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「あの……もう降誕祭は終わりましたし、護衛してくださらなくても大丈夫ですよ」
怒った様子のフェリクスにすごすごとついていく中、エレノアは後ろのアルバートに声をかけた。
「いえ、アスター様を自室へ送り届けるまでが私の仕事ですから」
言葉だけを聞けば忠誠心溢れる騎士だが、彼の表情は普段と比べると冷ややかで、エレノアはさらに委縮する。
(……どうして二人とも、こんなに機嫌が悪そうなのかしら)
肩身の狭い思いをしながら歩いていると、皇太子宮の応接間までやって来た。
「公爵は外で待機しててくれ」
フェリクスのきっぱりとした言い分に、アルバートが眉をひそめる。
「……恐れながら殿下、私は皇帝陛下の命を受けてアスター様を護衛しておりますので、お傍を離れることはできません」
「降誕祭は終わった。父上の命令はもう無効なはずだが?」
「城下街の降誕祭は日没まで続きます。ですから、今日が終わるまで私は専属護衛です」
険悪な雰囲気の二人に挟まれながら、エレノアは息を殺していた。
(アルバート様とフェリクスって、こんなに仲が悪かったかしら)
回帰前、皇太子が表舞台に出てくることはなかったため、二人の関係がどうだったかはわからないが、これまでアルバートの口から皇太子を厭うような言葉は聞いたことがない。
どちらにしろ、ソードマスターと優秀な魔法使いのメンチの切り合いは心穏やかじゃないので、せめて人のいないところでやってほしい。
「……もういい。好きにしろ」
最終的にフェリクスが折れ、アルバートは入室を許可された。
アルバートは嬉しそうにエレノアに笑いかける。
めったにない彼の無邪気な表情に心臓がぎゅっと苦しくなった。
しかしなぜそんな表情をするのか、エレノアはわからなかった。
「エリー。話っていうのは他でもなく、今日のことだ」
室内のソファに向かい合わせで腰かけると、フェリクスはさっそく本題に入る。
「……神器が偽物だったことですよね。皇太子殿下のお名前を借りて申し訳ありません」
アルバートがいる前で話していい内容なのか迷ったため、当たり障りのない返事をした。
敏いアルバートのことだから、きっと貴族派の陰謀が働いていたことは薄々勘付いている気はするが。
もしフェリクスがここで貴族派からの妨害について詳細に話すのなら、公爵家当主の彼に力になってもらうこともできるはず。
もしかしたらフェリクスはそれを見越してアルバートを同室させたのだろうか。
真剣な眼差しでフェリクスを見ると、彼はしらけた顔をしている。
「……何かしら、その顔」
アルバートの前ということも忘れ、皇太子に素でため口を使ってしまった。
慌てて「どうかされましたか?」と取り繕う。
「神器のこともあるが……まずその前に、エリー。石を投げられた時に避けようとしなかっただろ」
「そのことでしたか。そうですね。民衆に不安を与えてしまったのは事実ですし、あえて誹りを受けておくのも一つの手かと思いまして」
投石された後、エレノアはもちろん挽回するつもりだった。
だから、「被害を被ったにもかかわらず、アスターは慈悲深い心を持っている」という理想像を民衆に見せつけられる良い機会だと思ったのだ。
「当たり所が悪ければ怪我をしてたかもしれないんだぞ」
「……ですが、殿下もご存じのはずです。アスターは治癒力が高いので、致命傷もたちどころに治ります」
「そういうことじゃないだろ」
喉の奥で圧し潰されたような低い声。
怒りのこもったフェリクスの珍しい声音に、エレノアは硬直する。
「いいか、エリー。お前にもお前の考えがあるだろうが、自分を蔑ろにするようなことだけは絶対にするな」
彼のまっすぐな瞳には、心の底からエレノアを心配している様が窺えた。
「申し訳……ありません」
自分を蔑ろにしたつもりではなかった。
しかし、大切な人に心配をかけてしまった事実に、エレノアは少なからず落ち込んだ。
