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2日目
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「茜は私とすごい仲良くしてくれるし、慕ってくれてるし。……そんな友達に対して不満に思うこととか、あるわけないよ」
お決まりの台詞のような言葉を紡げば、「はぁ?」と啓太の声が低くなった。
「じゃあお前、自分のこと好いてくれてるやつやったら、どんな酷いことされても我慢できるんか?」
「な、何。急に」
「もし酷いことされても、その裏に自分に対する好意があれば許すんか?」
鬼気迫る様子の啓太に圧倒される。
どうして啓太が突然怒ったのかはわからないけど、彼が私の返答を待っていることはわかった。混乱しながらも、とりあえず考えてみる。
もし、仲のいい友達や家族から酷いことをされたら、私は悲しくなる。けど、私を思うが故にやってしまったことなら、仕方がないとそっと胸にしまい込むかもしれない。
だって、本人には悪気がないんだから。
その旨を伝えると、啓太は大きなため息をついてその場にしゃがみ込んだ。
「え、何で。どうしたの」
鹿の可愛くて丸い頭頂部が見えている。
狼狽しながら啓太と視線を合わせようとすると、彼はすぐに立ち上がった。
「真緒、ほんまに頼む。もっと自分の気持ちを大事にしてくれ」
至近距離で視線が交わる。切実に、縋るようなお願いだった。
「た、大切にしてる……よ?」
じゃなきゃ会社を辞めたりしないし、茜とのいざこざを啓太に打ち明けたりしない。
「もっとや。今以上に。お前はいっつも自分の感情を置き去りにしてる」
まっすぐな瞳に見つめられて、そんなことない、とは言えなかった。
彼の様子があまりにも真剣だったから、思わず「わかった」と頷く。
「絶対やぞ。約束な」
啓太の念押しに、流されるまま首を縦に振る。
私の返事に啓太は「よし」と言って、その場で大きく伸びをした。
「ここ気持ちええけど、さすがに暑なってきたわ。そろそろ降りよか」
彼の言葉にもう一度頷いて、私たちは上ってきた道とは別のルートを使って下山した。
お寺の敷地を出ると、目の前にはさっき居た舞台から見下ろしたお店の通りがあった。
お土産屋さんに食事処が立ち並ぶその道を、表に出ている商品などをしげしげと見ながら進んでいく。
「お兄さん!彼女に一個どうや?」
突然、元気な声が聞こえて顔を上げると、白の作業着に長靴を履いた中年の男性が立っていた。
というか今、私のこと彼女って言った?
「おっ、ええですねぇ」
啓太は弁解することなく、その男性の言葉に乗る。さすがに嘘は良くないんじゃ、と思ったけれど、通りすがりだからわざわざ説明する必要もないと思ったのかもしれない。
お店の看板を見上げると、右書きで「名物 くさ餅」と書いてある。どうやらここはお餅を売っているお店らしい。
「ちょうど餅つくところやから、良かったら見て行って」
男性がニカッと笑うと、白い歯が光る。その好々爺ぶりにほだされて、私と啓太は餅つきの作業スペース前で足を止めた。
「よいっしょー」
「よいっしょー」
小気味よい掛け声が響いて、色鮮やかな緑の餅が臼の中でぐにゃぐにゃと形を変える。
お餅を蒸しているのか、お店の奥の方から蒸気がこっちにまで流れてきて肌がべたつくほどに暑かったが、よもぎのとてもいい香りがした。
「せっかくやから買ってこうか」
啓太の言葉に私は全力で頷く。
「お餅好きだから嬉しい」
「そりゃあ良かったわ。焼いてるのと焼いてないのがあるみたいやで」
「えっ、ほんとだ。焼いてるやつがいいな」
もちもちとカリカリの両方を楽しめるなんて贅沢この上ないじゃないか。
「すみません。草餅ふたつください」
そう言って啓太は二つ分払おうとするので、私は慌てて財布を出そうとした。
「いや、こんぐらいええから」
カバンを漁る私の手を制止して、啓太は言う。
「そうは言っても……」
おごられるということに慣れてなさすぎて、ここで引き下がっていいのかわからない。
おろおろと視線をさまよわせると、「ふふっ」と笑い声がした。
