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第6話 記憶の守護者と、消えない刻印
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帝都・オーレリア。
二つの月を戴く帝国の心臓部は、辺境の街とは比較にならないほどの熱量と、そして隠しきれない「病み」に満ちていた。
石畳を叩く規則正しい蹄の音。
公爵未亡人、エレナ・フォン・ローゼンタールの馬車は、その威厳に満ちた外観だけで、行き交う人々を自然と道脇へと退けさせていた。
車内には、30歳の精神科医、九条怜治を中心に、この世界のバランスを崩しかねないほどの美女たちが居並んでいる。
「ドクター、見てください! あんなに大きな噴水があるわ」
聖女セレナが、潤んだ瞳を輝かせながら窓の外を指さした。
彼女のベビーフェイスには、かつての失声症の陰りはない。怜治の隣に座り、その逞しい腕に自分の細い腕を絡めることで、彼女は「安全」を確保しているのだ。回復しつつある彼女が時折見せる、年相応の無邪気な笑顔は、周囲の男たちの心臓を無自覚に射抜く魔力を持っていた。
「セレナ様、あまり身を乗り出しては危ないですよ」
アイシャが、年上の姉のような慈愛を込めてたしなめる。
しなやかな肢体と美しいカーリーヘア。助手兼護衛としての誇りを取り戻した彼女は、今や怜治の「盾」としての凛々しさと、女性としての艶やかさを完璧に調和させていた。
そんな賑やかな車内を、29歳の隠密ヴェスペラは静かに、だが鋭い眼光で監視していた。
磨き上げられた黒檀のような肌とタクティカルな美貌。彼女は怜治の視線を感じると、僅かに唇の端を上げ、大人の余裕を感じさせるウインクを送る。
「……九条先生。いよいよ、大図書院が見えてきましたわ」
エレナが、落ち着いた声で告げた。
陶器の肌と湿り気を帯びた瞳。彼女は公爵未亡人としての気品を保ちつつも、その体温を怜治の方へと寄せ、深い信頼を寄せている。
馬車が止まったのは、空を突くような白亜の塔がそびえ立つ、帝国大図書院の前だった。
帝国の数千年の歴史が眠る知の殿堂。その巨大な扉が開くと、一人の女性が待機していた。
ザラハ・オニキス。31歳。
帝国大図書院・筆頭司書長であり、「記憶の守護者」と呼ばれる女性だ。
その姿は、圧倒的な気品を、ファンタジーの色彩で塗り替えたような美しさだった。
鮮烈なサフランイエローのシルクに身を包んだ、170センチメートルの長身。深く、滑らかに輝くダークスキンが、ビビッドな衣装の色と完璧なコントラストを成している。
潔く短く刈り込まれたクロップドヘアが、彼女の知的な額と、彫刻のように整った顔立ちを露わにしていた。
「……ようこそ、辺境の賢者、九条怜治先生。そしてローゼンタール公爵夫人」
彼女が口を開いた瞬間、その場の空気が数度下がったかのような静謐な重みが生まれた。
穏やかだが、全てを見通すようなダークブラウンの瞳。その眼差しは、歴史の一節を音読するように、正確で冷徹な知性を湛えている。
「ザラハ。……あなたのその記憶の中に、九条先生の席を空けておいてくださるかしら?」
エレナが微笑む。帝国の真珠と記憶の守護者。
30代の成熟した美女二人が並ぶ光景は、歴史画のような完成度を誇っていた。
「私の記憶に『空き』などという概念はありません、エレナ。……一度目にし、耳にしたことは、昨日起きたことのように、永遠に私の脳内で再生され続けるのですから」
ザラハは淡々と答え、怜治に一歩近づいた。
ストイックな色気を纏う怜治。その瞳の中に、彼女は何を見ようとしているのか。
「九条先生。……あなたの『言葉で心を救う魔法』に、私は極めて強い興味があります。……ですが、記録によれば、言葉ほど不正確で、改ざんされやすく、移ろいやすいものはない。……それだけで本当に、人を救えると?」
「言葉はただの道具だ。……大切なのは、その道具を使って、相手の脳内にどのような『新しい意味』を構築するかだ」
怜治は、彼女の知的な挑発を正面から受け止め、静かな声で答えた。
ザラハのダークブラウンの瞳に、僅かな興味の光が走る。
