇を切り裂いて走り出した。
待ってろよ、リーリャ、シロ。
今日の夕飯は、最高に美味いぞ。
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