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エレノアが騎士に案内された部屋に入ると、そこでは複数人の侍女が待ち構えていた。
あっという間に彼女たちに囲われたかと思えば、あれよあれよと服を脱がされ、肌を磨かれ、全身がピカピカになっていく。
自分の意思などお構いなしに着飾られていく行程を懐かしく思いながら、エレノアはされるがままになっていた。
そして最後の仕上げで髪を結ってもらっている時、「失礼ですが……」と侍女の方から話しかけられた。
「アスター様でいらっしゃる、んですよね」
皇太子付きの侍女たちにはすでに情報が行き渡っているのだろう。
エレノアは「はい。そうです」と頷いた。途端に侍女は瞳を輝かせ、「ありがとうございます」とお礼を言う。
そんな彼女の様子にはさすがにエレノアも困惑した。
「私、何もしていませんが……?」
「殿下と一緒に皇宮へ来て下さったではありませんか」
心底嬉しそうな彼女の表情に、エレノアは合点がいく。
かつて皇后だったフェリクスの母は何年も前に病で亡くなっている。
その時期から、フェリクスの後ろ盾だった皇后の生家が表舞台に出ることが少なくなり、皇太子の権威が弱まっていた。
さらに、療養という名目で第一線を長年退いていたため、皇太子を支持する勢力は極限まで縮小している。
そんな中で、フェリクスが女神の代理人を連れ帰ったとなれば、帝国民だけでなく貴族も彼に関心を寄せるだろう。
元々そうなることを目的としてジルについてきたのだが、まさか侍女から感謝されるとは思わなかった。
「とんでもないです」
自分の役目だから当然、という言葉は飲み込んだ。
アスターが現れた時点で、近々帝国に大きな災いが訪れることを皆が察する。
ここでエレノアがどういう意図で動いているのかを侍女に話せば、必然的にこれから起こる災いとは何なのかを示唆することになる。
(むやみな混乱は生まない)
それはジルと計画を立てる際に話し合って決めたこと。
エレノアとジルは、敵対勢力を抑えるため首都に戻って来たが、彼らの悪事を白日のもとに晒せば、帝国どころか大陸全土で混乱は避けられない。
そのため、タイミングを見計らって行動に移す必要がある。
今はまだその時ではない。
「出来ましたよ」
侍女の声に反応して顔を上げると、鏡にはついさっきまでの地味な印象からかけ離れた華やかな女性が映っていた。
「すごいですね……」
エレノアも魔道具で変えた自身の姿は素朴だとわかっていたので、それでもここまで磨かれた容姿にすることができた侍女たちに脱帽する。
「フェリクス殿下のこと、よろしくお願いいたします」
侍女たちが皆、最大限の敬意を持ってエレノアに頭を下げてきた。
ジルは後宮に戻ることを嫌がっていたけれど、ここには彼の味方が確かに存在している。
そのことが、エレノアは自分ごとのように嬉しかった。
そんな彼らに報いるためにも、エレノアは改めて自分の役目を全うしようと心に誓った。
***
謁見の間の前で、数刻ぶりにジルと再会した。
皇太子然とした佇まいで皇族の礼服を着用している彼を見ると、やっぱりジルとは別人のように思えてきて妙に緊張してしまう。
今の彼の色彩とは対照的な、目に優しい黒髪とグレーの瞳がすでに恋しい。
しかしそんな思いは胸に秘めながら、エレノアはエスコートのために差し出された彼の手を取った。
「俺の侍女たちは腕がいいな」
エレノアの姿を見て誇らしげに頷いたジル──もとい、フェリクスの脇をエレノアは反射的に肘で小突く。
「馬子にも衣装とでも言いたげですね」
「そんな事言ってないだろ。もったいないとは思ったけど」
エレノアが憮然とした目つきでフェリクスを睨むと、彼は困ったように頬をかいた。そしてエレノアの耳元に口を寄せてくる。
「本来のお前の姿だったら、もっと綺麗だっただろうなって思ったんだよ」
彼からの珍しい素直な褒め言葉に、エレノアは顔に熱が集まる感覚がした。
「そ、それはどうもありがとう」
つっけんどんな言い方になったエレノアを見て、フェリクスは愉快そうに笑っている。
その表情がジルと重なって、姿が変わったとしてもやっぱり彼はジルなのだと思った。
しかしこれから先、彼が褒めてくれた本来の姿を見せることはきっと万が一にもない。
死んだはずのエレノアの姿でアスターだなんて名乗れば、信ぴょう性は皆無な上、帝国民を混乱させ、顰蹙を買うことになるだろう。
着替えの時に侍女から指輪を預かると言われたが、大切な形見だと嘘をついて身に着けさせてもらった。
ドレスの雰囲気には合わないため、今は手袋で隠している。
「腕輪は……さすがに取ってもらったよな」
エレノアの手首を見てフェリクスが言う。
「もちろんよ」
神聖力を抑制する術式が組まれたブレスレットは、アスターとしてこの場にやって来た以上不要なため、部屋に置いてきた。
「なら、行くか」
彼の言葉にエレノアは覚悟を決めて頷く。