啓太と声がした方を見れば、お勘定をしてくれているおばあさんが、穏やかな笑みでこちらを見ている。
「仲ええんやねぇ。ええ彼氏さんやないの」
再び誤解されたことに気づいて、私は顔が熱くなるのがわかった。
「いや、私たちは――」
「こんなにかわええ彼女やから、僕もなんぼでも払いたなるんですよ」
「あらっ、当てられてしもうたわ」
ころころと笑うおばあさんに、啓太も楽しそうに笑う。私一人だけが恥ずかしがって俯いた。
別に啓太と付き合っていると誤解されるのが嫌なわけじゃないけど、啓太に彼女扱いされているのがどうにもむず痒い。
それに……可愛いなんて言われてしまった。そういう誉め言葉とか恋愛に免疫がないので、どう反応したらいいのかわからなくて困る。
「またお待ちしてます~」
草餅を渡してくれたあと、朗らかにそう言ったおばあさんに会釈をし、私たちは車を停めている駐車場へ向かう。
「ちょっと啓太」
「なんや?」
「何でカップルのフリなんかしたの?」
先ほどの羞恥心を思い出し、気を紛らわせるようにお餅にかぶりつく。
途端によもぎの芳醇な香りが口いっぱいに広がり、一瞬放心してしまった。甘さが控えめな餡に、もちもち食感の中にあるカリッとした焼き面がしっかり活きていて、観光地の名物はやっぱり違うな、と感じた。
「あそこで否定したら、謝らせてまうやろ。別に目くじら立てて否定するほどのもんでもなかったし、ええかなって」
言い終えた後、啓太は一口お餅をかじった。「んっ、うま!」と、目を丸くして、私と同じように感激している。
それを咀嚼して飲み込んだ後、はたと気づいた様子で「あ、ごめん。真緒は嫌やったか……?」と聞いてきた。
「別に、嫌じゃないけど……」
「それやったら良かったわ」
嫌じゃないから、困っているのだ。
炭酸の泡がぱちぱち弾けるみたいに視界が妙に明るく感じる。
この感情は一体、何なんだろう。
お決まりの台詞のような言葉を紡げば、「はぁ?」と啓太の声が低くなった。
「じゃあお前、自分のこと好いてくれてるやつやったら、どんな酷いことされても我慢できるんか?」
「な、何。急に」
「もし酷いことされても、その裏に自分に対する好意があれば許すんか?」
鬼気迫る様子の啓太に圧倒される。
どうして啓太が突然怒ったのかはわからないけど、彼が私の返答を待っていることはわかった。混乱しながらも、とりあえず考えてみる。
もし、仲のいい友達や家族から酷いことをされたら、私は悲しくなる。けど、私を思うが故にやってしまったことなら、仕方がないとそっと胸にしまい込むかもしれない。
だって、本人には悪気がないんだから。
その旨を伝えると、啓太は大きなため息をついてその場にしゃがみ込んだ。
「え、何で。どうしたの」
鹿の可愛くて丸い頭頂部が見えている。
狼狽しながら啓太と視線を合わせようとすると、彼はすぐに立ち上がった。
「真緒、ほんまに頼む。もっと自分の気持ちを大事にしてくれ」
至近距離で視線が交わる。切実に、縋るようなお願いだった。
「た、大切にしてる……よ?」
じゃなきゃ会社を辞めたりしないし、茜とのいざこざを啓太に打ち明けたりしない。
「もっとや。今以上に。お前はいっつも自分の感情を置き去りにしてる」
まっすぐな瞳に見つめられて、そんなことない、とは言えなかった。
彼の様子があまりにも真剣だったから、思わず「わかった」と頷く。
「絶対やぞ。約束な」
啓太の念押しに、流されるまま首を縦に振る。
私の返事に啓太は「よし」と言って、その場で大きく伸びをした。
「ここ気持ちええけど、さすがに暑なってきたわ。そろそろ降りよか」
彼の言葉にもう一度頷いて、私たちは上ってきた道とは別のルートを使って下山した。
お寺の敷地を出ると、目の前にはさっき居た舞台から見下ろしたお店の通りがあった。
お土産屋さんに食事処が立ち並ぶその道を、表に出ている商品などをしげしげと見ながら進んでいく。
「お兄さん!彼女に一個どうや?」
突然、元気な声が聞こえて顔を上げると、白の作業着に長靴を履いた中年の男性が立っていた。
というか今、私のこと彼女って言った?
