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第3章:商魂と剣と氷華の嵐
第28話 Sランク冒険者ヴァネッサの湯治
内政のリーリャと外交のララ。
二人の才女が手を組んだことで、テラ・テルマエの発展計画は一気に加速した。
現在、最も優先されているプロジェクトは「交易路の整備」だ。
いくら素晴らしい特産品があっても、道が悪くては運べない。特に、ララの商会が使う大型馬車が通れるような、平坦で舗装された街道が必要だった。
「というわけで、最強の助っ人を連れてきたわよ!」
ある日の昼下がり。
ララが意気揚々と連れてきたのは、一人の女性だった。
「……ここが、噂の『楽園』か。随分と牧歌的な場所じゃないか」
馬車から降り立ったのは、荒野の風に負けないほどの威圧感を放つ戦士だった。
年齢は俺と同じくらいだろうか。20代後半に見える。
艶やかなダークスキンの肌に、鋭い眼光を放つ切れ長の瞳。
黒髪は動きやすいように短く切り揃えられ、鍛え上げられた肢体は機能的なレザーアーマーに包まれている。
背中には、彼女の身長ほどもありそうな巨大な大剣を軽々と背負っていた。
「紹介するわ。Sランク冒険者、『剣姫』ことヴァネッサ・ブレイドさんよ。今回の街道建設工事の護衛として、ギルドを通して依頼したの」
Sランク。
それは、国家戦力に匹敵すると言われる冒険者の最高峰だ。
ドラゴン単独討伐の実績を持つような怪物が、なぜこんな辺境の護衛に?
「はじめまして、領主のアルドです。遠いところをご足労いただき感謝します」
俺が挨拶すると、ヴァネッサは値踏みするように俺をじろりと見た。
「……アンタが領主か。随分と優男だな。魔力もそこまで強くない。本当にあの『鉄の悪魔』を使役しているのか?」
彼女の視線が、後方で待機しているマザーに向けられる。
『悪魔ではありません。淑女に対して失礼ですね』
マザーが抗議の音声を流すが、ヴァネッサは鼻で笑った。
「喋るゴーレムか。まあいい。私の仕事は工事の護衛だ。魔物が出たら斬る。それだけだ」
実にドライだ。
彼女は周囲の畑や建物には興味を示さず、ただ周囲の警戒を続けている。
プロフェッショナルだが、少し近寄りがたい雰囲気だ。
「ララ、随分と大物を雇ったな。報酬、高いんだろ?」
俺が小声で聞くと、ララはウィンクした。
「ええ、破格よ。でも、この辺りは高ランクの魔物が出るから、安全には変えられないわ。それに……彼女、ちょっと『ワケアリ』でね」
「ワケアリ?」
「まあ、後で分かるわよ」
午後、早速街道建設が始まった。
テラ・テルマエから北の交易路へ抜ける、約10キロの道のりだ。
「マザー、頼むぞ」
『お任せください。――変形、ロードローラー・モード』
ズゴゴゴゴ……!
