辺境に追放された魔導工学師、古代遺跡の【お節介AI重機】を目覚めさせる。不毛の荒野? 多脚戦車で一瞬で温泉リゾートですが何か?

伊達ジン

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第3章:商魂と剣と氷華の嵐

第25話 商魂たくましい迷子

 古代の遺物「転移ゲート」の修復から数日が経ち、テラ・テルマエは今日も平和な活気に満ちていた。
 畑ではエルフたちが収穫に精を出し、シロは蝶を追いかけて走り回り、マザーは新しい倉庫の建設を進めている。
 ゲートの実用化には「対となるゲート」が必要なため、今はまだラボの奥で眠っているが、俺たちの夢は確実に広がっていた。

 そんなある日の午後。
 俺は居住ユニットのテラスで、今後の都市計画図(マザー作成)を眺めていた。

『マスター。アラートです』

 不意に、マザーの声が響いた。
 いつもの穏やかなトーンだが、そこには明確な緊急性が含まれている。

「どうした? また魔物か?」

『はい。ですが、今回はただの襲撃ではありません。……南西の荒野、距離5キロ地点。多数の魔物反応あり。そして、それに囲まれている「人間の生体反応」を確認しました』

「人間だって?」

『馬車が数台。規模からして商隊のようですが、護衛が壊滅寸前です。相手は「デザート・ウルフ」の群れ。数は30を超えています』

 デザート・ウルフ。
 荒野を集団で狩りする狼型の魔物だ。一匹一匹はそれほど強くないが、統率された群れの連携は脅威だ。しかも執念深い。

「助けに行くぞ、マザー! 出動だ!」

『了解しました。緊急出動モード、起動!』

 俺は図面を放り出し、待機状態にあったマザーのコクピットへと飛び乗った。
 足元でシロが「わふっ!」と吠える。
 「僕も行く!」と言っているようだ。

「シロは留守番だ! 危ないからな!」

 俺は心を鬼にしてシロをリーリャに預け、ハッチを閉じた。
 ズオオオオオンッ!!
 マザーのエンジンが咆哮を上げ、鋼鉄の巨体が荒野へと弾き出された。

 現場は、砂煙と血の匂いに包まれていた。
 横転した馬車。怯える馬たちのいななき。
 そして、獲物を追い詰める狼たちの飢えた唸り声。

 商隊の護衛たちは必死に剣を振るっているが、多勢に無勢だ。すでに数人が負傷し、防衛線が崩壊しかけている。
 その中心で、一人の少女が声を張り上げていた。

「怯むな! 商品を守りなさい! 損害賠償は給料から引くわよ!」

 ……随分とたくましい指示だな。

 少女は豪奢な旅装に身を包み、手には魔導銃のようなものを握りしめている。
 小柄だが、その背中には決して引かないという強い意志が見える。

 だが、限界は近い。
 一匹のウルフが護衛の隙を突き、少女めがけて飛びかかった。

「ギャウッ!!」

「っ……!」

 少女が銃を構えるが、間に合わない。
 鋭い牙が彼女の喉元に迫る。

「マザー!」

『照準、固定!』

 ドシュッ!!

 風切り音と共に、マザーの肩部から射出された「アンカーワイヤー」が空を裂いた。
 鋼鉄の杭がウルフの胴体を貫き、そのまま横へと弾き飛ばす。

「ギャンッ!?」

 ウルフは悲鳴を上げて吹き飛び、地面を転がった。
 突然の乱入者に、戦場の動きが止まる。

 ズシィィィン……!

 土煙を割り、巨大な多脚戦車――ギガント・マザーがその全貌を現した。
 逆光を背負い、赤く光る単眼が群れを睨みつける。

『そこまでです。このエリアでの狩猟行為は、領主権限により禁止されています』

 マザーの増幅された音声が響き渡る。
 狼たちは身を低くし、新たな脅威に対して警戒の唸りを上げた。
 だが、マザーは容赦しない。

『退去勧告に応じない場合、実力を行使します。……3、2、1』

 カシャン、カシャン!
 全身のハッチが開き、無数の銃口とミサイルポッドが展開される。

『一斉射撃』

 ダダダダダダダダダッ!!
 嵐のような弾幕が荒野を薙ぎ払った。
 ゴム弾とはいえ、マザーの出力で撃ち出されれば岩をも砕く威力がある。
 ウルフたちは次々と弾き飛ばされ、キャンキャンと情けない声を上げて逃げ惑う。
 わずか数秒で、包囲網は霧散した。

