辺境に追放された魔導工学師、古代遺跡の【お節介AI重機】を目覚めさせる。不毛の荒野? 多脚戦車で一瞬で温泉リゾートですが何か?

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第3章:商魂と剣と氷華の嵐

第29話 氷華の将軍、襲来

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 Sランク冒険者ヴァネッサが「用心棒」として住み着いてから、数日が経過した。
 テラ・テルマエの日常は、相変わらず穏やかで、そして少しだけ騒がしい。

「わんっ! わんっ!」

 居住ユニットの前の広場で、元気な鳴き声が弾ける。
 銀色の毛玉――シロが、ヴァネッサの周りを飛び跳ねていた。
 ヴァネッサは片手で巨大な大剣の手入れをしながら、もう片方の手で器用に木の枝を投げている。

「ほらよ、取ってこい」

 ヒュンッ。
 枝が放物線を描いて飛んでいく。
 シロは短い足をフル回転させてダッシュし、空中で見事にキャッチ。
 着地と同時にクルッと振り返り、自慢げに尻尾を振って戻ってくる。

「わふぅ!」

 『どうだ!』と言わんばかりのドヤ顔だ。

 鼻の頭に少し土がついているのが愛らしい。

「よしよし、いい反応速度だ。将来は優秀な狩人になるな」

 ヴァネッサがゴシゴシと頭を撫でると、シロは目を細めて喉を鳴らし、彼女の太ももにスリスリと体を擦り付ける。
 強面で知られる「剣姫」も、この無邪気な攻撃には弱いらしい。口元が完全に緩んでいる。

「……すっかり懐かれたな」

 俺が声をかけると、ヴァネッサは咳払いをして真顔に戻った。

「ん、ああ。退屈しのぎだ。それに、このチビは筋がいい。足腰のバネが普通の狼とは違う」

「そりゃあ、マザー特製の栄養食で育ってるからな」

 俺は苦笑いしながら、シロを抱き上げた。
 ずしりと重い。
 最近、成長期に入ったのか、日に日に大きくなっている気がする。
 抱っこすると、温かい体温と、干し草のような良い匂いがする。
 俺が頬ずりすると、シロは冷たい鼻先を俺の首筋に押し当てて「くすぐったいよ」と身をよじった。

「平和だな……」

 空は高く澄み渡り、風は穏やかだ。
 畑ではエルフたちが歌いながら収穫作業をし、遠くではマザーが新しい貯水タンクの設置工事をしている。
 この幸せな時間が、ずっと続けばいい。
 そう思った、矢先だった。

『――警告』

 マザーの声が、領内全域のスピーカーから響き渡った。
 いつもの「ご飯ができました」というような穏やかなトーンではない。
 鋭く、張り詰めた、戦闘モードの警告音だ。

「マザー、どうした!?」

『北西の方角より、高エネルギー反応が接近中。速度、極めて高速。……この魔力波形、ただごとではありません』

 俺たちは一斉に北西の空を見上げた。
 最初は何も見えなかった。
 だが、すぐに「異変」に気づいた。

 気温が、下がっている。
 さっきまで汗ばむ陽気だった荒野の空気が、急激に冷え込み始めたのだ。
 吐く息が白くなる。
 風に乗って、白い粒が舞い散ってきた。

「……雪?」

 ヴァネッサが呟き、即座に大剣を構えた。
 彼女の目が、猛禽類のように鋭くなる。

「いや、違う。これは自然の雪じゃない。……魔力で凝固した大気だ」

 キィィィィン……。
 耳鳴りのような音が近づいてくる。
 空の彼方から、青白い光の筋が飛来した。
 それは領地の手前、広場の入り口付近に音もなく着地した。

 パキパキパキッ!