マザーの脚部が折り畳まれ、巨大な鉄輪が出現する。
前面には障害物を粉砕する排土板。
マザーが通った後は、凸凹の荒地が嘘のように平らになり、踏み固められた立派な道が出来上がっていく。
「なっ……!?」
護衛についていたヴァネッサが、目を見開いて絶句している。
「おい、なんだあれは!? 土魔法でもあんな芸当はできんぞ!?」
「マザーの重量と振動で締め固めてるんだ。仕上げに表面を熱処理して硬化させるから、馬車が通っても沈まないぞ」
「……呆れたな。古代兵器を土木工事に使うとは」
ヴァネッサは呆れつつも、その目はマザーの動きに釘付けだった。
順調に進んでいた作業だが、中間地点の岩場に差し掛かった時、異変が起きた。
「グルルルル……!」
岩陰から、巨大なトカゲの群れが現れた。
『ロック・リザード』。岩のような皮膚を持つ、強固な魔物だ。
建設の振動に怒って出てきたらしい。
「チッ、仕事の時間か」
ヴァネッサが背中の大剣を抜いた。
身の丈ほどある鉄塊を、まるで小枝のように片手で構える。
「マザー、援護は?」
『不要です。……彼女のデータを取りたいので、任せてみましょう』
マザーが作業を止める。
リザードたちが一斉に飛びかかった。
「遅いッ!」
ヴァネッサが一閃。
ヒュンッ! という風切り音と共に、先頭のリザードが真っ二つになった。
硬い岩の皮膚ごと、バターのように両断されている。
速い。そして重い。
彼女は踊るように大剣を振るい、次々と魔物を屠っていく。
魔法による身体強化だろうか。その動きは人間の限界を超えていた。
「ふんっ!」
最後の一匹を蹴り飛ばし、空中で叩き斬る。
戦闘終了まで、わずか数十秒。
彼女は剣についた血を振り払い、涼しい顔で納刀した。
「……終わりだ。作業を続けろ」
「す、すごいな……。さすがSランク」
俺が感心していると、ヴァネッサが微かに顔をしかめたのを俺は見逃さなかった。
彼女は無意識に、右肩をさすっている。
「……古傷か?」
「! ……何でもない。仕事に戻るぞ」
彼女は頑なに背を向けたが、その歩き方は少しだけ庇うようだった。
夕方、作業を終えて拠点に戻った俺たちは、ヴァネッサを労うことにした。
「お疲れ様でした、ヴァネッサさん。今日はもうゆっくりしてください」
「ああ。……報酬分の働きはしたつもりだ」
彼女は強がっているが、疲労の色は隠せない。
やはり、どこか体を痛めているようだ。
「ララが言ってた『ワケアリ』ってのは、その怪我のことか?」
俺が尋ねると、ヴァネッサは観念したようにため息をついた。
「……目敏いな、領主様。ああ、そうだ。かつてドラゴンとやり合った時の古傷がな。寒くなったり、無理をしたりすると疼くんだ。……医者にも見放された呪い傷さ」
Sランク冒険者としての名声の裏で、彼女は満身創痍だったのだ。
引退も考えているのかもしれない。その寂しげな横顔を見て、俺は言った。
「なら、ちょうどいい特効薬があるぞ」
「薬? ポーションなら散々試した」
「飲む薬じゃない。浸かる薬だ。……ついてこい」
俺は彼女を、自慢の露天風呂へと案内した。
黄金色に輝く湯。立ち上る湯気。
「これは……?」
「『テラ・テルマエ』の名は伊達じゃない。この湯は、魔力回路の傷まで癒やす効果があるんだ。騙されたと思って入ってみろ」
ヴァネッサは半信半疑だったが、湯の香りに誘われるように脱衣所へと消えていった。
――数十分後。
「……信じられん」
風呂から上がってきたヴァネッサは、憑き物が落ちたような顔をしていた。
肌は上気し、あの鋭かった眼光がとろりと緩んでいる。
「痛みが……消えた。長年、鉄の杭を打ち込まれたようだった肩が、嘘のように軽い」
彼女は右腕をぐるぐると回し、驚愕の声を上げた。
「それに、魔力の通りも良くなっている。……アルド、これは一体?」
「言ったろ? ここの特産品だ。さあ、体も温まったことだし、次は中から温めようぜ」
俺は彼女をテラス席へと招いた。
そこには、ララも待っていた。
「お待ちかねの夕食よ! 今夜はマザーさんとアルドさんの自信作!」
テーブルに並べられたのは、茶色く輝く肉の塊と、キンキンに冷えたジョッキだった。
「まずは乾杯だ。お疲れさん」
俺はジョッキを渡した。
中身は黄金色の液体。白い泡がこんもりと乗っている。
マザーのプラントで醸造し、地下倉庫で熟成させた「黄金の麦酒(エール)」だ。
「……いただく」
ヴァネッサはジョッキを煽った。
ゴキュッ、ゴキュッ、ゴキュッ。
喉が鳴る。
半分ほど一気に飲み干し、彼女は大きく息を吐いた。
「プハァッ……!! な、なんだこれは!?」
彼女が目を見開く。
「冷たい! 喉越しが鋭いのに、後味は華やかだ! 王都のぬるいエールとは別物だぞ!?」
「温度管理を徹底してるからな。そして、つまみはこれだ」
俺はナイフで肉を切り分けた。
「バイソンボアの燻製」。
