蛮勇カイン・ザ・バーバリアン・ヒーロー

湯島

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野生児カイン4

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ジャディンは街道沿いにある大きな宿場町だった。この町は旅人や商人達が落とす金と交易で発展していった。
町についてから厩舎(きゅうしゃ)に馬を預け、その預り証を受け取るとカインとマリアンは今宵の宿を求めた。
「湯浴みがしたいわ……」

と、マリアンがぼやく。
村では入浴もできず、寝床も古びた馬小屋に藁を敷いただけだったので、この貴族の娘は不満を抱いていた。
「身体を洗いたければ、どこかで井戸を借りるといい」

「嫌よ、私は冷たい水を浴びたいんじゃなくて、温かいお湯に浸かりたいんだもの」
マリアンがカインにそっぽを向いて答えた。
「それなら好きにするといい。それよりも今夜の宿を探すとしよう。俺は松の木の上でも眠れるが、
あんたには藁ではなく、毛布を敷いた寝床が必要だろうからな」

宿屋は直ぐに見つかった。というよりも旅籠の客引きにマリアンが捕まり、半ば無理矢理に宿を取らされたのだ。
カインはマリアンを旅籠に置いてくるとジャディンの町中を練り歩いた。
目抜き通りにズラリと並ぶ二階建ての建物を眺めながら。

カインは適当な酒場に立ち寄ると酒と肉を注文した。客の男達の陽気な笑い声が聞こえてくる。
この店にはおよそ黒ヤギ亭のような猥雑さや如何わしさというものが感じられなかった。
純粋に酒と食事を楽しむための場所なのだろう。

爪弾かれる琴の音色を聴きながら、カインが酒杯を傾ける。
そうしていると隣のテーブルから声を潜めた男達の喋り声が聞こえてきた。
この蛮人の若者の聴覚は野生の獣並に鋭いのだ。

男達の会話に興味をそそられたカインは静かに聞き耳を立てた。
林檎酒を啜っていた赤ら顔の男が一同を見回しながら喋り続ける。
「上手くいけば大金が手に入るんだぞ。何、怯えることはないさ。虎穴に入らずんば虎子を得ずっていうだろう。
俺達であのお宝を頂くとしようじゃねえか。どうせ死人にゃ無用の長物だろうぜ」

どうやら男達は墓荒らしを企てているらしい。
このジャディンから一里(約四キロメートル)ほど離れた場所にある墓所に町の名士が葬られたとのことだった。
そして、富豪や貴族といった金や地位のある者達は埋葬される際には、高価な装飾品で亡骸を飾り立てられ、
棺には金貨や宝石を入れるという風習があるようだった。

勿論、墓所にはそれらの品々を付け狙う墓荒らし避けの罠や見張り番が立てられ、場合によっては命を失うという。
それでも中々面白そうな話ではあった。
カインもあの赤ら顔の男の話には賛成だったからだ。

死者に金貨や宝石は不要だ。死ねば人は金を使う必要がないからだ。だが、生者には必要だ。
それなら生きている者が持って行っても良いはずだ。
死人だって柩に収められた金銀財宝を盗まれた所で、墓荒らしに一々文句はつけまい。

そう思い立ったカインの行動は素早かった。
この荒野育ちの野生児は一切を逡巡することもなく、墓所に向かっていったのだった。

着いた墓地には篝火と何人かの番兵が見えた。
背後から静かに忍び寄り、貴人の墓を警備している見張り番達の首に手刀を叩き込んで昏倒させていくと、
カインは早速墓荒らしに取り掛かった。

まずは墓に仕掛けられた毒針の罠を器用に解除すると、
蓋のように覆いかぶさっている重い石板を素手で引き剥がし、露わになった棺の中身を亡骸以外そっくり頂戴したのだ。

文明社会の人々から見れば、カインのこの行いは死者に対する冒涜でしかないだろう。
だが、生憎とこの野生児は文明人が有するような罪悪感など欠片ほども持ち合わせてはいなかった。
それどころか悪事を働いているという意識すら感じてはいないのだ。

