28 / 30
第四章(娘:みのり)
6
しおりを挟む「めちゃくちゃ丁寧に描かれてる……。ほら、この背中の丸みとか。これ描いた人、絶対猫好きだよ」
「あんた猫好きだもんねぇ」
そんな会話が聞こえてきて、みのりは少し恥ずかしくなった。
しかし、二人の会話を耳聡くキャッチした優香がこれ幸いとばかりに飛び出す。
「その作品すごく良いですよね。あの子が描いたんですよ」
女子生徒の視線がみのりに注がれる。
逃げ損ねたみのりはぎこちなく笑みを浮かべた。
「猫、飼ってるんですか?」
きらきらした瞳で問いかけられて、みのりは「はい」と頷く。
「やっぱりそうだと思いました。絵の中の猫ちゃん、とっても幸せそうで、すごく可愛いです。本当に猫ちゃん大事にされてるんだなぁってあったかい気持ちになりました」
意図せず自分の想いを暴かれた気になって、みのりは頬がじわじわと熱くなるのを感じる。
みのりが口を開く前に、優香がまた間髪入れず喋り出した。
「本当に良い絵ですよね?私、この子が描く絵は温かい気持ちになれるからすごく好きなんです。初見さんでもそう思うってことは、やっぱり私の感性は間違ってなかったんだぁ」
珍しく、聞かれてもいないことをべらべらと語り始めた優香に、みのりはなんだか居心地が悪くなった。
「……あ、ありがとうございます。どうぞ他の絵もごゆっくり見て行ってください。この子の絵、ものすんごいので」
みのりは耐えられなくなって、俯きがちに優香の方の絵を指した。
二人は会釈をしてまた展示鑑賞へと戻る。
「優香の絵の良さをわかってくれる人に会えたの嬉しいなぁ」
なぜか褒められた張本人よりも、優香の方が満足げにしている。
そこまで気を遣ってくれなくても良いのに、と思ってしまって、素直に喜べない。
それからも、コンスタントにやってくる生徒に、絵の紹介をしたり、各々で作成した無料の栞をプレゼントしたりと仕事をこなしていると、閉会の時間はあっという間にやってきた。
「絵は剥がしたらもう持って帰っちゃって良いからね」
体育館での閉会式を終え、今は片付けの段階に入っている。
牧野の言葉にならい、部員たちはみな、ベニヤ板から剥がした絵を丸めて輪ゴムで止めた。
最後の一枚だったベニヤ板をもとあった場所に戻して、美術室をいつもの姿にする。
「よし、じゃあ片付けはこれでオッケーだから、終わった人から帰って良いわよ」
顧問からそう言われ、部員たちはぞろぞろと美術室を出て行った。
みのりも優香と一緒に部室を後にし、カバンが置いてある教室へと向かう。
クラス展示の片付けが終わってから、美術部の作業をしていたので、教室にはもう誰も残っていなかった。
「私たちもさっさと帰ろう」
みのりの言葉に優香が相槌を打つ。
「その絵、どうするの?」
丸まったツナの絵を見て、優香が問いかけて来た。
「……うーん。お父さんに見せてって言われてたから、家に帰ったらとりあえず見せて、その後は……棚行きかな」
「ええっ、もったいない。せっかくよくできてるのに」
「えー、お世辞でも嬉しいよ」
みのりは口角だけを上げて、肩を竦める。
よくできてるとは言われても、今日もたくさん注目を集めていた優香の絵ほどじゃない。
「お世辞じゃないよっ」
優香は少し声を荒げる。
いつもなら「本当なのに」と言って引き下がる優香が何故か不愉快そうな顔をしている。
「何でみのりはいつも、褒め言葉を受け取ってくれないの?さっきだってそう。せっかく褒めてくれる人がいたのに、まるで分不相応みたいな顔してた」
「だって、私の絵は実際に大したことないし……」
まさか普段大人しい優香から詰め寄られるとは思わず、みのりは呆気にとられる。
「大したことなくなんかないよ。真子も……後輩たちだって、みのりの絵、いつも褒めてるじゃん」
「そりゃあ身内だったら褒めるでしょ。気を遣ってくれてるんだよ」
「じゃあみのりが私の絵を褒めてくれてるのも、気を遣ってるからなの?」
眉間にしわを寄せる優香に、みのりは「そんなことない」と首を振る。
「優香は私とは違うよ。すごく才能があってさ。皆、優香の絵を見るたびにすごく驚いた顔してるの。ホントだよ」
みのりが慌てて言葉を紡ぐと、優香は「……そうだね」と俯く。
「私とみのりは違うよね」
当たり前のことなのに、才能の差を明言された気がして、みのりは胸が痛んだ。
「みのりは身近なことに紐づけて絵を描くから、見る人に共感してもらえるけど、私は見栄張って大きいスケールのテーマを描こうとするから、いつも斜に構えてるみたいだよね」
優香があからさまに自虐をするなんて、ほぼ初めてのことだったので、みのりは目を瞠った。
「な、何言ってるの……」
「だって前に真子に言われたもん。優香の絵には親しみを感じないって」
まさかの話にみのりは開いた口が塞がらない。
「もちろん、真子は私を貶すつもりで言ったんじゃないと思う。誉め言葉の中で出てきた一言だから」
「そ、そうだね。優香はちゃんとすごいよ。他の人じゃ思いつかないようなアイデアを描けるから……」
優香が傷ついてるのかと思い、みのりは必死にフォローする。
「じゃあ、私に描けない絵を描けるみのりも、すごいってことじゃないの?」
優香の鋭い視線がみのりを射抜く。思いもよらぬ反論に、みのりはたじろいだ。
「そ、んなことは……」
優香は真剣な表情をしていたと思いきや、その顔をぐしゃりと歪める。
「私は、みのりの絵の良さをみのり自身がわかってないことがすごく悔しい」
切実なその声に、胸が引き裂かれるように痛んだ。
0
あなたにおすすめの小説
夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い
青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。
神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。
もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。
生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。
過去世と同じ轍を踏みたくない……
とっていただく責任などありません
まめきち
恋愛
騎士団で働くヘイゼルは魔物の討伐の際に、
団長のセルフイスを庇い、魔法陣を踏んでしまう。
この魔法陣は男性が踏むと女性に転換するもので、女性のヘイゼルにはほとんど影響のない物だった。だか国からは保証金が出たので、騎士を辞め、念願の田舎暮らしをしようとしたが!?