桜の木に似た香木でじっくりと燻し、低温で火を通した逸品だ。
表面は飴色、断面は鮮やかなピンク色。
脂が溶け出し、スモーキーな香りが鼻をくすぐる。
ヴァネッサが肉を口に放り込む。
咀嚼する。
「…………ッ!」
言葉にならない声。
彼女は無言で麦酒を流し込み、また肉を食らう。
止まらない。
Sランクの戦士としての威厳はどこへやら、今はただの「美味いものに飢えたお姉さん」になっていた。
「美味い……美味すぎる……! 燻製の香りが、脂の甘みを引き立てて……そこにこの冷えた麦酒! 犯罪的だ!」
「気に入ってくれてよかった」
俺とララは顔を見合わせて笑った。
一通り食べ終え、ヴァネッサは満足げに椅子に深くもたれかかった。
その顔は、戦場で見せた鬼のような形相とは別人のように穏やかだ。
「……なあ、領主」
ヴァネッサが静かに切り出した。
「ここの護衛任務、延長は可能か?」
「え?」
「いや、訂正する。……ここに住まわせてくれ」
彼女は真剣な眼差しで俺を見た。
「この湯と、この酒と、この肉があるなら、私は他に何もいらない。金はいらん。家賃は私の剣で払う。……専属契約を結んでくれ」
Sランク冒険者からの逆オファー。
ララが「やったわね!」と小声でガッツポーズをしている。
俺は苦笑いしながら、彼女の手を取った。
「歓迎するよ、ヴァネッサ。最強の用心棒がいてくれれば心強い」
「ああ。私の背中は預けたぞ、マスター」
こうして、テラ・テルマエに最強の守護神が加わったのだった。
宴の後。
ヴァネッサが「飲み足りない」と言ってマザーを相手に晩酌を続ける中、俺はララに誘われて少し離れた丘の上に来ていた。
夜風が酔った頭に心地よい。
「やるじゃない、アルドさん。あのヴァネッサさんを陥落させるなんて」
ララが悪戯っぽく笑う。
月明かりに照らされた彼女は、昼間の商売人の顔ではなく、年相応の女性の顔をしていた。
「たまたまだよ。彼女が求めていたものが、ここにあっただけさ」
「ふふ。……私もそうかもね」
ララがポツリと呟いた。
「商会での競争、数字の重圧、足の引っ張り合い……。正直、疲れてたの。でも、ここに来ると不思議と元気が湧いてくる」
彼女は俺の方を向き、手すりに寄りかかった。
「ねえ、アルドさん。この街は、これからもっと大きくなるわ。世界中が注目する場所になる。……私が、そうしてみせる」
「頼もしいな。期待してるよ、パートナー」
「パートナー、か……」
ララは言葉を反芻し、少し顔を赤らめた。
そして、一歩近づいてくる。
「ねえ。……商売相手だけじゃなくて、私的なパートナーも募集中なんだけど?」
上目遣い。
甘い声。
以前のような計算高い色仕掛けではない。
もっと不器用で、純粋な誘い。
「……ララ」
俺が何か答えようとした時。
『わおぉぉぉん!』
遠くからシロの遠吠えが聞こえた。
どうやらヴァネッサに絡まれているらしい。
「ふふっ、いいムードだったのに」
ララが吹き出した。
俺もつられて笑う。
「まあ、焦ることはないわ。私は逃げないし、あなたも逃さないから」
彼女は俺の頬に軽くキスをした。
触れるか触れないかのような、淡いキス。
「おやすみなさい、アルドさん。……いい夢を」
ララは軽やかに身を翻し、拠点の方へと駆けていった。
残された俺は、頬の感触を確かめながら、夜空を見上げた。
リーリャに続き、ララまで。
モテ期というやつだろうか。
だが、悪い気はしない。
この賑やかで温かい場所を、俺はもっと好きになっていた。
明日は街道の開通式だ。
忙しくなりそうだ。
俺は大きく伸びをして、シロとヴァネッサが待つ我が家へと戻っていった。
二人の才女が手を組んだことで、テラ・テルマエの発展計画は一気に加速した。
現在、最も優先されているプロジェクトは「交易路の整備」だ。
いくら素晴らしい特産品があっても、道が悪くては運べない。特に、ララの商会が使う大型馬車が通れるような、平坦で舗装された街道が必要だった。
「というわけで、最強の助っ人を連れてきたわよ!」
ある日の昼下がり。
ララが意気揚々と連れてきたのは、一人の女性だった。
「……ここが、噂の『楽園』か。随分と牧歌的な場所じゃないか」
馬車から降り立ったのは、荒野の風に負けないほどの威圧感を放つ戦士だった。
年齢は俺と同じくらいだろうか。20代後半に見える。
艶やかなダークスキンの肌に、鋭い眼光を放つ切れ長の瞳。
黒髪は動きやすいように短く切り揃えられ、鍛え上げられた肢体は機能的なレザーアーマーに包まれている。
背中には、彼女の身長ほどもありそうな巨大な大剣を軽々と背負っていた。
「紹介するわ。Sランク冒険者、『剣姫』ことヴァネッサ・ブレイドさんよ。今回の街道建設工事の護衛として、ギルドを通して依頼したの」
Sランク。
それは、国家戦力に匹敵すると言われる冒険者の最高峰だ。
ドラゴン単独討伐の実績を持つような怪物が、なぜこんな辺境の護衛に?
