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第2章:ヒロイン集結とキャンプの要塞化
第13話 狂気の魔道具職人、推参
エミリアという賑やかな居候が増えてから数日が経過した。
最深部のキャンプサイトは、今日も平和そのものだ。天井の疑似太陽がゆっくりと光を落とし、青白い発光苔が星空のように周囲を照らし始めている。
「おじさん、見てください! 森の奥で色鮮やかなキノコと、すっごく立派な猪みたいな魔獣を狩ってきました!」
泥だらけの軽装鎧を着たエミリアが、自分よりも大きな魔獣の死骸と、大量のキノコを抱えて誇らしげに帰還してきた。彼女は本当に毎日、未踏エリアから様々な食材を調達してくる。食い意地が原動力とはいえ、さすがはSランクの魔法剣士といったところだ。
「おう、ご苦労さん。その猪の肉は明日じっくりローストにするとして……キノコのほうは、毒抜きも兼ねて今夜のおかずに追加するか」
「はいっ! 楽しみです!」
俺が手際よく魔獣の解体を始めようとした、その時だった。
ヒュンッ、と。
風を切るような鋭い音と共に、空の彼方から何かが猛スピードで飛来してきた。
「えっ、魔物の強襲!?」
エミリアが瞬時に剣を構え、俺の足元にいたハクも小さく唸り声を上げる。
だが、飛んできたのは魔物や魔法の類ではなかった。
それは、鈍い金属光沢を放つ、巨大で分厚い鉄鍋――ダッチオーブンだった。
鉄鍋は俺たちの頭上で急ブレーキをかけるようにピタリと静止すると、まるで意思を持っているかのようにフワリと下降し、かまどの横の平らな岩の上に、音もなく着地した。
「……なんだこれ」
俺が不審に思いながら近づくと、鉄鍋の側面に一枚の手紙が貼り付けられているのに気がついた。
そこには、乱雑だが妙に力強い文字でこう書かれていた。
『貴方の魔法は美しい。だが、道具がそれに追いついていない。この私、増田籐子が特別に調整した【絶対焦げない魔導ダッチオーブン・試作七号機】を使え。そしてその完璧な熱源コントロールのデータを私に見せろ。拒否権はない』
「増田、籐子……?」
「トーコ先生!? 嘘、この鍋、あの狂気の魔道具職人のお手製ですか!?」
エミリアが手紙を覗き込み、悲鳴のような声を上げた。
「知ってるのか?」
「知ってるも何も、ダンジョン用の最強装備をぽんぽん作り出す天才ですよ! でも、性格がちょっと……いや、かなりエキセントリックというか……」
「なんか知らんが、勝手に送りつけてきたってことか。……まあ、タダでもらえるなら使わせてもらうか」
俺は手紙を丸めて焚き火に放り込むと、届いたばかりの魔導ダッチオーブンを検分した。見た目は無骨な鉄鍋だが、表面には複雑な魔力回路がびっしりと刻み込まれており、微かな魔力を帯びている。
「よし、ちょうどいい。今夜の飯はこいつで炒め物と煮物を作ってみるか」
「おじさん、警戒心ってものがないんですか……! トーコ先生の魔道具は、時々爆発したりしますよ!?」
「鍋が爆発してどうする。俺の生活魔法で完全に熱量を制御すれば、暴走する隙なんて与えないさ」
俺はエミリアの忠告を軽く流し、夕食の準備に取り掛かった。
今夜は少し品数を多くして、酒のつまみにもご飯のおかずにもなる和食の定食にするつもりだ。
まずは、エミリアが採ってきたキノコの下処理だ。毒性のある派手なキノコだが、生活魔法の〈抽出〉と〈浄化〉をかければ、極上の旨味と歯ごたえだけが残る。これを、昨日の夜に作りすぎてアイテムボックスに入れておいた「ジャガイモとタラコのバター炒め」に合わせる。ジャガイモはすでにホクホクになっており、タラコの塩気とバターのコクが完全に馴染んでいる。これにキノコを加え、魔導ダッチオーブンでサッと炒め直す。
俺が鍋の底に魔力を流し込んだ瞬間、驚くべきことが起きた。
俺が意図した【摂氏八十五度】という温度が、鍋の底から側面、そして蓋に至るまで、完全に均一かつ一瞬で伝導したのだ。
通常の鉄鍋なら火の当たる部分から熱くなるが、この鍋は俺の魔力に完璧に呼応し、内部の空間全体を寸分の狂いもなく指定温度に保っている。
「へぇ、こいつはすごいな。本当に『絶対に焦げない』し、熱効率が異常だ」
俺は感心しながら、温め直したジャガイモとタラコ、そしてプリプリに仕上がったキノコを小鉢に移した。
続いて、秋刀魚のハーブ干物だ。これも数日前に仕込んでおいたもので、ローズマリーやタイムと一緒に天日干しにし、旨味を凝縮させてある。
魔導ダッチオーブンに網を敷き、その上に秋刀魚を並べる。今度は【摂氏二百二十度】に設定し、遠赤外線効果でじっくりと焼き上げる。
ジュワァァァッ!
