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第3章:商魂と剣と氷華の嵐
第30話 氷姫は甘味に弱い
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氷の将軍シルヴィア・フロストが撤退してから、一日が過ぎた。
テラ・テルマエは、嵐の前の静けさのような緊張感に包まれていた。
マザーのセンサーは最大感度で周囲を警戒し、ヴァネッサもいつでも抜剣できるよう、広場のベンチで大剣を磨いている。
「来ると思うか?」
俺が尋ねると、ヴァネッサは手を止めずに答えた。
「来るさ。あの手のタイプは、負けたままじゃ終われない。プライドの塊みたいな女だったからな」
「厄介だな……」
帝国の将軍。その実力は本物だった。
マザーの排熱攻撃という奇策で退けたが、次は対策を練ってくるはずだ。
『マスター。北西方向より、高エネルギー反応が接近中。……昨日の彼女です』
マザーの警告と共に、空気が冷え込んだ。
来た。
キィィィィン……!
空を裂いて飛来したシルヴィアは、昨日と同じ場所に、しかし昨日とは違う威圧感を纏って着地した。
彼女の全身は、分厚い氷の鎧に覆われていた。
陽光を反射して輝くその鎧は、見るからに強固で、そして冷気を放っている。
「ごきげんよう、不法占拠者の諸君」
シルヴィアが冷然と言い放つ。
「昨日は不覚を取ったけれど、今日はそうはいかないわ。この『永久凍土の鎧』は、火山の熱波さえも遮断する。貴様らの熱攻撃など、そよ風も同然よ」
「……随分と着込んできたな。暑くないのか?」
俺が聞くと、彼女はフンと鼻を鳴らした。
「心頭滅却すれば火もまた涼し、よ。さあ、大人しくその古代兵器を引き渡しなさい!」
「断る! 行くぞヴァネッサ!」
「合点だ!」
ヴァネッサが飛び出す。
シルヴィアもレイピアを抜き、氷の礫を放つ。
続きの開幕だ。
戦いは熾烈を極めた。
ヴァネッサの剛剣が氷の壁を砕き、シルヴィアの鋭い刺突がヴァネッサの頬を掠める。
マザーも支援射撃を行うが、シルヴィアの氷の鎧は強固で、ゴム弾程度では傷一つ付かない。
排熱攻撃も試みたが、彼女の言う通り、多重構造の氷壁によって熱が遮断されてしまう。
だが、戦闘が長引くにつれ、シルヴィアの動きに異変が現れ始めた。
「ハァ……ハァ……! しつこい……!」
肩で息をしている。
額には玉のような汗が浮かび、顔が赤い。
無理もない。ここは日陰のない荒野だ。直射日光が照りつけ、地面からの照り返しもきつい。
そんな中で、全身を分厚い氷で覆い、激しく動き回っているのだ。
魔法で冷やしているとはいえ、体力の消耗は激しいはずだ。
「おい、大丈夫か? 顔が茹でダコみたいになってるぞ」
俺が声をかけると、シルヴィアはギロリと睨み返してきた。
「黙りなさい! これは……武者震いよ!」
いや、どう見ても熱中症寸前だ。
足元がふらついている。
ヴァネッサもそれに気づき、剣を引いた。
「……興が削がれたな。そんなフラフラの相手を斬っても自慢にならん」
「なっ……! 侮辱する気!?」
「事実だ。見ろ、汗だくだぞ」
シルヴィアは悔しげに唇を噛んだが、反論できないほど消耗しているようだ。
このまま戦えば倒れるのは時間の問題だが、それでは後味が悪い。それに、彼女を倒したところで帝国が諦めるとは思えない。
必要なのは勝利ではなく、和解、あるいは交渉のテーブルにつかせることだ。
「……そこまでだ」
俺は両手を挙げて二人の間に入った。
「勝負は預かりだ。これ以上やったら、あんたが倒れる」
「余計なお世話よ! 私はまだ……」
「いいから。……ほら、冷たいものでも食べて頭を冷やせ」
俺は背中に隠していたクーラーボックスから、あるものを取り出した。
ガラスの器に盛られた、純白の冷菓。
マザーの冷蔵庫でキンキンに冷やしておいたものだ。
「……なによ、それ」
シルヴィアが怪訝な顔をする。
「毒見なら俺がする」
俺はスプーンで一口すくって食べた。
ひんやりとした冷たさと、濃厚なミルクの甘みが口いっぱいに広がる。
美味い。
「……毒は入ってない。ただの甘い菓子だ」
