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(僕でさえ知っていた彼女の優しさを、十年以上傍で見てきたお前が知らないはずがない)
魔神崇拝の疑いがかけられた人間を庇うことは、たとえ家族であっても世間的に良くないだろう。
しかし、だからと言ってここまで彼女を否定する必要があるのか。
その時にアルバートが考えたのは、エレノアが実家で冷遇されていた可能性。
秘密裏に調べてみれば、彼女が実家でどんな扱いを受けていたのかは簡単に把握できた。
自分は本当に彼女のことを何もわかっていなかったと痛感し、絶望した。
彼らがエレノアをどんな風に扱っていたのかを知れば、共同事業をしているという事実にさえ嫌悪感を抱いた。
そしてアルバートの中で、一つの目的が生まれた。
――共同事業を解消し、ウィルズ家を失脚させる。
すでに公爵家の名に恥じない経済状況にまで戻っているゼレンハノン家から、一方的にウィルズ家を除外することは簡単だ。
しかし、それでは外聞が悪い上に味気ない。
アルバートは、味を占めたように度々エスコートを頼んでくるようになったアマンダに目を付けた。
高慢で扱いやすい彼女は、ちょっと優しくすれば簡単にアルバートに懐いた。
その影響で、彼女は次期公爵夫人などと噂されているらしかったが、アルバートはそれを鼻で笑っていた。
(ゼレンハノン公爵夫人はエレノア以外にあり得ない)
たとえこれから先、どんな人に出会おうとも、エレノア以外と再婚することはない。
そう心に誓っていたアルバートだが、その思いが揺らいだのは、伝承にあるアスターと呼ばれる女性が現れてからだった。
皇命によって彼女を護衛することになったが、彼女を見ているとどことなくエレノアを思い出すのだ。
彼女がこの世から姿を消して四年。アルバート自身でさえ忘れていたような彼女の特徴を、アスターが大事に抱えて現れたような感覚がしていた。
何気ない仕草や話し方、その全てが、朧気だった記憶を鮮明にさせる。
しかし、見た目は全く違うし、公的に発表されている彼女の生い立ちもエレノアとは異なる。
恋しさによって都合よくエレノアの姿と重ねてしまっているのだ、とアルバートは自身に言い聞かせ、彼女を護衛していた。
しかし、そんなある日――
「好きだなぁ」
思わず零れた、とでも言うような告白。
愛おしそうにこちらを眺めるその瞳に、強い既視感を覚えた。
彼女は慌てた様子で去っていったが、アルバートはしばらくその場に立ち尽くしていた。
そして、エリーとエレノアの姿が重なって見えた数ある理由のうちの一つにたどり着く。
(……声だ。声が、とてもよく似てる)
エレノアはアルバートに想いを伝える時、あんな風に砂糖が溶けるような甘い声をしていた。
どうして今まで忘れてしまっていたのだろう。
四年と言う月日は、気づかないうちに彼から多くの思い出を奪っていた。
しかし、声や所作が似ているからと言って、エレノア本人であるとは夢にも思わない。
彼女の遺体は海の深く底に眠っているとされているのだ。
信じたくないその事実を、アルバートは何年もかけて少しずつ受け入れてきた。
そんな矢先に、皇太子が連れてきた田舎の神官を過去の妻に重ねるなど、あってはならない。
「まさかね」
アルバートは無理やり思考を切り替えた。
しかし、一度生まれた疑惑は頭に深く根付いて消えない。
「まさか」「もしかしたら」「もしかして」
エレノアを傍で見守れば見守るほど、その疑惑は強まる。
「それは甘い蜜を啜るだけのただの害虫ですもの」
凛とした声音で二人の男に釘をさすその姿が、ローグ子爵を諭していた彼女の振る舞いと重なった。
疑惑は期待に変わる。
そんなことあるはずがないと頭の片隅で冷静な自分が囁いているのに、その期待を確信に変えたいという思いに逆らうことはできなかった。
「アルバート様」
はにかむように笑ったエリー。名を呼ばれただけで、全身に痺れるような充足感が広がる。
耳に響く優しくて温かいこの声を、アルバートはよく知っている。
期待は簡単に確信に変わった。
(ああ、間違いない。エレノアだ)
からからに乾いていたアルバートの心に柔らかな雨が降り、空白だった四年間を埋めるように潤っていく。
もう二度と会うことはできないと思っていた愛しい彼女が目の前にいる。
アルバートは彼女をさらって、誰にも見られることのない場所に閉じ込めたい衝動に駆られた。
(……いや、ダメだ)
経緯は不明だが、エレノアは自身を死亡したと偽り、別の身分で再び帝国に戻って来た。
それはつまり、そうしなければならない理由があったということ。
ここで彼女の目的の邪魔をしてはいけない。
幸いにも彼女は皇帝派として振舞っている。
それならば、皇帝派筆頭の公爵家当主である自分が彼女に近づいても不自然ではない。
自身の身分を存分に使って、彼女を手助けしてやることもできるはずだ。
しかし、そんなアルバートの思惑を阻止する邪魔者が思わぬところから現れた。
(皇太子……厄介だな……)