「……す、すごい」

 少女が呆然と呟くのが、外部マイク越しに聞こえた。
 俺はハッチを開け、マザーの上から声をかけた。

「怪我はないか? 俺はこの地の領主、アルドだ」

 少女が顔を上げる。
 黒髪のロングウェーブに、大きな瞳。
 整った顔立ちだが、今は驚きと砂埃で少し汚れている。
 彼女は俺を見て、それからマザーを凝視し……。

 次の瞬間、その瞳がキラキラと、いや、ギラギラと輝き出した。

「キャーーーーッ!! なにこれぇぇぇ!!!」

 悲鳴のような歓声を上げて、彼女は駆け寄ってきた。
 護衛たちが止めるのも聞かず、マザーの脚にしがみつく。

「すっごい! 何この質感! ミスリルコーティング!? いや、もっと希少な合金!? この継ぎ目のない加工技術、ドワーフの国宝級以上じゃない!」

 彼女は頬ずりせんばかりの勢いでマザーを撫で回している。
 恐怖? そんなものはどこへやら。
 彼女の目には、巨大な金貨の山しか映っていないようだ。

「あ、あの……お嬢さん?」

 俺が声をかけると、彼女はバッと顔を上げ、満面の笑みで叫んだ。

「お兄さん! これ、いくら!? 言い値で買います!! 私の全財産……いや、借金してでも買います!!」

「……は?」

「あ、自己紹介が遅れました! 私、大陸一の商会『金色の風』のエリアマネージャー、ララ・ヴァレンタインです! 趣味はお金儲け、特技は値切りです!」

 ララと名乗った少女は、ビシッとポーズを決めてウインクした。

 ……なんだこの、台風みたいな娘は。

『マスター。スキャン結果、敵意はありませんが……物欲センサーがカンストしています。ある意味、魔物より危険かもしれません』

 マザーの冷静なツッコミに、俺は苦笑いするしかなかった。

 とりあえず、商隊を放置するわけにもいかない。
 俺はララたちをテラ・テルマエまで案内することにした。
 拠点に到着した時、ララたちの反応は行商人の時以上だった。

「嘘……。ここ、地図には『死の荒野』って書いてあったわよね?」

 ララは馬車の窓から身を乗り出し、広がる緑の畑と、整然と並んだ建物、そして湯気を上げる温泉を見て絶句していた。

「水がある……。それに、あの野菜の育ち方、尋常じゃないわ。魔力野菜?」

 彼女の目は、瞬時に「商品価値」を計算しているようだった。
 俺たちは彼らを広場に案内し、休憩してもらうことにした。
 護衛たちは疲れ切っており、まずは腹ごしらえが必要だ。

「マザー、食事の用意を頼めるか? 人数が多いから、ガッツリ腹に溜まるやつがいい」

『お任せください。ちょうど芋が大量に収穫されたところです。これを使って、皆さんの疲れを吹き飛ばす「背徳のスタミナ料理」を作りましょう』

 俺は居住ユニットのキッチンに立ち、袖をまくった。
 今回のメニューは、揚げたての芋に、熱々のソースとチーズをかけた、労働者のための豪快な屋台飯だ。
 上品さなどいらない。疲れた体には、油と炭水化物と塩分こそが至高の癒やしなのだ。

「まずは主役の芋だ」

 マザーの畑で採れたての「丸芋」を、皮付きのまま太めの棒状にカットする。
 水にさらしてデンプンを落とし、しっかりと水気を拭き取る。
 これを、低温の油でじっくりと揚げる。
 シュワワワワ……。
 静かな音と共に、イモの中まで火を通していく。
 一度取り出し、油の温度を高温に上げてから、二度揚げだ。

 ジュワアアァァッ!!

 激しい音と共に、表面がきつね色に色づき、カリッと香ばしい香りが立つ。
 揚げたての芋。これだけでも十分美味いが、今日はここからが本番だ。

「ソースを作るぞ」

 フライパンにバターを溶かし、小麦粉を炒める。
 そこに、牛骨と野菜をじっくり煮込んで作った濃厚なスープを少しずつ加え、伸ばしていく。
 ダマにならないように丁寧に。
 さらに、炒めた玉ねぎのペーストと、隠し味の特製魚醤を数滴。
 とろりとした、琥珀色の「肉汁ソース」の完成だ。
 動物性の旨味が凝縮された、禁断のソース。

「仕上げだ!」

 大皿に山盛りにした揚げ芋の上に、サイコロ状にカットした「フレッシュチーズ」を散らす。
 熟成前の、キュッとした歯ごたえとミルキーな風味が特徴のチーズだ。
 そしてその上から、熱々の肉汁ソースをたっぷりと回しかける。