俺は新しいスプーンを添えて、器を差し出した。
シルヴィアの喉がゴクリと鳴るのが聞こえた。
極限の暑さと疲労の中で、目の前に出された冷たいもの。
その誘惑に勝てる生物はいない。
「……勘違いしないでよね。貴様の情けなど受けないわ。ただ、敵の供物を検分するだけよ」
典型的な負け惜しみを言いながら、彼女は氷の鎧を解除し、器を受け取った。
震える手でスプーンを口に運ぶ。
パクッ。
「…………!!」
その瞬間。
シルヴィアの目が、これ以上ないほど大きく見開かれた。
「んんっ……!?」
口の中で、冷たい塊が雪のように解けていく。
強烈な冷気が火照った体を内側から冷やし、同時に濃厚な甘みと、芳醇な香りが脳髄を直撃する。
使われているのは、マザーが成分調整した濃厚ミルクと、卵黄、砂糖。そして香り付けには、南方で手に入れた希少な香草「ヴァニラの実」を使っている。
いわゆる「特製ヴァニラアイスクリーム」だ。
「な、なによこれ……! 冷たい! なのに、すごく濃厚で……舌の上で消えていくわ!」
彼女は夢中で二口目を運んだ。
冷たさが喉を通り過ぎる快感。
甘さが疲れた脳に染み渡る至福。
「美味しい……! こんなの、帝国の宮廷菓子職人だって作れないわ! 氷魔法で作る氷菓子とは、口溶けが全然違う!」
シルヴィアの氷のような表情が、完全に崩壊した。
頬を緩ませ、とろけるような顔でアイスを頬張っている。
その姿は、冷徹な将軍ではなく、ただの甘味好きな女の子だった。
「気に入ったか?」
「……っ!」
我に返ったシルヴィアが、赤くなって咳払いをした。
「ま、まあまあね。悪くない味だわ。……で、でも! これで私が買収されると思ったら大間違いよ!」
「おかわりあるぞ」
「……いただくわ」
即答だった。
チョロい。シロ並みにチョロいぞ、この将軍。
二杯目のアイスを食べ終える頃には、シルヴィアの戦意は完全に消失していた。
満腹感と涼しさで、すっかり毒気を抜かれてしまったようだ。
「……はぁ。なんか、馬鹿らしくなってきたわ」
彼女は空になった器を見つめ、ため息をついた。
「こんな美味しいものを隠し持っているなんて……。貴様ら、何者なのよ」
「ただの開拓者だよ。美味いものを食べて、快適に暮らしたいだけのな」
俺は肩をすくめた。
「悪いようにはしない。……少し、話さないか? 帝国の要求と、俺たちの譲れない一線について」
シルヴィアはしばらく沈黙し、それからヴァネッサとマザーをちらりと見た。
そして、諦めたように剣を収めた。
「……いいわ。話くらいは聞いてあげる。ただし! 妙な真似をしたら、この集落ごと氷漬けにするからね!」
「はいはい。分かってるよ」
こうして、氷華の将軍は、ヴァニラアイスの甘い誘惑によって陥落したのだった。
その夜。
テラ・テルマエでは、またしても宴が開かれていた。
名目は「シルヴィア将軍の歓迎会」だ。
テラス席には、ヴァネッサとシルヴィアが向かい合って座っている。
昼間は殺し合いをしていた二人だが、今はジョッキを片手に談笑していた。
「へぇ、アンタも苦労してるんだな。若くして将軍なんて担ぎ上げられて」
ヴァネッサが麦酒をあおりながら言う。
「ええ、本当に。上層部の狸爺どもは、口を開けば『成果を出せ』『予算を削れ』って……。現場の苦労も知らないで!」
シルヴィアも顔を赤くして管を巻いている。
どうやら酒癖はあまり良くないらしい。
「わかるぜぇ。ギルドも似たようなもんだ。強い奴には面倒な仕事を押し付けやがる」
「そうなのよ! 今回だって、『古代兵器の回収』なんて厄介ごと、誰もやりたがらないから私に回ってきたのよ! はぁ……やってられないわ」
カチン、とジョッキが合わさる音。
武人同士、そして中間管理職同士、奇妙な連帯感が生まれているようだ。
俺はその様子を少し離れて見守りつつ、追加のつまみを運んだ。
「アルド! お酒追加!」
「私には甘いお酒をちょうだい! 果実酒とかないの!?」
「はいはい、ただいま」
俺は完全に居酒屋の店主扱いだ。
まあ、平和ならそれでいい。
宴が終わり、ヴァネッサが千鳥足で自室へ戻った後。
まだ飲み足りなさそうなシルヴィアを、酔い覚ましに散歩へ誘った。
夜風が涼しい。
