深夜のコンビニで「死にそうな美女」に豚汁を奢ったら、翌日会社で鬼上司がチラチラ見てくる件

ken

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第2章:正体バレと秘密の共有

第15話 誤解と嫉妬の炎

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 朝6時。
 俺の朝は、小さな猛獣の襲撃で幕を開ける。

「……ん、レオ。やめろ、くすぐったい」

 顔中をザラザラした舌で舐め回され、俺は幸福な敗北感と共に目を覚ました。
 枕元には、豆柴のレオが「起きろ、遊べ、飯をよこせ」とばかりに短い尻尾を高速で振って鎮座している。
 我が家に来てから数日が経ち、最初は借りてきた猫のようだった彼も、今ではすっかりこの家の主のような顔をしている。

「よしよし、おはよう。……トイレは?」

 俺が体を起こしてリビングを確認すると、ケージの中のトイレシートには成功の跡があった。

「おっ、偉いぞレオ! 天才かお前は!」

 俺が撫で回すと、レオは嬉しそうに「キャン!」と鳴いて俺の手に甘噛みをしてくる。
 黒い毛並みに、麻呂眉のような茶色の斑点。クリクリとした瞳で見上げられると、仕事の疲れなど一瞬で吹き飛んでしまう。
 出勤前のこのもふもふタイムこそが、今の俺の最大のエネルギー源だ。

「……さて、行かなきゃな。いい子で待ってろよ」

 俺は後ろ髪を引かれながらスーツに着替え、レオに「行ってきます」のキスをして家を出た。
 家には癒やしがある。
 だが、今日の会社には、別の意味でエネルギーを消費させる「嵐」が待ち受けていることを、俺は予感していた。

 予感は的中した。
 午後、物流パートナーである『サウス・ロジスティクス』との打ち合わせのため、フェルナンダ・ディアスが来社したのだ。

「Hola! Oso!」

 燃えるような赤毛をなびかせ、フェルナンダが颯爽と現れた。
 彼女は俺のデスクに直行すると、背後からガバッと抱きついてきた。

「Good afternoon! 先日のチリクラブ、最高だったわ! 夢に出てくるくらい!」

「……声が大きいぞ、フェルナンダ」

 俺は周囲の視線を気にしながら、彼女の腕をほどこうとする。
 だが、ラテンの情熱は止まらない。

「ねえ、今日のランチは? 一緒に行きましょ! 私、Osoにおすすめしたいスペインバルがあるの!」

「いや、俺はまだ仕事が……」

「No excuses! 仕事よりパッションよ!」

 彼女は俺の手を引いて立ち上がらせようとする。
 フロアがざわつく中、俺が助けを求めるように視線を送った先――課長席の李雪は、驚くほど冷静だった。

 彼女は手元の書類から目を離さず、淡々と言った。

「……橋本。お客様の要望にはできる限り応えなさい。ただし、13時の会議には遅れないように」

 その声は平坦で、感情の色が見えない。
 以前なら、嫉妬や不快感を隠そうともせず、眉間に皺を寄せていたはずだ。
 だが、今の彼女には余裕がある。
 フェルナンダがどれだけ俺にアプローチしようとも、「所詮は部外者」と切り捨てるような、王者の風格さえ漂わせている。

(……強くなったな、迷い猫さん)

 俺は心の中で感心した。
 互いに正体を知り、夜の「契約」を結んだことで、彼女の中に絶対的な自信が生まれたのだろう。
 俺は李雪に一礼し、フェルナンダに連行されていった。
 背中に感じる視線は、冷たいものではなく、どこか「貸してあげる」という余裕を含んだものだった。

 その夜、24時15分。
 俺はいつものコンビニの前で待っていた。
 少し遅れて、ペタペタというサンダルの音が近づいてくる。

 現れたのは、えんじ色の芋ジャージに『質実剛健』Tシャツを着た李雪だ。
 髪はいつものようにお団子にまとめられている。
 彼女は俺の顔を見るなり、フンと鼻を鳴らした。

「……こんばんは、師匠。随分とおモテになるようね」

「お疲れ様です。……嫌味ですか?」

「事実を言っただけよ。あのラテン女、ランチの後もずっと貴方にへばりついてたじゃない。ガムテープみたいに」

 彼女は口を尖らせて抗議する。
 だが、その口調には以前のようなトゲトゲしさはなく、どこかじゃれ合っているような甘さがあった。

「仕事熱心なだけですよ、彼女は」

「ふーん。……まあいいわ。どうせ、貴方の『夜の顔』を独占しているのは、私だけだもの」

 彼女はニヤリと笑った。
 その優越感に満ちた表情。
 あの日、互いの秘密を共有して以来、彼女はこの「特権」を存分に楽しんでいるようだ。

「で、今日のオーダーは? あの熱帯低気圧のせいで、少し頭が痛いの。すっきりするやつがいいわ」

「分かりました。……今日は『冷凍フルーツ』を使いましょう」

 俺たちは並んで店内に入った。
 レジには長谷川が立っている。彼女は俺たちを見ると、小さく手を振った。

 「今日も来ましたね、マエストロと黒猫さん」という顔だ。

 俺は冷凍食品コーナーへ向かい、『カットマンゴー』と『カットベリーミックス』の袋を手に取った。
 さらに、酒類コーナーで『スパークリングワイン』と『プレーンヨーグルト』を購入する。