 トロォォォ……。

 熱でチーズが半溶けになり、ソースとポテトが絡み合う。
 湯気と共に立ち上る、バターと肉と揚げ油の暴力的な香り。
 とてつもない熱量の塊。だが、それゆえに美味い。

「飲み物はこれだ。口の中をさっぱりさせる『香木と干し果実の冷茶』」

 大きな鍋で、香りの強い木皮と、薄切りにした生姜を煮出す。
 そこに黒砂糖を溶かし込み、琥珀色の液を作る。
 火を止めてから、干した柿を浸し、冷やす。
 十分に冷えたら、器に注ぎ、松の実を浮かべる。
 スパイシーで甘く、そしてキンと冷たい伝統的な健康茶だ。

「完成だ……!」

 俺は料理をワゴンに乗せ、広場へと運んだ。

「お待たせしました。テラ・テルマエ流、歓迎の料理です」

 テーブルに置かれた大皿料理を見て、ララと護衛たちが息を呑んだ。

「な、なによこれ……! イモとチーズと肉汁……? こんなの、絶対美味しいに決まってるじゃない!」

 ララが瞳を輝かせる。
 他の男たちも、喉を鳴らしている。

「さあ、冷めないうちにどうぞ」

 俺が促すと、彼らはフォークを突き立てた。
 ソースが染みてしんなりした部分と、まだカリカリの部分が混在するポテト。
 とろけたチーズが糸を引く。

 パクッ。

「んんっ~!!」

 ララが目を見開き、悶絶した。

「カリカリで、ホクホクで、とろとろ! 濃厚なソースの旨味が、イモの甘みを引き立ててる! なにこれ、止まらない!」

 彼女は夢中でフォークを動かす。
 護衛たちも無言で貪り食っている。
 疲労した体に、油と塩分が染み渡る快感。

「口の中がこってりしてきたら、この冷茶をどうぞ」

 差し出された琥珀色の液体を飲む。
 ニッキと生姜のピリッとした刺激、そして干し柿の上品な甘みが、口の中の脂っこさをスッと洗い流してくれる。

「はぁぁ……。さっぱりするわ。これなら、いくらでも食べられちゃう」

 ララはポテトと冷茶の無限ループに突入していた。
 その食べっぷりは見ていて気持ちがいいほどだ。

 しばらくして、お腹が満たされたララは、満足げにふぅと息を吐き、改めて俺に向き直った。
 その目は、先ほどの「はしゃぐ少女」の目ではなく、「商会長」としての鋭い光を宿していた。

「……ごちそうさま。本当に美味しかったわ。こんな料理、王都の宮廷料理人だって作れない」

「お粗末さまでした」

「さて、アルドさん。単刀直入に言うわ」

 ララは身を乗り出した。

「この領地と、私とで『独占取引契約』を結ばない?」

「独占契約?」

「ええ。あなたが作るこの料理、温室で育つ野菜、そしてあの素晴らしい温泉。これらは全て『金』になるわ。私が販路を確保する。あなたは生産に集中する。利益は折半……いや、あなたが6でいいわ」

 彼女は早口でまくし立てる。

「この場所は隠れ里としては優秀だけど、物流がなければ発展しないでしょ? 私にはコネがある。あなたにはモノがある。最高のパートナーになれると思わない?」

 俺は少し考えた。
 確かに、これからの発展には外貨が必要だ。資材を買うにも、情報を得るにも。
 転移ゲートの実験は成功したが、本格的な運用にはまだ時間がかかる。現時点での物流ルート確保は急務だ。
 何より、彼女の目の奥にある「熱意」は、嘘ではない気がした。

「……いいだろう。ただし条件がある」

「条件? 何でも言って」

「マザーは売り物じゃない。それと、俺たちの生活を最優先にすることだ」

 ララはニヤリと笑った。

「交渉成立ね! ……ちっ、あの鉄の塊は売ってくれないのか。まあいいわ、通い妻になってでも口説き落とすから」

 後半の不穏な呟きは聞かなかったことにしよう。

 こうして、テラ・テルマエに初めての「ビジネスパートナー」が誕生した。
 商魂たくましい迷子、ララ。
 彼女の加入により、俺たちの領地経営は、新たなステージへと進むことになる。

 足元では、シロがおこぼれのポテトをもらって、ララに懐いていた。
 どうやら、シロも彼女を「良いカモ……いや、仲間」と認めたようだ。

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