ヘイゼルの事をずっと男性だと思っていたセルフイスは自分のせいでヘイゼルが職を失っただと思って来まい。
責任を取らなければとセルフイスから、
追いかけられる羽目に。
生きるために逃げだした。幸せになりたい。
白水緑
ファンタジー
屋敷内に軟禁状態だったリリアは、宝物を取り戻したことをきっかけに屋敷から逃げ出した。幸せになるために。体力も力もない。成り行きに身を任せる結果になっても、自分の道は自分で選びたい。
2020/9/19 第一章終了
続きが書け次第また連載再開します。
2021/2/14 第二章開幕
2021/2/28 完結
金の羊亭へようこそ! 〝元〟聖女様の宿屋経営物語
紗々置 遼嘉
ファンタジー
アルシャインは真面目な聖女だった。
しかし、神聖力が枯渇して〝偽聖女〟と罵られて国を追い出された。
郊外に館を貰ったアルシャインは、護衛騎士を付けられた。
そして、そこが酒場兼宿屋だと分かると、復活させようと決意した。
そこには戦争孤児もいて、アルシャインはその子達を養うと決める。
アルシャインの食事処兼、宿屋経営の夢がどんどん形になっていく。
そして、孤児達の成長と日常、たまに恋愛がある物語である。
王様の恥かきっ娘
青の雀
恋愛
恥かきっ子とは、親が年老いてから子供ができること。
本当は、元気でおめでたいことだけど、照れ隠しで、その年齢まで夫婦の営みがあったことを物語り世間様に向けての恥をいう。
孫と同い年の王女殿下が生まれたことで巻き起こる騒動を書きます
物語は、卒業記念パーティで婚約者から婚約破棄されたところから始まります
これもショートショートで書く予定です。
【大賞・完結】地味スキル《お片付け》は最強です!社畜OL、異世界でうっかり国を改革しちゃったら、騎士団長と皇帝陛下に溺愛されてるんですが!?
旅する書斎(☆ほしい)
ファンタジー
【第18回ファンタジー小説大賞で大賞をいただきました】→【規約変更で書籍化&コミカライズ「確約」は取り消しになりました。】
佐藤美佳子(サトウ・ミカコ)、享年28歳。死因は、過労。連日の徹夜と休日出勤の果てに、ブラック企業のオフィスで静かに息を引き取った彼女が次に目覚めたのは、剣と魔法のファンタジー世界だった。
新たな生を受けたのは、田舎のしがない貧乏貴族の娘、ミカ・アシュフィールド、16歳。神様がくれた転生特典は、なんと《完璧なる整理整頓》という、とんでもなく地味なスキルだった。
「せめて回復魔法とかが良かった……」
戦闘にも生産にも役立たないスキルに落胆し、今度こそは静かに、穏やかに生きたいと願うミカ。しかし、そんな彼女のささやかな望みは、王家からの突然の徴収命令によって打ち砕かれる。
「特殊技能持ちは、王宮へ出仕せよ」
家族を守るため、どうせ役立たずと追い返されるだろうと高をくくって王都へ向かったミカに与えられた任務は、あまりにも無謀なものだった。
「この『開かずの倉庫』を、整理せよ」
そこは、数百年分の備品や資材が山と積まれ、あまりの混沌ぶりに探検隊が遭難したとまで噂される、王家最大の禁足地。
絶望的な光景を前に、ミカが覚悟を決めてスキルを発動した瞬間――世界は、彼女の「お片付け」が持つ真の力に震撼することになる。
これは、地味スキルでうっかり国のすべてを最適化してしまった元社畜令嬢が、カタブツな騎士団長や有能すぎる皇帝陛下にその価値を見出され、なぜか過保護に甘やかされてしまう、お仕事改革ファンタジー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる