猫が繋いだ私たちの日々

はるかわ 美穂

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第二章(息子:和樹)

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「じゃあ今日の18時半にビーストハンターやるから、お前らもちゃんと来いよ!」

「わかってるって!」

「今日こそはラグナドレイグ討伐しようぜ」

きついサッカーの練習を終えた後、裕司ゆうじの声かけに和樹を含む同級生たちは元気よく返事した。

いつものようにゲーム通信の約束をした後、和樹は帰路につく。

帰宅後は部屋に直行したいが、部屋着に着替えなければならない。

砂を家中に落とすなと母の明美がうるさいからだ。

そして風呂場で着替えた後は、カバンを持って二階に上がるのだが、最近はそのルーティンに一つの行程が追加されている。

「ツナー。ただいま」

リビングに入り、ソファの上で丸まっている子猫に声をかける。この小さな体とフワフワの毛がなんとも可愛らしい。

ツナがこの家に来て約一か月が経った。

最初はソファの下にもぐって全然顔を見せてくれなかったが、今じゃリビングでくつろいでいる姿を見せてくれる。

「ちょっと、寝てるんだから起こさないであげてよ」

夕飯の準備をしている姉のみのりから強い言葉が飛んでくる。

「俺が声かける前から目開いてたし」

みのりは疑わしげな目をした後、自身の作業に戻る。

姉弟のやり取りを、明美は困ったように笑って見ていた。

和樹が中学生になってから、やたらと姉のみのりに強く当たられている気がする。

(何で悪いことしてないのに、あんなきつい口調で言われなきゃならないんだよ)

居心地の悪いリビングなんてさっさと立ち去ってしまおうと、和樹は自室へ向かった。

カバンを定位置に置いて、座椅子に腰かける。

折り畳み式の長方形のゲーム機を開いて、電源をつけた。

いつもの起動画面をぼんやり見ながら、ビーストハンターのソフトを開く。

友達との約束の時間にはまだ少し余裕があるが、適当に街を徘徊したり、ビーストを討伐するつもりだった。

そんな風に暇を潰していればあっという間に時間が来て、スマホの方でグループ通話が開始した。

和樹はスマホにヘッドフォンを繋いで、会話の内容が漏れないようにする。

「おーっす」

「おつー」

「よっしゃやるぞー」

裕司に陽斗はるとしんがそれぞれログインし、いつものメンバーが揃う。

かねてより予定していた難易度高めの炎獣ラグナドレイグ討伐に、全員が意気込んでいた。


「ちょ、ラグナのブレス来んぞ!……今ガード無理っ!」

「後ろから行けって!お前の矢が当たってる!」

「待って、メディック、回復ミスト!ミストぉーーー!」

ヘッドフォン越しの声が飛び交う。

部屋の中の小さなディスプレイには、炎の中から飛び出す巨大な獣の姿が映っている。

画面の端には、仲間たちの体力ゲージ。残りわずかだ。

「……よし、尻尾、切れた!」

一瞬、全員が声をあげる。

画面には、千切れ落ちた尾が転がり、赤く光る鱗の欠片が散っている。

しかし次の瞬間、地鳴りのような咆哮が響いた。

「やばい、怒りモード入った!」

「逃げろ、逃げろ!」

「うわっ——」

真っ赤な爆炎が画面を覆い、パーティの体力ゲージが一斉にゼロになる。

重たい沈黙が、彼らの落胆の証であることはため息を聞かずともわかる。

「だぁーーっ」

ヘッドフォン越しに、裕司が匙を投げた声が聞こえる。

「これ難易度設定ミスってんじゃね?まじでいつまで経ってもクリアできねーんだけど」

不満いっぱいの陽斗の声に、「だよなぁ」と和樹は同調する。

「つーかさ、陽斗が回復ミストもっと早く出してくれたら今のはいけてたんじゃね?」

「は?」

棘のある進の言葉で空気がひりつく。和樹の額に冷や汗が滲んだ。

「まぁまぁ!あともう一歩だったのは事実なんだし、次こそは俺らならやれるって!」

裕司が努めて明るい声で割って入ると、張りつめた空気は霧散する。

「とりあえず、もう一回挑戦してみようぜ」

和樹の提案に、仲間たちは相槌を打ってくれた。

しかし、二回リベンジするも、その日は結局目当ての獣を倒すことはできなかった。


仲間との通信を切った後も、和樹はスマホを触ったり一人でゲームをしたり、就寝時間になるまでスクリ-ンを見ていた。

中学に上がってから、和樹の私生活は毎日こうだ。

その影響か、最近は寝つきが悪い。

これまでなら目を閉じれば十分も経たないうちに眠っていたのに、三十分くらい布団の中で寝返りを打っても寝つくことができない。

それに、今日の通信はいつもより空気が悪かった。

たかがゲーム。されどゲーム。

陽斗はムキになりやすいところがあるので、これまでもサッカー部内で何度か他のメンバーといがみ合いになったことがある。

根は良いやつなので友人として絡んでいるが、機嫌が悪くなった時はやはりヒヤッとする。

「正直俺も、毎日ゲームに参加したいわけじゃないんだけどな……」

和樹はぽつりと呟き、布団から起き上がる。

喉が渇いたので一階へ行くことにした。

階段を下りるために電気をつけると、暗さに慣れていた目が痛くなる。

一階に着くと、リビングの扉にはめ込まれた縦長のすりガラスから明かりが漏れている。

「和樹か。ただいま」

扉を開けると、案の定父の弘昌がいた。食卓に座って一人でご飯を食べている。

「おかえり」

いつも夜の十時過ぎに帰ってくる父は、こうして一人で夕飯を食べている。

台所で水を一杯飲んだ後、ツナはどこだろうと探してみるも、定位置のソファや段ボールの中にはいなかった。

「あれ?ツナは?」

和樹が問いかけると、「ここにいるぞ」と父が自分の足元を指さす。

そこには、父の膝に鎮座するツナがいた。
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