「はじめまして、領主のアルドです。遠いところをご足労いただき感謝します」
俺が挨拶すると、ヴァネッサは値踏みするように俺をじろりと見た。
「……アンタが領主か。随分と優男だな。魔力もそこまで強くない。本当にあの『鉄の悪魔』を使役しているのか?」
彼女の視線が、後方で待機しているマザーに向けられる。
『悪魔ではありません。淑女に対して失礼ですね』
マザーが抗議の音声を流すが、ヴァネッサは鼻で笑った。
「喋るゴーレムか。まあいい。私の仕事は工事の護衛だ。魔物が出たら斬る。それだけだ」
実にドライだ。
彼女は周囲の畑や建物には興味を示さず、ただ周囲の警戒を続けている。
プロフェッショナルだが、少し近寄りがたい雰囲気だ。
「ララ、随分と大物を雇ったな。報酬、高いんだろ?」
俺が小声で聞くと、ララはウィンクした。
「ええ、破格よ。でも、この辺りは高ランクの魔物が出るから、安全には変えられないわ。それに……彼女、ちょっと『ワケアリ』でね」
「ワケアリ?」
「まあ、後で分かるわよ」
午後、早速街道建設が始まった。
テラ・テルマエから北の交易路へ抜ける、約10キロの道のりだ。
「マザー、頼むぞ」
『お任せください。――変形、ロードローラー・モード』
ズゴゴゴゴ……!
マザーの脚部が折り畳まれ、巨大な鉄輪が出現する。
前面には障害物を粉砕する排土板。
マザーが通った後は、凸凹の荒地が嘘のように平らになり、踏み固められた立派な道が出来上がっていく。
「なっ……!?」
護衛についていたヴァネッサが、目を見開いて絶句している。
「おい、なんだあれは!? 土魔法でもあんな芸当はできんぞ!?」
「マザーの重量と振動で締め固めてるんだ。仕上げに表面を熱処理して硬化させるから、馬車が通っても沈まないぞ」
「……呆れたな。古代兵器を土木工事に使うとは」
ヴァネッサは呆れつつも、その目はマザーの動きに釘付けだった。
順調に進んでいた作業だが、中間地点の岩場に差し掛かった時、異変が起きた。
「グルルルル……!」
岩陰から、巨大なトカゲの群れが現れた。
『ロック・リザード』。岩のような皮膚を持つ、強固な魔物だ。
建設の振動に怒って出てきたらしい。
「チッ、仕事の時間か」
ヴァネッサが背中の大剣を抜いた。
身の丈ほどある鉄塊を、まるで小枝のように片手で構える。
「マザー、援護は?」
『不要です。……彼女のデータを取りたいので、任せてみましょう』
マザーが作業を止める。
リザードたちが一斉に飛びかかった。
「遅いッ!」
ヴァネッサが一閃。
ヒュンッ! という風切り音と共に、先頭のリザードが真っ二つになった。
硬い岩の皮膚ごと、バターのように両断されている。
速い。そして重い。
彼女は踊るように大剣を振るい、次々と魔物を屠っていく。
魔法による身体強化だろうか。その動きは人間の限界を超えていた。
「ふんっ!」
最後の一匹を蹴り飛ばし、空中で叩き斬る。
戦闘終了まで、わずか数十秒。
彼女は剣についた血を振り払い、涼しい顔で納刀した。
「……終わりだ。作業を続けろ」
「す、すごいな……。さすがSランク」
俺が感心していると、ヴァネッサが微かに顔をしかめたのを俺は見逃さなかった。
彼女は無意識に、右肩をさすっている。
「……古傷か?」
「! ……何でもない。仕事に戻るぞ」
彼女は頑なに背を向けたが、その歩き方は少しだけ庇うようだった。
夕方、作業を終えて拠点に戻った俺たちは、ヴァネッサを労うことにした。
「お疲れ様でした、ヴァネッサさん。今日はもうゆっくりしてください」