 着地した瞬間、地面が凍りついた。
 放射状に氷の華が広がり、周囲の草花を一瞬で氷像に変える。
 その中心に立っていたのは、一人の女性だった。

 煌びやかな銀の軍装に身を包んだ、金髪の美女。
 腰まで届く長い髪は、氷のように透き通るような輝きを放っている。
 その顔立ちは人形のように整っているが、表情には一切の温かみがない。
 手には、細身だが冷気を纏った長剣が握られていた。

「……ここね。不法占拠者の巣窟は」

 彼女が口を開くと、その言葉までもが凍りつくようだった。
 青い瞳が、俺たちを――いや、正確には俺の後ろにそびえ立つマザーを射抜く。

「私はガレリア帝国、第三魔導騎士団長、シルヴィア・フロスト。国際条約に基づき、危険指定古代兵器の即時引き渡しと、首謀者の拘束を通告する」

 ガレリア帝国。
 この荒野の北に位置する軍事大国だ。
 どうやら、マザーの存在と、ここ最近の急速な発展を嗅ぎつけてきたらしい。

『……やれやれ。アポイントメントなしの訪問はお断りしているのですが』

 マザーが工事を中断し、こちらへ向き直る。
 その巨体に、シルヴィアと呼ばれた女騎士は眉一つ動かさない。

「問答無用。……抵抗するなら、氷像にして持ち帰るまで」

 彼女が剣を振るうと、大気中の水分が凝固し、無数の氷の槍(アイス・ランス)が出現した。
 数は百を超えている。
 ただの魔法使いではない。あれは、軍隊を一人で壊滅させるレベルの魔力だ。

「おいおい、冗談だろ……」

 俺が身構えた瞬間、横から影が飛び出した。

「下がってろ、領主!」

 ヴァネッサだ。
 彼女は大剣を構え、俺とシルヴィアの間に立ちはだかった。

「帝国の『氷華の将軍』が、こんな辺境までお出ましか? 随分と暇なんだな」

「……貴様は、冒険者のヴァネッサ・ブレイドか。なぜここにいる?」

「ここの飯が美味いからだよ。……私の食卓を荒らす奴は、将軍だろうが叩き斬る!」

 ヴァネッサが地面を蹴った。
 爆発的な加速。
 Sランクの身体能力で、一瞬にして間合いを詰める。
 大剣が唸りを上げ、シルヴィアの首を薙ぎ払う――かに見えた。

 ガギィッ!

 硬質な音が響く。
 ヴァネッサの大剣は、シルヴィアの目前で止まっていた。
 見えない氷の壁だ。

「野蛮な剣ね。美しくないわ」

 シルヴィアは冷ややかに言い放ち、指先を動かした。
 瞬間、氷の壁から棘が飛び出し、ヴァネッサを襲う。

「チッ!」

 ヴァネッサはバックステップで回避するが、追撃の氷槍が雨あられと降り注ぐ。
 彼女は大剣を風車のように回転させ、氷を砕きながら防戦するが、防ぎきれない冷気が肌を切り裂いていく。

「くっ……! 速いな!」

「遅いわ。凍りなさい」

 シルヴィアが地面に剣を突き刺す。
 魔法陣が展開し、そこから絶対零度の冷気が噴出した。
 広域氷結魔法『ニブルヘイム』。
 地面があっという間に氷漬けになり、ヴァネッサの足元を拘束する。

「しまっ……!?」

 足を取られたヴァネッサの体に、氷が這い上がっていく。
 足首、膝、太もも。
 関節が凍りつき、動きが封じられる。

「終わりよ」

 シルヴィアが巨大な氷の塊を生成し、ヴァネッサの頭上へと掲げた。
 まずい。
 俺は叫んだ。

「マザー! 援護だ!」

『了解しました。――お客様、空調の設定温度を上げさせていただきますね』

 ゴオオオオオオオオオッ!!!!