「新しい意味、ですか。……では、私を診察してみますか? 私の脳内には、帝国の建国以来、記録されてきた全ての悲劇、全ての絶望、全ての叫びが、今この瞬間も鮮明に『現在進行形』で存在している」
彼女は一歩、また一歩と怜治に歩み寄り、至近距離で彼を射抜いた。
洗練された大人の女性特有の、サンダルウッドを思わせる知的な香りが怜治を包む。
「……【共感の魔眼】」
怜治の瞳が蒼く光り、ザラハの精神世界が展開された。
それは、終わりのない図書館だった。
だが、その棚の一つ一つには本ではなく、生々しい「記憶の断片」が並んでいる。
愛する者に裏切られた女性の悲鳴。
戦火で焼け出された子供の涙。
それらが全て「過去」のものではなく、今まさに起きている出来事として、彼女の意識を激しく叩き続けていた。
彼女の魂は、この巨大な「記憶の濁流」の中で、ただ一人、静かな顔をして溺れていた。
(……「超記憶症候群」。忘却という神の救いが、彼女には存在しないのか。……この31年の人生だけでなく、蓄積された記録の重みまでが彼女を押しつぶそうとしている)
怜治はそっと、彼女の額に手を触れようとした。
ザラハは一瞬、拒絶するように身体を強張らせたが、怜治の瞳にある圧倒的な「理解」に当てられ、動けなくなる。
「ザラハ。……君は、毎晩のように千年前の死者の夢を見ているな。……それは夢じゃない。君にとっては『昨日の出来事』と同じ鮮明さを持つ、リアルな体験だ」
ザラハの瞳が僅かに揺れた。
「……忘れることは、罪だと思ってきました。記録者が忘却すれば、歴史はその瞬間に死ぬのですから」
「忘れることと、脇に置くことは違う。……君はこれまで、全ての記憶を『メインデスク』の上に広げすぎた。……それでは、一人の女性としての君が、息をする場所がなくなってしまう」
怜治の手が、彼女の滑らかな肌に触れた。
ザラハは、自分の身体の輪郭が、怜治の熱によって「今」という時間に繋ぎ止められる感覚を覚えた。
「……私の脳に、休息などあるのでしょうか?」
「あるよ。……私が教えるのは、忘却魔法じゃない。……『棚上げ』という技術だ。……君の記憶を消すのではなく、適切な棚に整理し、鍵をかける。……君が呼び出したい時だけ、そのページを開けばいい」
怜治は、彼女の美しい顔を両手で包み込んだ。
冷徹なまでの冷静さと、全てを許すような大人の包容力。
ザラハのダークブラウンの瞳から、一筋の、濁りのない涙がこぼれ落ちた。
それは、記録者としての涙ではなく、31歳の一人の女性としての、初めての「感情の表出」だった。
「……ああ……、……静かだわ。……あなたの瞳を見ていると、あんなに騒がしかった脳内の叫びが……フェードアウトしていく」
彼女は、怜治の胸に額を預け、長い、長いため息をついた。
サフランイエローのシルクが、怜治の黒いコートと重なり、美しい色彩の調和を生んでいる。
「……九条先生。……いいえ、怜治」
ザラハは、初めて公式な敬称を捨て、彼の名を呼んだ。
彼女のダークスキンが、月光のように白い光を帯びて輝き始める。
記憶という檻から解放され始めた彼女の美しさは、先程までの石像のような気高さとは違い、生命力に溢れた、男性を根源から揺さぶるような色気に満ちていた。
「私の記憶の特等席に、あなたの名前を刻んでもいいかしら?……消えることのない、最も愛おしい記録として」
その言葉は、知的な告白だった。
背後で見守っていたアイシャ、セレナ、ジェシカ、ヴェスペラ、そしてエレナ。
5人のヒロインたちは、新たな「強敵」の出現に、一斉に視線を鋭くした。
「……ドクター。帝都に来て早々、また女性を救ってしまいましたね」
アイシャが溜息をつきながら、だがどこか誇らしげに言った。
セレナはぷっくりと頬を膨らませ、ジェシカは「この賢女までも味方につけるとは」と不敵な笑みを浮かべている。
帝都編。
それは、ザラハという「知の女神」を加え、帝国の根幹に巣食う「時代の病理」に挑む、壮絶な救済劇の幕開けだった。
「……ザラハ。君の知識が必要だ。……帝都に蔓延するこの、嫌な空気の正体を突き止めるために」
「ええ、喜んで。……私の全てを、あなたに貸し出しましょう。……期限は、永遠よ」