「おっ、ええですねぇ」
啓太は弁解することなく、その男性の言葉に乗る。さすがに嘘は良くないんじゃ、と思ったけれど、通りすがりだからわざわざ説明する必要もないと思ったのかもしれない。
お店の看板を見上げると、右書きで「名物 くさ餅」と書いてある。どうやらここはお餅を売っているお店らしい。
「ちょうど餅つくところやから、良かったら見て行って」
男性がニカッと笑うと、白い歯が光る。その好々爺ぶりにほだされて、私と啓太は餅つきの作業スペース前で足を止めた。
「よいっしょー」
「よいっしょー」
小気味よい掛け声が響いて、色鮮やかな緑の餅が臼の中でぐにゃぐにゃと形を変える。
お餅を蒸しているのか、お店の奥の方から蒸気がこっちにまで流れてきて肌がべたつくほどに暑かったが、よもぎのとてもいい香りがした。
「せっかくやから買ってこうか」
啓太の言葉に私は全力で頷く。
「お餅好きだから嬉しい」
「そりゃあ良かったわ。焼いてるのと焼いてないのがあるみたいやで」
「えっ、ほんとだ。焼いてるやつがいいな」
もちもちとカリカリの両方を楽しめるなんて贅沢この上ないじゃないか。
「すみません。草餅ふたつください」
そう言って啓太は二つ分払おうとするので、私は慌てて財布を出そうとした。
「いや、こんぐらいええから」
カバンを漁る私の手を制止して、啓太は言う。
「そうは言っても……」
おごられるということに慣れてなさすぎて、ここで引き下がっていいのかわからない。
おろおろと視線をさまよわせると、「ふふっ」と笑い声がした。
啓太と声がした方を見れば、お勘定をしてくれているおばあさんが、穏やかな笑みでこちらを見ている。
「仲ええんやねぇ。ええ彼氏さんやないの」
再び誤解されたことに気づいて、私は顔が熱くなるのがわかった。
「いや、私たちは――」
「こんなにかわええ彼女やから、僕もなんぼでも払いたなるんですよ」
「あらっ、当てられてしもうたわ」
ころころと笑うおばあさんに、啓太も楽しそうに笑う。私一人だけが恥ずかしがって俯いた。
別に啓太と付き合っていると誤解されるのが嫌なわけじゃないけど、啓太に彼女扱いされているのがどうにもむず痒い。
それに……可愛いなんて言われてしまった。そういう誉め言葉とか恋愛に免疫がないので、どう反応したらいいのかわからなくて困る。
「またお待ちしてます~」
草餅を渡してくれたあと、朗らかにそう言ったおばあさんに会釈をし、私たちは車を停めている駐車場へ向かう。
「ちょっと啓太」
「なんや?」
「何でカップルのフリなんかしたの?」
先ほどの羞恥心を思い出し、気を紛らわせるようにお餅にかぶりつく。
途端によもぎの芳醇な香りが口いっぱいに広がり、一瞬放心してしまった。甘さが控えめな餡に、もちもち食感の中にあるカリッとした焼き面がしっかり活きていて、観光地の名物はやっぱり違うな、と感じた。
「あそこで否定したら、謝らせてまうやろ。別に目くじら立てて否定するほどのもんでもなかったし、ええかなって」
言い終えた後、啓太は一口お餅をかじった。「んっ、うま!」と、目を丸くして、私と同じように感激している。
それを咀嚼して飲み込んだ後、はたと気づいた様子で「あ、ごめん。真緒は嫌やったか……?」と聞いてきた。
「別に、嫌じゃないけど……」
「それやったら良かったわ」
嫌じゃないから、困っているのだ。
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この感情は一体、何なんだろう。
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