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003:戦闘都市アーロン

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「ここで雇われる気はないか?」

ベルジット王国、戦闘都市アーロン。
人口約5万人にして王国最南端にある辺境。治めているのはトレヴァー・ウィル・ヴィリアーズ辺境伯。爵位が辺境伯となっているものの、二年前までは公爵という元王族。現在は爵位を息子に譲り、ついでに王族も辞め、自ら辺境に赴いたという変わり者。

そんな変わり者の治める都市の中心部にある壮大な屋敷の一室に4人の人物が高級感あふれるソファーを挟んで対峙していた。

一人は全身を漆黒に染めた少年。この世界では珍しく黒目黒髪の整った顔をしており、隣に座る少女を落ち着かせるように手を握っている。

対する向かい側には華美とまではいかないが、しっかりとした生地を使用しているのが素人の目にもわかる服を着た三十代後半の強面の男。どっしりと構え何の気負いも感じられないことからも、ここの主人であることを感じさせられる。

その後ろでは前に座っている者を守るかのように軍隊も顔負けの直立不動の姿勢ををとっている二十代前半と思われる男が立っている。動きの素早さを重視した何らかの皮をレザーアーマーとして身につけ、腰には鞘に収められた剣を下げており、いつでも抜けるようにしているのがわかる。

「ここで雇われる気はないか?」

二度目の勧誘。

そう、今、絶賛勧誘され中だ。

何故こんな事になっているのかというと、大通りに出た途端に甲冑に身を包んだ騎士らしきお方々に捕らえられてしまったからだ。対応は丁寧だったが。
なんでも、足取りや、振る舞いが普通の人間とは隔絶したほどの強者のオーラを放っていたらしい。
はっきり言って『そんなこと知るか!』っと一喝したかったのだが、そこまでメンタル面が強くないのでなすがまま。
まあ、俺としてはバリッバリのオーラを放つ気は全くなかったんだが……、予想としては片手剣スキルの所為だと思ってはいる。

しかし、これはどうしたものか。別段雇われる事に異存はない。俺は金を持っていないし、今日寝るべき宿もない。だからとは言わないが、この提案は俺にとってメリットであると思う。二つの懸念さえなければ。

一つ目は、ララについてだ。俺の事は雇うといっていたが、ララをここに置いてくれるという保証はない。まあ、俺が頼めば置いてくれそうな気はするが……。

もう一つは、目の前の人物の信用性だ。なんというか、俺の感からしてどうにも裏があるような気がする。そんな事を気にしていたらきりがないという事も分かってはいるがどうにもきな臭い。
もしかしたら、俺が強者という事で寝込みを襲ってくるかもしれないし、ララを人質に取ってくるという可能性もある。

それ以前に実力も見ずに雇おうと普通思うかね。もし俺が他国の間者とかだったらどうするのだか。まあ、その辺は知った事ではないが。

取りあえず言質を取られないように様子見ですかね。

「なぜ、私を雇おうと?」

とりあえずは会話だ、会話。スキンシップは世界をつなぐぜ。

「ふはははははぁ!いや、すまない。まさかそのような事を聞いてくるとは予想外だ。君は分かっているのかね。その力を。ここは辺境でね、強者が多く集まる……っと言うべきか、強者しか生き残れない。そんな場所で君は別格なのだよ。私も昔はそこそこ戦場で名を馳せていたんだが、君以上の人物は見た事がない。君を連れてきた中に他とは少し装備が違った者がいたと思うんだが……まあ、私の息子なんだが、私の部屋をノックもせずに飛び込んできて、ぜひ会わせたい奴がいるといってきた時は何事かと思っていたんだが、私は君に会えて幸運だよ。えーっと……なぜ君を雇おうと思ったかだったね。それは君が強者だからだ。それだけだよ。」

いやいやいや、いきなり何を言っていらっしゃるのでしょう。俺はそんな大層な者ではないのですが、買いかぶりすぎです。っというか顔と口調が似合わなすぎです。
さて、一応俺を雇う気はあって害する気はない……っと思いたい事は分かった。
あとは、ララの事だな。まあ、断られたら出ていけばいいだけだしサクッといちゃいますか。

「わかりました。それではこれからよろしくお願いします」

「そうかそうか。では、あとはこの者にいろいろと聞いてくれればいい。私は少し仕事が残っているのでね。失礼させてもらうよ。」

そう言って後ろの方で控えていた男に促す。

 「あ、あの………」

まだララの事を聞いていんですが……、少し気が早くないですか?

「そういえば言っていなかったね。私はここら一帯を治めている領主のトレヴァー・ウィル・ヴィリアーズだ。おっと、何か言いたそうだが、あとはこのジル君に聞いてくれればいいからね。」

そう言ってトレヴァーは出て行った。


……気まずい。

トレヴァーが出て行った後、静かな沈黙がこの場を支配する。相変わらず、ジルと呼ばれた青年は直立不動のままだ。
こちらから話しかけるしかないか………

「えーっと、ジルさん……ですよね」

「ジルバートだ」

「………ジルバートさんにお聞きしたい事があるのですが、私の横にいる連れはどうすればいいでしょうか?」

「………勝手にしろ」

はいはい。勝手にさせてもらいますよーだ。
で、今からどうするの?

「ついて来い」

ひぇ~。絶対怒ってますよねジルさん。心の中ではジルさんと呼ばせてもらいますよ。

「早くしろ」

こういうのがツンデレっていうのかね。……デレてはいないか。
これ以上怒られる前について行きますか。
っというか、どこに連れていかれるのだろうか。まあ、ここでそれを聞いたら『黙れ』とか言われそうだけど。

そんなこんな考えている内にある扉の前に着いた。
現代日本の扉とは違い、めちゃくちゃ金をかけた部屋ですって感じが滲み出ている。

この部屋に入るのか………。

「入れ」

はい、入ります。今すぐ入ります。だからそんなに怒らないで!小心者の俺には精神に多大なダメージを受けてしまいます。

「ぅわーーー。」

入った途端に分かってしまった。ここはヤバい。庶民は絶対に入ってはいけない領域だ。部屋にある調度品は素人の目にも高価だと理解させられる。

「では、私はこれで」

あー、何の説明も無しに出て行ってしまうのですか。

はぁ………

「それと明日の早朝、トレヴァー様との面会がある。私が迎えに来るまでに準備しておくように」

そう言って、今度こそ退室していった。



結局、名前すら聞かれなかったな………。


ちなみに夕飯は白パンと塩味に効いたスープ、煮魚、野菜サラダだった。
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