ザラハは、怜治の手に自分の手を重ね、知的な、だが情熱的な微笑みを浮かべた。
二つの月を戴く帝国の心臓部は、辺境の街とは比較にならないほどの熱量と、そして隠しきれない「病み」に満ちていた。
石畳を叩く規則正しい蹄の音。
公爵未亡人、エレナ・フォン・ローゼンタールの馬車は、その威厳に満ちた外観だけで、行き交う人々を自然と道脇へと退けさせていた。
車内には、30歳の精神科医、九条怜治を中心に、この世界のバランスを崩しかねないほどの美女たちが居並んでいる。
「ドクター、見てください! あんなに大きな噴水があるわ」
聖女セレナが、潤んだ瞳を輝かせながら窓の外を指さした。
彼女のベビーフェイスには、かつての失声症の陰りはない。怜治の隣に座り、その逞しい腕に自分の細い腕を絡めることで、彼女は「安全」を確保しているのだ。回復しつつある彼女が時折見せる、年相応の無邪気な笑顔は、周囲の男たちの心臓を無自覚に射抜く魔力を持っていた。
「セレナ様、あまり身を乗り出しては危ないですよ」
アイシャが、年上の姉のような慈愛を込めてたしなめる。
しなやかな肢体と美しいカーリーヘア。助手兼護衛としての誇りを取り戻した彼女は、今や怜治の「盾」としての凛々しさと、女性としての艶やかさを完璧に調和させていた。
そんな賑やかな車内を、29歳の隠密ヴェスペラは静かに、だが鋭い眼光で監視していた。
磨き上げられた黒檀のような肌とタクティカルな美貌。彼女は怜治の視線を感じると、僅かに唇の端を上げ、大人の余裕を感じさせるウインクを送る。
「……九条先生。いよいよ、大図書院が見えてきましたわ」
エレナが、落ち着いた声で告げた。
陶器の肌と湿り気を帯びた瞳。彼女は公爵未亡人としての気品を保ちつつも、その体温を怜治の方へと寄せ、深い信頼を寄せている。
馬車が止まったのは、空を突くような白亜の塔がそびえ立つ、帝国大図書院の前だった。
帝国の数千年の歴史が眠る知の殿堂。その巨大な扉が開くと、一人の女性が待機していた。
ザラハ・オニキス。31歳。
帝国大図書院・筆頭司書長であり、「記憶の守護者」と呼ばれる女性だ。
その姿は、圧倒的な気品を、ファンタジーの色彩で塗り替えたような美しさだった。
鮮烈なサフランイエローのシルクに身を包んだ、170センチメートルの長身。深く、滑らかに輝くダークスキンが、ビビッドな衣装の色と完璧なコントラストを成している。
潔く短く刈り込まれたクロップドヘアが、彼女の知的な額と、彫刻のように整った顔立ちを露わにしていた。
「……ようこそ、辺境の賢者、九条怜治先生。そしてローゼンタール公爵夫人」
彼女が口を開いた瞬間、その場の空気が数度下がったかのような静謐な重みが生まれた。
穏やかだが、全てを見通すようなダークブラウンの瞳。その眼差しは、歴史の一節を音読するように、正確で冷徹な知性を湛えている。
「ザラハ。……あなたのその記憶の中に、九条先生の席を空けておいてくださるかしら?」
エレナが微笑む。帝国の真珠と記憶の守護者。
30代の成熟した美女二人が並ぶ光景は、歴史画のような完成度を誇っていた。
「私の記憶に『空き』などという概念はありません、エレナ。……一度目にし、耳にしたことは、昨日起きたことのように、永遠に私の脳内で再生され続けるのですから」
ザラハは淡々と答え、怜治に一歩近づいた。
ストイックな色気を纏う怜治。その瞳の中に、彼女は何を見ようとしているのか。
「九条先生。……あなたの『言葉で心を救う魔法』に、私は極めて強い興味があります。……ですが、記録によれば、言葉ほど不正確で、改ざんされやすく、移ろいやすいものはない。……それだけで本当に、人を救えると?」
「言葉はただの道具だ。……大切なのは、その道具を使って、相手の脳内にどのような『新しい意味』を構築するかだ」
怜治は、彼女の知的な挑発を正面から受け止め、静かな声で答えた。
ザラハのダークブラウンの瞳に、僅かな興味の光が走る。
「新しい意味、ですか。……では、私を診察してみますか? 私の脳内には、帝国の建国以来、記録されてきた全ての悲劇、全ての絶望、全ての叫びが、今この瞬間も鮮明に『現在進行形』で存在している」