秋刀魚の脂が滴り落ちる心地よい音と共に、ハーブの清涼感と青魚の香ばしい匂いが弾けた。通常の焼き網なら皮が焦げ付いてしまうところだが、この魔導鍋は俺の生活魔法と連動し、皮をパリッとさせつつ身はふっくらとジューシーに仕上げていく。
『おいおい、なんだあの鍋! 熱源がないのに一瞬で加熱されたぞ!?』
『トーコ先生の特注品とか、国家予算レベルの代物だろ……それを普通の料理に使ってやがる』
『秋刀魚のハーブ干物とか絶対美味いやつじゃん!』
『酒だ、酒を持てぇ!』
端末の画面では、三十万人を超える視聴者たちが俺の調理風景に熱狂している。
俺は焼き上がった秋刀魚を皿に乗せ、さらに副菜の準備を進める。
サッと塩茹でしたオクラを輪切りにし、すり鉢で丁寧にすった白胡麻、醤油、三温糖と和える。オクラのネバネバと胡麻の濃厚な香りが絡み合い、完璧な小鉢が一品完成した。
次は「牛蒡と鶏肉の炒め煮」だ。
魔導ダッチオーブンに胡麻油を引き、ささがきにした牛蒡と一口大の鶏もも肉を炒める。鍋の温度コントロールが完璧なため、牛蒡の土臭さが一瞬で飛び、鶏肉の表面だけが綺麗に色づく。そこに醤油、みりん、酒、砂糖を合わせた煮汁を流し込み、蓋をして数分。
「よし、これも完成だ」
蓋を開けると、甘辛い醤油の香りがドーム状に広がり、ハクとエミリアが同時に「ごくり」と喉を鳴らした。鶏肉の旨味を吸った牛蒡が、照り輝く琥珀色に染まっている。
「あとは目玉焼きと、もずくの吸い物だな」
小さなフライパンで、一人につき卵二個を使った目玉焼きを焼く。黄身はトロトロの半熟、白身の縁は油を多めにしてカリッと香ばしく仕上げる。
そして最後に、鰹と昆布の一番出汁にたっぷりのもずくを入れた吸い物を用意し、仕上げに沖縄のコーレーグースを数滴垂らす。
「待たせたな。食うぞ」
俺が言うと、ハクとエミリアはそれぞれの定位置につき、瞬きもせずに自分の前に並べられた料理を見つめた。
木製のテーブルの上には、キノコ入りジャガイモとタラコのバター炒め、秋刀魚のハーブ干物、オクラの胡麻和え、牛蒡と鶏肉の炒め煮、目玉焼き二個、三種類のキムチ、そしてもずくの吸い物。これに土鍋で炊いた熱々の白飯が加わる。
まさに、定食屋の最高峰とも言える完璧な布陣だ。
「いただきます!」
エミリアが元気よく手を合わせ、まずは秋刀魚のハーブ干物に箸を伸ばした。
パリッとした皮を破り、脂の乗った身を白飯に乗せて、一緒に口に放り込む。
いつもなら大声で感嘆を漏らす彼女だが、今日は言葉を発することすら忘れたように目を大きく見開いた。そのまま夢中で二口、三口と米と魚を掻き込み、最後にほうっと幸せそうなため息をつく。
「……美味しいです。お魚の脂がハーブのおかげで全然重くなくて……ご飯がいくらでも食べられちゃいます」
俺も秋刀魚をつまみ、その仕上がりに頷いた。
増田籐子とやらが作ったこの魔導ダッチオーブン、凄まじい性能だ。熱の入り方が均一すぎるため、素材の旨味が逃げる隙がなく、魚の身が驚くほどふっくらしている。
続いて、牛蒡と鶏肉の炒め煮を頬張る。
シャキシャキとした牛蒡の食感と、噛むたびにジュワッと溢れ出す鶏肉の肉汁。甘辛い醤油ダレが中までしっかりと染み込んでおり、これまた箸が止まらなくなる美味さだ。
合間にオクラの胡麻和えや、キノコとタラコのバター炒めをつまむと、胡麻の豊かな風味やバターのコクが、牛蒡の土の香りを和らげてくれる。
そして、目玉焼きだ。
半熟の黄身を箸で崩し、とろけ出した黄金色のソースを白飯に絡める。そこに醤油をほんの数滴垂らし、キムチと一緒に口へ。卵のまろやかさ、醤油の塩気、三種のキムチの辛味と酸味が、渾然一体となって暴れ回る。