二人同時に前を向くと、謁見の間の扉が開かれた。
あっという間に彼女たちに囲われたかと思えば、あれよあれよと服を脱がされ、肌を磨かれ、全身がピカピカになっていく。
自分の意思などお構いなしに着飾られていく行程を懐かしく思いながら、エレノアはされるがままになっていた。
そして最後の仕上げで髪を結ってもらっている時、「失礼ですが……」と侍女の方から話しかけられた。
「アスター様でいらっしゃる、んですよね」
皇太子付きの侍女たちにはすでに情報が行き渡っているのだろう。
エレノアは「はい。そうです」と頷いた。途端に侍女は瞳を輝かせ、「ありがとうございます」とお礼を言う。
そんな彼女の様子にはさすがにエレノアも困惑した。
「私、何もしていませんが……?」
「殿下と一緒に皇宮へ来て下さったではありませんか」
心底嬉しそうな彼女の表情に、エレノアは合点がいく。
かつて皇后だったフェリクスの母は何年も前に病で亡くなっている。
その時期から、フェリクスの後ろ盾だった皇后の生家が表舞台に出ることが少なくなり、皇太子の権威が弱まっていた。
さらに、療養という名目で第一線を長年退いていたため、皇太子を支持する勢力は極限まで縮小している。
そんな中で、フェリクスが女神の代理人を連れ帰ったとなれば、帝国民だけでなく貴族も彼に関心を寄せるだろう。
元々そうなることを目的としてジルについてきたのだが、まさか侍女から感謝されるとは思わなかった。
「とんでもないです」
自分の役目だから当然、という言葉は飲み込んだ。
アスターが現れた時点で、近々帝国に大きな災いが訪れることを皆が察する。
ここでエレノアがどういう意図で動いているのかを侍女に話せば、必然的にこれから起こる災いとは何なのかを示唆することになる。
(むやみな混乱は生まない)
それはジルと計画を立てる際に話し合って決めたこと。
エレノアとジルは、敵対勢力を抑えるため首都に戻って来たが、彼らの悪事を白日のもとに晒せば、帝国どころか大陸全土で混乱は避けられない。
そのため、タイミングを見計らって行動に移す必要がある。
今はまだその時ではない。
「出来ましたよ」
侍女の声に反応して顔を上げると、鏡にはついさっきまでの地味な印象からかけ離れた華やかな女性が映っていた。
「すごいですね……」
エレノアも魔道具で変えた自身の姿は素朴だとわかっていたので、それでもここまで磨かれた容姿にすることができた侍女たちに脱帽する。
「フェリクス殿下のこと、よろしくお願いいたします」
侍女たちが皆、最大限の敬意を持ってエレノアに頭を下げてきた。
ジルは後宮に戻ることを嫌がっていたけれど、ここには彼の味方が確かに存在している。
そのことが、エレノアは自分ごとのように嬉しかった。
そんな彼らに報いるためにも、エレノアは改めて自分の役目を全うしようと心に誓った。
***
謁見の間の前で、数刻ぶりにジルと再会した。
皇太子然とした佇まいで皇族の礼服を着用している彼を見ると、やっぱりジルとは別人のように思えてきて妙に緊張してしまう。
今の彼の色彩とは対照的な、目に優しい黒髪とグレーの瞳がすでに恋しい。
しかしそんな思いは胸に秘めながら、エレノアはエスコートのために差し出された彼の手を取った。
「俺の侍女たちは腕がいいな」
エレノアの姿を見て誇らしげに頷いたジル──もとい、フェリクスの脇をエレノアは反射的に肘で小突く。
「馬子にも衣装とでも言いたげですね」
「そんな事言ってないだろ。もったいないとは思ったけど」
エレノアが憮然とした目つきでフェリクスを睨むと、彼は困ったように頬をかいた。そしてエレノアの耳元に口を寄せてくる。
「本来のお前の姿だったら、もっと綺麗だっただろうなって思ったんだよ」
彼からの珍しい素直な褒め言葉に、エレノアは顔に熱が集まる感覚がした。
「そ、それはどうもありがとう」
つっけんどんな言い方になったエレノアを見て、フェリクスは愉快そうに笑っている。
その表情がジルと重なって、姿が変わったとしてもやっぱり彼はジルなのだと思った。
しかしこれから先、彼が褒めてくれた本来の姿を見せることはきっと万が一にもない。
死んだはずのエレノアの姿でアスターだなんて名乗れば、信ぴょう性は皆無な上、帝国民を混乱させ、顰蹙を買うことになるだろう。
着替えの時に侍女から指輪を預かると言われたが、大切な形見だと嘘をついて身に着けさせてもらった。
ドレスの雰囲気には合わないため、今は手袋で隠している。
「腕輪は……さすがに取ってもらったよな」
エレノアの手首を見てフェリクスが言う。
「もちろんよ」
神聖力を抑制する術式が組まれたブレスレットは、アスターとしてこの場にやって来た以上不要なため、部屋に置いてきた。
「なら、行くか」
彼の言葉にエレノアは覚悟を決めて頷く。
二人同時に前を向くと、謁見の間の扉が開かれた。
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