「ああ。……報酬分の働きはしたつもりだ」
彼女は強がっているが、疲労の色は隠せない。
やはり、どこか体を痛めているようだ。
「ララが言ってた『ワケアリ』ってのは、その怪我のことか?」
俺が尋ねると、ヴァネッサは観念したようにため息をついた。
「……目敏いな、領主様。ああ、そうだ。かつてドラゴンとやり合った時の古傷がな。寒くなったり、無理をしたりすると疼くんだ。……医者にも見放された呪い傷さ」
Sランク冒険者としての名声の裏で、彼女は満身創痍だったのだ。
引退も考えているのかもしれない。その寂しげな横顔を見て、俺は言った。
「なら、ちょうどいい特効薬があるぞ」
「薬? ポーションなら散々試した」
「飲む薬じゃない。浸かる薬だ。……ついてこい」
俺は彼女を、自慢の露天風呂へと案内した。
黄金色に輝く湯。立ち上る湯気。
「これは……?」
「『テラ・テルマエ』の名は伊達じゃない。この湯は、魔力回路の傷まで癒やす効果があるんだ。騙されたと思って入ってみろ」
ヴァネッサは半信半疑だったが、湯の香りに誘われるように脱衣所へと消えていった。
――数十分後。
「……信じられん」
風呂から上がってきたヴァネッサは、憑き物が落ちたような顔をしていた。
肌は上気し、あの鋭かった眼光がとろりと緩んでいる。
「痛みが……消えた。長年、鉄の杭を打ち込まれたようだった肩が、嘘のように軽い」
彼女は右腕をぐるぐると回し、驚愕の声を上げた。
「それに、魔力の通りも良くなっている。……アルド、これは一体?」
「言ったろ? ここの特産品だ。さあ、体も温まったことだし、次は中から温めようぜ」
俺は彼女をテラス席へと招いた。
そこには、ララも待っていた。
「お待ちかねの夕食よ! 今夜はマザーさんとアルドさんの自信作!」
テーブルに並べられたのは、茶色く輝く肉の塊と、キンキンに冷えたジョッキだった。
「まずは乾杯だ。お疲れさん」
俺はジョッキを渡した。
中身は黄金色の液体。白い泡がこんもりと乗っている。
マザーのプラントで醸造し、地下倉庫で熟成させた「黄金の麦酒(エール)」だ。
「……いただく」
ヴァネッサはジョッキを煽った。
ゴキュッ、ゴキュッ、ゴキュッ。
喉が鳴る。
半分ほど一気に飲み干し、彼女は大きく息を吐いた。
「プハァッ……!! な、なんだこれは!?」
彼女が目を見開く。
「冷たい! 喉越しが鋭いのに、後味は華やかだ! 王都のぬるいエールとは別物だぞ!?」
「温度管理を徹底してるからな。そして、つまみはこれだ」
俺はナイフで肉を切り分けた。
「バイソンボアの燻製」。
桜の木に似た香木でじっくりと燻し、低温で火を通した逸品だ。
表面は飴色、断面は鮮やかなピンク色。
脂が溶け出し、スモーキーな香りが鼻をくすぐる。
ヴァネッサが肉を口に放り込む。
咀嚼する。
「…………ッ!」
言葉にならない声。
彼女は無言で麦酒を流し込み、また肉を食らう。
止まらない。
Sランクの戦士としての威厳はどこへやら、今はただの「美味いものに飢えたお姉さん」になっていた。
「美味い……美味すぎる……! 燻製の香りが、脂の甘みを引き立てて……そこにこの冷えた麦酒! 犯罪的だ!」
「気に入ってくれてよかった」
俺とララは顔を見合わせて笑った。
一通り食べ終え、ヴァネッサは満足げに椅子に深くもたれかかった。
その顔は、戦場で見せた鬼のような形相とは別人のように穏やかだ。
「……なあ、領主」
ヴァネッサが静かに切り出した。
「ここの護衛任務、延長は可能か?」