 マザーの背部にある排熱ダクトが一斉に開放された。
 そこから噴き出したのは、ただの熱風ではない。
 動力炉を限界まで回転させた際に生じる、超高温の排熱エネルギーだ。
 本来なら廃棄するはずの熱量を、指向性を持たせて前方に放射したのだ。

 一瞬で、世界が変わった。
 極寒だった空気が、灼熱の嵐へと変貌する。

「なっ……!?」

 シルヴィアが初めて表情を崩した。
 彼女が作り出した氷の槍が、壁が、そしてヴァネッサを拘束していた氷が、瞬く間に溶けて蒸発していく。
 もうもうと立ち込める白い蒸気。
 サウナの中のような湿気と熱気が、辺りを包み込んだ。

「あつっ!? な、何よこれ!?」

 シルヴィアは慌てて氷の盾を展開しようとするが、生成された端から溶けて水になってしまう。
 彼女の自慢の氷魔法が、物理的な熱量の暴力によって無力化されたのだ。

『私の排熱温度は摂氏800度を超えます。氷遊びには少々、暑すぎましたか?』

 マザーが蒸気の中からぬっと現れる。
 その巨体から発せられる熱気は、まさに動く火山だ。

「くっ……! 古代兵器……! これほどの出力とは……!」

 シルヴィアは歯噛みし、後退した。
 暑さで整った髪が額に張り付き、銀の軍装が汗で濡れている。
 氷の女王の威厳は形無しだ。

 一方、氷が溶けて自由になったヴァネッサは、肩で息をしながらもニヤリと笑った。

「はっ! 助かったぜマザー。……さて、続きといくか? お嬢ちゃん」

 大剣を構え直すヴァネッサ。
 背後には熱気を放つマザー。
 形勢は逆転した。

 シルヴィアは唇を噛み締め、悔しそうに二人を睨みつけた。
 だが、彼女は冷静な判断力を持っていた。
 この状況で戦いを続ければ、熱中症で倒れるのが先だと悟ったのだろう。

「……今日のところは引いてあげるわ。覚えてらっしゃい!」

 捨て台詞を残し、彼女は身体強化魔法を使って驚異的な跳躍力で後退し、荒野の彼方へと撤退していった。
 その背中からは、湯気が立っていた。

「……ふぅ。行ったか」

 俺はその場にへたり込んだ。
 心臓がバクバクしている。
 Sランク冒険者を圧倒する帝国の将軍。とんでもない化け物だった。

『敵性反応、消失。……やれやれ、手のかかるお客様でしたね』

 マザーが排熱を止め、通常モードに戻る。
 辺りには水たまりができ、サウナのような匂いが残っていた。

「わふぅ……」

 物陰に隠れていたシロが、おずおずと出てきた。
 寒かったり暑かったりで大変だったろうに、俺の元へ駆け寄ってきて、心配そうに顔を舐めてくれる。

「大丈夫だよ、シロ。……怖かったな」

 俺はシロを抱きしめた。
 その温もりが、恐怖で冷えた心を溶かしてくれる。
 シロは俺の腕の中で、ぷるぷると小さく震えていた。
 勇敢なヴァネッサと違って、この子はまだ小さな子供だ。それでも逃げずに、ここで待っていてくれたことが愛おしい。

「よしよし、いい子だ」

 俺が撫でると、シロは安心したように「くぅ~ん」と甘えた声を出し、俺の胸に顔を埋めてきた。
 その柔らかい毛並みと、鼓動の音。
 それが、俺に「守るべき日常」を再確認させてくれた。

 帝国の介入。
 これは、これから始まる大きな戦いの、ほんの序章に過ぎないのかもしれない。
 だが、負けるわけにはいかない。
 この温かい場所を、シロやリーリャ、そしてマザーとの暮らしを守るために。

「……対策を練らないとな」

「ああ。次はもっと上手く立ち回るさ」

 ヴァネッサが汗を拭いながら同意した。
 俺たちは顔を見合わせ、力強く頷き合った。

 しかし、この時の俺たちはまだ知らなかった。
 あの氷の将軍シルヴィアが、まさか「甘いもの」という意外な弱点によって、あっさりと俺たちの軍門に下ることになる未来を。
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