白飯の消費速度が限界を超えたところで、もずくの吸い物をお椀からすする。
沖縄の島唐辛子を泡盛に漬け込んだコーレーグースのピリッとした刺激が、濃厚な卵やキムチの味で満たされた口内を鋭く引き締めてくれる。ツルンとしたもずくの磯の香りが心地よく、定食全体のバランスを整える裏の主役だ。
ハクも負けじと、自分用の巨大な木桶に入った特別盛りを、ものすごい速度で吸い込んでいる。
『この定食、完璧すぎるだろ』
『目玉焼き二個ってのがわかってる』
『秋刀魚のハーブ干し、明日絶対作るわ』
『FランクのおっさんがS級魔道具で極上の和定食作って、神獣とSランク美少女ががっついてる……情報量が多すぎて脳が追いつかない』
俺は無心になって箸を動かし、最後の一粒まで白飯を堪能した。
「ふぅ……ごちそうさまでした」
空になった食器を前に、深い満足の息を吐く。
エミリアもポッコリと膨らんだお腹をさすりながら背もたれに寄りかかり、ハクは完全にヘソ天になって丸太のような尻尾をパタパタと振っていた。
食後の締めくくりに、俺はケトルで湯を沸かした。
淹れたのは、いつもの沖縄産ゴーヤー茶だ。そして今日は、デザート代わりに少しだけアレンジを加える。
小鉢にプレーンヨーグルトをよそい、そこにアイテムボックスから取り出した黄金色の蜂蜜を、小匙一杯だけとろりと垂らす。
「ほら、エミリア。食後のデザートだ」
「わぁっ……! ありがとうございます!」
エミリアは嬉しそうにヨーグルトを受け取り、小さなスプーンですくって口に運んだ。
俺も自分の分を味わう。
ヨーグルトの爽やかな酸味を、蜂蜜の濃厚で華やかな甘みが優しく包み込んでいる。そして、その後に温かいゴーヤー茶を口に含んだ。
ヨーグルトの甘みがスッと引いた後に残る、特有の焙煎香とじんわりとした苦味が、癖になる味わいを生み出している。
「あの魔導ダッチオーブン、最高だな。明日も色々と試してみるか」
俺がそう呟いた時だった。
俺の持つ配信端末から、チャイムのような電子音が鳴り響いた。
【『トーコ・マギクラフト』が五十万円のスーパーチャットを送信しました:『素晴らしい! 私の計算通りの熱伝導率! だが貴方の生活魔法の魔力波長はもっと深く解析する必要がある! 明日、直接そっちに行くからテントを空けておけ!』】
俺とエミリアは、その真っ赤なスーパーチャットの帯を読み、同時に顔を見合わせた。
「……おじさん。どうやら、明日はもっと騒がしい居候が来るみたいですよ」
「マジかよ……」
俺は額を押さえ、マグカップに残っていたお茶を一気に飲み干した。俺はただ、静かに美味い飯が食いたいだけなんだがな。
最深部のキャンプサイトは、今日も平和そのものだ。天井の疑似太陽がゆっくりと光を落とし、青白い発光苔が星空のように周囲を照らし始めている。
「おじさん、見てください! 森の奥で色鮮やかなキノコと、すっごく立派な猪みたいな魔獣を狩ってきました!」
泥だらけの軽装鎧を着たエミリアが、自分よりも大きな魔獣の死骸と、大量のキノコを抱えて誇らしげに帰還してきた。彼女は本当に毎日、未踏エリアから様々な食材を調達してくる。食い意地が原動力とはいえ、さすがはSランクの魔法剣士といったところだ。
「おう、ご苦労さん。その猪の肉は明日じっくりローストにするとして……キノコのほうは、毒抜きも兼ねて今夜のおかずに追加するか」
「はいっ! 楽しみです!」
俺が手際よく魔獣の解体を始めようとした、その時だった。