「え?」
「いや、訂正する。……ここに住まわせてくれ」
彼女は真剣な眼差しで俺を見た。
「この湯と、この酒と、この肉があるなら、私は他に何もいらない。金はいらん。家賃は私の剣で払う。……専属契約を結んでくれ」
Sランク冒険者からの逆オファー。
ララが「やったわね!」と小声でガッツポーズをしている。
俺は苦笑いしながら、彼女の手を取った。
「歓迎するよ、ヴァネッサ。最強の用心棒がいてくれれば心強い」
「ああ。私の背中は預けたぞ、マスター」
こうして、テラ・テルマエに最強の守護神が加わったのだった。
宴の後。
ヴァネッサが「飲み足りない」と言ってマザーを相手に晩酌を続ける中、俺はララに誘われて少し離れた丘の上に来ていた。
夜風が酔った頭に心地よい。
「やるじゃない、アルドさん。あのヴァネッサさんを陥落させるなんて」
ララが悪戯っぽく笑う。
月明かりに照らされた彼女は、昼間の商売人の顔ではなく、年相応の女性の顔をしていた。
「たまたまだよ。彼女が求めていたものが、ここにあっただけさ」
「ふふ。……私もそうかもね」
ララがポツリと呟いた。
「商会での競争、数字の重圧、足の引っ張り合い……。正直、疲れてたの。でも、ここに来ると不思議と元気が湧いてくる」
彼女は俺の方を向き、手すりに寄りかかった。
「ねえ、アルドさん。この街は、これからもっと大きくなるわ。世界中が注目する場所になる。……私が、そうしてみせる」
「頼もしいな。期待してるよ、パートナー」
「パートナー、か……」
ララは言葉を反芻し、少し顔を赤らめた。
そして、一歩近づいてくる。
「ねえ。……商売相手だけじゃなくて、私的なパートナーも募集中なんだけど?」
上目遣い。
甘い声。
以前のような計算高い色仕掛けではない。
もっと不器用で、純粋な誘い。
「……ララ」
俺が何か答えようとした時。
『わおぉぉぉん!』
遠くからシロの遠吠えが聞こえた。
どうやらヴァネッサに絡まれているらしい。
「ふふっ、いいムードだったのに」
ララが吹き出した。
俺もつられて笑う。
「まあ、焦ることはないわ。私は逃げないし、あなたも逃さないから」
彼女は俺の頬に軽くキスをした。
触れるか触れないかのような、淡いキス。
「おやすみなさい、アルドさん。……いい夢を」
ララは軽やかに身を翻し、拠点の方へと駆けていった。
残された俺は、頬の感触を確かめながら、夜空を見上げた。
リーリャに続き、ララまで。
モテ期というやつだろうか。
だが、悪い気はしない。
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春の終わり、花びらが一つだけ遅れて落ちる頃。向かったのは、名もかすれた辺境の村。
傾いた屋根と、乾いた井戸と、触れれば崩れそうな庭。
鍬を入れると、土がわずかに息を吐いた。
水を落とせば、根がほろりとほどける。
「遅いですよ」と、かすかな声がする。
やがて匂いに誘われて、丸い影がひとつ、草の陰から転がり出る。触れれば消えそうな、あたたかい気配。
整えない庭。
急がせない成長。
言葉にならない願いだけが、ゆっくりと満ちていく。
誰かが訪れ、薬を求める。
やわらかな苦みは、喉の奥で静かにほどける。
そのあとに残るのは、名前のないぬくもり。
——ここは、声を持たないものたちが、
ようやく声になる場所。
廃屋の庭で、小さな季節が今日も芽吹く。
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