離婚した彼女は死ぬことにした

はるかわ 美穂

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声がした方を見ると、そこには淡青色のドレスを着た女性が立っている。

燃えるような赤髪を揺らす彼女の瞳は、エレノアの本来の虹彩と同じく若葉色である。

反射的に彼女の名前を呼んでしまいそうになるのをすんでのところで堪えたエレノアは、正面からその女性を見据えた。

「伝承にあるアスター様は慈悲深いと聞いたけれど、実際は損得勘定で動く方なのだとしたらとても残念ね」

わざとらしく悲しい顔をしてこちらを見てくるのは――エレノアの異母妹であるアマンダだ。

首都のほとんどの貴族が参加しているのだから、ウィルズ家がこの会場にいることも想像はしていた。

しかし、ゼレンハノン公爵家と共同の事業をしている以上、ウィルズ家は皇帝派のはず。

にもかかわらず、アマンダがエレノアにちょっかいをかけてくる理由。

それについてはなんとく予想がついている。理不尽な扱いを受けながら、エレノアは十年以上彼女を見てきたのだから。

(あなたは昔から、自分じゃない誰かが注目されるのが気にくわなかったものね)

恐らくアスターのために開かれたこの舞踏会も、アスターが注目されている今の状況も、アマンダにとっては面白くないのだろう。

自身と同じ元平民が持ち上げられているというのも、気に入らない一つの要素なはずだ。

「……爵位で区別なんてしていませんよ」

エレノアは努めて冷静に返した。しかしアマンダは興奮した様子で「あら、そうなのですか!」と笑う。

「では私の父と踊ってくださらない?」

アマンダは少し離れた場所に立つエレノアの実父を示した。くだらない戯言に思わず頭が痛くなってくる。

馬車の中で話したフェリクスの言葉がふと脳裏をよぎった。

『四年前に知り合いだったやつと話す時は気をつけろよ』

あれは、うっかり当時の出来事を話したり、エレノアを彷彿とさせるような行動をしたりしないように気をつけろという意味だろう。

四年前のエレノアなら、実家で暴力を受けていたことがフラッシュバックして恐怖していたかもしれないが、もう昔の自分とは違う。

殴られていた自分を正当化しない。実家で受けた扱いは、決して許してはならないものだった。

この四年間、自分を大切にしてくれる人の傍で過ごすことで、そう思えるようになった。

「……実はお恥ずかしい話ながら、慣れないドレスに履きなれない靴で足が痛くなってしまったんです。ですがこの会場の女性の皆様はさすがですね。美しい姿勢でずっと踊り続けてらっしゃる。自身の未熟さを痛感致しました」

情緒たっぷりに会場を見渡せば、周囲の女性たちが気の毒そうな顔を浮かべた。

「……そうよね。ドレスを着慣れた私たちでさえコルセットやヒールが辛い時があるのに、アスター様はずっと踊りっぱなしだったものね」

「私も初めてコルセットをつけた時は苦しくてまともに踊れたものじゃありませんでしたわ」

「そんな中で男性方と笑顔でお話しされていらっしゃったのよ。気丈な方ね」

コソコソと話す女性たち。狙い通りの同情票を得られ、エレノアは心の中でしたり顔をする。

「降誕祭が開かれるまでの猶予も短かったのに、所作やダンスもとても丁寧だったわ。きっとたくさん努力されたんでしょう」

「それなのに、そんなアスター様に踊りを強要されるなんて……」

自然と周囲の人たちはアマンダへ非難の視線を向けた。

「……わ、私はアスター様が父の事業にも興味を持ってくださればと思って話しかけただけですのよ。せっかくの素敵な事業が、爵位のせいで日の目を浴びないなんてことあってはなりませんから」

慌てて取り繕うアマンダに、エレノアは微笑みを返す。

「ウィルズ男爵家のご令嬢でいらっしゃいますよね。もちろん存じ上げておりますよ。お父様は平民を中心にしたアクセサリー事業の出資者でいらっしゃる。繊細なデザインが人気で、少し前から貴族向けに販売開始したジュエリーも売り上げは上々。業績は右肩上がり。とても辣腕なお父様ですわね」

ウィルズ家の事業を事細かに話してみせたエレノアに、アマンダは顔をひきつらせていた。

「……そ、そうなんです。お父様はとてもすごい方なんですよ」

アマンダはどうして知っているのか聞きたそうな顔をしているが、エレノアはただ笑みを返すだけ。

(知ってるも何も、私が考えた事業だもの)

エレノアがよりスムーズに離婚するためにアルバートに伝えた共同事業案。それが当たって、ウィルズ家もゼレンハノン家もかなりの利益を得たことはミラリィーに居た時に確かめた。

「事業の共同出資者であるゼレンハノン公爵様には私も大変お世話になっています。降誕祭中、私の護衛を務めてくださっていますから。共通の知人にお会いしたと、私の方からも公爵様にお伝えしておきますね」

エレノアがそう言えば、アマンダの顔色はわかりやすく青ざめた。

今の言葉が告げ口を意味しているとわかったのだろう。

「アルバート様もお忙しいでしょうから、そういった雑談は好まれないのではありませんか?」

ぎこちない笑みを浮かべるアマンダ。その直後、

「私がどうかしましたか?」

エレノアのすぐ隣で気配がした。
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