上 下
22 / 30

ダレはダレであ~る

しおりを挟む
それからダレは表通りのほうへと出て行った。黒いスーツに赤い蝶ネクタイ、そして紫のシルクハットを揺らしながら。
獲物を物色しながら歩いていたダレが、質屋の前でふと足を止めた。

3Dホログラムの映像に興味を惹かれたのだ。浮かび上がった映像は<アンダルシアの犬>だ。
「ダレはダレであるか?」

蜜蝋で固めた長い口ひげを撫でながら、ダレはそう独り言ちた。
最初は食い入るように見ていたダレは、映像が終わるとその場から離れ、又獲物を狙い始めた。

そこへダレの好みの美少女が偶然にも向こうからやってきた。
「次はあの娘にするのであ~る」
ダレに見初められた不運な美少女──それは幸貞舞だった。

二十八

時空を膨張させ、あるいは収縮させて任意の速度で、物体を目標地点に移動させるテレポーションは人類の夢の一つだった。
物体を光の速度を超えて目的の場所に遠ざけ、あるいは近づけさせることができるからだ。

そして、この超光速移動は、スーパーナチュラルの登場で実現するようになった。
というよりも多少なりの力のあるスーパーナチュラルならこれくらいの芸当、造作もないことだ。

同様に俺達は人間達が<負のエネルギー>と呼んでいる物も自在に作り出し、操ることができた。
そんな俺達に人間達はただ驚くばかりだった。

だが、俺達も実は人間と同様に驚いていた。人間のアイディアや発想っていうのは面白いからな。
俺達は確かに何でも出来る力を持ってはいるが、それで何をするかまでは考えなかった(注四十八)。

注四十八「それが俺達、スーパーナチュラルの欠点でもある。とてつもない力を秘めた神や悪魔が、
脆弱な人間に出し抜かれたり、知恵比べで破れたりするのはその為だ。
力があるせいで、中々知恵が身につかないわけだ。言っておくが俺をそいつらと一緒にするんじゃないぞ」

さて、俺がなんでこんな話をしているかというとだな。ただ、なんとなくだ。
あとダレの奴を見つけたと思ったら、ついでに舞が歩いていた。

ダレはいつものように瞬間移動で女の背後に回り込むと、その尻に二本指をぶち込んだ。
そして舞のつんざくような悲鳴が上がった。哀れな女だな。

だが次の瞬間、舞が崩れ落ちそうになるのを必死に耐えると前方に飛んでダレと向かい合った。
片手で臀部を押さえ、生まれたての子鹿のように身体をプルプルと震わせながらも。

それにしても持ち堪えるとは、中々の精神力だ。それに以前よりも強くなっているのがわかる。
「い、一体なんなのですかっ、貴方はっ」

だが、ダレは舞の話を聞いているのか、聞いていないのか、ただ、指先をクンクン嗅いでいるだけだった。
「素晴らしい香りであ~る。これぞ汚れなきひな菊の芳香であ~る」

「へ……変態ですわっ、この私に向かってこのような真似をしてタダで済むと思っていのかしらッ」
「ダレはダレであ~る」

突然、舞に自分の名前を告げるダレ、こいつが何を考えているのかは俺にはさっぱりわからないぜ。
「……誰が誰ですって?」

「ダレはダレであ~る」
「ふん……わけのわからないことを言って誤魔化そうとしたって無駄ですわッ」

舞が掌を振りかざすと魔法陣を展開し、アークエンジェルを召喚した。
埋め込み型の召喚用デバイスか。模擬戦の優勝者が貰えるデバイスよりも高価な奴だよな。

俺はとりあえず見物することにした。
アークエンジェルは、一番下っ端のエンジェルをまとめる天使九階級の八階級目に位置する存在だ。

俺達のような高位存在から見れば、アークエンジェルなんてただの雑魚天使でしかないが、
人間が召喚するとなると話は違ってくる。

人間たちの間では、アークエンジェルが召喚できるのはかなりの実力者と認められているからだ。
そうなると、舞の奴、予想以上に腕を上げたってことになるな。

「さあ、アークエンジェルっ、あの不埒なヒゲの変態をやっておしまいなさいなっ」
舞が叫ぶと同時にアークエンジェルがダレに向かって攻撃を開始した。

巻き込まれてはたまらないとばかりに通行人達が急いで離れていく。
アークエンジェルがダレに向かって<光のジャッジメント>を浴びせる。

辺りが白い閃光に包まれた。
「ふふふ、これでおしまいですわね。変態はこの地上から跡形もなく消えるといいですわ」

舞が頬に手を当てながら、含み笑いを漏らす。そして光が消えると、平然としたダレが佇んでいた。
これにはアークエンジェルも驚いているようだ。

「ダレはダレであ~る」
そしてダレが瞬間移動をすると最初にアークエンジェルの尻を指で貫き、次は唖然としている舞の背後に立った。

舞が咄嗟に逃げようとする。だが、一足遅かった。
ズンッ、という重苦しい音とともにダレの指が舞の尻奥に突き刺さったからだ。

しおりを挟む

処理中です...