ヒュンッ、と。
風を切るような鋭い音と共に、空の彼方から何かが猛スピードで飛来してきた。
「えっ、魔物の強襲!?」
エミリアが瞬時に剣を構え、俺の足元にいたハクも小さく唸り声を上げる。
だが、飛んできたのは魔物や魔法の類ではなかった。
それは、鈍い金属光沢を放つ、巨大で分厚い鉄鍋――ダッチオーブンだった。
鉄鍋は俺たちの頭上で急ブレーキをかけるようにピタリと静止すると、まるで意思を持っているかのようにフワリと下降し、かまどの横の平らな岩の上に、音もなく着地した。
「……なんだこれ」
俺が不審に思いながら近づくと、鉄鍋の側面に一枚の手紙が貼り付けられているのに気がついた。
そこには、乱雑だが妙に力強い文字でこう書かれていた。
『貴方の魔法は美しい。だが、道具がそれに追いついていない。この私、増田籐子が特別に調整した【絶対焦げない魔導ダッチオーブン・試作七号機】を使え。そしてその完璧な熱源コントロールのデータを私に見せろ。拒否権はない』
「増田、籐子……?」
「トーコ先生!? 嘘、この鍋、あの狂気の魔道具職人のお手製ですか!?」
エミリアが手紙を覗き込み、悲鳴のような声を上げた。
「知ってるのか?」
「知ってるも何も、ダンジョン用の最強装備をぽんぽん作り出す天才ですよ! でも、性格がちょっと……いや、かなりエキセントリックというか……」
「なんか知らんが、勝手に送りつけてきたってことか。……まあ、タダでもらえるなら使わせてもらうか」
俺は手紙を丸めて焚き火に放り込むと、届いたばかりの魔導ダッチオーブンを検分した。見た目は無骨な鉄鍋だが、表面には複雑な魔力回路がびっしりと刻み込まれており、微かな魔力を帯びている。
「よし、ちょうどいい。今夜の飯はこいつで炒め物と煮物を作ってみるか」
「おじさん、警戒心ってものがないんですか……! トーコ先生の魔道具は、時々爆発したりしますよ!?」
「鍋が爆発してどうする。俺の生活魔法で完全に熱量を制御すれば、暴走する隙なんて与えないさ」
俺はエミリアの忠告を軽く流し、夕食の準備に取り掛かった。
今夜は少し品数を多くして、酒のつまみにもご飯のおかずにもなる和食の定食にするつもりだ。
まずは、エミリアが採ってきたキノコの下処理だ。毒性のある派手なキノコだが、生活魔法の〈抽出〉と〈浄化〉をかければ、極上の旨味と歯ごたえだけが残る。これを、昨日の夜に作りすぎてアイテムボックスに入れておいた「ジャガイモとタラコのバター炒め」に合わせる。ジャガイモはすでにホクホクになっており、タラコの塩気とバターのコクが完全に馴染んでいる。これにキノコを加え、魔導ダッチオーブンでサッと炒め直す。
俺が鍋の底に魔力を流し込んだ瞬間、驚くべきことが起きた。
俺が意図した【摂氏八十五度】という温度が、鍋の底から側面、そして蓋に至るまで、完全に均一かつ一瞬で伝導したのだ。
通常の鉄鍋なら火の当たる部分から熱くなるが、この鍋は俺の魔力に完璧に呼応し、内部の空間全体を寸分の狂いもなく指定温度に保っている。
「へぇ、こいつはすごいな。本当に『絶対に焦げない』し、熱効率が異常だ」
俺は感心しながら、温め直したジャガイモとタラコ、そしてプリプリに仕上がったキノコを小鉢に移した。
続いて、秋刀魚のハーブ干物だ。これも数日前に仕込んでおいたもので、ローズマリーやタイムと一緒に天日干しにし、旨味を凝縮させてある。
魔導ダッチオーブンに網を敷き、その上に秋刀魚を並べる。今度は【摂氏二百二十度】に設定し、遠赤外線効果でじっくりと焼き上げる。
ジュワァァァッ!