アルバートは仄暗い瞳で、皇帝の下へ向かうフェリクスのことを見ていた。
魔神崇拝の疑いがかけられた人間を庇うことは、たとえ家族であっても世間的に良くないだろう。
しかし、だからと言ってここまで彼女を否定する必要があるのか。
その時にアルバートが考えたのは、エレノアが実家で冷遇されていた可能性。
秘密裏に調べてみれば、彼女が実家でどんな扱いを受けていたのかは簡単に把握できた。
自分は本当に彼女のことを何もわかっていなかったと痛感し、絶望した。
彼らがエレノアをどんな風に扱っていたのかを知れば、共同事業をしているという事実にさえ嫌悪感を抱いた。
そしてアルバートの中で、一つの目的が生まれた。
――共同事業を解消し、ウィルズ家を失脚させる。
すでに公爵家の名に恥じない経済状況にまで戻っているゼレンハノン家から、一方的にウィルズ家を除外することは簡単だ。
しかし、それでは外聞が悪い上に味気ない。
アルバートは、味を占めたように度々エスコートを頼んでくるようになったアマンダに目を付けた。
高慢で扱いやすい彼女は、ちょっと優しくすれば簡単にアルバートに懐いた。
その影響で、彼女は次期公爵夫人などと噂されているらしかったが、アルバートはそれを鼻で笑っていた。
(ゼレンハノン公爵夫人はエレノア以外にあり得ない)
たとえこれから先、どんな人に出会おうとも、エレノア以外と再婚することはない。
そう心に誓っていたアルバートだが、その思いが揺らいだのは、伝承にあるアスターと呼ばれる女性が現れてからだった。
皇命によって彼女を護衛することになったが、彼女を見ているとどことなくエレノアを思い出すのだ。
彼女がこの世から姿を消して四年。アルバート自身でさえ忘れていたような彼女の特徴を、アスターが大事に抱えて現れたような感覚がしていた。
何気ない仕草や話し方、その全てが、朧気だった記憶を鮮明にさせる。
しかし、見た目は全く違うし、公的に発表されている彼女の生い立ちもエレノアとは異なる。
恋しさによって都合よくエレノアの姿と重ねてしまっているのだ、とアルバートは自身に言い聞かせ、彼女を護衛していた。
しかし、そんなある日――
「好きだなぁ」
思わず零れた、とでも言うような告白。
愛おしそうにこちらを眺めるその瞳に、強い既視感を覚えた。
彼女は慌てた様子で去っていったが、アルバートはしばらくその場に立ち尽くしていた。
そして、エリーとエレノアの姿が重なって見えた数ある理由のうちの一つにたどり着く。
(……声だ。声が、とてもよく似てる)
エレノアはアルバートに想いを伝える時、あんな風に砂糖が溶けるような甘い声をしていた。
どうして今まで忘れてしまっていたのだろう。
四年と言う月日は、気づかないうちに彼から多くの思い出を奪っていた。
しかし、声や所作が似ているからと言って、エレノア本人であるとは夢にも思わない。
彼女の遺体は海の深く底に眠っているとされているのだ。
信じたくないその事実を、アルバートは何年もかけて少しずつ受け入れてきた。
そんな矢先に、皇太子が連れてきた田舎の神官を過去の妻に重ねるなど、あってはならない。
「まさかね」
アルバートは無理やり思考を切り替えた。
しかし、一度生まれた疑惑は頭に深く根付いて消えない。
「まさか」「もしかしたら」「もしかして」
エレノアを傍で見守れば見守るほど、その疑惑は強まる。
「それは甘い蜜を啜るだけのただの害虫ですもの」
凛とした声音で二人の男に釘をさすその姿が、ローグ子爵を諭していた彼女の振る舞いと重なった。
疑惑は期待に変わる。
そんなことあるはずがないと頭の片隅で冷静な自分が囁いているのに、その期待を確信に変えたいという思いに逆らうことはできなかった。
「アルバート様」
はにかむように笑ったエリー。名を呼ばれただけで、全身に痺れるような充足感が広がる。
耳に響く優しくて温かいこの声を、アルバートはよく知っている。
期待は簡単に確信に変わった。
(ああ、間違いない。エレノアだ)
からからに乾いていたアルバートの心に柔らかな雨が降り、空白だった四年間を埋めるように潤っていく。
もう二度と会うことはできないと思っていた愛しい彼女が目の前にいる。
アルバートは彼女をさらって、誰にも見られることのない場所に閉じ込めたい衝動に駆られた。
(……いや、ダメだ)
経緯は不明だが、エレノアは自身を死亡したと偽り、別の身分で再び帝国に戻って来た。
それはつまり、そうしなければならない理由があったということ。
ここで彼女の目的の邪魔をしてはいけない。
幸いにも彼女は皇帝派として振舞っている。
それならば、皇帝派筆頭の公爵家当主である自分が彼女に近づいても不自然ではない。
自身の身分を存分に使って、彼女を手助けしてやることもできるはずだ。
しかし、そんなアルバートの思惑を阻止する邪魔者が思わぬところから現れた。
(皇太子……厄介だな……)
アルバートは仄暗い瞳で、皇帝の下へ向かうフェリクスのことを見ていた。
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