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デーモンの味は2

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舞が怒りに身体を震わせ、頭に血を上らせている。俺は立ち上がるとズボンの裾についた枯れ草を手で払った。

「お前が俺に何の用があるのか知らないが、俺はお前に何の用もない。それでも俺と話がしたいって言うなら、
何か手土産でも持って来い。それじゃあ、あばよ」

俺は本を抱えると別の場所に移動することにした。近くの喫茶店辺りが良いか。コーヒーを飲みながら静かに読書を楽しめるしな。
後ろで舞が何か喚いているが俺にはどうでもいい話だ。

そう思った途端、俺の後ろから<赤の波動>が押し寄せてきた。
背後から攻撃してくるとは相変わらず凶暴な女だな。

俺は素早く地を蹴って空中に舞い上がるとバク転しながら後方へと着地した。
一瞬、目標を見失った<赤の波動>が再び俺を捉えると追撃してくる。俺は<赤の波動>を蹴っ飛ばして霧散させた。

「相変わらず凶暴な女だな。どっか頭のネジでも飛んでるのか?それとも脳みそに釘でも刺さって生まれてきたのか?」
俺は表情を崩さずに舞を見やった。悔しそうに下唇を噛んでいる。いい加減に俺とお前との戦力差を理解しろよ。

「やはり戦闘能力は相当ですわね、貴方。それもたかだか十二歳程度の童だというのに」

「俺が強いんじゃない。お前が弱いだけだ。こんなガキの集まりでお山の大将気取ってるだけだろうが。
鍵の穴から天を覗くってわかるか?世間にゃ俺たちより強い奴らはゴマンといるだろうぜ
それよりもよ、いい加減にしろよ、この馬鹿女、お前にゃ学習能力ってのがないのか?
その頭は何のためについてるんだ?仏の顔も三度までとはいうがな、俺は慈悲深い神でも情けに厚い仏でもないんだぞ?」

そう言いながら俺は<チェイン・オブ・ペイン>を発動させてみせた。
舞が空中に浮かぶ亜空間に怯む。安心しろ。脅すだけだ。二度と俺にちょっかいを出さないようにな。

「ま、待ちなさいっ」
「いや、待たないね」

「貴方にとっても利がある話ですわよっ」
俺は相貌に青ざめた恐怖の色を浮かべている舞をじっと覗き込んだ。

「いいだろう、話してみろ」
「……その前にこれを解いて頂けないかしら?」

舞が鎖が透けて見える亜空間を指さした。どうやら、この前の決闘で<チェイン・オブ・ペイン>には懲りているようだな。
心優しい俺は望み通りに消してやった。

「これでいいか、それで俺に利のある話っていうのはなんだ?」
「スカウトですわ。我が幸貞財閥へのね、これは大変に名誉なことですのよっ」

「……スカウトだ?おい、馬鹿女、俺はそんな話にゃ興味がねえぞ。
俺は他人の飼い葉桶の藁を食わされて、馬小屋に繋がれる趣味はねえんだ。わかったか、この間抜けっ」

俺は馬鹿女と間抜けという言葉を交互に連発してやった。俺に罵倒される度に舞が頬をピクピクさせる。
こいつ、人から罵倒されることに慣れてねえな。

上からは蝶よ、花よと甘やかされて、下からはかしづかれて育ってきたんだろうよ。
だからこの手のことには免疫がねえんだろうな。それにしても面白い奴だ。

「じゃあ、貴方の望みを言いなさいなっ」
「俺の望みか。特に無いな。別に不自由してるわけでもねえしよ」

望みがあるとすればこの人間の肉体から解放されて、俺が本来の姿に戻ることだ。
いと高き存在と呼ばれていた本来の俺にな。

「それは本当ですか?金銭や名誉が欲しくはないのかしら?」
「ああ、別に欲しいとは思わないね。金が欲しけりゃ自分で稼ぐしな」

俺は舞との会話を打ち切ると自室に戻った。俺に与えられた寮の一室。
こじんまりとしたキッチンにトイレとシャワールームがついている。

後は電子レンジに冷蔵庫にパソコンが置かれてるくらいか。
これが今の俺の城だ。かつての俺の異界と比べればお粗末だし、快適とは言い難いがね。

でも、まあそれなりに暮らしているよ。
俺はベッドに寝転がると夜になるまで待った。今夜はどこに行こうか、そんなことを考えながらな。

十九

世間からアウトサイダーと呼ばれる連中が居る。
こいつらもサマナーやバスター、ハンターの一種だが、政府の厄介者と言ってもいい連中だ。

アカデミーからドロップアウトした者、正規の訓練を受けずに独学で魔法を覚えた者、
合法非合法問わずに金さえ貰えればなんでもする者、ギャングやマフィアに属している者、
色々な奴らが居る。

俺達はアウトサイダー達の縄張りに来ていた。
これも修行の一環だ。同じサマナーやハンター同士での実戦を積むには丁度いいだろう。
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