秋刀魚の脂が滴り落ちる心地よい音と共に、ハーブの清涼感と青魚の香ばしい匂いが弾けた。通常の焼き網なら皮が焦げ付いてしまうところだが、この魔導鍋は俺の生活魔法と連動し、皮をパリッとさせつつ身はふっくらとジューシーに仕上げていく。
『おいおい、なんだあの鍋! 熱源がないのに一瞬で加熱されたぞ!?』
『トーコ先生の特注品とか、国家予算レベルの代物だろ……それを普通の料理に使ってやがる』
『秋刀魚のハーブ干物とか絶対美味いやつじゃん!』
『酒だ、酒を持てぇ!』
端末の画面では、三十万人を超える視聴者たちが俺の調理風景に熱狂している。
俺は焼き上がった秋刀魚を皿に乗せ、さらに副菜の準備を進める。
サッと塩茹でしたオクラを輪切りにし、すり鉢で丁寧にすった白胡麻、醤油、三温糖と和える。オクラのネバネバと胡麻の濃厚な香りが絡み合い、完璧な小鉢が一品完成した。
次は「牛蒡と鶏肉の炒め煮」だ。
魔導ダッチオーブンに胡麻油を引き、ささがきにした牛蒡と一口大の鶏もも肉を炒める。鍋の温度コントロールが完璧なため、牛蒡の土臭さが一瞬で飛び、鶏肉の表面だけが綺麗に色づく。そこに醤油、みりん、酒、砂糖を合わせた煮汁を流し込み、蓋をして数分。
「よし、これも完成だ」
蓋を開けると、甘辛い醤油の香りがドーム状に広がり、ハクとエミリアが同時に「ごくり」と喉を鳴らした。鶏肉の旨味を吸った牛蒡が、照り輝く琥珀色に染まっている。
「あとは目玉焼きと、もずくの吸い物だな」
小さなフライパンで、一人につき卵二個を使った目玉焼きを焼く。黄身はトロトロの半熟、白身の縁は油を多めにしてカリッと香ばしく仕上げる。
そして最後に、鰹と昆布の一番出汁にたっぷりのもずくを入れた吸い物を用意し、仕上げに沖縄のコーレーグースを数滴垂らす。
「待たせたな。食うぞ」
俺が言うと、ハクとエミリアはそれぞれの定位置につき、瞬きもせずに自分の前に並べられた料理を見つめた。
木製のテーブルの上には、キノコ入りジャガイモとタラコのバター炒め、秋刀魚のハーブ干物、オクラの胡麻和え、牛蒡と鶏肉の炒め煮、目玉焼き二個、三種類のキムチ、そしてもずくの吸い物。これに土鍋で炊いた熱々の白飯が加わる。
まさに、定食屋の最高峰とも言える完璧な布陣だ。
「いただきます!」
エミリアが元気よく手を合わせ、まずは秋刀魚のハーブ干物に箸を伸ばした。
パリッとした皮を破り、脂の乗った身を白飯に乗せて、一緒に口に放り込む。
いつもなら大声で感嘆を漏らす彼女だが、今日は言葉を発することすら忘れたように目を大きく見開いた。そのまま夢中で二口、三口と米と魚を掻き込み、最後にほうっと幸せそうなため息をつく。
「……美味しいです。お魚の脂がハーブのおかげで全然重くなくて……ご飯がいくらでも食べられちゃいます」
俺も秋刀魚をつまみ、その仕上がりに頷いた。
増田籐子とやらが作ったこの魔導ダッチオーブン、凄まじい性能だ。熱の入り方が均一すぎるため、素材の旨味が逃げる隙がなく、魚の身が驚くほどふっくらしている。
続いて、牛蒡と鶏肉の炒め煮を頬張る。
シャキシャキとした牛蒡の食感と、噛むたびにジュワッと溢れ出す鶏肉の肉汁。甘辛い醤油ダレが中までしっかりと染み込んでおり、これまた箸が止まらなくなる美味さだ。
合間にオクラの胡麻和えや、キノコとタラコのバター炒めをつまむと、胡麻の豊かな風味やバターのコクが、牛蒡の土の香りを和らげてくれる。
そして、目玉焼きだ。
半熟の黄身を箸で崩し、とろけ出した黄金色のソースを白飯に絡める。そこに醤油をほんの数滴垂らし、キムチと一緒に口へ。卵のまろやかさ、醤油の塩気、三種のキムチの辛味と酸味が、渾然一体となって暴れ回る。
白飯の消費速度が限界を超えたところで、もずくの吸い物をお椀からすする。
沖縄の島唐辛子を泡盛に漬け込んだコーレーグースのピリッとした刺激が、濃厚な卵やキムチの味で満たされた口内を鋭く引き締めてくれる。ツルンとしたもずくの磯の香りが心地よく、定食全体のバランスを整える裏の主役だ。
ハクも負けじと、自分用の巨大な木桶に入った特別盛りを、ものすごい速度で吸い込んでいる。
『この定食、完璧すぎるだろ』
『目玉焼き二個ってのがわかってる』
『秋刀魚のハーブ干し、明日絶対作るわ』
