猫が繋いだ私たちの日々

はるかわ 美穂

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第四章(娘:みのり)

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どうやら、カレンダーに提出期限を書れていたらしい。

「前から変わらず桜賀高校で決まってるんでしょ?だったら、さっさと出しちゃいなさい。先延ばし癖あるんだから」

「あー、うん。そうだね」

みのりは言いながら、スマホに視線を落とす。

返事はしつつも、今すぐ動く気にはならなかった。

自分も桜賀で良いと思っているはずなのに、これが最終決定になると思うと、どうしても踏ん切りがつかなかった。

「……もしかして、他に行きたい高校でもあるの?」

何かを察したような表情の母にそう問われ、みのりはとっさに「まさか」と乾いた笑みを浮かべた。

「なら、覚えてるうちに今すぐ持って来なさい。先延ばしにして期限を過ぎたらどうするの」

呆れた母の口調に、みのりは口を閉ざす。

「……うん」

のろまに動くと、「まぁ、あと二週間以上あるんだろ?」と弘昌が割って入って来た。

「二日前とかだったらまだしも、そこまで急ぐ必要ないんじゃないか。な、みのり」

朗らかな父の笑顔に、みのりは気まずくなる。

光遠と迷っていることを、父にはなんとなく気づかれている気がした。

しかし、今のところ弘昌が明美にその件を打ち明ける様子はなさそうなので、みのりはありがたく父の助け舟に乗った。

「うん。……それに、今日は調査票学校に置いてきちゃったし。期限内には絶対提出するから大丈夫」

家族二人の言葉を受け、明美は渋々納得したようだった。

「じゃあ良いけど……」

嘘をついたことに心の中で謝りながら、みのりはもう一度頷く。

それから先に自室へ向かった母を見送り、みのりも受験勉強のために二階へ上がろうとすると、弘昌に呼び止められた。

「今はツナの絵、描いてるのか?」

「……うん。まだ描き始めたばっかりだけど」

「そうか。楽しみだなぁ。完成したら父さんにも見せてくれ」

「いいけど、そんなすごいものでもないよ」

優香みたいに、見る人をあっと驚かせるような作品は、みのりには描けない。

ふと視線を落とすと、弘昌の足元にツナがいた。

喉を鳴らして、足にすりすりと顔をこすりつけている。

「別に、すごいものじゃなくて良いんだぞ」

弘昌は言いつつ、ツナを抱き上げる。

そして、腕の中で脱力するツナをみのりに渡してきた。

柔らかすぎて掴みづらいツナの体をみのりは慌てて受け止める。

弘昌に対して喉を鳴らしていた名残か、ツナはみのりの腕の中でもわずかにゴロゴロと言っていた。

「みのりが思う、ツナのことを描いてくれ。父さんはそれが見たいんだ」

吸い込まれてしまいそうなほどに黒くて丸い瞳がこちらを見ている。

呼吸する度に少し膨らむふわふわが、手のひらから心臓に伝って、心に緩やかな風を吹かせた。


***


あっという間に日々は過ぎ、ついに文化祭当日がやってきた。

午前中は演劇部や吹奏楽部、それから有志の舞台発表を見て、午後からはクラスや部活の展示の時間になる。

つまり、美術部は午後からが本番だ。

「う、なんか今になって憂鬱になってきた……」

真子はそう言って先ほどからずっと美術室内をうろついている。

「もう。作品飾ってるんだからむやみに歩き回らないの」

牧野の忠言で、真子は椅子に座るも、貧乏ゆすりが止まらない。

「これまでも作品展示する機会は結構あったのに、急にどうしたの」

みのりが怪訝に思って問いかけると、「だって自信ないんだもん」と真子は唇を尖らせる。

「さっき見に来てくれた子たちも、心の中では私の作品ヤバいって思ってたのかも……」

そういえば、真子は結局ギリギリまで描きたいものが決まらず、本番の一週間前から急ピッチで仕上げたと言っていた。

「そんなわけないでしょ。あの子たち、どの絵も褒めてくれてたじゃん」

一番褒めていたのは優香の作品だったけど。

という言葉は飲み込んで、みのりは真子を慰める。

「みのりは落ち着いてそうだね」

真子の言葉に、みのりは「そうだね……」と頷く。

緊張するということは、少なからず自分の作品に期待しているということだ。

みのりは優香の才能を目の当たりにしてからは、そういった期待は持たないようにしている。

特に、こういった展示会では作品を見た人々の反応が顕著に出る。

自分の作品が評価されることを望めば、あとで苦しくなるだけだ。

「もう三回目だしね。慣れちゃったのかも」

愛想笑いを浮かべると、「それはみのりの絵の出来が良いからぁ」と真子が眉を八の字に下げる。

「そんなことないよ」

二人でじゃれ合いながら笑っていると、お手洗いから優香が戻ってきた。

「お客さん来てる?」

優香の問いに真子が首を振る。

「さっきの生徒さん見送ってからは全然」

「美術室自体が校舎の端っこにあるから、なかなかここに辿り着く生徒さんも少ないよね」

みのりが言った言葉に、「確かにそうかも」と優香が頷く。

「去年のお客さんの入りってどうだったっけ?一年前のことなのにもう忘れちゃった」

「あー、確かに。私ももうすっかり忘れちゃってるや」

優香の言葉に真子が同意する。

みのりはただ苦笑を浮かべていた。

(私はハッキリと覚えてる)

意図的に優香と絵が並ばないようにセッティングしたのに、開始時刻の直前になってレイアウトが変更されて、完成度の高い優香の絵の隣に自身の作品が設置されてしまった。

みのりの絵を見ていた時は緩く弧を描いていた人々の唇が、優香の作品を見て驚きの形に開くのを何度も見た。

その口から紡がれるのは決まって甲高く、少し興奮した様子の声色。

当時の光景を鮮明に思い出してしまったみのりは、やっぱり光遠に行くなんて言わなくて良かった、と思った。

専門の道に進めるのは、きっと優香のように才ある人だろう。


その後もパラパラと美術室を見に来てくれる生徒たちが居た。

他の部員たちと協力しながら店番をしていると、突然「うわっ、可愛い」という声が聞こえて来た。

振り返ると、みのりの作品の前で二人の女子生徒が立ち止まっている。
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