彼女の空気が沈んだことに気づいたフェリクスは、「……とりあえず、怪我がなくてよかったよ」と声色を優しくする。
「今日は疲れてるだろうから、もう部屋に戻って休め。神器の件については……また近いうちに話そう」
フェリクスの視線が、エレノアの背後に立つアルバートに向けられた。
アルバートの前では話すことを控えているのだろう。
それならば、これ以上この場で話せることはない。エレノアはフェリクスの言葉にありがたく甘えることにした。
立ち上がると、後ろに控えていたアルバートが慣れた手つきで部屋の扉を開けてくれる。
「ありがとうございます」
アルバートに会釈をし、部屋を出る間際にフェリクスに向かってお辞儀をすると、手を上げて応えてくれた。
部屋を出た後は、ゆったりとした足取りで自室へと向かう。
騒がしい三日間がようやく終わった。
皇后から妨害を受けた時は少し驚いたけれど、なんとか対処できてよかった。
(でも、気は抜いちゃダメ。本番はこれからなんだから)
降誕祭が終わった後、ディレス男爵の裁判が始まる。
男爵を救うためにフェリクスが今懸命に動いてくれているが、正直働きすぎではないかと心配だ。
(信頼できる人をもう一人くらい増やして、仕事を分担しても良い気がするけれど……)
しかし、先ほどのフェリクスの様子を見るに、まだ誰かに任せる気はないのだろう。
彼が主体で動いている今、エレノアが勝手に他人に打ち明けるわけにはいかない。
気が付けば、私室はもうすぐそこまで来ていた。
数歩後ろを歩くアルバートの足音を、エレノアの耳は敏感に拾う。
自室に近づけば近づくほど、感慨深くなる。
(……専属護衛でいてもらえるのも、今日で最後よね)
短い期間ではあったが、彼の傍に居られたこの数日間は本当に幸せだった。
今日が終われば、アルバートとこんなに近くで話す機会はもうなくなるかもしれない。
ちょうど部屋の前に着いたため、この数日間のお礼を告げようと振り返った。
「エリー様」
しかし、エレノアが口を開く前に、アルバートが話しかけてきた。
怒った様子のフェリクスにすごすごとついていく中、エレノアは後ろのアルバートに声をかけた。
「いえ、アスター様を自室へ送り届けるまでが私の仕事ですから」
言葉だけを聞けば忠誠心溢れる騎士だが、彼の表情は普段と比べると冷ややかで、エレノアはさらに委縮する。
(……どうして二人とも、こんなに機嫌が悪そうなのかしら)
肩身の狭い思いをしながら歩いていると、皇太子宮の応接間までやって来た。
「公爵は外で待機しててくれ」
フェリクスのきっぱりとした言い分に、アルバートが眉をひそめる。
「……恐れながら殿下、私は皇帝陛下の命を受けてアスター様を護衛しておりますので、お傍を離れることはできません」
「降誕祭は終わった。父上の命令はもう無効なはずだが?」
「城下街の降誕祭は日没まで続きます。ですから、今日が終わるまで私は専属護衛です」
険悪な雰囲気の二人に挟まれながら、エレノアは息を殺していた。
(アルバート様とフェリクスって、こんなに仲が悪かったかしら)
回帰前、皇太子が表舞台に出てくることはなかったため、二人の関係がどうだったかはわからないが、これまでアルバートの口から皇太子を厭うような言葉は聞いたことがない。
どちらにしろ、ソードマスターと優秀な魔法使いのメンチの切り合いは心穏やかじゃないので、せめて人のいないところでやってほしい。
「……もういい。好きにしろ」
最終的にフェリクスが折れ、アルバートは入室を許可された。
アルバートは嬉しそうにエレノアに笑いかける。
めったにない彼の無邪気な表情に心臓がぎゅっと苦しくなった。
しかしなぜそんな表情をするのか、エレノアはわからなかった。
「エリー。話っていうのは他でもなく、今日のことだ」
室内のソファに向かい合わせで腰かけると、フェリクスはさっそく本題に入る。
「……神器が偽物だったことですよね。皇太子殿下のお名前を借りて申し訳ありません」