カインの育った荒野では、死者に金品や貴金属を贈って埋葬するという風習もない。
そもそもムスペルヘイムに生きる者達にとっては、そんな余裕などどこにもないのだ。
死者の肉は鳥や獣達が食うにまかせ、その骨は川や海に流すか、木の根に埋めて葬る。

そして残った遺品は部族の人々が荒野で生き残るために使うのだ。
そうした慣習の中で生きてきたカインにとって、文明国の常識や習慣というのは奇妙に映った。
柩から目ぼしい品々を粗方盗み終えたカインは長居は無用とばかりに墓から離れた。

翌日になるとジャディンの町はちょっと騒ぎになっていた。
だが、そんな騒ぎを尻目にカインは馬に跨るとマリアンとともに悠々と町を出た。
頭上から降り注ぐ煌びやかな陽光を受けながら、カインは袋から取り出した翡翠の指輪を光に透かした。

「まあ、とても綺麗な指輪ね、素敵だわ……」
マリアンが潤ませた瞳でうっとりとしながら翡翠の指輪に見入る。
「欲しければくれてやろう」

「え、いいの?」
マリアンの問い掛けにカインは大きく頷いた。
「勿論だ。これらの品は生者が使ってこそ意味があるのだからな」



最後に人里を見たのは二週間ほど前になるだろうか。泥濘に足を取られないように注意しながらマリアンはふと思った。
鬱蒼とした森の中は薄暗く、時折狼の遠吠えが聞こえてくるのだった。
マリアンは、決してカインから離れずにピッタリと、張り付くように後ろから付いていった。

こんな不気味な森に一人乗り残されたら、一晩も持たないような気がするからだ。
というよりも実際にマリアンだけでは一晩も持ちこたえられないだろう。
茂る広葉樹の間を通り過ぎ、小川を越えた所で突然、カインが足を止めた。

「今夜はあの洞窟で夜を明かすとしよう。何もなければだがな」
「な、何もなければって?」
だが、カインはマリアンに何も告げずに洞窟内部へと入っていった。

マリアンが気になったのは、カインが洞窟に入る前に地面を見下ろしていたということだ。
洞窟は巨大なノミで削り取ったような絶壁の下にあり、間口の広さは六尺(約一八〇センチ)だった。
マリアンは恐る恐るカインの後についていった。

洞窟内は暗闇に覆われ、何も見えない。マリアンは岩壁に手をついて進むしかなかった。
それとは裏腹にカインはまるで洞窟内が見えているかのように進んでいった。
ムスペルヘイムから来たこの若者は、山猫すら裸足で逃げ出すほどの夜目の持ち主なのだ。

だから文明人のように松明やランプを用いずとも暗闇の中を自由に移動できるのだった。
「やはりゴブリンがいるな。匂いがする……洞窟の手前には足跡がなかったから、別の場所から出入りしているんだろうな」
狼並の嗅覚だ。これもバーバリアンの男達なら誰もが備えている能力とも言えた。

「ゴブリンですって?ねえ、カイン、こんな洞窟からとっとと出ましょうよ、わざわざ危険な真似をする必要はないわっ」
「まあ、待て。案外話がわかる連中かもしれん。頼めば一晩の宿を貸してくれるかもしれんぞ」
どこか楽しげな口調のカインにマリアンは何か不気味なものを感じた。

まともな人間であれば、ゴブリンと会話するなど思いもつかない話だからだ。
そこでマリアンは、この若者が未開の地からやって来た蛮人であることを認識するのだった。
「さあ、いくぞ。それに俺も色々と聞きたいことがあるんでな」

「聞くってゴブリンに何を聞くつもりなの?」
そんな事を話ながら進んでいくと開けた場所へと出た。
そこには何人かの年老いたゴブリンやその幼子が蹲るように静かに座っているだけだった。

カインはゴブリン達に向かって、マリアンが聞いたこともないような言葉を使って話しかけた。
すると年老いたゴブリンがカインに何かしらの返事をした。
これにはマリアンも驚いた。というよりもカインと一緒にいると驚くことばかりだった。

それからカインは何度かゴブリンとやり取りを繰り返すと、マリアンのほうを向いて頷いた。
「今夜はここで休めるぞ」
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