「……フルーツと、ワイン?」

「はい。公園で即席の『大人のフルーツポンチ』を作ります。ヨーグルトを混ぜて、ラッシー風のカクテルにするのもいい」

「……採用」

 李雪が満足げに頷いた、その時だった。

「Wow! Oso! You are here too!」

 自動ドアが開き、聞き覚えのある大きな声が響いた。
 蛍光色のランニングウェアに身を包んだ、赤毛の嵐。
 フェルナンダだ。
 彼女は夜のランニングの途中らしく、汗ばんだ肌を光らせながら、一直線に俺たちの元へ駆け寄ってきた。

「奇遇ね! まさかここでも会えるなんて、これはDestinyよ!」

 彼女は勢いそのままに、俺の首に腕を回し、抱きついてきた。
 汗と香水の入り混じった、強烈な匂い。

「ぐっ……フェルナンダ、苦しい……!」

「Haha! Don't be shy! ……あら?」

 彼女は俺の胸板に顔を埋めたまま、横にいる李雪に気づいた。
 ジャージ姿の李雪。
 フェルナンダは、前回の「ちゃんぽん争奪戦」や仕事上の付き合いで、彼女の正体を知っている。

「Oh! Lee-san!」

 フェルナンダは李雪を指差して、楽しそうに笑った。

「こんばんは、Boss! 今夜はその『Bun Hair』なのね! So cute! 会社での怖い顔より、ずっとチャーミングよ!」

「……こんばんは、ディアスさん」

 李雪は動じることなく、低い声で挨拶した。
 正体がバレている相手にも、彼女はもう動揺しない。
 むしろ、堂々と「オフの自分」を晒している。

「貴女も、夜は随分とラフなのね。……ここは私たちのプライベートな『聖域』だから、あまり大きな声を出さないでくれるかしら」

「Oops! Sorry! ……でも、貴女たち、本当に仲良しね」

 フェルナンダは俺と李雪を交互に見て、ニヤニヤした。

「会社でも一緒。夜も一緒。……やっぱり、Osoは貴女のモノなの?」

「……ええ。少なくとも、この時間帯は、私が彼のオーナーよ」

 李雪は冷ややかな笑顔で言い放った。
 その言葉には、絶対的な自信が込められていた。

 「会社では貴女が好き勝手しているけれど、ここでは私がルールよ」という、ホームグラウンドの主としての余裕。

 フェルナンダは目を丸くし、それから面白そうに口笛を吹いた。

「Wow... Possessive! 日本の女性はおしとやかだと思ってたけど、貴女は違うみたい」

 彼女はパッと俺から離れた。

「OK, OK. 今夜はBossに譲るわ。……でも、Osoはみんなの人気者だから、油断してると私が食べちゃうかもよ?」

 フェルナンダは俺にウインクをし、スポーツドリンクを一本だけ買って、颯爽と店を出て行った。
 嵐が去った後の店内。
 俺は冷や汗を拭い、隣の李雪を見た。

「……強くなりましたね、迷い猫さん」

「……ふん。せいぜい頑張りなさいって感じよ」

 彼女はツンとすまして言った。
 だが、俺は見逃さなかった。
 彼女が握りしめている冷凍マンゴーの袋が、ギリギリと音を立てて歪んでいるのを。

(……内心、煮えくり返ってるな)

 余裕ぶってはいるが、やはり目の前で他の女性に抱きつかれるのは面白くないらしい。
 その嫉妬心が、俺にはたまらなく可愛く思えた。

「さ、行きましょう。……マンゴーが溶ける前に、貴方の熱も冷まさないと。俺も、レオが待ってるんで」

「……そうね。あのチビちゃんにお土産話でもしてあげなさい。『パパはモテモテで大変だったぞー』って」

 彼女はそっぽを向いて歩き出した。
 俺は苦笑いしながら、その後を追う。

 公園のベンチ。
 俺たちは冷凍フルーツにスパークリングワインを注ぎ、ヨーグルトを少し落として混ぜ合わせた。
 シャリシャリとしたフルーツの食感と、ワインの炭酸、そしてヨーグルトの酸味。

「……ん。美味しい」

 李雪は一口食べると、ようやく表情を緩めた。

「冷たくて、さっぱりしてる。……あの暑苦しいパッションが中和されるわ」

「でしょう? 嫉妬の炎には、冷却剤が必要です」

「……だから、嫉妬なんてしてないってば」

 彼女はスプーンでマンゴーを突きながら、ボソリと言った。

「……ただ、少しだけムカついただけよ。貴方のその筋肉は、私の特等席なのにって」

 その言葉に、俺は心臓を撃ち抜かれたような衝撃を受けた。
 特等席。
 それはつまり、俺の胸元に飛び込む権利を主張しているということだ。
 家にいるレオと、目の前の迷い猫。
 俺の胸元は、ずいぶんと競争率が高くなってきたようだ。

「……いつでもどうぞ。空いてますよ」

 俺が言うと、彼女は顔を真っ赤にして、「バカ!」と俺の肩を軽く叩いた。
 痛くない。
 むしろ、心地いい。

 月明かりの下、俺たちは肩を並べて冷たいデザートを楽しんだ。
 会社での誤解も、ライバルの猛攻も、この時間があれば乗り越えられる。
 家に帰れば、小さな家族も待っている。
 俺の毎日は、騒がしくも愛おしいものになりつつあった。
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