アルバートがいる前で話していい内容なのか迷ったため、当たり障りのない返事をした。
敏いアルバートのことだから、きっと貴族派の陰謀が働いていたことは薄々勘付いている気はするが。
もしフェリクスがここで貴族派からの妨害について詳細に話すのなら、公爵家当主の彼に力になってもらうこともできるはず。
もしかしたらフェリクスはそれを見越してアルバートを同室させたのだろうか。
真剣な眼差しでフェリクスを見ると、彼はしらけた顔をしている。
「……何かしら、その顔」
アルバートの前ということも忘れ、皇太子に素でため口を使ってしまった。
慌てて「どうかされましたか?」と取り繕う。
「神器のこともあるが……まずその前に、エリー。石を投げられた時に避けようとしなかっただろ」
「そのことでしたか。そうですね。民衆に不安を与えてしまったのは事実ですし、あえて誹りを受けておくのも一つの手かと思いまして」
投石された後、エレノアはもちろん挽回するつもりだった。
だから、「被害を被ったにもかかわらず、アスターは慈悲深い心を持っている」という理想像を民衆に見せつけられる良い機会だと思ったのだ。
「当たり所が悪ければ怪我をしてたかもしれないんだぞ」
「……ですが、殿下もご存じのはずです。アスターは治癒力が高いので、致命傷もたちどころに治ります」
「そういうことじゃないだろ」
喉の奥で圧し潰されたような低い声。
怒りのこもったフェリクスの珍しい声音に、エレノアは硬直する。
「いいか、エリー。お前にもお前の考えがあるだろうが、自分を蔑ろにするようなことだけは絶対にするな」
彼のまっすぐな瞳には、心の底からエレノアを心配している様が窺えた。
「申し訳……ありません」
自分を蔑ろにしたつもりではなかった。
しかし、大切な人に心配をかけてしまった事実に、エレノアは少なからず落ち込んだ。
彼女の空気が沈んだことに気づいたフェリクスは、「……とりあえず、怪我がなくてよかったよ」と声色を優しくする。
「今日は疲れてるだろうから、もう部屋に戻って休め。神器の件については……また近いうちに話そう」
フェリクスの視線が、エレノアの背後に立つアルバートに向けられた。
アルバートの前では話すことを控えているのだろう。
それならば、これ以上この場で話せることはない。エレノアはフェリクスの言葉にありがたく甘えることにした。
立ち上がると、後ろに控えていたアルバートが慣れた手つきで部屋の扉を開けてくれる。
「ありがとうございます」
アルバートに会釈をし、部屋を出る間際にフェリクスに向かってお辞儀をすると、手を上げて応えてくれた。
部屋を出た後は、ゆったりとした足取りで自室へと向かう。
騒がしい三日間がようやく終わった。
皇后から妨害を受けた時は少し驚いたけれど、なんとか対処できてよかった。
(でも、気は抜いちゃダメ。本番はこれからなんだから)
降誕祭が終わった後、ディレス男爵の裁判が始まる。
男爵を救うためにフェリクスが今懸命に動いてくれているが、正直働きすぎではないかと心配だ。
(信頼できる人をもう一人くらい増やして、仕事を分担しても良い気がするけれど……)
しかし、先ほどのフェリクスの様子を見るに、まだ誰かに任せる気はないのだろう。
彼が主体で動いている今、エレノアが勝手に他人に打ち明けるわけにはいかない。
気が付けば、私室はもうすぐそこまで来ていた。
数歩後ろを歩くアルバートの足音を、エレノアの耳は敏感に拾う。
自室に近づけば近づくほど、感慨深くなる。
(……専属護衛でいてもらえるのも、今日で最後よね)
短い期間ではあったが、彼の傍に居られたこの数日間は本当に幸せだった。
今日が終われば、アルバートとこんなに近くで話す機会はもうなくなるかもしれない。
ちょうど部屋の前に着いたため、この数日間のお礼を告げようと振り返った。
「エリー様」
しかし、エレノアが口を開く前に、アルバートが話しかけてきた。
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