ごめん。槇くんだけは絶対無理。

とめ

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ごめん。槇くんだけは絶対無理。

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「庄司さぁ、俺のことなんで避けるの?」
「えっと…さ、避けてなんかいないよ?」

 嘘。避けてます、思いっきり。
 それは、あなたが槇くんだから。




 私の初恋は小学6年生だった。笑顔のステキな原直樹くん。隣の席になってから、よく話すようになった。
 優しい子で、同学年の男の子に比べると、とても落ち着いていて大人びた子だった。
 ライバルは多かったけど、私には隣の席という強みがあったから、大いに利用したよ!
 いっぱい話して、いっぱい勉強を教え合って。そして両思いになったときはいっぱい涙した。
 毎日が幸せで、原君なしには生きられないとさえ思った。これホント。
 でもさ。幸せって、長くは続かないんだね。
 ある日クラスメートのイガグリ坊主が教室中に響く声で言ったの。

「お前ら結婚したら、庄司はハラマキだな!」
 
そう。私は庄司真紀。原と結婚したらまさに腹巻き。うかつにもその時初めて気づいたの。
 小学生で結婚なんて考えなくてもいいって?
 そうかもしれない。でも、そうじゃないかもしれないじゃない。そのままずっと原君のことを好きだったら? 原君も私をずっと好きでいてくれたら? 私は腹巻き一直線。
 
 それ以来、原、伊達、肉(いないか?)などなど、『まき』とくっつけると意味を持つ苗字の方々とは一線を画してきたのだ。
 
 原君とはどうしたかって?
 言わずもがな。恋する気持ちは一気にマイナスまで下がりましたとも。
 

 

 で、そんなこんなで。
 槇で真紀。『まきまき』だよね? もう意味さえないよ。擬音だよ? 擬音!
 お医者さんで「槇真紀さーん」
 市役所で「槇真紀さーん」
 銀行で「槇真紀さまー」
 宅配業者が「槇真紀さんにお届けものでーす」
 ああ。遠くの方から歌が聞こえてくる。
「いーとー巻き巻き
 いーとー巻き巻き
 ひーてひーてトントントン」
 まきまきまきまき、うるさーい!
 
だから、槇君にかかわってはいけない。お互い好意をもってはいかんのだ!
 まだハラマキの方がマシだし。




「庄司?」
訝しげな声にハッとする。
 そうだ。槇君いたんだっけ。
「俺さ、庄司が好きなんだ」
「げっ」
いかんいかん。心の声が…
 
槇君はムッと私を睨んだ。私は冷や汗を浮かべながらも、ニッコリ微笑んだ。
 槇君の白い頬が、赤く染まる。

「俺、なんで避けられてるんだろうって、ずっと気になってた。だから、庄司をずっと目で追ってたんだ。そしたら笑顔がなんか可愛いなって思い始めて、気づいたら好きになってた」
 まさかの逆効果!
 どうしよう。なんて断ろう。苗字がすでにダメって言っていいかな。
 でもでも、槇君の外見って、実は好みなんだよね。
 外国の血を引く、色素の薄い髪。ヘイゼルの瞳。身長は、図書室の一番上の棚から踏み台も使わず、ひょいっと本を取ってくれるくらい高い。そう言えば、お礼言ってなかったな。

「槇君」
「な、何?」
「あのね。お礼言ってなかった。図書室で本取ってくれてありがとう。後、体育の後、足りなかったボール、探してくれてありがとう。シャープペン拾ってくれてありがとう。保健室では手当てしてくれるって言ってくれたのに、無言で自分で処置してごめんね。ホントは嬉しかったんだよ」
 
 そう。避けてたのに、槇君は優しかった。
 苗字なんて気にしないで仲良くしたかった。
 どうなるかわからない未来なんて、気にしたくなかったよ。でも私にはとても重要なことで、一生の問題なのだ。まだ高校生だからと気が抜けないほどに。

「庄司…」

 槇君の手が、そっと私の頬に触れた。

「泣くほど俺が嫌い?」

 槇君は困った顔で涙を拭い、制服の上着でその手を拭いた。槇君、それはナイ。バッチイよ。でもそれは槇君の優しさ。嬉しいって思っちゃうんだよね。

「嫌いじゃないよ。何で槇君は槇君なの? 私のために家名を棄てられる?」

「え? 家名? 何でそんなおおごとに? え? え?」

 しまった。浸りすぎた。ついうっかり、ロミジュリごっこをしてしまった! 槇君引いてる。
 
「槇君!」

 槇君のヘイゼルの瞳を見据え、もう、やけっぱちな気持ちで彼の名前を呼ぶ。呼ばれた槇君は目をパチパチと瞬かせ、キョトンと私を見つめた。

「槇君。ごめん。私、槇君だけは絶対ダメなの。後、原とか伊達とか」
「え? 原や伊達からも告白されたの?」

原君(初恋の原君じゃないよ)も伊達君も同じクラスの男の子。因みに、私にはちっとも興味はないようだ。

 槇君は血の気を失ったような顔色で、私の手を取った。私はやんわりと彼の手から抜け、「気にするの、そこ?」と笑った。
 槇君だけは絶対ダメって言ったのに。

「槇君。私の下の名前、知ってる?」
「真紀」
「もしも私と槇君が結婚したら、私の名前どうなる?」
「槇真…あ!」

 槇君は気がついたようで、ハッと私を見た。その瞳には、困惑と喜びといたたまれなさが同居しているように思えた。
 ん? 困惑やいたたまれなさは分かるけど、何で喜ぶの?
 見間違いかと思って、目をこすりこすり槇君を見たけど、やはり薄笑いを浮かべているようだ。ちょっとコワイ。

「庄司。そんな将来のことまで考えてくれたのか。大丈夫。俺は家名を棄てられるよ。兄がいるから大丈夫だ! で、原や伊達は何て言ってるんだ? まさか奴らも婿養子候補か?」
「ちょ、ちょっと槇君。もっと考えた方がいいよ!」

 逆の立場だと結構引くんですけど!
 まさか高校生で結婚前提のお付き合い!?
 将来のことなんてわからないよーっ!
 考え過ぎでした! 私がバカでした! 足元見てませんでした! ごめんなさい!

「まあ、さ。先のことなんてわからないけど。いざとなったら、俺、庄司になってもいいよ。そん時いっぱい悩むだろうけど、それだけの価値があると思うんだ。それくらい、今、庄司のことが好きだ」

 少し照れたように頬を染めて、槇君が私に弾丸を打ち込む。
 それ、結構に殺し文句だよぉ。
 うん。そうなった時にいっぱい考えようか。
 今は、今を大事に生きよう。正直に。

「槇君。私も槇君が好きみたい。割と」
「もっと好きになって」

 そう言って槇君は私を引き寄せた。
 槇君の広い胸は暖かくて、安心できて、悩んでいたことが嘘のようにどうでも良くなっていった。

「槇君。ごめん。槇君の下の名前まだ知らない」
「ハリー」
「ハリー。ステキな名前だね。ん?」

 ……。

 庄司ハリー?

「障子張り!?」
 
 もはや運命かもしれない。



 

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