満天の星空の下、整備された道を並んで歩く。
「……不思議な場所ね、ここは」
シルヴィアがぽつりと呟いた。
「荒野の真ん中に、こんな豊かな街があるなんて。……そして、こんなに温かい場所があるなんて」
「気に入ったか?」
「……少しだけね」
彼女はツンとした態度を崩さないが、その声は柔らかい。
「私はずっと、氷のように強く、冷徹であれと教えられてきたわ。感情は弱さだと。……でも、ここでは誰もが笑っている。弱さを見せ合って、支え合っている」
彼女は立ち止まり、俺を見上げた。
月明かりに照らされたその瞳は、昼間の氷のような冷たさは消え、どこか寂しげで、そして人間らしい光を宿していた。
「アルド。……貴方の作る料理は、甘くて、温かいわね」
「料理には性格が出るって言うからな。俺が甘ちゃんなだけさ」
「ふふっ。……そうかもね」
彼女は小さく笑った。その笑顔は、とても可憐だった。
「ねえ。……もう少し、ここにいてもいいかしら?」
「え?」
「勘違いしないでよ! 監視よ、監視! 貴様らが帝国に害をなさないか、この目で見極める必要があるの! そのための滞在よ!」
顔を真っ赤にして早口でまくし立てる。
素直じゃない教科書のような反応だ。
「ああ、構わないよ。部屋は余ってるしな。……ただし、家賃は払ってもらうぞ? 帝国の将軍なら金持ちだろ?」
「なっ……! がめついわね! 払えばいいんでしょ、払えば!」
彼女は憤慨しながらも、嬉しそうだった。
俺たちは居住区へ向かって歩き出した。
シロが迎えに来たのか、遠くから「わんっ!」と鳴きながら走ってくるのが見えた。
「あら、あの犬……可愛いわね」
「シロだ。俺の家族だよ」
「家族……」
シルヴィアはシロを抱き上げ、その温もりに触れて目を細めた。
「……私の部屋、空調の温度設定は完璧にしておきなさいよ。暑いと眠れないんだから」
「はいはい、女王様」
こうして、最強の「氷華の将軍」は、アイスとシロ、そしてこの地の温もりに絆され、テラ・テルマエの新たな住人となった。
彼女が帝国への報告書に「調査継続中」と書き殴るのは、翌朝のことである。
テラ・テルマエは、嵐の前の静けさのような緊張感に包まれていた。
マザーのセンサーは最大感度で周囲を警戒し、ヴァネッサもいつでも抜剣できるよう、広場のベンチで大剣を磨いている。
「来ると思うか?」
俺が尋ねると、ヴァネッサは手を止めずに答えた。
「来るさ。あの手のタイプは、負けたままじゃ終われない。プライドの塊みたいな女だったからな」
「厄介だな……」
帝国の将軍。その実力は本物だった。
マザーの排熱攻撃という奇策で退けたが、次は対策を練ってくるはずだ。
『マスター。北西方向より、高エネルギー反応が接近中。……昨日の彼女です』
マザーの警告と共に、空気が冷え込んだ。
来た。
キィィィィン……!
空を裂いて飛来したシルヴィアは、昨日と同じ場所に、しかし昨日とは違う威圧感を纏って着地した。
彼女の全身は、分厚い氷の鎧に覆われていた。
陽光を反射して輝くその鎧は、見るからに強固で、そして冷気を放っている。
「ごきげんよう、不法占拠者の諸君」
シルヴィアが冷然と言い放つ。
「昨日は不覚を取ったけれど、今日はそうはいかないわ。この『永久凍土の鎧』は、火山の熱波さえも遮断する。貴様らの熱攻撃など、そよ風も同然よ」
「……随分と着込んできたな。暑くないのか?」
俺が聞くと、彼女はフンと鼻を鳴らした。
「心頭滅却すれば火もまた涼し、よ。さあ、大人しくその古代兵器を引き渡しなさい!」
「断る! 行くぞヴァネッサ!」
「合点だ!」
ヴァネッサが飛び出す。
シルヴィアもレイピアを抜き、氷の礫を放つ。
続きの開幕だ。
戦いは熾烈を極めた。
ヴァネッサの剛剣が氷の壁を砕き、シルヴィアの鋭い刺突がヴァネッサの頬を掠める。
マザーも支援射撃を行うが、シルヴィアの氷の鎧は強固で、ゴム弾程度では傷一つ付かない。
排熱攻撃も試みたが、彼女の言う通り、多重構造の氷壁によって熱が遮断されてしまう。
だが、戦闘が長引くにつれ、シルヴィアの動きに異変が現れ始めた。
「ハァ……ハァ……! しつこい……!」
肩で息をしている。
額には玉のような汗が浮かび、顔が赤い。