彼女は一歩、また一歩と怜治に歩み寄り、至近距離で彼を射抜いた。
洗練された大人の女性特有の、サンダルウッドを思わせる知的な香りが怜治を包む。
「……【共感の魔眼】」
怜治の瞳が蒼く光り、ザラハの精神世界が展開された。
それは、終わりのない図書館だった。
だが、その棚の一つ一つには本ではなく、生々しい「記憶の断片」が並んでいる。
愛する者に裏切られた女性の悲鳴。
戦火で焼け出された子供の涙。
それらが全て「過去」のものではなく、今まさに起きている出来事として、彼女の意識を激しく叩き続けていた。
彼女の魂は、この巨大な「記憶の濁流」の中で、ただ一人、静かな顔をして溺れていた。
(……「超記憶症候群」。忘却という神の救いが、彼女には存在しないのか。……この31年の人生だけでなく、蓄積された記録の重みまでが彼女を押しつぶそうとしている)
怜治はそっと、彼女の額に手を触れようとした。
ザラハは一瞬、拒絶するように身体を強張らせたが、怜治の瞳にある圧倒的な「理解」に当てられ、動けなくなる。
「ザラハ。……君は、毎晩のように千年前の死者の夢を見ているな。……それは夢じゃない。君にとっては『昨日の出来事』と同じ鮮明さを持つ、リアルな体験だ」
ザラハの瞳が僅かに揺れた。
「……忘れることは、罪だと思ってきました。記録者が忘却すれば、歴史はその瞬間に死ぬのですから」
「忘れることと、脇に置くことは違う。……君はこれまで、全ての記憶を『メインデスク』の上に広げすぎた。……それでは、一人の女性としての君が、息をする場所がなくなってしまう」
怜治の手が、彼女の滑らかな肌に触れた。
ザラハは、自分の身体の輪郭が、怜治の熱によって「今」という時間に繋ぎ止められる感覚を覚えた。
「……私の脳に、休息などあるのでしょうか?」
「あるよ。……私が教えるのは、忘却魔法じゃない。……『棚上げ』という技術だ。……君の記憶を消すのではなく、適切な棚に整理し、鍵をかける。……君が呼び出したい時だけ、そのページを開けばいい」
怜治は、彼女の美しい顔を両手で包み込んだ。
冷徹なまでの冷静さと、全てを許すような大人の包容力。
ザラハのダークブラウンの瞳から、一筋の、濁りのない涙がこぼれ落ちた。
それは、記録者としての涙ではなく、31歳の一人の女性としての、初めての「感情の表出」だった。
「……ああ……、……静かだわ。……あなたの瞳を見ていると、あんなに騒がしかった脳内の叫びが……フェードアウトしていく」
彼女は、怜治の胸に額を預け、長い、長いため息をついた。
サフランイエローのシルクが、怜治の黒いコートと重なり、美しい色彩の調和を生んでいる。
「……九条先生。……いいえ、怜治」
ザラハは、初めて公式な敬称を捨て、彼の名を呼んだ。
彼女のダークスキンが、月光のように白い光を帯びて輝き始める。
記憶という檻から解放され始めた彼女の美しさは、先程までの石像のような気高さとは違い、生命力に溢れた、男性を根源から揺さぶるような色気に満ちていた。
「私の記憶の特等席に、あなたの名前を刻んでもいいかしら?……消えることのない、最も愛おしい記録として」
その言葉は、知的な告白だった。
背後で見守っていたアイシャ、セレナ、ジェシカ、ヴェスペラ、そしてエレナ。
5人のヒロインたちは、新たな「強敵」の出現に、一斉に視線を鋭くした。
「……ドクター。帝都に来て早々、また女性を救ってしまいましたね」
アイシャが溜息をつきながら、だがどこか誇らしげに言った。
セレナはぷっくりと頬を膨らませ、ジェシカは「この賢女までも味方につけるとは」と不敵な笑みを浮かべている。
帝都編。
それは、ザラハという「知の女神」を加え、帝国の根幹に巣食う「時代の病理」に挑む、壮絶な救済劇の幕開けだった。
「……ザラハ。君の知識が必要だ。……帝都に蔓延するこの、嫌な空気の正体を突き止めるために」
「ええ、喜んで。……私の全てを、あなたに貸し出しましょう。……期限は、永遠よ」
ザラハは、怜治の手に自分の手を重ね、知的な、だが情熱的な微笑みを浮かべた。
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