その鹿を人間にする方法

はるかわ 美穂

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3日目

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「読書感想文、何にしようって言いながら、飽きもせんと色んな本手に取って、あれでもないこれでもないって言うてたんやで」

当時のことを思い出しているのか、啓太の瞳は遠くの方を見ているようだった。

「そうだったんだ。……読書感想文って、夏休みの?」

「そうやで」

夏休みの宿題の話題が出る頃、私たちは付き合っていた。

ふと、疑問が湧いた。

「ねぇ、私たちって、中学三年生の時に付き合ってたの?」

こういった過去の詳細な話を私たちはしてこなかった。いや、あえて避けてきたという方が正しいかもしれない。

いつからいつまで付き合っていたのか。何がきっかけで付き合ったのか。そんな話をしたら必然的に、別れた原因に触れてしまいそうだった。

啓太が避けた話題を私から振るのには勇気が要った。

だけど啓太は、私に思い出してほしいと言ってくれた。私が過去を思い出すことにまだ恐れはあっても、彼はすでに覚悟を決めているはずだ。

けど、啓太はさっきまで不機嫌だったし、果たしてこの質問に答えてくれるか。

「中学三年ちゃう。二年の時や」

私の質問に嫌がることなく答えてくれた啓太に全身の力が抜ける。

「そうなんだ。……どっちから告白したのかとか、聞いてもいい?」

私は席を移って、彼のすぐ隣に腰かけた。小声で話しているとは言っても、仕切りを隔てた向かいに人が座っている。なるべく最小の声で会話ができるようにした方がいいだろう。

それに、啓太がせっかく過去のことを話す姿勢を見せてくれたのだ。この機会を逃すわけにはいかない。

「ここで話さなあかんか……?」

珍しく気まずそうな声音に、「あ、ごめん。嫌だったら大丈夫」と首を振る。しかし啓太は「まぁええけど」と言いながら渋々話を続けてくれた。

告白したのは啓太からで、付き合っていた期間は中学二年の六月から九月で約三か月。夏休みが明けた頃に何人かに私たちの関係がバレ、その後光の速度で学年に広まったらしい。

思春期の少年少女たちはゴシップが好きだから容易に想像はつく。

「私たち、この図書館って何回くらい来た?」

「一学期の期末テストの期間中はほぼ毎日来てたな」

「結構頻繁に来てたんだ」

これまで色んなところを巡りながらも、なんだかんだその場所の思い出については根掘り葉掘り聞いたことはなかったので新鮮な気持ちだ。

そもそも一日目に回った場所は思い出の場所じゃなかったわけだし。あれはあれで楽しかったけど。

初日に巡った奈良町の観光地やお店を思い浮かべる。

「……そういえば、何で『にぎわいの家』だったの?」

今更ながら不思議に思った。

啓太が私を諦めさせるために適当な場所を案内したと言ってたけど、その中でなぜ彼はあの施設を選んだんだろうか。

啓太は数拍空けた後、スッと綺麗な人差し指を伸ばした。

「あそこに展示スペースあるん、わかるか?」

本棚が被っていてわかりづらいが、彼が指さした方向には確かに展示のエリアがある。先ほど啓太と颯が立ち止まっていた場所だ。

私が黙って頷くと、啓太は少しだけ居心地が悪そうにしながら口を開く。

「前に、あそこで奈良町の本とかパンフレットが展示されててん。真緒はそこでにぎわいの家の紹介見つけて、興味湧いたみたいやった。いつか行ってみたいって」

そこまで言って彼は黙りこくる。

啓太が私をあの場所に連れて行った理由の説明としては十分だった。

「じゃあ、ちゃんと思い出の場所だったんだ」

純粋に思った気持ちが零れた。

「私がその場所に興味持ってたこと覚えてくれてて、その場所に連れていってくれたんだから、何の関係もない場所じゃないじゃん」

あの帰り道で啓太は嘘をついていた事実を苦しそうに打ち明けたけど、今の話を聞く限り、そもそも嘘じゃなかったじゃないか。

むしろ、過去に私が興味を示していた場所に連れて行くことの方がリスクがあっただろうに、わざわざそこを選んでくれたことが素直に嬉しい。

「人のこと言えないじゃん。啓太も噓つけない性格だね」

罪悪感が先行して、全く関係ない場所を案内するのは気が引けたのかもしれない。それでも私に嘘をついてしまったと萎縮していた彼が、とても律儀な人に見えた。

それがなんだか嬉しくて笑いが零れる。

もっと昔の話を聞いてみたいと思ったが、啓太はなぜか私の顔を見てフリーズしている。

「啓太?」

目の前で手を振ると、三往復目でようやく我に返ったらしく、「ごめん」と謝って目を逸らす。

「大丈夫?眠い?」

昨日から今日にかけて、急いで仕事を切り上げてきてくれたようだし、寝不足時の特有のボーっとする症状が出てしまっている可能性もある。

心配になって彼の顔を覗き込もうとしたけど、目線を合わせてくれないのでできなかった。

拒絶された気がしてショックを受けると同時に、そういえば啓太はついさっきまで不機嫌だったことを改めて認識した。

今は普通に話してくれているけど、感情を抑えて相手をしてくれていたのかもしれない。

少しだけど過去の話は聞けたし、これ以上啓太を根掘り葉掘り詮索するのは控えておいた方がいいかな。元々私のせいで機嫌が悪くなっていたんだし。

「……もうちょっと図書館の中見回ってくるね」

そう言って啓太の隣の席から立ちあがると、「えっ」という間の抜けた声が聞こえた。
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