無理もない。ここは日陰のない荒野だ。直射日光が照りつけ、地面からの照り返しもきつい。
そんな中で、全身を分厚い氷で覆い、激しく動き回っているのだ。
魔法で冷やしているとはいえ、体力の消耗は激しいはずだ。
「おい、大丈夫か? 顔が茹でダコみたいになってるぞ」
俺が声をかけると、シルヴィアはギロリと睨み返してきた。
「黙りなさい! これは……武者震いよ!」
いや、どう見ても熱中症寸前だ。
足元がふらついている。
ヴァネッサもそれに気づき、剣を引いた。
「……興が削がれたな。そんなフラフラの相手を斬っても自慢にならん」
「なっ……! 侮辱する気!?」
「事実だ。見ろ、汗だくだぞ」
シルヴィアは悔しげに唇を噛んだが、反論できないほど消耗しているようだ。
このまま戦えば倒れるのは時間の問題だが、それでは後味が悪い。それに、彼女を倒したところで帝国が諦めるとは思えない。
必要なのは勝利ではなく、和解、あるいは交渉のテーブルにつかせることだ。
「……そこまでだ」
俺は両手を挙げて二人の間に入った。
「勝負は預かりだ。これ以上やったら、あんたが倒れる」
「余計なお世話よ! 私はまだ……」
「いいから。……ほら、冷たいものでも食べて頭を冷やせ」
俺は背中に隠していたクーラーボックスから、あるものを取り出した。
ガラスの器に盛られた、純白の冷菓。
マザーの冷蔵庫でキンキンに冷やしておいたものだ。
「……なによ、それ」
シルヴィアが怪訝な顔をする。
「毒見なら俺がする」
俺はスプーンで一口すくって食べた。
ひんやりとした冷たさと、濃厚なミルクの甘みが口いっぱいに広がる。
美味い。
「……毒は入ってない。ただの甘い菓子だ」
俺は新しいスプーンを添えて、器を差し出した。
シルヴィアの喉がゴクリと鳴るのが聞こえた。
極限の暑さと疲労の中で、目の前に出された冷たいもの。
その誘惑に勝てる生物はいない。
「……勘違いしないでよね。貴様の情けなど受けないわ。ただ、敵の供物を検分するだけよ」
典型的な負け惜しみを言いながら、彼女は氷の鎧を解除し、器を受け取った。
震える手でスプーンを口に運ぶ。
パクッ。
「…………!!」
その瞬間。
シルヴィアの目が、これ以上ないほど大きく見開かれた。
「んんっ……!?」
口の中で、冷たい塊が雪のように解けていく。
強烈な冷気が火照った体を内側から冷やし、同時に濃厚な甘みと、芳醇な香りが脳髄を直撃する。
使われているのは、マザーが成分調整した濃厚ミルクと、卵黄、砂糖。そして香り付けには、南方で手に入れた希少な香草「ヴァニラの実」を使っている。
いわゆる「特製ヴァニラアイスクリーム」だ。
「な、なによこれ……! 冷たい! なのに、すごく濃厚で……舌の上で消えていくわ!」
彼女は夢中で二口目を運んだ。
冷たさが喉を通り過ぎる快感。
甘さが疲れた脳に染み渡る至福。
「美味しい……! こんなの、帝国の宮廷菓子職人だって作れないわ! 氷魔法で作る氷菓子とは、口溶けが全然違う!」
シルヴィアの氷のような表情が、完全に崩壊した。
頬を緩ませ、とろけるような顔でアイスを頬張っている。
その姿は、冷徹な将軍ではなく、ただの甘味好きな女の子だった。
「気に入ったか?」
「……っ!」
我に返ったシルヴィアが、赤くなって咳払いをした。
「ま、まあまあね。悪くない味だわ。……で、でも! これで私が買収されると思ったら大間違いよ!」
「おかわりあるぞ」
「……いただくわ」
即答だった。
チョロい。シロ並みにチョロいぞ、この将軍。
二杯目のアイスを食べ終える頃には、シルヴィアの戦意は完全に消失していた。
満腹感と涼しさで、すっかり毒気を抜かれてしまったようだ。
「……はぁ。なんか、馬鹿らしくなってきたわ」
彼女は空になった器を見つめ、ため息をついた。
「こんな美味しいものを隠し持っているなんて……。貴様ら、何者なのよ」
「ただの開拓者だよ。美味いものを食べて、快適に暮らしたいだけのな」
俺は肩をすくめた。
「悪いようにはしない。……少し、話さないか? 帝国の要求と、俺たちの譲れない一線について」
シルヴィアはしばらく沈黙し、それからヴァネッサとマザーをちらりと見た。
