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1日目
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しおりを挟む私がびっくりして池に落ちていたらどうするつもりだったんだろう。
そんなことを思いながらもう一度池のほうに視線を向けると、『采女まつり』という文字が書かれた石版があった。
立ち止まって詳細を読んでみると、どうやらこの池は過去に帝の寵愛がなくなったことを憂いた采女が身投げした場所らしい。
「真緒?」
後ろをついて来ていないことに気づいた啓太が数メートル先から戻ってくる。
「この池、昔天皇に愛されなくなった女の人が絶望して身投げした池なんだって」
「へぇー」
言いつつ、啓太が同じように石板に目を落とす。
「……なんか、不憫やな」
「えっ」
男の人からすればくだらないと一蹴しそうだと思ったのに、まさか同情するとは。
「こういうことする人って、めちゃくちゃ我慢する人なんちゃうん。そんで我慢の限界迎えた時に、もう死ぬしか選択肢ないって信じ込んで身投げするとか」
「そう……なのかな」
啓太の言葉を否定も肯定もせずに受け止める。
「体裁とか何も気にせんと自分の気持ちに正直になったらええのに。『もっと私を愛してー』とかな」
突然ぶりっ子のように裏声を使った彼に思わず吹き出す。
「史実の人に失礼じゃない?」
「そおか?でもほんまにそう思うんやもん。我慢したところで誰にも良い影響なんか与えへんし、結局いつかは限界迎えんねんから」
むしろ溜め込む方が迷惑。そう言った彼の瞳はここではないどこか遠くを見ているように見えた。
そんな彼の横顔を、私は少し不思議に思いながら見つめていた。
***
その後、彼に連れられるままやって来たのは、昔の街並みが残る奈良町の一角にある「にぎわいの家」だった。
外装も内装も昔の建築がそのまま残っている町家らしく、無料で入れるらしい。
「ホントに私たちこんなところ来たの?」
中学生が選ぶ遊び場にしてはずいぶん渋い気がする。
「うん。来た来た」
啓太は私の質問に適当に返事をすると、さっそく敷居を跨ぐ。
スタッフらしき年配の男性の前を通り過ぎ中に入ると、まるでタイムスリップしたかのような感覚に陥った。
右手には畳の間に上がるための段差の高い玄関があって、正面の暖簾を潜ると奥の敷地へと続く土間がある。
「えっ、待って待って。見て啓太。かまど!」
土間の途中には炊事場らしきものもあり、腰ほどの高さで五つ横並びになっているかまどに思わずテンションが上がった。
日本の有名なアニメ映画で見たことがある。子どもの時にだけ訪れる不思議な出会いのやつだ。
「おー、せやなぁ。かまどやなぁ」
興奮気味な私とは対照的に彼は落ち着いており、舞い上がった自分が少し恥ずかしくなってくる。
「な、中入ってみようよ」
ちょうどかまどの手前に座敷に上がるための踏み石があったので、私と啓太は靴を脱いで上がった。
い草の香りがふわりと漂って、実家に一部屋だけある和室を思い出す。
どうして畳の匂いって落ち着くんだろう。日本人だからかな。
「すごい。広い」
教室一つ分くらいは奥行きがありそうな座敷を見渡し、思わず嘆息を漏らす。
間取り図を見るに部屋が四つ連なっているようだが、襖が全て開け放たれているため、突き当りの部屋まで見通せる。
「なんか、良いところのお嬢さんになった気分」
「どういうことや」
「こんなに大きい屋敷に住めるなんて、絶対裕福な人だったでしょ。だから、お金持ちになった気分だなって」
ニヤニヤしながら奥へと進む私に、「これくらいで富豪の気分になれるとか、安上がりやな」と啓太が肩を竦める。
安上り上等。何に対しても感情が動かないよりはずっと良い。
突き当りの座敷に着くと、さっき通って来た部屋とは桁違いに広かった。
金ピカの仏間まであって、家族で団らんする時はこの部屋を使っていたのかな、と思ったりする。
「うわっ、ねぇ見て!ドラマに出てきそう!」
ひときわ広い座敷を抜けた先、時代劇で見たような渡り廊下があり、その向こうには離れが建っている。
「わーすごい。着物着てこういう廊下歩いてみたいな」
そしたらドラマの撮影会みたいでちょっと楽しそう。着物を着てここに立つ私。うん、結構お洒落な気がする。
空想を楽しむ私に、「楽しそうで何よりやな」と啓太が言う。
「……そう言う啓太はテンション低めじゃない?」
私の後ろをゆっくりついてくる彼を振り返ると、つぶらな瞳が少しだけ揺れた気がした。
「そおか?」
そう言って首を傾げる彼に少しの違和感。しかし、鹿の顔だと微妙な表情の変化がわかりづらいし、顔色を窺っても彼は何でもないように振る舞う。
一度来たことがある場所だから、啓太からするとあんまり面白くないのかもしれない。
じゃあ早めに見物を終わらせた方がいいよね、と思い、その後の見学は早足で進めた。
裏庭と中庭に挟まれた開放的な離れや、その隣にある蔵。そして厨子二階と呼ばれる天井が低い部屋等を見物した。
どれも現代の建築じゃ見られない様式美ばかりで、終始心が躍る。
蔵に入った時は、「最終回に主人公の子孫がここで作中の重要な物を見つけたりするんだよ」と言うと、「漫画の見過ぎやな」と一蹴された。
庭も部屋も一通り見物すると、私と啓太はすぐに外へ出た。
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