『FランクのおっさんがS級魔道具で極上の和定食作って、神獣とSランク美少女ががっついてる……情報量が多すぎて脳が追いつかない』
俺は無心になって箸を動かし、最後の一粒まで白飯を堪能した。
「ふぅ……ごちそうさまでした」
空になった食器を前に、深い満足の息を吐く。
エミリアもポッコリと膨らんだお腹をさすりながら背もたれに寄りかかり、ハクは完全にヘソ天になって丸太のような尻尾をパタパタと振っていた。
食後の締めくくりに、俺はケトルで湯を沸かした。
淹れたのは、いつもの沖縄産ゴーヤー茶だ。そして今日は、デザート代わりに少しだけアレンジを加える。
小鉢にプレーンヨーグルトをよそい、そこにアイテムボックスから取り出した黄金色の蜂蜜を、小匙一杯だけとろりと垂らす。
「ほら、エミリア。食後のデザートだ」
「わぁっ……! ありがとうございます!」
エミリアは嬉しそうにヨーグルトを受け取り、小さなスプーンですくって口に運んだ。
俺も自分の分を味わう。
ヨーグルトの爽やかな酸味を、蜂蜜の濃厚で華やかな甘みが優しく包み込んでいる。そして、その後に温かいゴーヤー茶を口に含んだ。
ヨーグルトの甘みがスッと引いた後に残る、特有の焙煎香とじんわりとした苦味が、癖になる味わいを生み出している。
「あの魔導ダッチオーブン、最高だな。明日も色々と試してみるか」
俺がそう呟いた時だった。
俺の持つ配信端末から、チャイムのような電子音が鳴り響いた。
【『トーコ・マギクラフト』が五十万円のスーパーチャットを送信しました:『素晴らしい! 私の計算通りの熱伝導率! だが貴方の生活魔法の魔力波長はもっと深く解析する必要がある! 明日、直接そっちに行くからテントを空けておけ!』】
俺とエミリアは、その真っ赤なスーパーチャットの帯を読み、同時に顔を見合わせた。
「……おじさん。どうやら、明日はもっと騒がしい居候が来るみたいですよ」
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お節介なオカンAIを搭載した多脚戦車とタッグを組んだアルドは、その規格外の採掘能力で荒野を瞬く間に開拓。
地下3000メートルから温泉を掘り当て、悠々自適なリゾートライフを始めることに。
一方、アルドを追放した王国は、インフラが次々と機能を停止し、滅亡の危機に瀕していた……。
【経験値貸付(ローン)】の強制取り立て 〜「無能」と追放された付与術師、元仲間のレベルを「利息付き」で没収して無双する〜
りい
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五年間、勇者レオン率いるSランクパーティのために尽くしてきた付与術師のアベル。
彼は固有スキル【経験値譲渡(ギフト)】を使い、自分が獲得するはずの経験値をすべて仲間に捧げてきた。その結果、仲間は次々とレベル90を超える一方で、アベル自身はどれだけ戦っても「万年レベル1」のまま。
「レベル1の無能はもういらない。死にたくなければ消えろ」
理不尽な宣告と共に、ゴミのように捨てられたアベル。しかし、勇者たちは知らなかった。
アベルのスキルの真の名は――【経験値貸付(ローン)】。
パーティを脱退し「契約」が解除された瞬間、これまで与えてきた膨大な経験値が、年率10%の「複利」を伴ってアベルへと強制返還される!
一瞬にしてレベル999、神の領域へと至るアベル。
一方で、全経験値を没収されレベル1の弱者に転落し、路頭に迷う元仲間たち。
「戻ってきてくれ」と泣きつく彼らに、最強の債権者(アベル)は冷たく言い放つ。
「君たちに貸せるものは、もう何もないよ」
これは、お人好しすぎた少年がすべてを取り戻し、圧倒的な力で自由を謳歌する逆転無双。
家族に忘れられていた第五王子は愛され生活を送る
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アズール王国の王宮には、多くの王子や王女が住んでいる蒼星宮という宮がある。
その宮にはとある噂が広まっていた。併設されている図書館に子どもの幽霊が現れると。
そんなある日、図書館に出入りしていた第一王子は子どものような人影を見かける。
その時、父である国王にすら忘れられ、存在を知られていなかった第五王子の才覚が露になっていく。