そして、諦めたように剣を収めた。
「……いいわ。話くらいは聞いてあげる。ただし! 妙な真似をしたら、この集落ごと氷漬けにするからね!」
「はいはい。分かってるよ」
こうして、氷華の将軍は、ヴァニラアイスの甘い誘惑によって陥落したのだった。
その夜。
テラ・テルマエでは、またしても宴が開かれていた。
名目は「シルヴィア将軍の歓迎会」だ。
テラス席には、ヴァネッサとシルヴィアが向かい合って座っている。
昼間は殺し合いをしていた二人だが、今はジョッキを片手に談笑していた。
「へぇ、アンタも苦労してるんだな。若くして将軍なんて担ぎ上げられて」
ヴァネッサが麦酒をあおりながら言う。
「ええ、本当に。上層部の狸爺どもは、口を開けば『成果を出せ』『予算を削れ』って……。現場の苦労も知らないで!」
シルヴィアも顔を赤くして管を巻いている。
どうやら酒癖はあまり良くないらしい。
「わかるぜぇ。ギルドも似たようなもんだ。強い奴には面倒な仕事を押し付けやがる」
「そうなのよ! 今回だって、『古代兵器の回収』なんて厄介ごと、誰もやりたがらないから私に回ってきたのよ! はぁ……やってられないわ」
カチン、とジョッキが合わさる音。
武人同士、そして中間管理職同士、奇妙な連帯感が生まれているようだ。
俺はその様子を少し離れて見守りつつ、追加のつまみを運んだ。
「アルド! お酒追加!」
「私には甘いお酒をちょうだい! 果実酒とかないの!?」
「はいはい、ただいま」
俺は完全に居酒屋の店主扱いだ。
まあ、平和ならそれでいい。
宴が終わり、ヴァネッサが千鳥足で自室へ戻った後。
まだ飲み足りなさそうなシルヴィアを、酔い覚ましに散歩へ誘った。
夜風が涼しい。
満天の星空の下、整備された道を並んで歩く。
「……不思議な場所ね、ここは」
シルヴィアがぽつりと呟いた。
「荒野の真ん中に、こんな豊かな街があるなんて。……そして、こんなに温かい場所があるなんて」
「気に入ったか?」
「……少しだけね」
彼女はツンとした態度を崩さないが、その声は柔らかい。
「私はずっと、氷のように強く、冷徹であれと教えられてきたわ。感情は弱さだと。……でも、ここでは誰もが笑っている。弱さを見せ合って、支え合っている」
彼女は立ち止まり、俺を見上げた。
月明かりに照らされたその瞳は、昼間の氷のような冷たさは消え、どこか寂しげで、そして人間らしい光を宿していた。
「アルド。……貴方の作る料理は、甘くて、温かいわね」
「料理には性格が出るって言うからな。俺が甘ちゃんなだけさ」
「ふふっ。……そうかもね」
彼女は小さく笑った。その笑顔は、とても可憐だった。
「ねえ。……もう少し、ここにいてもいいかしら?」
「え?」
「勘違いしないでよ! 監視よ、監視! 貴様らが帝国に害をなさないか、この目で見極める必要があるの! そのための滞在よ!」
顔を真っ赤にして早口でまくし立てる。
素直じゃない教科書のような反応だ。
「ああ、構わないよ。部屋は余ってるしな。……ただし、家賃は払ってもらうぞ? 帝国の将軍なら金持ちだろ?」
「なっ……! がめついわね! 払えばいいんでしょ、払えば!」
彼女は憤慨しながらも、嬉しそうだった。
俺たちは居住区へ向かって歩き出した。
シロが迎えに来たのか、遠くから「わんっ!」と鳴きながら走ってくるのが見えた。
「あら、あの犬……可愛いわね」
「シロだ。俺の家族だよ」
「家族……」
シルヴィアはシロを抱き上げ、その温もりに触れて目を細めた。
「……私の部屋、空調の温度設定は完璧にしておきなさいよ。暑いと眠れないんだから」
「はいはい、女王様」
こうして、最強の「氷華の将軍」は、アイスとシロ、そしてこの地の温もりに絆され、テラ・テルマエの新たな住人となった。
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◇
🐉 癒やしと涙と、もふもふと。
――これは、小さな牧場から始まる大きな物語。
――世界に抗いながら、共に暮らすことを選んだ者たちの、優しい日常譚。
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